鈴木淳也のPay Attention
第244回
ステーブルコインは「決済通貨」になるのか? Stripeが本格展開の理由
2025年5月9日 10:56
米Stripeの年次イベント「Stripe Sessions 2025」が2025年5月6-8日の3日間にわたって開催された。Stripeは決済などの金融サービスをAPIベースで提供するが、企業やクリエイターなど個人は同社から提供されるコードを自身のWebサイト上に埋め込むことで、簡単に決済システムを実装できる。
ECサイトからモバイルアプリまで同社の仕組みを利用する企業は多いが、2月に発表された2024年の年間レポートによれば、Forbesが選出する同年のCloud 100企業のうち80%、AI 50企業のうち78%がStripeを採用しており、競争が激しく高成長な企業ほど好んで同社のサービスを好んで選んでいるといえるかもしれない。
重要なのは、2010年にStripeが創業したころ、こうした仕組みはまだそれほどメジャーではなかった点にある。初期のドットコムバブルの時期に登場したPayPalが広く知られているが、当時はまだ決済システムの実装は難易度が高く、特に国境をまたいだ取引が難しかったことが挙げられる。後にStripeを含め、AdyenやBraintree(PayPalが買収)といったAPIベースのサービスが複数登場し、こうしたサービス提供におけるギャップを埋めていくことになる。
決済サービス事業者の特徴はそれぞれあるが、Stripeが特に強みとしているのは強力なデベロッパーコミュニティにある。インターネットの決済や金融にまつわるサービスを機能単位で豊富に取りそろえ、柔軟に素早く実装でき、料金も競合に比べて比較的安価だとされる。
Stripeはコーポレートスローガンとして「インターネットのGDPを拡大する」ことを掲げているが、前述のようにスタートアップのような高成長企業ほど好んでStripeを採用し、素早く収益構造を構築できていることを鑑みれば、インターネットの発展の底支えを担っているといえるだろう。
そんなStripeだが、今回のSessionsで最も興味深かったのは「ステーブルコイン(Stablecoin)」を大きくプッシュしていたことだ。
ブロックチェーン技術を用いて取引を行なう点は暗号資産(Cryptocurrency)と同様だが、最大の違いは特定の法定通貨(Tender Currency)や商品(“金”などのコモディティ)の価格と連動するように“ペッグ”し、安定した価格で取引が行なえるようにしている点にある。暗号資産の代表として取り上げられることの多いビットコイン(BTC)だが、取引状況に応じて価格が大きく変動するため、通常の商品購入や送金での決済取引では安定性の問題から使いにくいとされており、どちらかといえば価格高騰を見込んだ投機取引に用いられる傾向が強い。
一方でステーブルコインは法定通貨など特定のターゲットに対して一定の価格を保てるよう、法定通貨や債券、各種コモディティなど同等の価値を持つものを担保にする、あるいは価格が一定水準に保たれるようアルゴリズムによる各種取引で調整する仕組みを用いることで、その価値を維持している。
Stripeは2024年10月にステーブルコインの取引をAPIベースで可能にする[Bridgeの買収を発表し、25年2月に買収完了を報告している。今回のカンファレンスでステーブルコインの話題が中心になったのは、このBridge買収を受けてのものだが、これまでクレジットカードや世界各国の“ローカル”の支払い手段を“決済”する仕組みを提供してきた同社が、なぜステーブルコインの取り扱いに興味を持ったのか。
すでにBTCなど仮想通貨向けのサービスも提供している同社だが、その背景をSessions初日の基調講演にゲストとして登場した米Meta CEOのマーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)氏と、Stripe共同創業者の1人で同社プレジデントのジョン・コリソン(John Collison)氏の対話から探ってみる。
ザッカーバーグ氏がAIとLibraに思うこと
