鈴木淳也のPay Attention
第243回
2年で500万口座 「Olive」の成功と今後の展開
2025年4月25日 14:17
三井住友銀行は、3月末に「Olive」のサービス開始から2年での500万アカウント達成を発表した。今回はこのOliveの話題にフォーカスしたい。
Oliveそのものは、技術や戦略面で非常に興味深い特徴がある。
例えば、アプリ側の操作で手持ちのカードの機能を「クレジットカード」「デビットカード」「ポイントカード」の間で切り替えて使い分けが可能な「Flexible Credential」。これはVisaがカード会社(イシュア)向けの機能として提供しているサービスで、世界に先駆けてOliveが採用した。
戦略面でいえば、日本国内のメガバンクの一角である三井住友銀行が提供する“ネットバンク”という性格を備えており、一方でOliveとともに提供される証券取引口座や決済に応じてVポイントが付与される豊富な還元プログラムなど、手軽にさまざまなサービスが利用できる点に特徴がある。
スマートフォン上のアプリでほとんどの作業が完結する“ネットバンク”であり、特典として三井住友銀行のATMを無料利用できるようになっているが、基本的には“窓口いらず”というのが従来のサービスとの大きな違いだ。一方で、既存の支店を改装してカフェやシェアオフィスとして一般開放した「Olive LOUNGE」というサービスもあったりと、従来のメガバンクや“ネットバンク”とは異なる性格を持った点で非常に興味深い。
気になるのは、Oliveを利用する500万というユーザーがどういった属性であり、これらサービスをどのように活用しているのか、またSMBCグループの間でこのサービスの位置付けをどう考え、普及させていこうとしているのか、三井住友カード マーケティング本部長の伊藤亮佑氏に聞いた。
「Olive」がもたらした効果
伊藤氏によれば、Oliveの普及とターゲット層についてほぼ当初の狙い通りになっているという。
「Oliveは2023年3月にサービスを開始し、5年で1,200万口座の目標を掲げ、今回の発表で2年で500万。到達ペースとしてはやや早く、当初はサービス開始翌年以降伸び率が落ちるかと思っていましたが、実際には前年を上回るペースで上がっています。要因としては認知もそうですが、2024年はコラボレーションが増え、アカウントの母数が増えていたこともありUber Eatsとの相互送客キャンペーンを実施していたりします」
「属性としては20代が多く、他の世代でも増えてきています。われわれではOliveのメインターゲットを2つ想定しており、1つは20代で初めての口座として選んでもらうこと、2つめが30-40代で資産形成に興味があり、ネット証券や決済などでカードをより多く使う層。特に若い層である新卒の社会人には『ネット証券は響かないかも』と考えていたものの、実際にインタビューを実施していると『いつか必要になるから、最初からあった方がいい』との反応があり、こういった層が金融をシンプルに捉えており、Oliveの商品性を素直に『いいもの』と考えていることがわかりました」(伊藤氏)
年齢層以外の分布はどうか。伊藤氏によれば、サービス開始直後の時点では、いわゆるアーリーアダプターで金融に対する意識の高い人の割合が多かったが、現在ではマジョリティへと流れつつあり、一般的なトレンドの普及路線に近い道筋を追っている。
地理的な展開でいうと、東京圏以外での成長率が高いという。メガバンクというと全国区の印象を受ける方がいるかもしれないが、実際には東名阪のような大都市圏、特に三井住友銀行については歴史的経緯からも東京圏と大阪圏が強く、支店が多く、そして利用者の母数も多い。そのため、Oliveの他地域での伸びと比較すると、相対的に東京圏外の伸び率が高くなるというわけだ。
他方で、Oliveは店舗が不要で申し込みから多くの銀行業務がアプリ経由のオンラインで完結するため、こうした地場的な強みは大きな意味を持たない。
従来、地方ではやはり地銀のような勢力が強く、全国区を目指すのであればネット銀行やコンビニ銀行(ATM)が比較的優位な状態にあったが、近年の金融サービスでは以前ほどには銀行窓口まで出向く機会が減り、お金を下ろすという機会そのものが減っている。ゆえに「Oliveを選んでいただきやすい環境となっている」(伊藤氏)という流れだ。
そのため、500万アカウントから先、残りの700万へとユーザーを広げていく過程で、これまで三井住友銀行が取りこぼしてきた潜在的ユーザーを獲得する機会が増えているといえる。
