西田宗千佳のイマトミライ
第317回
クラウドフレアの大規模障害と海賊版訴訟が示す「ネットインフラの責任」
2025年11月25日 08:20
先週は「CDN」に関する話題が続いた。それも同じサービスであるCloudflare(クラウドフレア)に関するものだ。
11月18日には、Cloudflareで大規模な障害が発生し、X(Twitter)やChatGPT、Claudeなどへのアクセスが一時的に停止した。
また、翌日には、2022年に大手出版4社がCloudflareに対して起こしていた著作権侵害訴訟について、東京地方裁判所がCloudflareに対して損害賠償責任を認め、約5億円の支払いを命じる判決を下した。
この2つが同じ週に起きたのは、実のところたまたま重なっただけに過ぎない。
だが一方で、Cloudflareに限らず「CDN」という存在がネットで占める価値・責任は大きくなっており、そのことがこうした話につながっている……と考えることもできる。
我々は普段意識することはないが、CDNはインターネットを快適に使う上で欠くべからざる存在であり、「見えないもう一つのインターネット」と言ってもいい。
今回はその意味と価値、そして責任についてまとめてみたい。
CDNとはなにか
CDNとは「Contents Delivery Network」の略。コンテンツを世界中に供給するためのネットワークを指す。
インターネットは世界中のネットワークを接続する形で成り立っている。日本から海外に簡単にアクセスできるのも、ネットワーク同士がつながっているためだ。利用拡大にあわせて回線も速くなり、国際的なサービスも増え、ウェブを構成するコンテンツのデータ量も増えていく。
ここでちょっと考えてみたい。
日本でインターネットを使っている人を、多く見積もって約1億人としよう。
太平洋の間の回線は数百T(テラ)bps程度、とされている。ここも多めにみて、ざっくり1,000Tbpsとしよう。
では一人当たりの回線速度は?
全員が同時に使うと考えると、一人あたりはたかだか10Mbpsになってしまう。これでは、映像配信やビデオ会議をするにもギリギリである。
上記の設定は恐ろしくシンプルなもので、実際にはそこまでの同時利用が発生するとは考えづらい。とはいえ、世の中に存在する「物理的なインターネット回線の速度」を単純な「同時アクセス」で割ってしまうと、意外と余裕がないことは間違いない。
こうした事情から、普段からネット上では「すべての情報がリアルタイムにやり取りされている」わけではない、ということがわかる。
ネットが混み合わないように時間帯や回線を分け、我々がネットを使っている場所の「近く」にデータのコピーを置き、実際にはそこにアクセスすることで、ネットワーク全体の負荷が増大するのを防ぎ、アクセス速度を維持するための工夫が必要になる。
非常に簡単に説明すればこれが「CDN」の存在意義だ。
歴史は長く、1990年代末には導入がスタートした。当時の最大手は「Akamai」。その後シェアが変わり、近年事業を伸ばした大手の1つがCloudflareである……と考えればいいだろう。
ネットはCDNに依存している
現実問題として、今のサービスはCDNなしには成り立たない。ウェブでも、最近は画像などのデータは大きい。アクセス速度を維持するためにCDNを使うことは必須の状況だ。
インターネットのトラフィック全体のうち、CDNを使うものが何%あるか、という話には諸説ある。しかし、CDN事業者は、全トラフィックの70%から80%がCDN経由であると説明しており、この値はさほど事実から離れていないものと考えられている。
特にデータ量の多い映像配信やゲームでは、CDNの効率的な運用がサービスの価値を決めている。
例えばNetflixは、自社独自の「Open Connect」というCDNを持っており、各国のネットワークのコアやインターネット・サービスプロバイダー(ISP)に「Open Connect Appliance(OCA)」という機器を配っている。この中には映像を蓄える仕組みが搭載されており、ネットワークの負荷が低い時間などを使い、あらかじめ映像データを世界中に配っている。だから、アクセスが集中する配信開始日でもサービスが落ちない。
以下は2017年に撮影した、Netflixが配っているOCAの写真だ。今はもっと進化したデバイスになっているのは間違いない。
Netflixの場合、Open Connectが蓄積した映像データにヒットせず、アメリカ本国のサーバーにアクセスする比率は全体の数%以下。我々が実際にアクセスしている映像のほとんどは、ごく近くのISPの中にあるOCAから送られてくる。
同様のことは他社も行なっている。
独自にCDNを作る例は少ないが、Amazonのウェブサービス部門である「AWS」、Googleの「Google Cloud」、マイクロソフトの「Azure」など大手がそれぞれクラウドベースのCDNを持っているし、Akamaiのような大手もある。各社のサービスを組み合わせ、さらに、大規模なアクセスが見込まれる時には「CDNとの契約量を一時的に増やす」などのコントロールをする。2022年にABEMAが「FIFAワールドカップカタール2022」を配信した際にも、AWS・Google Cloud・Akamaiをうまく組みあわせ、負荷を分散することで配信を安定させていた。
ゲームについても、大作ゲームは数十GBを超えるサイズであることが多く、インフラに負担をかける。そのため、CDNを活用しつつ発売前の事前配信なども行ない、負荷を分散するのが基本だ。任天堂やソニー・インタラクティブエンタテインメントは、日本国内でも有数の「CDNサービスの大規模顧客」である。
