鈴木淳也のPay Attention
第270回
“かざす”をなくす改札 東京メトロの“Bluetooth”タッチレス改札機を検証
2026年3月6日 08:20
既報の通り、東京地下鉄(東京メトロ)は3月2日から10日までの期間にわたり、「タッチレス改札機」の東京メトロ社員向け実証試験を東京メトロ南北線の白金台駅で実施している。
タッチレス改札機にはいくつか技術的な実装方式があり、1つがJR東日本やJR西日本、大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)、東武鉄道などが実証実験を行なっている顔認証技術を用いたバイオメトリクス認証改札機、もう1つがJR東日本が技術展などでたびたび紹介している“ミリ波”を使ったものなど、無線技術によって実現される改札機だ。
特徴として、前者は生体情報を事前に登録することで、例えば“顔”そのものが切符の代わりとなり、スマートフォンやSuicaのような交通系ICカードなしで改札機を通過できるようになる。手軽な反面、事前に生体情報や決済情報を鉄道会社のサーバなどに登録する必要がある点がデメリットで、この点が利用のハードルを高くしている。
そのため、この仕組みが最も有効なのは特定の拠点間を毎日のように移動する通勤・通学客でとなる。実際にJR東日本・西日本で行なわれている実証実験では定期券の利用者を対象にしている。
後者の無線技術を採用するものでは、生体情報の代わりに電波を発信することが可能なデバイスを用いることでタッチレス改札機を実現する。
具体的にはスマートフォンなどのデバイスに、交通系ICカードに準ずる支払い情報を含めた情報を格納し、改札機を通過するタイミングで当該デバイスと改札機が通信を行ない、入退場処理や通過の可否判定を行なうことになる。
事前準備が必要だが、生体情報のような登録がないため、普段対象となる鉄道を利用しないような“一見さん”であっても利用が可能という特徴がある。
電波を使う方式では、現在のところ主に「ミリ波」「UWB(Ultra Wide Band)」「Bluetooth(BLE)」の3つの技術が想定されており、それぞれに長所短所がある。
生体情報でも電波方式でも、両者に共通するタッチレス改札機のメリットは「ハンズフリーで改札機を通過できる」という点にあり、例えば両手に荷物を持っていたり、冬場で財布を懐から取り出したり、スマートフォンの操作を行なうのが“おっくう”というケースで役立つ。
電波方式の場合、通過に必要なデバイスはカバンやポケットの中に入っていても問題なく通信できるため、こうしたハンズフリーによる通過に適した仕組みというわけだ。
今回は東京メトロで実施されているBluetoothを用いたタッチレス改札機の技術的な解説と合わせ、電波方式について少し整理したい。
実際に東京メトロのハンズフリー改札機の動作を見る
今回のタッチレス改札機だが、既存の改札機に後付けでBluetoothの読み取り機を設置したものとなる。入場と退場の双方向で通過が可能な改札機の左右両方向の計4カ所に装置が取り付けられ、ここで今回の実証実験用のアプリを導入したスマートフォンのBluetoothを“オン”にした状態で改札機内を移動することで認証が行なわれ、改札通過の可否が判定される。
今回は白金台の駅単体での実験のため、2点間での切符による移動や差額運賃などの処理は考慮されない。あくまで「改札機通過が可能な切符を持っているか」のみが判定基準となる。
なお、今回の実証実験には東芝が参加しているが、実証実験として白金台駅を選んだ理由は「東芝製の改札機を採用(東京メトロの改札機は日本信号、オムロン、東芝の3社)しており、報道公開や実証実験に充分なスペースが確保できる場所という2つの条件を満たしたのが白金台駅」(東京メトロ広報)とのことだ。
通過の様子は動画でも確認できる。たまたま撮影時に写ってしまったのだが、後ろで交通系ICカードで改札機を通過する人と同じタイミングで移動できていることが分かる。筆者も試してみたが、普通の通過速度であれば問題なくハンズフリーで通過できる。早歩きだと失敗するケースもあったが、よくこの手のサービスで心配される「通勤・通学のラッシュ時の人流を捌けるのか」という面ではほぼ問題ない。
