西田宗千佳のイマトミライ
第308回
スマートグラス・AI、そしてメタバース Metaの巨額プラットフォーム投資が狙うもの
2025年9月22日 08:20
Metaの年次開発者会議「Meta Connect 2025」が、9月17日・18日の2日間、同社のある米カリフォルニア州・メンローパークで開催された。
最大の話題は、ディスプレイ内蔵のスマートグラスである「Meta Ray-Ban Display」だろう。
AIと連動するスマートグラスの市場は拡大が見込まれており、先行するMetaが力を入れるのも無理はない。現地からは速報も掲載しているので、併読いただきたい。
しかし、Metaはスマートグラスだけを発表したわけではない。ハードウェアの発表こそなかったがメタバースに関する大きな発表もあった。同社のAIとスマートグラス戦略は、メタバース戦略とも無縁ではない。
それはどういうことなのか? 同社エクゼクティブへの取材を通して探っていこう。
Meta Ray-Ban Displayとはなにか
まず、Meta Ray-Ban Displayのことを説明していこう。
Metaは2023年末に、AIと連携するスマートグラス「Ray-Ban Meta」を発売した。日本では販売されていないので知名度は低いが、アメリカやヨーロッパではヒット商品になっている。カメラ・マイク・スピーカーを内蔵しており、自分が見ている「目線」に近い映像・写真を撮影できるのだが、同時にスマホを介してAIと対話する機能を持つ。
アクションカメラのライバルとしても注目されているもので、詳しくは以下のレビューをご覧いただきたい。
同様の製品が増えてきているためか、今年は内部をリニューアルした「Ray-Ban Meta Gen 2」のほか、よりアクティブなスポーツ撮影を目指した「Oakley Meta Vanguard」も発表している。
そして、その先の製品として発表したのが「Meta Ray-Ban Display」。基調講演ではマーク・ザッカーバーグCEOが自ら身につけて登壇し、力を入れたプレゼンテーションが行なわれた。
昨年Metaは、同じようなメガネ型のARデバイス「Orion」を発表している。フレームが太いメガネのような形状だが、空間に映像を浮かばせて様々なアプリを動かす。
形状が似ていることから誤解されがちだが、OrionとMeta Ray-Ban Displayは異なる性質の製品だ。
Metaのクリス・コックスCPO(最高製品責任者)は、「Orionとは別の製品ライン。Orionの完成にはまだかなりかかる」と話す。
筆者は昨年Orionの実機を体験しており、Meta Ray-Ban Displayとの違いがよくわかる。
OrionはAR機器であり、極論すれば「メガネ版のスマホ」「メガネ版のPC」といった印象だ。
しかしMeta Ray-Ban Displayは、スマホ内の情報やAIとの連携をするデバイスであり、発売済みのRay-Ban Metaに近い。音声でも十分に対話できるが、「ディスプレイがあった方がより使いやすくなる」からカラーディスプレイを搭載している……という印象に近い。
ライバルよりも高い品質・高コスパ
Meta Ray-Ban Displayは、右目の中央から少しズレた位置に表示が出続ける。
視野の中20度くらいを覆う小さなディスプレイが空中に浮かんでいる……というイメージだろうか。
以下は実際に表示したものをカメラで撮影した画像。カメラとの位置関係から色が緑になっているが、かけている自分の目からは、自然で驚くほどしっかりした映像に見える。
メガネの中に情報を出し続ける、「情報系スマートグラス」とでも呼ぶべき製品は、ちょうど増え始めてきたところだ。
例えば「Even G1」(Even Realities)は、緑一色ながら両眼にディスプレイを仕込んでおり、空を見上げると時間やスマホの通知、メモなどが見える。
Googleも、発売時期は未定だが、メガネの中にマイクやカメラ、ディスプレイを搭載した「Android XR搭載スマートグラス」を、今年5月の「Google I/O 2025」で公開している。
