西田宗千佳のイマトミライ

第317回

クラウドフレアの大規模障害と海賊版訴訟が示す「ネットインフラの責任」

先週は「CDN」に関する話題が続いた。それも同じサービスであるCloudflare(クラウドフレア)に関するものだ。

11月18日には、Cloudflareで大規模な障害が発生し、X(Twitter)やChatGPT、Claudeなどへのアクセスが一時的に停止した。

また、翌日には、2022年に大手出版4社がCloudflareに対して起こしていた著作権侵害訴訟について、東京地方裁判所がCloudflareに対して損害賠償責任を認め、約5億円の支払いを命じる判決を下した。

この2つが同じ週に起きたのは、実のところたまたま重なっただけに過ぎない。

だが一方で、Cloudflareに限らず「CDN」という存在がネットで占める価値・責任は大きくなっており、そのことがこうした話につながっている……と考えることもできる。

我々は普段意識することはないが、CDNはインターネットを快適に使う上で欠くべからざる存在であり、「見えないもう一つのインターネット」と言ってもいい。

今回はその意味と価値、そして責任についてまとめてみたい。

CDNとはなにか

CDNとは「Contents Delivery Network」の略。コンテンツを世界中に供給するためのネットワークを指す。

インターネットは世界中のネットワークを接続する形で成り立っている。日本から海外に簡単にアクセスできるのも、ネットワーク同士がつながっているためだ。利用拡大にあわせて回線も速くなり、国際的なサービスも増え、ウェブを構成するコンテンツのデータ量も増えていく。

ここでちょっと考えてみたい。

日本でインターネットを使っている人を、多く見積もって約1億人としよう。

太平洋の間の回線は数百T(テラ)bps程度、とされている。ここも多めにみて、ざっくり1,000Tbpsとしよう。

では一人当たりの回線速度は?

全員が同時に使うと考えると、一人あたりはたかだか10Mbpsになってしまう。これでは、映像配信やビデオ会議をするにもギリギリである。

上記の設定は恐ろしくシンプルなもので、実際にはそこまでの同時利用が発生するとは考えづらい。とはいえ、世の中に存在する「物理的なインターネット回線の速度」を単純な「同時アクセス」で割ってしまうと、意外と余裕がないことは間違いない。

こうした事情から、普段からネット上では「すべての情報がリアルタイムにやり取りされている」わけではない、ということがわかる。

ネットが混み合わないように時間帯や回線を分け、我々がネットを使っている場所の「近く」にデータのコピーを置き、実際にはそこにアクセスすることで、ネットワーク全体の負荷が増大するのを防ぎ、アクセス速度を維持するための工夫が必要になる。

非常に簡単に説明すればこれが「CDN」の存在意義だ。

Cloudflareのトップページ。CDNがネットの安定に大きな役割を果たしていることが説明されている

歴史は長く、1990年代末には導入がスタートした。当時の最大手は「Akamai」。その後シェアが変わり、近年事業を伸ばした大手の1つがCloudflareである……と考えればいいだろう。

ネットはCDNに依存している

現実問題として、今のサービスはCDNなしには成り立たない。ウェブでも、最近は画像などのデータは大きい。アクセス速度を維持するためにCDNを使うことは必須の状況だ。

インターネットのトラフィック全体のうち、CDNを使うものが何%あるか、という話には諸説ある。しかし、CDN事業者は、全トラフィックの70%から80%がCDN経由であると説明しており、この値はさほど事実から離れていないものと考えられている。

特にデータ量の多い映像配信やゲームでは、CDNの効率的な運用がサービスの価値を決めている。

例えばNetflixは、自社独自の「Open Connect」というCDNを持っており、各国のネットワークのコアやインターネット・サービスプロバイダー(ISP)に「Open Connect Appliance(OCA)」という機器を配っている。この中には映像を蓄える仕組みが搭載されており、ネットワークの負荷が低い時間などを使い、あらかじめ映像データを世界中に配っている。だから、アクセスが集中する配信開始日でもサービスが落ちない。

Netflixが公開するOpen Connectの資料より。データをISPにキャッシュし、ファイル転送を効率化する

以下は2017年に撮影した、Netflixが配っているOCAの写真だ。今はもっと進化したデバイスになっているのは間違いない。

Netflixが2017年に使っていたCDNサーバーである「OCA」。今はもっと進化しているだろう

Netflixの場合、Open Connectが蓄積した映像データにヒットせず、アメリカ本国のサーバーにアクセスする比率は全体の数%以下。我々が実際にアクセスしている映像のほとんどは、ごく近くのISPの中にあるOCAから送られてくる。

同様のことは他社も行なっている。

独自にCDNを作る例は少ないが、Amazonのウェブサービス部門である「AWS」、Googleの「Google Cloud」、マイクロソフトの「Azure」など大手がそれぞれクラウドベースのCDNを持っているし、Akamaiのような大手もある。各社のサービスを組み合わせ、さらに、大規模なアクセスが見込まれる時には「CDNとの契約量を一時的に増やす」などのコントロールをする。2022年にABEMAが「FIFAワールドカップカタール2022」を配信した際にも、AWS・Google Cloud・Akamaiをうまく組みあわせ、負荷を分散することで配信を安定させていた。

ゲームについても、大作ゲームは数十GBを超えるサイズであることが多く、インフラに負担をかける。そのため、CDNを活用しつつ発売前の事前配信なども行ない、負荷を分散するのが基本だ。任天堂やソニー・インタラクティブエンタテインメントは、日本国内でも有数の「CDNサービスの大規模顧客」である。