また、今回の仕組みではBluetoothと通常の交通系ICカードの両方とも受け付けているので、その点でタッチレス改札機が特定のレーンを占有してしまうということもない。
ただ、成功動画だけだと「全員素通しなのでは?」と思われるかもしれないので、NGパターンも紹介しておく。Bluetoothを“オフ”にした状態で通過しようとした場合、手前のBluetooth読み取り機ではチケット情報が確認できず、そのまま改札機の中心部に進入してしまったため、センサーが反応してフラッパーゲートが閉じるようになっている。
Bluetoothの有効範囲を絞ることで誤検知を減らす
次に技術部分を見ていく。下図は今回の実証実験でのBluetooth読み取り機の認証範囲だ。意外に狭いことが分かるだろう。このため、例えばスマートフォンを胸から上に抱えた状態であったり、胸ポケットなどに入れた状態で改札機を通過しようとすると判定が行なえず、フラッパーゲートが閉じてしまう。
なぜこのような形で範囲を絞ったのか? その意図をBluetoothまわりの技術開発とアプリ連動の部分を担当したSinumyのテクノロジーストラテジスト/プロジェクトマネージャーの世永智也氏に聞いた。
「RSSI(Received Signal Strength Indicator)の信号強度でデバイス(スマートフォン)の位置測定を行ないますが、有効範囲を意図的に狭くすることで誤検知のリスクを減らしています。高さは最大で改札機の上辺程度まで調整が可能で、これを越えると誤検知の可能性が高くなります」(世永氏)
改めて改札通過のメカニズムを見ていく。
Bluetoothを使った認証まわりはSinumyの担当部分で、同社が提供するハンズフリー設定のアプリで「どこチケ」のチケット情報への紐付けを済ませた状態でデバイスのBluetooth設定を“オン”にすることで改札通過が可能になる。
この状態ではスマートフォンがBLEのビーコンを発する状態(Advertise Mode)となり、自身の存在を周囲に知らせるようになる。改札機のBluetooth読み取り機は常にアクティブな状態で待機しているため、検知可能な範囲に入ったデバイスをRSSIによる位置測定で認識し、認証に必要な処理を開始する。
認証の過程で重要なのは、「どこチケ」のサービスと連動している部分だ。「どこチケ」は東芝が提供するQRデジタル乗車券サービスの名称だが、東京メトロではこのシステムを採用してQR乗車券を使ったさまざまな関連サービスを提供している。
今回、実証実験に東芝の改札機を選んだのはこれが理由だと思われるが、先ほどの操作でSinumyのハンズフリー設定アプリから「どこチケ」への紐付けを行なったことで、当該アプリの認証情報が「どこチケ」のクラウド側に登録され、改札機内のPCから“チケット情報”を確認できる状態になっており、これで通過の可否判定が行なわれて改札機のフラッパーゲートを操作している。
これが改札機通過にまつわる一連の動作の流れだ。
誤検知の部分について少し付記すると、一般にBluetoothはISM帯(Industrial Scientific and Medical Band)と呼ばれる2.4GHz帯の多目的に使われる帯域を用いており、電波状況が概して不安定になりやすい。また比較的波長が長いという特性から“回り込み”による遅延、そして反射による干渉など、位置測定における誤差を生みやすい。BLEを位置測定に使うサービスはすでに世に多く存在するが、実際にはこうした各種の要因から正確な位置測定が難しいのが実情で、最大時で数メートル程度の誤差が発生してしまう。
世永氏が「誤検知のリスク」に触れていたが、距離を狭めるほど誤検知のリスクは減るため、今回のような比較的範囲を絞った認証という形になったのだろう。
実際、2025年11月に幕張メッセで開催された鉄道技術展では、日本信号が顔認証とBluetooth認証によるハンズフリー改札機のデモンストレーションを行なっていた。ただし、説明によれば、Bluetoothの部分は有効範囲の関係で誤検知のリスクがあり、例えば同じ改札機を並列に並べたときにBluetoothで正確に位置判定が行なえるのかという点で「難しい」とコメントしていた。
逆にSinumyによれば、「(有効認証範囲を絞ったことで)並列に改札機を並べても技術的に問題ないと考えている」(世永氏)としており、このあたりはトレードオフということになりそうだ。