こちらも実機を体験しているが、Meta Ray-Ban Displayにかなり近いコンセプトだと感じる。
ただ、Meta Ray-Ban Displayはこれらのライバルよりも鮮明で美しいディスプレイを搭載している。
また、腕につけて指のタップなどで操作する「Meta Neural Band」という操作デバイスがセットでついてくる。スマホを取り出さず、声とこのバンドで多彩な操作ができる点は、ディスプレイ以上に他社に対し先行している部分だ。
しかも、それをもうアメリカでは販売開始する……というのが大きい。価格は799ドルと安くはないが、機能を考えれば十分に納得できるものだ。
ただ、展開は「じっくり型」にならざるを得ないようだ。
コックスCPOは、「販売地域を拡大したいとは考えているが、慎重に判断したい。まずは2026年初めに、カナダ・フランス・イタリア・イギリス市場へと拡大する」と話す。
MetaのAIは日本語化されておらず、そのこともあって、Ray-Ban Metaは日本で発売されていない。Meta Ray-Ban Displayの展開についても、Meta AIの日本語化が前提になる。
さらに現状では、量産性に課題もあるようだ。
まずはオンライン販売などは行なわれず、特定のサングラス量販店で「デモ体験」をし、視力補正レンズの注文などをしてから購入に至る……というプロセスになっている。
体験スロットの数は限られており、発表からたった4日間の間に、アメリカでの体験スロット=購入可能タイミングはほとんどが埋まっている。このような仕組みである理由について、「まだ生産数量の限られており、じっくりと広げていきたいからだ」(コックスCPO)とする。
他社に先駆けたとはいえ、いきなり大量に作って市場を立ち上げられる状況ではない……というところなのだろう。
だとすると、日本国内に入ってくるのも少し先になりそうだ。
AIとXRの連携でメタバースを継続
Metaと言えばVR用HMDである「Meta Quest」シリーズにも積極的だ。
ただ、今年は新製品発表がなかった。そのため「スマートグラスに注力して、メタバースやVR市場からは距離を置く」と思われるかもしれない。
だがこれは誤解だ。
現状Meta Questは家庭用的ゲーム機的なビジネスになっており、毎年ハードウェアを変えるやり方はしない。同じハードウェアを数年使い、コストの安定とソフト開発がしやすい流れを重視する。
そのため、一昨年に「Quest 3」を、昨年廉価版の「Quest 3s」を出した現状は、ハードを刷新せずに「ソフト開発と普及」のフェーズとしたのだろう。
基調講演でも、時間を割いて「AIとXR」の関係について語られており、Metaはこのジャンルから撤退する意思は全くみられない。
筆者の印象だが、MetaはスマートグラスとXR機器を並列に扱っている。それぞれは「眼を覆う」「頭につける」といった共通項こそあれど、違う製品カテゴリーだ。
それを両方手がけるのは、本質的にMetaが目指すのが「コンピューティング世界の変革」であるからなのだろう。
ソーシャルメディアでコミュニケーションと情報流通を変えるところから始めたが、その次に目指しているのは「コンピュータとの関わり」だ。スマートグラスはスマホの延長として人との接点になり、XR機器はゲームやメタバースの形で人との接点を変える。
そして、どちらでもAIが重要なテクノロジーであるのは間違いない。
メタバース環境を自社技術で再構築
中でも重大な決断だったのが、同社のメタバースである「Meta Horizon」を構成するエンジンである「Meta Horizon Engine」を、完全に自社技術で構築し直したことだ。
Meta Horizonは、Metaが運営するメタバースサービス。自分で「ワールド」を作り、その中に人を呼び、ゲームもできる。
従来は基盤技術としてゲームエンジンの「Unity」を使っていたが、新たにゼロから作り直した。
ザッカーバーグCEOは、「過去数年かけてゼロから構築してきた新しいエンジンだ」と説明する。
