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老朽「団地」の課題と再生。多摩川・松原・中野の似て非なるテーマ

多摩川住宅 ホ号棟のマンションへの建替え完成予想図

近年、居住者の高齢化や建物の老朽化が課題となっている団地(住宅団地)。国土交通省の調査によれば1973年に団地供給量(集合住宅および戸建住宅団地含む)がピークとのことなので、今後、築50年以上となる団地も多くなってくることだろう。設備・建物の老朽化はもちろん、耐震・防災面の問題も大きい。

そこで注目されるのが団地の再生。現在、この事業に取り組んでいる住友不動産に団地再生の現在について話を聞いた。

地域や所有者など、団地それぞれで異なる再生方法

住友不動産が取り組んでいる団地再生について教えてくれたのは、多摩川住宅の建替事業を担当する、住宅分譲事業本部 開発推進第一事業所の西浦 出さん。団地を再生するといっても、団地そのものの条件や開発する土地によって開発方法が異なるという。

「当社では調布市の多摩川住宅、埼玉県草加市の松原団地、中野駅南口の中野住宅跡地、の再生事業などに携わっていますが、それぞれ事業の内容が異なります。多摩川住宅は『建替え』、松原団地は『一般開発』、中野は『再開発』で、もともと団地があった場所を再生することに変わりはありませんが、街の目指す方向や開発の主体が異なります」

区分所有者の意思で団地再生を目指す、マンション建替え円滑化法

西浦さんが担当するのは「多摩川住宅 ホ号棟」の建替えにより再生を目指す事業。1968年に竣工した多摩川住宅は東京都住宅供給公社が手掛けた初の大規模団地で、調布市と狛江市にまたがる約50haの広大な敷地面積を誇る。その巨大団地の再生にあたり「ホ号棟」が先陣を切って建て替えられる。

多摩川住宅全景 空撮(2021年8月撮影)

「『マンション建替え円滑化法(正式名称:マンションの建替え等の円滑化に関する法律)』に基づき、区分所有者の合意を形成したうえで建替えを進めます。といっても最初から賛成の人ばかりではありません。多摩川住宅の場合はホ号棟が建替推進決議を可決し、街づくりの検討・協議を開始したのが2008年。それから15年もの長きにわたり話し合いを続け、ようやく昨年の8月に着工しました」

マンション建替え円滑化法では建替決議で区分所有者の4/5以上の賛成が得られれば建替えを進められることが定められているとはいえ、一人一人価値観の違う区分所有者の意見を集約し、その採決に至るまでには多くの時間が必要なのだろう。

「老朽化した団地やマンションを建替えるのは、合意を形成するのがとても大変ではあります。しかし、旧耐震基準の集合住宅が築40年以上となっている現在、地震への備えとして建替えを選択する管理組合も増えてくるかもしれません。建替えにより防災・防犯を備えた安全性の高い住宅に生まれ変わることはもちろん、歴史ある団地のコミュニティを維持することが団地再生には欠かせないと思っています」

多摩川住宅 ホ号棟は、380戸(11棟)から905戸(7棟)のマンションに建替えられる。バリアフリー化への取り組みとして街路や歩道も整備され、緑があふれる環境も継承し、安心して住み続けられる街に生まれ変わる。

取得した土地にマンションを建てるのが一般開発

住友不動産および東武鉄道が松原団地で開発した「ソライエシティ ザ・パーク」「ソライエシティ ザ・ガーデン」「ソライエテラス」は、一般開発で生まれた大規模マンションだ。

一般開発は街づくりでよく用いられる手法で、開発事業者が用地を取得してマンションなどを建設する開発。企業の工場跡地や閉店したスーパーの跡地に新築分譲マンションが建っていたという話を見聞きしたことがあるとすれば、そのマンションは多くの場合一般開発により誕生している。

松原団地はUR都市機構により住戸を集約化した建替えが進み(多階層化)、空いた土地を取得してマンション開発を行なっている。団地そのものを再生する事業ではないが、建替事業を記念した松原団地記念公園や、建替え以前からあった街路樹などのランドスケープとの融和を図っている。

