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なぜ旧石神井公園団地のマンション建替はうまくいったのか
2024年8月16日 08:30
国土交通省の統計によると、日本の分譲マンションは2021年末時点において約685万戸のストックを抱えています。そのうち築40年以上のマンションは約115万戸におよび、総数の17%を占めます。さらに国交省は、20年後の2041年には築40年を超えるマンションが約425万戸に達すると予測しています。
老朽化したマンションは主に耐震性で不安を抱えますが、そのほかにも外壁の崩落といった不慮の事故が起きやすく、居住者のみならず近隣住民などの生命・身体にも危険を及ぼします。
そうした危険を抱えながらも、多くのマンションが建て替えられないままになっています。同じく国交省の統計では、2019年4月までに建て替えられたマンションは全国でも約1万9,200戸しかありません。マンションの建て替えは、住民のみならず行政や建設会社などの課題になっているのです。
旧石神井公園団地は2023年に建て替えられて「Brillia City石神井公園ATLAS」へと生まれ変わりました。全体の戸数も490戸から844戸へと大規模になっています。
この建て替えは、業界内でも大規模集合住宅の成功事例として話題を集めています。石神井公園団地マンション建替組合理事長の黒河内剛さんに建て替えまでのスキームや苦労、建て替えにおいて工夫した点などを聞きました。
“最新鋭”だった旧石神井公園団地
――旧石神井公園団地が完成したのは1967年です。黒河内理事長が団地に入居するまでの話から聞きたいと思います。
黒河内:私は1954年に世田谷区で生まれまして、太子堂の世田谷区住宅供給公社の団地に住んでいました。こちらは賃貸です。中学校2年生のときに旧石神井公園団地の8号棟に転居してきたので、もう半世紀以上は住んでいます。
――旧石神井公園団地に引っ越してきたときの印象はどうだったのでしょうか?
黒河内:生まれ育った世田谷に畑はありませんでしたが、練馬は駅から団地まで一面キャベツ畑でした。道路も舗装されておらず、駅から団地までは砂利道でした。電車の車両もボロかった。そのあたりの格差は如実に感じました(笑)。
ただ、旧石神井公園団地は当時としては設備が最新鋭で、内風呂はバランス釜でしたし、アルミサッシや換気扇なども備わっていました。あと、前に住んでいた太子堂の団地は、トイレは水洗ながらも和式でした。こちらは洋式でしたので、最初はどうやって使うのかわかりませんでした。
また、太子堂の団地は都市ガスを使っていましたが、台所に換気扇はありませんでしたし、お風呂は銭湯でした。ですので、引っ越してきたときは生活がガラリと変わったのを覚えています。
――旧石神井公園団地は、どんな人たちが住んでいたのでしょうか?
黒河内:東京都出身者が団地に住んでいることはなかったように思います。石神井公園団地の住民は地方から出てきた人が多かったです。だから、盆と暮れは多くの世帯が帰省していて、団地は静まり返っていました。
2023年に団地が新しいマンション(Brillia City 石神井公園 ATLAS)に建て替わりました。新しいマンションになってから入居してきた家族は30代、40代が中心で、その何割かの人たちは実家が一戸建ての実家が練馬区内にあるようです。
建て替えを決めた「エレベーター」問題
――建て替えの議論が本格化するのは2007年です。どんな理由から建て替えの議論が始まったのでしょうか?