これに関して、先日行なわれた企業版Oliveともいえる法人向けアカウントサービス「Trunk」の発表会において三井住友フィナンシャルグループ取締役執行役社長でグループCEOの中島達氏が興味深いコメントを残している。
「法人のお客様で、われわれとして担当者がついていない方々の事務処理……例えば振り込みとか税金の支払いとか、それだけを銀行の店頭に持ち込む方々というのが、実はものすごく多いのです。個人向けのOliveの場合、このサービスの導入でわれわれとしてすごい事務量が減って、支店での業務が浮き、効率化できるようになった。法人向けのオンラインサービスを使われず、窓口に持ち込む法人のお客様が減っていないのが現状です。Trunkの導入による法人事務の効率化というのが、実は次の課題です。これはわれわれのメリットだけではなく、そうした処理の銀行への持ち込みでわざわざパートさんを雇ったりして毎日銀行に詰めかけているような場合、そうした手間やコストも減るので、お互いにとっていい話になります」(中島氏)
中島氏によれば、実は銀行の店頭業務で一番負荷が高いのがこうした振込や税金の支払い対応だという。デジタル化で店舗負担を減らすことで人の流れや店舗内の業務リソース配分が変わり、その過程で出てきたアイデアが「Olive LOUNGE」というわけだ。
「Olive LOUNGE」で見えてきた意外な利用者像
ここで、少しOlive LOUNGEについて掘り下げる。2024年5月に1号店にあたる「Olive LOUNGE 渋谷」が東京の渋谷にオープンし、その後、東京の下高井戸と高円寺に2号店と3号店が登場している。そして4月7日には大阪市中央区のビジネス街に4号店にあたる「Olive LOUNGE 船場」がオープンした。この「Olive LOUNGE 船場」はもともと「三井住友銀行 船場支店」として営業していたもので、改装中こそ支店窓口を一時期移転していたもの、現在もなお「Olive LOUNGE 船場」の中に銀行窓口があり、船場支店としての営業も続けている。
Olive LOUNGEへのリニューアル後は、入り口付近にATMが設置されている以外は従来までの銀行支店には見えない開放的な空間となっており、1階にはスターバックスコーヒーの店舗と客席が、2階にはSHARE LOUNGEという有料のシェアラウンジが設置されている。
船場支店はもともと御堂筋側に1階と2階を貫く巨大なガラスが特徴的な外観だったが、現在では目抜き通りに面した側は上下階ともに開放的なカフェとして、銀行に直接用事がないような一般客に開放され、都会のお洒落スポットの様相を呈している。その一方で、1階奥には個人客を対象とした窓口が、2階奥には法人客を対象とした銀行窓口がそれぞれ設置されており、銀行支店としての顔も持っているハイブリッドな空間になっている。
20年以上前の銀行店舗の姿を思い起こすと、内部には窓口での順番を待つ利用客がロビーに溢れており、船場支店のゆったりとした空間もまた、順番待ちの客でいっぱいだったことは想像に難くない。だが従来まで窓口が中心だった取引はATMやオンラインで代替できることが増え、銀行店舗内に滞留する利用客の数は減っていき、現在ではラッシュの時間帯を除けばほとんど待ちなしで窓口へと案内してもらえるほどになっている。
先ほどの三井住友FGの中島氏の話ではないが、これは銀行と利用客の両方にとってもメリットのある話であり、顧客の利便性が向上して窓口業務の負担が減る一方で、それまで大量の利用客を捌くことを主眼に設計されていた支店の存在が宙に浮くことになる。
Olive LOUNGEの導入が三井住友銀行にもたらした効果について三井住友銀行リテール戦略部デジタル企画グループ デザインチーム部長代理の米本滉貴氏は次のように述べている。
「銀行のお客様がデジタルで取引をする流れのなかで、これまでの30名とか40名といった人数がさらに3倍、4倍といった単位で1日の間に来るようになり、さらにSHARE LOUNGEやスターバックスにやってくるお客様を含めるとさらに何十倍といった数で、お客様との接点を持つことができるようになったことが、まず効果として挙げられます。渋谷に関しては高校生や若年層の方々、そして海外の方など、普段われわれが接点が少ない方とも接触できるようになりました。下高井戸や高円寺は、郊外というほどではありませんが、郊外型の店舗で地元に住むリピーターの方が多いようで、比較的老若男女幅広い層のお客様に利用していただいている印象です」