CDNは「防壁」にも。シェアを拡大するCloudflare

アクセス負荷に強いというCDNの特性は、現在はセキュリティ対策にも活かされている。

本物のサーバーの前にCDN網を置くことで、いわゆる「防壁」のように使うことが一般化している。むしろ現在のCDNの役割としては、単純な負荷分散はもちろん、DDoS(分散型サービス拒否)攻撃をはじめとしたサイバー攻撃対策、という意味合いが強くなっている。

そのため、ほとんどのサービスではCDNやクラウド上の仕組みを組み合わせてスタートするのが基本だ。

そして、ここで出てくるのがCloudflareである。

同社は2010年にサービスを開始。現在はクラウドサービス全般に関する事業を展開する大手となった。

特に2010年代後半から急速にシェアを伸ばしたが、その理由は、スタートアップなどの小規模な事業者でもすぐに利用が始められるなど、非常に手軽な存在だ。

ウェブでどのようなサービス・技術が使われているかの統計を公開している「W3Techs」による統計だと、この種のサービスを利用しているサイトの81.5%がCloudflareを使っている、ということになっている。

「W3Techs」による統計では、この種のサービスを利用しているサイトの81.5%がCloudflareを使っている

ただし、この統計は正確には、CDNではなくCDNと同じ技術素性である「リバースプロキシ」のもの。CDNが主にコンテンツの負荷分散を目的としているのに対し、リバースプロキシはセキュリティなどの目的で使われる。

またCDNの利用を金額ベースで考えた場合、大手による利用が中心となり、別事業者のシェアが高くなることもある。

どちらにしろ、Cloudflareが大きなシェアを持ち、特に規模が小さなサービスの立ち上げに大きな役割を果たしていて、我々のネット利用を裏から支えている……というのは間違いない。

多数のサービスに大きな影響を持つCloudflare

長くなったが、ここまでが背景説明である。

普段はほぼ意識することがないのに、CDNがいかに重要であり、その中でもCloudflareが急速に価値を高めている、ということがお分かりいただけたのではないだろうか。

となると、冒頭で挙げた事例の理由もシンプルになる。

複数のサービスで障害が起きたのは、それだけCloudflareを使っているサービスが多い、ということだろう。Cloudflareとしても過去最大規模のトラブルであるということで、その影響範囲も大きかった。

この辺は、AWSやGoogle Cloud、Azureのような「大規模ウェブサービスプロバイダー」で障害が起きる時と同じ、と考えていいだろう。これらの事業者の存在も、普段我々が意識することはない。Cloudflareも同レベルの存在になっている、という話だ。

なお、大手も皆クラウド型CDNを提供している。ネットの基盤は大手サービサーが支えており、それだけ責任が大きくなっているということだ。とはいえ、トラブルを100%回避するのは難しいので、「できる限り回避し、復旧は短期間で」と期待するしかない。

海賊版差し止めにCDNは責任を負うべきか

もう1つ、著作権侵害幇助の方も「影響の大きさ」から判断できる。

訴訟が提起された2022年当時、出版社は「漫画村」をはじめとしたコミックの海賊版対策に頭を痛めていた。

根元にある海賊版サービスを止めるのはなかなか難しい。だから「通信のフィルタリングで被害の差し止めを」という話も出たが、これも表現の自由と検閲につながり、プライバシーの侵害でもある。公的な形で導入してしまうことには大きな課題がある。

そこで出てきたのが、「権利者から著作権保護の観点で、データをキャッシュしているCDNに、海賊版事業者へのサービス提供差し止めを求める」という判断だ。CDNを差し止めればサービスの利用が実質的に止まるため、各社はCloudflareに差し止めを求めた。

だが同社はそれに応じなかったため、今回の訴訟になった……という話である。

今回の判決を筆者は妥当と判断するが、Cloudflareは違う判断を持っており、控訴する方針だ。

というのは、CDN自体はサービスの主体ではなく、あくまで「データ配信を仲介する立場」だ。そのため、「自社がホスティングしているのではないデータに責任を負うのは問題が大きく、判断と相容れない」としている。同社が「中立的な立場」と主張するのはこのためだ。

この話にも一理ある。

ただし、海賊版対策の支援に取り組むのであれば、「明確に権利者が訴えている状況」に対し、短期的な措置としてCDNに介入をすべきだ……という意見もある。

特に海賊版提供者の場合、CDNはコンテンツ配信をスムーズにすることではなく、海外にあるサービスの身元を隠すことを目的とした「防弾ホスティング」としての役割が大きい。これは、海賊版配信行為への加担と考える権利者も多い。

そして、海賊版配信サービス事業者から「CDNのサービス費用」を受け取る、利益享受者としての側面も出てくる。権利者はこの部分を否定的に捉えている。

CDNに対して海賊版サイトへのアクセス遮断を命じるケースは、日本だけでなく、ヨーロッパやインドでもみられる。

だとすると、やはり海賊版対策にCDNは協力すべきでは……という話に見えてくる。

もちろん、これが過度に多発されると、コンテンツ自体の検閲につながるリスクもある。だから対策には裁判所の命令などの「法的裏付け」が必要だと筆者は考える。

CDNがネットに必須の存在であることは間違いなく、だとすれば、Cloudflareも責任を逃れ得ない。数年前はまだ「新興」だったが、今はより大きな責任を背負う立場であるだけに、建設的な議論が必要になっている。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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