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スマホ新法に存在する懸念とは 関西大学・滝川敏明名誉教授に聞く

12月18日から「スマホソフトウェア競争促進法」(スマホ新法、公正取引委員会は「スマホ法」と呼称)が全面施行される。

スマホ新法には競争促進という狙いがある一方、プラットフォーマーに技術やストアへのアクセス開放を強いることは、安全性や消費者にとっての安全性を下げる懸念もある。

特にこの影響を受けるのはアップルだ。そのためアップルはことあるごとに懸念を表明してきた。

関西大学・法学部法学政治学科 名誉教授の滝川敏明氏も、スマホ新法の施行について大きな懸念がある、と述べる。それはどういうことなのかを聞いた。

関西大学・法学部法学政治学科 滝川敏明 名誉教授

「事前規制」という新法のあり方そのものが問題

滝川教授の主張の本質はシンプルだ。

「スマホソフトウェア競争促進法(スマホ新法:Mobile Software Competition Act Guideline/MSCA)」は、自由主義経済の原則を侵害する過度な「事前規制」であり、ユーザーのセキュリティや利便性を損なう恐れがある、ということだ。

ここでいう事前規制とは、実際になにかが行なわれる前に公権力(国や自治体)がその内容を審査し、許可したり差し止めたりすることにより、その行為自体を未然に防ごうとする規制手法のことを言う。

スマホ新法の場合も、公正取引委員会が定めるガイドラインがあり、そのガイドラインに沿ってプラットフォーマー企業に順守を促す。

これは、現状のプラットフォーマーがユーザー数とビジネス規模による「ネットワーク効果」で独占状態にあり、競争とイノベーションが生まれていない……と政府側が判断したからでもある。

だが、滝川教授はすでに「競争状態であり、イノベーションは停滞していない」と主張する。

現状アップルとGoogleは競争しており、「寡占ではあるが独占ではない」とする

「ネットワーク効果と規模の経済には限界がある。アップルとGoogleの間での競争は存在するし、アップルもGoogleも、過去の携帯電話市場における独占を突破して参入しており、10年・20年の単位で言えばどうなるかわからない。OpenAIがコンシューマ向けハードウェアを作っているように、生成AIによって新しい競争も生まれている。独禁法で対処可能なのに、事前規制で対応するのは硬直的だ」(滝川教授)

生成AIなどで新しい競争が生まれるので、現在の視点での評価は硬直的

すなわち、スマホ新法は特定の行為を違法とみなすため、企業の正当な理由や競争促進効果を考慮する余地が狭く、ビジネスを萎縮させる、という主張だ。

「エンドツーエンド」の管理が失われる危険性

では具体的にどのような課題が発生するのか?

滝川教授が危惧するのは、アップルによるハード・ソフト・サービスを統合的に管理する「エンドツーエンド」の管理が失われることだ。

アップルは自社に閉じることで安全性を担保しているが、Androidはメーカーに自由度があり、そこで競争が存在する。

アップルは統合的な管理で差別化しており、オープン化の強制はユーザー価値を毀損する、と主張

一方で、スマホ新法によってiPhoneを強制的にオープン化することは「特徴の否定であり、ユーザーの利益損失を招く」(滝川教授)とする。

セキュリティやプライバシーの担保がなされないことは新機能が日本で提供されなくなる可能性につながるためだ。

OS開放によるセキュリティリスク

これは、欧州の「デジタル市場法(Digital Markets Act、DMA)」によって、MacとiPhoneを連携させる「iPhoneミラーリング」機能が提供されていないという例を思い出させる。こうしたことが今後、日本で起きる可能性もある……という示唆だ。

ただし滝川教授は、ガイドラインが成案になる過程で「質的な改善があった」とも評価する。セキュリティやプライバシーの確保についての文言が盛り込まれたためだ。他方で、本質的な問題が解決されたわけではない、というのが滝川教授の主張だ。