「デジタルでほとんどができるようになったことでお客様が直接来店するような機会が減るってはいますが、やはり窓口対応が必要な場合もあります。その場合は予約のうえ来店いただきます。Olive LOUNGEのような場所はどちらかといえば、銀行に行こうと思って来店するというよりも、『あそこに銀行があるからちょっと聞いてみようかな』といった具合に、入り口が銀行ではなく、店舗に来てからそこに銀行があることを認識するような感じでしょうか」(米本氏)
同氏によれば、Olive LOUNGEは店舗ごとに特色を出し、さまざまな試みが盛り込まれているという。例えば、オープンしたばかりの船場店では地元のアーティストとのコラボレーション企画で各種アートが店舗内のさまざまな場所に展開されていたり、渋谷店では100インチサイズの巨大なモニターが設置され、そこでLofi Girlという24時間放送の著名な作業系音楽ストリームを流し続けるなどの特徴を出している。
客層に合わせてSHARE LOUNGEでは店舗によって料金体系を変更するなど、三井住友銀行とともに、店舗運営にかかわっているカルチュアコンビニエンスクラブ(CCC)やスターバックスとも共同で地域の利用者にどうしたら喜ばれるかの対話を続けているという。
「3社(三井住友銀行、CCC、スターバックス)のコラボという部分は変わりませんが、その内容はこれからも変えていきます。今後どういった店舗展開を行なっていくかなど、しっかりとしたプランは現状で持ち合わせていません。Olive自体、機能面のみに着目すると、例えば他のメガバンクやネット系の銀行のサービスもすごく使いやすく作られていて、それだけだと差別化が難しくなります。Oliveという1つのサービスにさまざまな機能が詰め込まれていくなかで、中長期的にみてお客様に選ばれる会社になり得るのか、やはり機能だけじゃない部分でお客様に別の価値を提供すべきではないかという考えが元々あります。アートであったり、少し感情に訴えかけて『好き』みたいな場所作りを目指しています」(米本氏)
Olive LOUNGEの位置付けとして、地域の気軽にフラッと立ち寄れるような場所に、カフェやコワーキングスペースがあり、さらに銀行窓口もあるといった体裁だが、その名称自体がOliveというサービスのブランディングも兼ねており、Oliveというサービスの存在や金融に興味を持ってもらう場としての性格もある。
船場店では入り口付近に「マネーレッスン」というコーナーがあり、少人数のセミナー的なものが毎日開催されている。近年でいえば新NISAなどがそれであり、資産形成に興味を持っている人々への情報提供やサービスへの窓口となっている。一方で、その場でサービスの売り込みをしたりするわけではなく、この情報を例えば家庭へと持ち帰り、少しずつ認知度や意識を高めてもらい、潜在的な顧客層を開拓したいというのが次なる狙いとなる。
また米本氏はOlive LOUNGEを観察しているなかで、意外な利用実態を知る機会もあったと説明する。
「渋谷の店舗に行く機会があったらご存じかと思いますが、ずっと混んでいて席が全然空いていません。居心地のいい場所を作ろうという目標でやってきたわけですが、その意味では本当にお客様に利用していただいているなと。ただ、渋谷自体はカフェ難民が多い場所ですので、そこでOliveを提示いただければ、利用者専用の“Oliver's Place”を利用できるので喜んでいただけるようです。
意外だったのは、渋谷のような場所ですから利用層はワーカーの方が、いわゆる仕事に利用するようなイメージだったのですが、実際には高校生が放課後に2人で使っておしゃべりをしているような使われ方をしていたしています。しかもOliveを提示して、ちゃんとOliver's Placeを活用している。Olive自体が若年層をターゲットにし、利用が多いことは把握していましたが、リアルなお店でも本当に20歳未満で、それまで銀行に1回も来たことないような方がいらっしゃって、デジタルネイティブ層に活用していただいている」(米本氏)
これは非常に面白い話で、従来の銀行は高校生以降にアルバイトをしたり、社会人になって最初の会社で口座を作らされたりといったタイミングで初めて向き合い、クレジットカードや各種支払い、ローンの利用まで、20歳以降から徐々に利用機会が増え、そのコア年齢層は30歳から50歳以上とやや高いものと考えられている。