今回のSessionsでは60以上の新機能が発表されているが、テーマとして本稿で注目したいのは前述の「ステーブルコイン」と「AI」だ。決済の世界において、セキュリティやさまざまなユーザーインターフェイス改善の面からAIはすでに無視できない存在だが、この2つのトピックを語るうえでザッカーバーグ氏ほど重要人物はいないだろう。
MetaはAI研究では最先端企業の1つであり、今日AIの世界で標準的な仕組みの多くは同社が関与している。一方のステーブルコインについては、プロジェクトとして失敗してしまったはいるものの「Libra(リブラ)」を2019年夏に発表して世間を大いに騒がせている。今回、ザッカーバーグ氏とジョン・コリソン氏の対談が非常に興味深い内容だったので、重要部分だけを抜粋して紹介したい。
ザッカーバーグ:「AIがほぼあらゆる製品カテゴリや経済の側面を変革することについて疑問の余地を挟む人は少ないと思う。実際にそうなるまでにどれくらいの年月がかかるかは分からないものの、予想以上のスピードで実現できていると感じている。例えば広告について、従来は企業が広告を出稿したい場合、自分でクリエイティブを考え、誰にリーチし、その顧客がどこにいるのかを考慮しなければならなかった。Facebookの出発点は、人々がこのプラットフォームにプロフィール情報をすべて入力したことにあり、企業はそれら情報を基に彼らが想定するターゲットに商品をアピールするのに最適な場所だった。だが現在では、われわれは企業にAIの仕組みの利用を推奨している。企業側がターゲットを限定しない限り、AIが人間よりも当該の商品に興味を持つ人を見つけられる可能性が高くなっている。人々はこうしたターゲットにリーチするためのマーケティングに注いでいた力を、より商品の開発やクリエイティブに振り分け、集中できるようになる。そして広告もまた、自動化の過程でより高い成果を得られるようになり、広告ビジネスの市場自体の拡大も期待できる」
ザッカーバーグ氏のこのコメントは、Stripeのコーポレートスローガンに訴えるものでもある。かつて面倒だった決済システムの自社サイトへの組み込みがStripeにより容易になり、開発者はより自社のサービスやサイトを魅力的にすることにリソースを割けるようになった。加えて、早期にビジネスを成長させる手段を得たため、インターネットGDPの底上げ、つまり市場拡大にもつながっているという話だ。
ザッカーバーグ:「AIの発展は非常に興味深く、われわれの誰もが自社製品の仕組みを再考しなければならない段階にあると考えている。私はAIが人間の仕事を代替できるという考えを持っているが、これは『必要に迫られれば効率化が求められる』という部分でAIを活用できる、と言うのが正しいのかもしれない。例えばMetaの何十億人という利用者全員に音声によるカスタマーサポートを提供するのはコストがかさみ、われわれの無料ビジネスモデルでは厳しい。だが音声AIが質問の90%に回答できるのであれば、残り10%のために人を雇う可能性も考えられるだろう。AIは人の10倍の言語能力があり、強力で理にかなっている」
コリソン:「私から見て、あなた(Zuckerberg氏)は多くのテクノロジーのトレンドに先んじている。例えばAIM(AOL Instant Messenger)が成功する前の11歳のときにあなたは独自のチャットアプリを開発している。Oculusを買収したのが11年前で、当時はまだARの存在はクールではなかった。(Meta内でAIの研究開発を行なう)AI Labは、AI分野での最も初期の大きな取り組みの1つだ」
ザッカーバーグ:「先んじているものもあれば遅れているものもある。TikTokが人気になったとき、『よし勝つぞ』と思った。一方で、すべてにおいて相手に遅れていると、次のコンピューティングプラットフォームにはなり得ないだろう。私が会社を設立したのは2004年で、スマートフォンの製品……少なくともiPhoneが発売されたのは2007年だった。誰もが持ち歩くポケットコンピュータで、コミュニケーションにもエンターテインメントにも最適。誰もが考えた製品だろうし、その役割を担うつもりだったが、当時のわれわれは、まだ生き残りに必死な会社でしかなかった。複雑なのは、AppleとGoogleは最大のライバルであると同時に、われわれ(MetaとStripe)は競合他社を通じてサービスを提供しなければいけないことにある。