西田宗千佳のイマトミライ

第309回

「スマートグラス」とはなにか AI・空間・ARなど競争市場の現在地

Metaの新製品「Meta Ray-Ban Display」をかける、同社のマーク・ザッカーバーグCEO

先週の本連載でも触れたが、Metaが「AIグラス」路線を本格化したことで、いわゆる「スマートグラス」への注目が集まりつつある。

一方で、巷でスマートグラスと呼ばれるものは複数の方向性があり、それらがちゃんと整理されていないように思う。

誤解や正しくない表現も多いし、筆者へのコメント依頼なども増えてきた。

ここで、「スマートグラスとはなにか」をちゃんとまとめておきたいと思う。

折よく、スマートグラスの1つである「Even G1」開発元であるEven Realitiesのウィル・ワンCEOが来日しており、彼にいろいろな話を聞くこともできた。

そこで得られたコメントも合わせ、今後盛り上がる「スマートグラスとはなにか」を、改めて整理しておこう。

メガネに「新しい価値を持ち込む」スマートグラス

いきなり根本的な話になるが、スマートグラスとは非常に大きな枠組みを示す言葉だ。極論すれば、「メガネにエレクトロニクスなどの要素を持ち込んだもの」は全てスマートグラス、と言える。

ただ、なんのために新しいテクノロジーをメガネに持ち込むのか、という考え方が製品ごとに異なり、その結果として得られるものも違う……と理解するのがいいだろう。

例えば、オートフォーカスで視力補正を助ける「Vixion01」シリーズもスマートグラスだが、これらは比較的シンプルなもの。実際には、スマートグラス自体に高度な機能が搭載されていたり、スマートフォンなどとの連携があったりする。

スマートウォッチが「時計+スマホなどとの連携」で成り立っているように、スマートグラスも現状、基本的にはスマホなど他の機器と連携して使うのが基本となる。

MetaやGoogleの参入で広がる「情報系スマートグラス」

スマートグラスの中でもまず注目すべきは「情報系スマートグラス」とでもいうべきものだ。

これは、スマホなどの情報をメガネから得るものである。文字や画像などの情報を視界の一部に表示する。

以下の2つの写真は、「Even G1」(Even Realities)と「Meta Ray-Ban Display」(Meta)の製品だ。

Even Realitiesの「Even G1」
Even G1の表示。空中にグリーンの文字で通知などを表示
Meta Ray-Ban Display
Meta Ray-Ban Displayは、カラーで右目に情報を表示する

Even G1は両目にグリーンの表示で、Meta Ray-Ban Displayはカラーで右目に表示する。

同様に、Googleも「片目にディスプレイを搭載したスマートグラス」を開発中。OSとしては「Android XR」を開発して採用し、多数のメーカーと連携してプラットフォーム化を目指している。ただ、Even G1やMeta Ray-Ban Displayが実際に市場に出回る製品であるのに対し、Googleのものはまだプロトタイプ。製品化は来年の後半以降になるだろう。

Googleが開発中のディスプレイ搭載・情報系スマートグラス試作モデル。5月のGoogle I/Oで筆者が体験した時のもの
Googleは試作モデルの画像撮影を認めなかったため、スクリーンショットで。イメージとしては、このように風景に情報が重なって見える

Even Realities・ワンCEOは、「情報の利便性を最大限享受するには、常につけ続けた方が良い。そのためには、現在使っているメガネを置き換えることができるような、優れたデザインと快適さを備えた製品でなければならない」と話す。

Even Realitiesのウィル・ワンCEO

これら情報系スマートグラスでは、スマートウォッチにスマホの通知や地図アプリのナビが表示されることと同じようなことを、メガネの中の画面で実現する。

だから、見たい時に特別なことをしなくてもすぐ見られる、という要素が重要になってくる。もちろん、常に表示されていると邪魔に感じるし安全性の課題もあるので、消す機能はある。

表示がカラーかグリーンか、という話は、単純にグリーンの技術が劣っている、ということではない。

Even G1は動作時間を公開していないが、実機は朝から午後までつけっぱなしでもバッテリーが切れず、ケースでの充電をセットにして使えば、楽々1日中使っていられる。