一方で、今後日本の人口ピラミッドが高齢者に傾き、若手の労働人口の減少が見込まれるなか、いかにそれら将来の“コア利用者”を早期獲得できるかは金融機関各社の大きな悩みになっている。米本氏が話す渋谷の事例が、局所的な話題でなければ、Oliveはその悩みの1つを解決する手段の1つとして機能していることを意味する。
時代やニーズに合わせたサービス作り
最後に、Oliveについて筆者が気になっているいくつかのポイントや、将来の機能的な拡張について伊藤氏の話をまとめて締めたい。ポイントの1つめは「Flexible Credential」の機能についてだ。これはVisaがカード会社(イシュア)に提供している最新機能の1つで、カード1枚の機能をアプリで切り替えられる仕組みだ。世界に先駆けてOliveが採用した背景について、同氏は次のように説明する。
「Visaさんとはさまざまな共同開発を行なっており、毎日のように今後の決済の方向性を議論し、一緒にサービスを作っていこうと話しています。今回のFlexible CredentialについてはOliveのために作った機能というか、こちらから提案させていただいた機能です。Visa側でもともと計画があった可能性もありますが、Oliveの提供に向けて新規開発されました。Visaの視点でいえば、日本以外の市場はデビットが主流なので、クレジット利用を促すためにもいいスキームになっていると思います」(伊藤氏)
また、モバイル決済が一般的になっていくなかで、Oliveのようにスマホネイティブなサービスが受け入れられる余地が増えつつある状況について、同氏は次のように述べている。
「キャッシュレス決済の観点からは、モバイルで1回決済を体験してもらうことでライフスタイルを少し変え、意外と普及が一気に進んでいくのかなと考えます。サービスの普及は、ある一定の割合を超えると加速しますから、いまはその分岐点で、今後はより使ってもらえるようになるのではないかと考えています」(伊藤氏)
機能面の拡張については、口座と決済、そして証券がサービスの中核だったが、今後は外貨サービスや住宅ローンなど、Olive専用サービスの商品化を進めていくアイデアがある。外貨については例えば米国の金利が高いことから外貨積み立てのニーズがあり、住宅ローンも市況が変わって金利が上がってきているなか、最適な商品が求められているという。昨年のマネーフォワードとの提携も上手く活かしたサービス提供を模索しているようだ。
「iPhoneのようなスマートフォンは毎年アップデートされることで、お客さんからの期待が毎年高まり、浸透度が高くなってくるわけですが、そういったイメージで、小規模な改善はお客様の声を聞いて積み上げながら、大規模なアップデートを毎年やっていきたいと思っています。ポイントプログラムについては、時代に合わせて組み替えています。かつてはコンビニを対象に5%付与としていましたが、クレジットカードの利用方法は接触ICでもタッチでも同じポイント数での還元でした」
「いまはモバイルが中心で使いやすいこともあり、例えばセブン-イレブンではモバイルのみを対象にして最大10%還元を行なうなど、ニーズの変化に合わせて変えています。これは誘導というよりは、お客様の動きが変わってきたことを反映した面が大きく、満足度が高くなるよう設計させていただいています」(伊藤氏)
基本的には個人ユーザーが銀行に求める機能のほとんどがOliveとそのアプリに入ってくることになるので、三井住友銀行の支店としての窓口の必要性は薄れてくる。最終的には「オンラインでやる方が楽」という利用者がマジョリティになると思われるため、空いた行員のリソースを活かしてOlive LOUNGEなどで実際にOliveの使い方の相談を受けたり、資産形成のアドバイスを行なったりと、アプリ上でサービスを利用するための補助輪としての活用が多くなる。同時に、「使い方が分からない」という新規ユーザーについても、実際には1回設定することで分かってもらえるようになることが多いため、Olive LOUNGEなどに求められる役割は「最初の障壁を取り払う」ことが大きな意味を持つようになる。
「Oliveに入っていることのメリットをもっと感じていただけるような仕掛けをどんどん作っていきたいと思います。Olive LOUNGEでOliver専用席だったり、スターバックスでの10%還元だったり、そのような形でOliveを持ってよかったり、便利だと感じられるサービスを増やしていきますので、ご期待いただければ」(伊藤氏)