黒河内:一番の問題はエレベーターがなかったことです。旧石神井公園団地が竣工した当時、入居者の多くは30代、40代でした。それから約40年が経過していますから、70~80歳を迎える年齢です。竣工当時は5階まで難なく階段を昇り降りできた住民でも、体力的に厳しくなっています。
もうひとつの問題が電気容量です。私が中学2年生で引っ越してきたときは、ようやくカラーテレビが普及してきた時代です。エアコンを入れている家庭はありません。今はどの家にもエアコンを設置しています。そうなると電気容量が不足します。つまり、家電製品が増えたことで、建物自体が時代に合わなくなってしまったんです。
例えば、当時はガス炊飯器が主流でした。各戸の電気容量が30Aしかないわけですから、電気は2系統しかありません。居間にキッチンがあり、そこで電気調理器を使いながらエアコンをつけるとブレーカーは落ちます。電気を使っていない部屋で電気炊飯器は使用して、炊けたら居間に運んでくるという生活スタイルでした。
あと、団地の管理組合の下部組織に技術諮問委員会がありました。これは建築士とか建設会社で働いている人によって組織されていた委員会ですが、その専門家の人たちが「建て替えは議論から完成まで10年のスパンが必要だから、今から議論しておかないと住めなくなる」と言っていたんです。
当初は建て替えが既定路線だったわけではなく、大規模修繕という選択肢もありました。大規模修繕だと、外付けのエレベーターを階段の踊り場に取り付けなければなりません。それだと、エレベーターを設置しても階段の昇り降りが生じます。そうした理由から、2010年に大規模修繕ではなく建て替えに方針が決まりました。
最大の課題「意見集約」 なぜ石神井公園団地はうまくいったのか
――2007年に議論が本格化してから2010年に建て替え方針が決まったということは、その期間は約3年です。住民が多い中で、短時間で多くの意見が集約できた要因は何でしょうか?
黒河内:実は、その約3年間で委員会を37回も開催しています。また、「建て替えニュース」という議論の内容を記した会報誌を14号も発行しています。とにかく、住民の意見をたくさん聞いて、情報をみんなで共有したことが短期間で意見をまとめることができた要因と思います。建て替えが決まると、今度は2011年に推進委員会を立ち上げました。そこで議論された内容についても、機関紙を発行して住民に細かく伝えていました。
――黒河内さんは、最初から建替組合の理事長だったのでしょうか?
黒河内:私は管理組合のときには総務担当で、建て替えの理事をやっていました。建替組合が発足したときに理事長に就任しています。私は設計や建設関係の仕事をしていたわけではないのですが、管理組合のときに建て替え担当として行政に相談へ行くことが多々ありました。行政担当者から教えてもらうことも多く、建て替え組合が発足したときに、近隣住民への対応も必要でした。
そうした経験もあって、誰が建替組合の理事長をやるのか? を話し合った際に自然に建替組合の理事長をやることになりました。理事長に就任したのは2020年です。
旧石神井公園団地には15名の理事がいました。任期は2年。半分ずつ交代していくような形式です。建て替えが決まった2011年以降は、理事会そのものは議論が紛糾していなかったのですが、団地住民や団地外の住民から多くの要望・要求をいただきました。
――建て替えにおいて、どんな意見が出てきたのでしょうか?
黒河内:2011年に発足した推進委員会は建て替え反対派が理事会の多数になりました。理事長も反対派が就き、建て替え計画自体が潰れかけたこともあります。その期間が約1年半。そこで区分所有者の3分の2名によって総会が招集され臨時総会で反対派の理事長を解任しました。そうした混乱から、新しい理事長が就任してもすぐに辞めてしまう事態が続きます。
私が理事長に就任した時は建て替えのプランニングは終わっていましたので、事業者に「団地の建て替えをやりたいんだけど、どうですか?」という提案をする段階でした。応札してくれた事業者は3社あり、団地住民40名ぐらいで話し合って東京建物・URリンゲージに決めました。
決定後、基本設計を提示してもらい、それを受けて住民が要望を伝えて、建物をこうするとか駐車場は平置きにするといった内容を提示して2019年に建て替えを決議しています。
――建て替えで苦労するのは、住民が無関心という話をよく聞きます。話し合いの場に、なかなか参加してくれない……と。そういう意味で、旧石神井公園団地の住民は意識が高いように思えます。
黒河内:住民同士でコミュニケーションを密に取っていたと思います。全体の建て替え説明会は3回実施しましたし、事業説明会を1回。それから決議に臨みました。また、旧石神井公園団地内によろず相談所も開設しました。よろず相談所は空室になっていた部屋をURリンゲージが借りて、そこに相談員を配置して建て替えの相談に乗ってくれたんです。
大きな説明会が終わると、そこで個別面談をしてくれるんですね。個別面談とは、デベロッパーの東京建物と一戸の家族が話し合う場です。全体の会議では、ちょっとした疑問を口にできません。そういった疑問をよろず相談室で聞くことができるようにしたんです。
そういった環境をつくったので、団地住民とデベロッパーは顔のわかる関係になり、信頼関係が生まれたと思います。
あと、これは個人的な感想かもしれませんが、私は中2のときから8号棟に住み、結婚してからは1号棟に住んでいます。父親も団地の理事をしていましたし、私も理事を2回やりました。顔は知らなくても、団地内で黒河内という名前を知っている人はかなり多いと思います。だから疑問に思ったことでも気軽に質問しやすかったと思います。それと、最初から住んでいることを知っているので、団地を変に変えたりはしないから建て替えの難しいことを任せても大丈夫という雰囲気も感じました。
緑を活かした立て替えで財産をつなぐ
――新しいマンションになって快適性が向上していると思いますが、特に実感する部分はどこでしょうか?