Meta Ray-Ban Displayはスペック上「最大6時間、ケースでの充電で24時間」とされているが、実際にはもう少し短いだろう。

情報や利用シーンに対する考え方から消費電力に対する考え方が異なり、結果として選択している機能も変わる。

このあたりのバランスをどう取るかが、当面、商品性を決める軸になるはずだ。

もっとも売れている「ディスプレイなし」のAIグラス

ただ、現状でもっとも広がっているスマートグラスが「情報系」ではない。正確にいえば、「ディスプレイを内蔵していないもの」がヒットしている状況だ。

Metaがアメリカなどを中心に発売している「Ray-Ban Meta」は、カメラとマイク、スピーカーを備え、スマホと連携しているものの、ディスプレイは内蔵されていない。

Ray-Ban Meta

日本では発売されていないが、アメリカ市場では2023年秋より出荷が開始され、2025年2月までに200万台以上を出荷している。

Ray-Ban Metaの登場前より、Amazonの「Echo Frames」(日本未発売)やBoseの「Bose Frames」など、スピーカーから音を出すことを前提とした製品はあったのだが、明確なヒットとなったのは、Ray-Ban Meta以降に注目されてきた。CESなどの国際イベントでは、中国系企業やスタートアップ企業がRay-Ban Metaにインスパイアされた製品を多数出展しており、一躍注目ジャンルになった。

今年はRay-Ban Metaの「第二世代」に加え、サングラスメーカーのオークリーと連携した「Oakley Meta HSTN」や「Oakley Meta Vanguard」も発売されている。

Oakley Meta HSTN
Oakley Meta Vanguard

Metaは今年、このジャンルを「スマートグラス」ではなく「AIグラス」と呼ぶようになった。前出のMeta Ray-Ban DisplayとRay-Ban Metaも、ディスプレイの有無はあるものの、AIグラスであることに変わりはない。

というのは、スマホ上で動くAIサービスとの連携が基本になっていて、AIと連携することに価値があるから「AIグラス」……という建て付けである。

ディスプレイ搭載にはコストと消費電力の問題が生まれやすい。一方で、AIとの対話はマイクとスピーカーだけでも可能ではある。そうすると、コスト・消費電力の問題は小さくなっていく。

MetaはRay-Ban Metaで「ディスプレイのないAI連携グラス」というコンセプトを提示した。

だが実は、GoogleもAndroid XRで「ディスプレイのないデバイス」も開発している。ディスプレイ搭載型より先に商品化し、Ray-Ban Metaとの競合を目指すのでは……とも予測されている。スマホではAI機能の競争が激しくなっているが、その一端はAIグラスとして、スマートグラスにも広がってきているのだ。

ただ実際のところ、Ray-Ban Metaなどでもっとも使われていて、支持されている機能は「まだ」AIではない。

Ray-Ban Metaにはカメラ機能があるが、これで風景を撮影することが非常に支持されている。アクションカメラと同じように、主観視点の映像を簡単に撮影できるのは大きな魅力。特にOakley Meta Vanguardはカメラが眉間の部分に搭載されているので、迫力あるアクションを撮影しやすい。

Oakley Meta Vanguardで撮影された映像。アクションカメラさながら

AIグラスと呼ばれる理由の1つには、カメラからの映像をAIが認識して反応することにもある。こうした、自分の周囲の状況を把握して反応する要素は、自分に関わる文脈を理解していくという意味で「コンテキストベースAI」などと言われる。

ただ、前出のように今は「撮影」の要素が強く、AIの活用はこれから拡大する領域と考えるべきだろう。

どこでも大画面を持ち歩く「空間ディスプレイ」

次のスマートグラスは「空間ディスプレイ」。これもまた、メーカーが急速に増えているジャンルだ。代表格は、XREALの「XREAL One」などだろう。

XREAL One。写真は別売の「XREAL Eye」をセットにしたもの

こちらは簡単に言えば、スマホやPCと接続して使うディスプレイだ。USB Type-Cケーブルで接続し、DisplayPort Altモードを使ったディスプレイとして働く。

その結果として、接続した機器の映像が目の前に表示される。視界を広く映像が覆うことになるので、映画を見たりゲームをしたりするには向いている。どこでも巨大な画面を体験できる、と思えばいいだろう。

XREAL OneでPCの画面を表示したもの。このように、目の前に大きな画面が現れるのが特徴

メーカーは「ARグラス」と呼称しているが、実際にはあまり適切でない。今の商品性としては「サングラス型ディスプレイ」と呼ぶのが適切だろう。空中にディスプレイが浮かんでいるように見えるため「空間ディスプレイ」とも呼ばれる。