韓国でのBluetooth改札の事例
日本ではまだ実証実験レベルだが、韓国では商用サービスが先行している。
ソウル市内を走る牛耳新設線では、2023年から実証実験と合わせた商用サービスがスタートし、ソウルならびに近隣エリアの鉄道やバスへも徐々にBluetoothを使った改札・乗車サービスが広がっている。現地での名称は「タグレス決済(Tagless Payment)」と呼ばれており、特徴としてはBluetoothと複数のセンサーを組み合わせつつ、韓国内で有効な交通系ICカードならびに決済サービスである「モバイルT-money」に連携している点が挙げられる。
牛耳新設線での仕組みを例に紹介するが、既存の改札機に後付けで「タグレス決済」を導入するのは日本各地で行なわれている実証実験と共通する。ただ方式としてはこちらの方がやや大がかりで、文字通り改札機を通過する人々を丸ごとカバーする“門”のような外観が特徴といえる。
Sinumyのケースとは逆で、改札機のやや斜め外向きに“門”の上側に設置された装置から常にBLEビーコンを発信しており、これがスマートフォンのアプリが検知することでバックグラウンドの待機状態から「決済モード」へと移行する。
「決済モード」へと移行したスマートフォンのアプリは次に自身がBLEビーコンを発信し(Advertise Mode)、これを改札機上部のアンテナ(斜めに取り付けられたビーコン発信機の根本部分にある大型センサー)が受信することで位置測定を行なう。同時に、改札機側では赤外線センサーなどが稼働しており、改札を通過した人物の最終判定を行なう。これは、Bluetoothの位置測定のみでは隣のゲートをくぐった利用者を誤判定する可能性もあるため、より正確にデバイスを特定するための動作となる。両者が合致したことを確認したうえでスマートフォンの「モバイルT-money」の決済が行なわれ、一連の処理が完了するという流れだ。
特徴をまとめると、韓国の「タグレス決済」では改札機に近付くかなり前からスマートフォンとの通信が開始していること、そして正確性を期すために複数のセンサーを組み合わせて決済にまで至っているところだ。
「モバイルT-money」利用が最初から前提になっている点も興味深い。他方で、センサー数の多さや設置スペースの大きさなどもあり、全体にコスト高になっている点は否めない。
広域展開にはこの点がネックとなるためか、バスなどに導入される「タグレス決済」ではより簡易な端末が採用されるなど、要所要所で使い分ける形態を選んでいるようだ。
それでも入場記録なしや重複決済の問題が報告されることがあり、技術的な改良余地があると思われる。韓国では1回のタグレス乗車につき「300ウォン還元」キャンペーンを展開するなど積極的な利用を推奨しているようだが、まだまだ認知の問題も含め普及には至っていないようで、「タグレス決済」を利用するメリットをうまく創出する必要があると考えられる。
JR東日本のミリ波を使ったタッチレス改札機については動画も含めて別の機会に紹介しているが、電波方式を使ったタッチレス改札機のもう1つの有望株はやはりUWBだ。
本連載でもたびたび触れているが、Bluetoothで弱点となる位置測定の問題を一挙に解決できるのがUWBとなる。ただ、UWBは電波の広帯域にわたって短い信号(パルス)を発信するという性質上、世界各国の電波行政に左右される面が大きく無効化されるケースも少なくなく、最近でもAppleのAirTag 2が国内では一部機能制限が発生する。スマートフォンとして確実にサポートしているのがiPhoneの多くの機種とAndroidのハイエンドに限られるという問題もあり、この点でほぼすべてのスマートフォンで利用可能なBluetooth方式に比べてのデメリットとなる。
ただし、先日JCBがりそな銀行とUWBを使った新しい決済ソリューションの提供に向けた試みを発表していたり、JR東日本は2027年春に広域品川圏の5駅でUWB改札機の実証実験開始を表明するなど、少しずつUWBに関する認知が広がっている印象を受ける。
少なくとも、タッチレス改札機やタッチレス決済と並び次世代の注目すべき技術である点は間違いなく、引き続きウォッチしていてほしい。