黒河内:私が住んでいるのは1階ですが、専用テラスがいいなと思っています。二重ガラスになっているのでサッシは重いんですが、遮音性に優れているので外からの騒音が室内まで入ってきません。すぐ目の前は道路になっていますが、歩行者の足音なども気になりません。機密性も高いですし、全戸が床暖房ですから冬も快適に過ごせます。
――石神井公園という立地による部分も多いかと思いますが、マンション内も緑が多いと感じます。特に、高木が多いように感じますが、こだわりがあったのでしょうか?
黒河内:旧石神井公園団地が1967年9月に竣工して、3年後の1970年に団地住民でサクラとかヤナギなど、たくさんの高木を植えました。サクラの木は団地でバラバラに植えたんですが、後年に石神井川の河川敷を拡幅することになって伐採してしまったんです。その跡地を東京都が収用したので、東京都が代替として同じようにサクラとヤナギを植えました。今は東京都が管理もしています。
そのほかにも、団地内に植えたケヤキが根上がりで地面が隆起してしまって問題になったこともあります。住民が勝手にミカンやウメを植えたりしていました(笑)。
とにかく団地時代から緑は多かったので、それを意識して新しいマンションも基本設計をしてもらっています。ランドエスケーパーの専門家が意識的に多種類の樹木を配置してくれているようです。
私は建替組合の理事長でしたので建て替え時の平面図で確認はしていましたが、入居してみると「高木をたくさん植えてくれたなぁ」という実感が沸きました。これは、私だけじゃなく多くのマンション入居者も同じ感想のようです。
――旧石神井公園団地から新しいマンションに建て替えるにあたり、駐車場はどんな議論があったのでしょうか?
黒河内:当初、駐車場は地上・地下を合わせて310台の予定でしたが、267台に減らしました。以前は駐車場が団地の敷地外にあり、300台ぐらい駐車できました。建て替えでマンション内に駐車場を設けることになりましたが、駐車台数を従前に合わせるので地下もしくは機械式という話になりました。
最初の地上と地下で310台という話は、私が理事になってから、地下は絶対に無理ですと1年かけて説得しました。ここの地形は谷なので湧水の量が凄いんです。湧水が出る場所に地下駐車場は造らないのが一般的ですが、造るとしたら二重の壁にしなければなりません。
それだと建設コストは膨らむし、ランニングコストも増えてしまいます。また、湧水はどこかに排水しなければなりませんが、地下駐車場案を考えていた人たちは「石神井川に捨てればいい」と思っていたようなんです。
このマンションは雨水をマンションの地下に一時的に貯めて、それから下水道へと流しています。そうなると下水道料金がかかります。地下駐車場を造ると、湧水を捨てるのに下水道料金が毎月かかってしまうんです。そんな話をしたんですが、最初は誰も信じてくれませんでした。それなので、水道局・下水道局の資料を出して説明しました。
こうして高額な費用がかかることを理由に地下駐車場案はNGになったのですが、次は機械式駐車場案が出ました。機械式駐車場は事故が起きるリスクが高いので、私は最初から頭の中にはありませんでした。事故を考えたら何もできないのは事実ですが、機械式は点検や更新の費用もかかります。
一定の規模以上の建築物を新築・建て替えをする場合、その建築物の床面積に応じて駐車場を設けることを義務付ける制度があります。その附置義務を満たせるなら、私はすべて平置きにしたいと思っていました。調べてみると、全台を平置きにしても附置義務を満たせるということがわかったので、維持費が最小限で済む平置きにしたのです。
――駐車場を平置きにしたことで設計が大きく変更するなど、大変なことはありませんでしたか?