複雑というのは、AppleがiMessageの勝利を望んでいるとして、実際にはそうなっていないのがいい例だ。iMessageが強力であれば囲い込みの材料となるが、実際にはそうなっていない。(音楽サービスの)SpotifyであればiPhoneからAndroidに乗り換えられるが、クロスプラットフォームのものが増えれば増えるほど相互乗り換えが容易になる。私がここで怒っているのは、Google、特にAppleはこれまで私が消費者にとって良いと考えていることを阻害しており、実際には利益も2倍にできたかもしれないということ。現在のところ、われわれはOSやコンピューティングプラットフォームを開発していないが、AppleやGoogleが彼らのプラットフォームを、MicrosoftがWindowsを開発したのと同じタイミングで、同様に彼らがARグラスを開発したのと同じ時にわれわれが同じ成果を挙げたのだとすれば、彼らの方が大きな基盤を持っており、世間はそちらに肩入れするだろう。一方でわれわれがより優れた製品をより早く提供すればどうだろうか? そのためにはより素早くかなりの投資が必要だが、われわれは実際にAppleのAR製品よりも10倍安くて何百万台も売れているデバイスを提供し、これからも機能を拡張していく。10年先を見据えた投資の価値があるが、それには強力なリーダーシップが必要だ」
コリソン:「話をLibraに戻すと、2019年にステーブルコインを決済の世界に持ち込むことに非常に興奮していたが、実際にはLibraは上手くいかなかった。今ではステーブルコインの採用が急増しているが、当時あなたが何を考えていたのかに興味がある」
ザッカーバーグ:「例えば、今日新しいソーシャルアプリをゼロから始めようとしたとき、単純なフィードではなく、アルゴリズムのようなものが求められている。メッセージングプラットフォームであれば、1対1の暗号化で極めてプライベートで安全なものが中心で、一方で必要な情報はシェアできる仕組みが必要だ。そして、このメッセージングの仕組みがグローバルになる一方で、国境を越えて送金するのは驚くほど難しい。この仕組みがあまりにも壊れていて、誰かが(送金の補助となる)ステーブルコインを作る必要があり、それを実現するためにはある程度の規模が必要だ。Metaはそのための力があると考えていた。WhatsAppもメッセージングを担うには充分な規模のアプリだったので、人々がそこで取引をすることで標準になれるかもしれない……という考えだ」
コリソン氏が「国境を越えた金融サービスというアイデアは、メッセージングに取り組み始めてから決済や金融サービスの導入に取りかかると、すぐに実現が見えてくる」とコメントしているように、アイデアとしてはごくありふれたものなのに、実現が難しいのが国際送金の世界だ。国によって金融のルールが全然違ううえ、特に国をまたいで通用する“通貨”の存在は、法定通貨を発行する中央銀行の存在を揺るがしかねない。各国政府の圧力もあり、MetaによるLibra(後にDiem)の夢は潰えることになった。
「先んじなければ勝利できない」という考えの下、Libraを推進したMetaだったが、現状でStripeがBridgeを介して導入を試みている仕組みがいまのところ強い拒否反応を得ていないことを鑑みるに、6年を経て時代の潮目が変わったというのが正しいのかもしれない。
Stripeの新サービスでは、Bridgeを通じてUSDBならびにUSDCの残高をStripeの決済にそのまま利用できる。非常にシンプルな仕組みだ。当時Libraが失敗したのはタイミングの問題と、必要な環境が充分に整っていなかったことに起因すると考えられる。ザッカーバーグ氏のAIにおける考えを基にすれば、決済の世界は「便利な下地ができたので、あとは本業に集中するだけ」という段階に移りつつあるといえるかもしれない。
Stripeが分析するステーブルコインの可能性
Stripeのステーブルコイン戦略についてもう少しみていく。同社は今回のイベントで「Stablecoin Financial Accounts」を発表した。前述の通り、アカウント残高をステーブルコインで保持することができる仕組みで、101カ国を対象に現状でUSDCとUSDBの2つの米ドル連動型ステーブルコインに対応する。