CDNは「防壁」にも。シェアを拡大するCloudflare
アクセス負荷に強いというCDNの特性は、現在はセキュリティ対策にも活かされている。
本物のサーバーの前にCDN網を置くことで、いわゆる「防壁」のように使うことが一般化している。むしろ現在のCDNの役割としては、単純な負荷分散はもちろん、DDoS(分散型サービス拒否)攻撃をはじめとしたサイバー攻撃対策、という意味合いが強くなっている。
そのため、ほとんどのサービスではCDNやクラウド上の仕組みを組み合わせてスタートするのが基本だ。
そして、ここで出てくるのがCloudflareである。
同社は2010年にサービスを開始。現在はクラウドサービス全般に関する事業を展開する大手となった。
特に2010年代後半から急速にシェアを伸ばしたが、その理由は、スタートアップなどの小規模な事業者でもすぐに利用が始められるなど、非常に手軽な存在だ。
ウェブでどのようなサービス・技術が使われているかの統計を公開している「W3Techs」による統計だと、この種のサービスを利用しているサイトの81.5%がCloudflareを使っている、ということになっている。
ただし、この統計は正確には、CDNではなくCDNと同じ技術素性である「リバースプロキシ」のもの。CDNが主にコンテンツの負荷分散を目的としているのに対し、リバースプロキシはセキュリティなどの目的で使われる。
またCDNの利用を金額ベースで考えた場合、大手による利用が中心となり、別事業者のシェアが高くなることもある。
どちらにしろ、Cloudflareが大きなシェアを持ち、特に規模が小さなサービスの立ち上げに大きな役割を果たしていて、我々のネット利用を裏から支えている……というのは間違いない。
多数のサービスに大きな影響を持つCloudflare
長くなったが、ここまでが背景説明である。
普段はほぼ意識することがないのに、CDNがいかに重要であり、その中でもCloudflareが急速に価値を高めている、ということがお分かりいただけたのではないだろうか。
となると、冒頭で挙げた事例の理由もシンプルになる。
複数のサービスで障害が起きたのは、それだけCloudflareを使っているサービスが多い、ということだろう。Cloudflareとしても過去最大規模のトラブルであるということで、その影響範囲も大きかった。
この辺は、AWSやGoogle Cloud、Azureのような「大規模ウェブサービスプロバイダー」で障害が起きる時と同じ、と考えていいだろう。これらの事業者の存在も、普段我々が意識することはない。Cloudflareも同レベルの存在になっている、という話だ。
なお、大手も皆クラウド型CDNを提供している。ネットの基盤は大手サービサーが支えており、それだけ責任が大きくなっているということだ。とはいえ、トラブルを100%回避するのは難しいので、「できる限り回避し、復旧は短期間で」と期待するしかない。
海賊版差し止めにCDNは責任を負うべきか
もう1つ、著作権侵害幇助の方も「影響の大きさ」から判断できる。
訴訟が提起された2022年当時、出版社は「漫画村」をはじめとしたコミックの海賊版対策に頭を痛めていた。
根元にある海賊版サービスを止めるのはなかなか難しい。だから「通信のフィルタリングで被害の差し止めを」という話も出たが、これも表現の自由と検閲につながり、プライバシーの侵害でもある。公的な形で導入してしまうことには大きな課題がある。
そこで出てきたのが、「権利者から著作権保護の観点で、データをキャッシュしているCDNに、海賊版事業者へのサービス提供差し止めを求める」という判断だ。CDNを差し止めればサービスの利用が実質的に止まるため、各社はCloudflareに差し止めを求めた。
だが同社はそれに応じなかったため、今回の訴訟になった……という話である。
今回の判決を筆者は妥当と判断するが、Cloudflareは違う判断を持っており、控訴する方針だ。
というのは、CDN自体はサービスの主体ではなく、あくまで「データ配信を仲介する立場」だ。そのため、「自社がホスティングしているのではないデータに責任を負うのは問題が大きく、判断と相容れない」としている。同社が「中立的な立場」と主張するのはこのためだ。
この話にも一理ある。
ただし、海賊版対策の支援に取り組むのであれば、「明確に権利者が訴えている状況」に対し、短期的な措置としてCDNに介入をすべきだ……という意見もある。
特に海賊版提供者の場合、CDNはコンテンツ配信をスムーズにすることではなく、海外にあるサービスの身元を隠すことを目的とした「防弾ホスティング」としての役割が大きい。これは、海賊版配信行為への加担と考える権利者も多い。
そして、海賊版配信サービス事業者から「CDNのサービス費用」を受け取る、利益享受者としての側面も出てくる。権利者はこの部分を否定的に捉えている。
CDNに対して海賊版サイトへのアクセス遮断を命じるケースは、日本だけでなく、ヨーロッパやインドでもみられる。
だとすると、やはり海賊版対策にCDNは協力すべきでは……という話に見えてくる。
もちろん、これが過度に多発されると、コンテンツ自体の検閲につながるリスクもある。だから対策には裁判所の命令などの「法的裏付け」が必要だと筆者は考える。
CDNがネットに必須の存在であることは間違いなく、だとすれば、Cloudflareも責任を逃れ得ない。数年前はまだ「新興」だったが、今はより大きな責任を背負う立場であるだけに、建設的な議論が必要になっている。