黒河内:地下駐車場をやめた時点で設計は大幅に変わっていましたので、全台を平置きにしても大きな変更は生じませんでした。機械式は駐車場を立体化するかしないかだけなので、建物の設計に影響はありません。
設計変更が生じたのは、それよりも室内です。団地住民からの意見で、福祉関係に携わっている住民から、「トイレを横向きにしてほしい」というリクエストが出たんです。
一般的なトイレはドアを開けると便座が目の前にあります。この構造だと車イスの方は用を足すのにドアを開けてから180度回転しなければなりません。かなり手間です。
その意見を聞き、建て替えを担当する東京建物と設計会社に話をすると、快く設計変更に応じてもらえました。大きな設計変更は、それぐらいでしょうか。
――建て替えにあたって、全体の戸数は490戸から844戸へと増えました。戸数が増えて、それを売却して建て替え資金に充てるわけですから、住民への還元率は高くなったのではないでしょうか?
黒河内:建て替えて新しくなったマンションは、2024年5月で新規分譲分が全戸完売しました。建て替え記念イベントを開催した2023年11月時点で、600戸前後は入居していたと思います。
建て替えによって生じた還元率は83%ぐらいですが、この後に固定資産税を先取りで負担してもらっていた分や消費税の還付します。
そういった税金関係を剰余金としてプールしているので、この後に返金作業が発生します。それを含めると、最終的な還元率は85%ぐらいになります。
これは平均還元率ですので、例えば昔の団地で3LDKを持っていた人がお子さんも独立してご主人も亡くなって一人暮らしになったから小さな部屋に住み替えたいということで逆にお金が入ってくるケースもあります。還元率は、建て替えの事業をスムーズに進めるにおいて重要だと思っています。
――平均還元率が85%と高いと、居住者の金銭的負担が少なくなって助かりますね。
黒河内:還元率に関しては、旧石神井公園団地の特殊な事情もあります。敷地に隣接して「さくらの辻公園」という区立公園があります。その場所は、もともと旧石神井異公園団地の汚水処理場でした。団地が竣工した頃は一帯の下水道は未整備で、公団が団地独自の処理場を造ったのです。
そのうち練馬区全体で下水道の整備が進み、処理場は不要になりました。その跡地を練馬区に無償貸与し、区立公園として使用されていたのです。
団地を建て替えるときに練馬区と話し合いをしまして、練馬区に桜の辻公園を買ってもらいました。その売却益が建て替え組合の予算に算入できたので、入居者の負担は軽くなりました。それは非常に助かりました。
――その一方で、何度も引っ越しをするのは面倒なので建て替えと同時に新しい住まいから戻らないという選択をした住民もいるのではないかと思います。
黒河内:建て替えるにあたって一回引っ越しをしてしまうと、戻ってくるために再び引っ越しをするわけです。短期間で何度も引っ越しをするのは面倒です。それが490戸のうち310戸しか戻ってこなかった要因と思います。
特に、高齢者は嫌がります。それなので、建て替えた新しいマンションの取得を断念した高齢者が30名前後いました。
建て替えの際に転出する住民に対しては、転出補償金を出しました。最低でも2,500万円程度は転出補償金を支払っていますので、それ以外にも管理費と修繕積立金のプール分を分配金として返還しています。転出された住民には2,800万円ぐらいお支払いしていると思います。
同じ団地でも都営は賃貸で、公団は所有という違いがあります。公団は所有なので転出するにしても補償金を受け取れますし、引き続き住む人にとっては新しい住戸を造ってもらえます。
理事長という立場で団地の建て替えを経験してみて、住まいを資産と考えていない人、相続に疎い人が多い印象を抱きました。
今はマンションストックが多い時代になっていますから、これからは財産をつないでいくという意識を持ってマンションの建て替えを考えていく必要があるでしょう。