ただし、ガイドラインも成案になるときにセキュリティやプライバシー面の両立が明記された

また、代替アプリストアでの審査についても、公式ストアに存在した「公序良俗等の審査」がなくなることの問題も指摘する。

代替アプリストアで「公序良俗審査」がなくなることを危惧

ウェブブラウザーのデフォルト設定選択なども、「ユーザーを守るには必要なもの」と反対する。

それぞれのプラットフォームは、それぞれの事業者が管理している。スマホ新法はプラットフォーム提供者に管理せず自由に任せよ、としているが「プラットフォームは管理しないと混乱し、ジャングルのような状態になってしまう。それは安全性低下につながる」(滝川教授)という考え方だ。

もう一つ、こうした仕組みに対して滝川教授は、「アプリ事業者の保護はあっても消費者利益の観点が全く出てこない」と指摘する。

EU追随型の仕組みは正しいのか

また滝川教授は、この規制が「時勢に合っていない」という問題点も指摘する。

多くの人が指摘するように、日本のスマホ新法は、欧州のDMAに影響されて生まれたものだ。

「日本はDMAに追随すべきではない。イノベーションが停滞する。今回の法律はDMAに追随したのが根本的な間違いだ」と滝川教授は言う。

DMAやMSCAにつながる動きが出てくるのは、アメリカのプラットフォーマーが大きくなり、各国の独立性を揺るがしている……という懸念があるからだ。

そのこと自体は否定できない。AIでも、それぞれの国で作られた「ソブリン(主権)AI」の必要性が語られている。

ただ、現実問題として、今から日本がグローバルな巨大プラットフォームを作れるか、というと「難しい」と滝川教授も指摘する。「現実的に日本だけでは無理と認めざるを得ず、だとすれば、協同・補完型を目指す必要がある」(滝川教授)という考え方だ。

滝川教授は「日本はDMAに追随すべきでない」と主張

アメリカは独禁法運用による「是々非々」型の対応に変化してきている。Googleについても、「新たな競争が起きている」としてChromeの分割・売却には踏み込まなかった。

アメリカは競争法ベースであり、そちらが望ましいと話す

現状を分析すれば単純なEU追随型ではなく、アメリカ型が望ましい、ということだ。

新法施行後には「不満なら声を上げる」ことが重要

筆者としては滝川教授やアップルの主張に同意する部分はある。

EUの手法が過度に抑制的であり、消費者への機能提供・先進的な利便性の確保にマイナスであってむしろ非競争的になる。率直に言って「日本で機能が使えなくなる」ことを歓迎する人はいないだろう。

また技術開放についても、一定の技術料支払いは必須であり、その判断は透明性が必要になる。

ある種言い訳のように「ブラウザーを変更できます」と出しても、大きな影響がないことは、過去にWindowsで起きたことが示している。消費者はわかりやすさや利便性で選ぶものであり、そこで安全性も担保するのがプラットフォーマーの責務だ。

公正取引委員会は「チョイススクリーン」という名前でスマホ新法のキャンペーンを展開する

他方で、公序良俗審査についてはむしろ多様性が存在すべきであり、他国の判断基準を常に善とすることには異論がある。課金方法についても多様化は必須だ。

AirDropのような機能は閉鎖的であるより「誰もが使える」ものである方が良く、その上で「快適さやわかりやすさ」で差別化が進むことが望ましい、と考える。

ただ、これはある意味で各論の違いに過ぎない。

「ガイドライン変更が恒久的であることを前提とする法律がこの種の規制に相応しいのか」「EU追随であり、現在の状況にあっていない」という点は、滝川教授の主張に同意する部分が大きい。

ただ、法が施行される以上、その運用を監視する必要はある。

滝川教授は「不満点があれば、ソーシャルメディアなどで声を上げることも重要だ。今はそういう時代」と説明する。

公正取引委員会側も運用に注意を払うことは公言しているが、運用に課題が生まれたときに修正を求めるためにも、不満は「声に出していく」ことが大切、ということなのだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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