このステーブルコイン残高はステーブルコインの状態での受け渡しのほか、ACHやSEPAのような欧米の法定通貨送金ネットワークを介してほぼ世界中のどこでも送金が可能。単純に米ドル同士やドル-ユーロなど為替変動の少ない法定通貨同士ではあまり意味がないかもしれないが、特に途上国など変動が激しい通貨においてはステーブルコインで残高を積み上げることで資産減少リスク回避につながる。
またVisaとの提携により、ステーブルコイン残高をそのままVisaのネットワークでの支払いに充てることが可能。
Bridgeは2022年創業の非常に若い企業だが、同社の仕組みを組み込んだサービスが買収完了からわずか3カ月でStripeから登場したように、仕組み的に非常にマッチしていたようだ。Bridge共同創業者兼CEOのZach Abrams氏はインタビューで次のように語っている。
Abrams氏「(Stripe共同創業者兼CEOの)Patrick Collison氏に初めて会ったのは2024年に米財務副長官がテクノロジー企業を視察していて、Stripeのオフィスを訪問したときのこと。私はその場に招待され、Patrickと1時間ほど会話したが、そのうちの45分ほどはステーブルコインやその規制についてで、互いの関心事項の確認をし合った。StripeがBridgeを買収し、私が同社とともに活動していこうと考えたのは、ステーブルコインについて共通の信念と楽観的な見通しを持っていたことにある。開発者を支援することでその成功を支援し、結果としてステーブルコインの成功に結びつける。このためには両社が協力することがより早く目標を達成することにつながると考えたからだ」
Stripe側からの視点として、Bridgeについて製品&ビジネス担当プレジデントのWill Gaybrick氏とマネー担当ビジネスリードのNeetika Bansal氏は「われわれのロードマップにBridgeを加えることで、それをさらに進めることが可能になる。1つのAPIを統合するだけで1枚のカードが複数の国ですぐに使えるようになる」と相性の良さに太鼓判を押す。またAbrams氏は「ステーブルコインの需要の多くはアメリカ国外の開発者や起業家によって牽引されており、ここにStripeとBridgeのプログラマブルなプラットフォームを提供することで、世界中の開発者らがこの仕組みを活用できる」と付け加える。
インタビューの中では、「買収ではなく自社開発も可能ではなかったのか?」という質問が記者からあった。これについてJohn Collison氏は「StripeとBridgeにそれぞれ異なる文化があり、異なるスキルセットを持っている。われわれが長年にわたり学んだのは買収は始まりであり、終わりではないということ。買収したから終わりではなく、この異なる文化を持った人たちと将来を作り上げていくことが重要」と述べている。
「Stripeはステーブルコインにどの程度の比重を置いているのか?」という質問に対して(John)Collison氏は「明確にしておきたいのは、われわれはステーブルコインが既存のシステムを一夜にして置き換えるような素晴らしいものではないこと。決済業界ではそのようなパターンはあまりなく、徐々に進化して新しいものが積み上げられる傾向がある」とも述べている。「なぜMetaはLibraで失敗して、そのときと現在との違いはどこにあるのか?」という質問に対して同氏は次のように答えている。
コリソン:「私の考えでは、ある意味でMetaはLibraで市場に充分な影響力を持つほどには発展できなかったと考えている。Stripeの目標は人々が国境を越えた金融サービスを構築し、国境を越えて資金を移動させ、ドルを保管できるようにすることにある。ドルへのアクセスは世界中の人々が高く評価し、確実に資金を保管できる手段だと考えている。ステーブルコインは、これが今後大きなものになると確信しており、何かが起こる可能性を感じる一方で、それが実際にどうなるか正確に予想はできていない。ただしわれわれが開発者を対象にしたAPI企業であることの利点として、実際のユースケースそのものを予測する必要が薄いことがある。政府側の規制については現在進行中だが、2019年とは雰囲気が異なっており、将来的にこれが金融システムの一部になるという必然性を感じている」