なぜARグラスではないかは、次の項で解説する。

究極の存在は「ARグラス」

最後が、VRやARなどを体験するデバイスこれらXR機器の狙いは「自分が感じている世界を別のものに置き換える」こと。情報表示にも空間ディスプレイとしても使える、ある意味で究極の姿と言える。

その中で必須の機能としては、周囲から自分の位置を認識する「ポジショントラッキング」機能がある。

例えば、壁に存在しないポスターをCGで重ねたり、屋外で向かうべき方向に矢印を表示したり、といった要素を実現するには、ポジショントラッキングが必須になる。以下はApple Vision Proでの例だが、現実世界の中に情報を追加・拡張できる。

Vision Pro用の最新OS「visionOS 26」で撮影した画像。壁やカーテンにポスターのようにアプリが張り付いているが、もちろん実際には存在しない

ただ、それを小さなデバイスで実現するのはまだ無理がある。ヘッドマウントディスプレイが主流であり、メガネ型はまだまだ少ない。

Vision Proは現状もっとも理想に近いAR(MR)機器だが、大柄でコストも高い

前出のように、「空間ディスプレイ」「サングラス型ディスプレイ」をメーカーが「ARグラス」と呼ぶことが多い。

だがこれは、機能を考えると正しくない。空間ディスプレイはあくまでディスプレイであり、いわゆるAR的な機能ではないからだ。

だから、現状を「ARグラス」と呼ぶべきではないし、大きな誤解を生んでいると考える。メーカー側も呼称を変えるべきだ。情報系スマートグラスで「AR」という単語の利用が抑制的であることとは対照的な現象である。

ただし、サングラス型ディスプレイが元々ARグラスを目指しており、技術的制約やコストなどの問題から、AR機能の搭載をカットしてきたという事情もあるだろう。

将来的な製品では、ポジショントラッキングを含めた機能を拡充し、真のARグラスに近づいていくのは間違いない。

例えば、XREALが2026年に発売を予定している「Project Aura」は現状のサングラス型ディスプレイを一歩抜け出し、ARグラスに近づいていくことを目指している。

XREALが開発中の「Project Aura」。発売は2026年1月以降

Metaが2024年に発表した「Orion」も、ポジショントラッキングと光学シースルー式のAR機能を備えた、究極のデバイスを目指している。

Metaが開発中のARグラス「Orion」
Orionを体験中の筆者。完全なARグラスであり、Meta Ray-Ban Displayとは似て非なる存在だ

前掲のMeta Ray-Ban Displayは「情報型スマートグラス」に近く、ARを軸とするOrionとは異なるものだ。Orionの市販化にはまだ相当の時間がかかると見られており、表示や機能を限定したものが先行で登場するかもしれないものの、Orion自体の市販は数年後になる。

スマートグラス自体が発展途上の領域であり、なにをするのか・なにができるのかの定義もこれからだ。その中で、どの製品がどのようなジャンルを指向しているかは正確に把握すべきだし、その結果として、生活のどこにマッチするのかも変わってくる……と考えればいいだろう。

スマートグラスは最終形態? どのジャンルで定着するかは市場が決める

Even Realities・ワンCEOは、スマートグラスを以下のように説明する。

「情報へのアクセスをこれまで以上に人間に近づけることができる、消費者向け電子機器の進化の最終形態」(ワンCEO)

PCがデスクトップからノート型になり、ノートPCからスマホになることで、我々は情報をあらゆる場所で使えるようになった。それが「メガネ」になると、スマホの画面を使うことなく、よりパーソナルな存在になる可能性が高い。

もちろん、前出のようにジャンルが分かれていて、わかりにくい部分がある。これは、技術にまだまだ課題があるからだ。

また、メガネをかけていない人にまで、メガネをかける体験を広げるには難題も多い。スマホの拡張であり、スマホ自体がなくなると考えるのは難しい部分もある。

他方で、こうも考えられる。

スマートウォッチの登場により、時計は「時間を測る」以外の機能を持つようになった。健康管理を中心に、スマホだけでできないことが可能になった部分もある。

ここまで挙げたジャンルの中で、スマートグラスは、今はまだ小さい価値をさらに拡大する可能性を持っている。我々のパートナーとして、スマートグラスはどの領域をカバーする存在に落ち着くのか。前掲のジャンル分けから、ご自身で考えてみるのも面白いのではないだろうか。

そして、ここから出てくる各種製品が、どういう狙いなのかも分かりやすくなっていくだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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