松原団地の再生は、UR都市機構と草加市が一体となった総合的な街づくりとしてスタート。長年にわたり培われたもともとのコミュニティと、移り住んだ人々のコミュニティが融合して、新たな街へと再生した。団地および団地跡地の再生とともに教育・子育て施設の新設や再整備も行なわれ、ファミリー層の増加が期待できることから、団地エリアの高齢化に歯止めをかける要因ともなる。

ソライエシティ ザ・パーク/ザ・ガーデン

土地区画整理事業+市街地再開発事業が一体化した駅前再開発

中野駅南口駅前のプロジェクトは、駅前エリア全体を「再開発」し、オフィス棟と住宅棟のツインタワーを建設するという市街地再開発事業。団地跡地の再生というより、街全体の再生に携わる。

中野の南口で進められているオフィス棟と住宅棟の外観完成イメージパース

中野駅南口エリアは東京都住宅供給公社の中野住宅があったが、駅につながる動線が少なく、また南口駅前広場は歩行者や自動車の交通空間が不足していることが課題だった。こういった課題に対し、更新時期を迎えた中野住宅の解体とあわせて、土地の合理的活用や都市機能の改善を図る再開発事業となる。

旧・公社中野住宅 解体前

松原団地と同様に、中野住宅も東京都住宅供給公社が多階層化による住戸の集約建替えを行なった(現 コーシャハイム中野フロント)。集約により創出された土地に高層ツインタワーを建設する。

この再開発事業は土地区画整理事業と市街地再開発事業の一体的施行という手法が用いられている。国土交通省によれば土地区画整理事業とは「道路、公園、河川等の公共施設を整備・改善し、土地の区画を整え宅地の利用の増進を図る事業」とのこと。市街地再開発事業は「建築物及び建築敷地の整備並びに公共施設の整備に関する事業」。と、いわれてもピンとこないが、簡単にいえば土地の地権者や行政が一緒になって暮らしにくい街を暮らしやすい街に生まれ変わらせることだ。

土地の合理化により、都市型住宅や商業施設などの都市機能を集約し、中野駅南口に新たなにぎわいを創出することを狙いとしている。

土地区画整理事業と市街地再開発事業の一体的施行により、南口駅前広場の拡張整備や、交通動線の整備を行なう

現代のタワマン同様、当時は憧れの住宅だった団地のこれから

1960年代、団地はいまでいうタワーマンションのようなあこがれの住宅だった。それまでちゃぶ台を囲んでいた生活から、ダイニングキッチンがある2DK、3DKの間取り(寝食分離)、水洗トイレに内風呂がある暮らし(最新設備の導入)を求め、応募倍率も高かったという。昭和の三種の神器であるテレビ・洗濯機・冷蔵庫を購入しての団地住まいは、上場企業のサラリーマンや官僚にとってステータスだった。

それから半世紀、建物の老朽化と居住者の高齢化が進む団地は岐路に立っているといえるだろう。4階、5階までエレベーターのない生活や旧耐震基準で建設された防災面での不安、昨今の温暖化が原因と思われる自然災害への対応など、当時は最新だった団地が、いまでは時代遅れの感が否めない。

「セキュリティに関しても、現在のマンションは各住戸はもちろん、共用エントランスでオートロックが採用されています。一部のマンションでは敷地内に入る際もセキュリティシステムがあり、三重の備えを実現。建物の老朽化だけでなく、安全性が求められています」

このような現在の団地の問題を解決する手段の1つが建替えだ。耐震性や居住性、安全性がアップデートされるとともに、住戸を集約し、大規模化を図ることによる戸数の増加で若い世代が流入し、多世代が暮らす新たなコミュニティが形成される。多摩川住宅の建替え、松原団地の新築分譲マンション、中野の駅前再開発と、団地再生の手法は違えども、街を活性化するという目的は変わらない。

「当時の団地そのものはなくなっても、団地が培ってきた街の文化を可能な限り残しながら、それぞれの土地に合わせた団地再生計画を立てることが、そこに暮らしてきた人たちと、新たに暮らしはじめる人たち双方にとって、大切なのだと思っています」

団地の建替えや団地エリアを含む再開発の事例はまだ少ないのが現状だが、団地再生は持続可能な街づくりそのものといえるのかもしれない。

森田範彦