Metaのメタバース担当バイスプレジデントであるヴィシャル・シャー氏は、より詳細に、経緯を次のように説明する。
「Unityは優れた技術だ。しかし、基本的には単独のゲームを作るもので、我々が構築しているような、UGC(ユーザー生成コンテンツ)を動的にストリーミングするようなワークロード向けには設計されていなかった」
シャー氏は、この決断が「数年前に行なわれた長期的な投資であった」と説明する。
例えば、従来は他人が作ったワールドに移動するにも数十秒かかっていた。また、1つのワールドには16人しか存在できず、賑わいも演出できない。
新エンジンでは、ワールドの読み込み速度が4倍以上高速化され、同一ワールドに100人以上が入れるようにもなっている。
超リアルな現実空間キャプチャと、「AIで実現」するホロデッキ
もう一つの大きな狙いは、新技術の上にさらに新技術を重ねることで、「メタバース構築のハードルを下げる」ことにある。
メタバースで自分の好きな世界を作れる、という話は出てくるが、その難易度についてはあまり語られない。
実際に作るには、「3Dデータのモデリング」「挙動のスクリプト作成」「背景(スカイボックス)やテクスチャのイメージ作成」「効果音の準備」と、大量の作業が必要になる。1つのゲームを作り上げるようなものだ。
だから面白い部分もあるが、作る人は増えず、ワールドの多様性も生まれない。
そこで同社は、2つの技術を導入する。
1つは「Hyperscape」。Meta Quest 3で周囲を見渡すだけで、自分の部屋や好きな場所をメタバースの中に「リアルな世界」として構築する技術だ。
そのリアルさは圧巻の一言だった。以下の動画からイメージは掴めるが、HMDの中から見ると、現実との差が非常に小さい。
これだけリアルな空間を歩き回れるだけですごいが、特別な機材を使わず、Meta Quest 3だけでデータが作れるのが驚きだ。
すでに無料のデモ版が公開されており、「自分の部屋を3D化する」ところまで実際に試すことができる。
Hyperscapeは今後Horizonに導入されるが、シャー氏は「もっとも簡単にワールドを作る方法になるだろう」と話す。
さらに、ワールドを作る新ツール「Meta Horizon Studio」には、生成AIにプロンプトを入力するだけで世界を作る「Agentic Editor」も搭載される。
全部のデータを自分で作る必要はなく、「ギリシア風のファンタジー世界を作りたい」「ポスト・アポカリプス風の世界がいい」とプロンプトを入力するだけで、世界を構成するモデルや背景、キャラクターまでが自動生成される。非常に簡単だ。
この発想は、『スタートレック』シリーズに出てくる「ホロデッキ」技術に着想を得たものだ。「ホロデッキの実現までにはまだまだ先が長い」(シャー氏)とはいうものの、その第一歩と言える。
シャー氏は「これによって、改善を加速できるのが魅力だ」と話す。
気に入らない部分、例えばキャラクターの詳細や効果音などを、細かくツールを立ち上げて手作業で修正するのではなく、文章で指示をしていけばいいのだ。筆者もそのデモを見たが、みるみるうちにワールドが改良されていくことに衝撃を受けた。
今年に入り、実際にプログラム自体は書かず、AIとの対話でソフトを作る「Vibe Coding」が話題になったが、さしずめ「Vibe World Building」といったところだろうか。
こうして、クリエイターのための環境を整えていくことは、魅力あるメタバースにとって重要なことだ。
さらに将来は、ワールドのテイストに合わせて自分のアバターのテイストを合わせる技術の導入も検討されている。
基盤整備を地道に進め、人々が「使いたい」と思えるものを作ること。
これがMetaの基本方針だ。スマートグラスでも「まず良いものを作ること」を第一の方針に掲げている。
それをやり遂げ、信頼を確保することが、Metaが「ソーシャルメディアの企業」から脱皮するために必要なものであり、Meta Connectはそれをアピールする場でもある……ということなのだろう。































