西田宗千佳のイマトミライ

第188回

ケータイキャリアと動画配信が急接近する理由 「サブスクと割引」の今

NTTドコモは、4月12日から新しい映像配信サービス「Lemino」をスタートする。2015年から続いた「dTV」のリニューアルである。

広告による無料配信を軸に据え、月額990円の「Leminoプレミアム」を上位に用意する「フリーミアム」モデルに変わったのが大きな変化だ。それは、有料配信での顧客獲得競争がそれだけ苛烈であり、dTVが続けてきたビジネスモデルのままではうまくいかくなってきたという現状も示している。

一方、Leminoと同様に注目すべきなのが、同時に発表された「爆アゲ セレクション」という特典施策だ。

これに限らず、サブスク系のサービスを、携帯電話事業者やケーブルテレビ事業者、電力会社などがコラボレーションする例は増え続けている。

それはなぜなのか? あえてそこに絞って解説してみたい。結果として、その理由から、各事業者の見ている競争の一端が見えてくる。

ドコモ回線でサブスクを割り引く「爆アゲ セレクション」

「爆アゲ セレクション」がどんなプランなのか、まず解説しておこう。

「爆アゲ セレクション」は、ahamoを含む、NTTドコモの携帯電話回線の契約者に向けたものだ。

ドコモの「爆アゲ セレクション」。4月からスタート。

回線契約を行なっている人が「特定の条件」を満たして映像のサブスク系を契約している場合、用途・期限限定のdポイントを還元する。還元額は利用料金の10%もしくは20%。ドコモ回線側の契約条件などによって、還元額が10%なのか20%なのかが変わる。

対象となるのは、Disney+・Netflix・YouTube Premium・DAZN、そしてLeminoの5つだ。ただし対象サービスについては、今後、音楽配信やゲームなどへと拡大を予定している。

例えば、月額1,980円のNetflixプレミアムをドコモ経由で契約すると20%(360ポイント)、1,480円のスタンダードも20%(271ポイント)をポイントで還元する。YouTube Premium(1,180円)は20%の215ポイントが付与される。

現在は5つのサービスが対象。最大dポイントで20%の還元が受けられる

還元の条件は多少複雑なので、正確なところは公式サイトをご確認いただきたい。重要な点は、「ドコモ回線の利用者であること」「ドコモを介して各種サービスの支払いをしていること」だ。各種サービスへの新規契約者には追加のポイント還元があるが、すでにドコモと契約済みの人はもちろん、契約済みだが支払い方法をドコモに切り替えた人も対象となる。

複雑さがちょっと気になるが、要は「ドコモ回線利用者は、支払いをドコモ経由にするとお得になる」と考えればいいだろう。

KDDIもソフトバンクも「セット」展開

「爆アゲ セレクション」の施策は現金での割引ではなく、dポイントでの還元になる。実質最大2割引になるのだが、有効的に使えるのはdポイントで支払う人が中心になる。dポイント利用者を拡大したいドコモの思惑と合致する。

「爆アゲ セレクション」は、携帯電話料金にサービスをセットしたプランではない。しかし実質的な効果としては、いわゆる「バンドルプラン」に近いものがある。

携帯電話料金とのバンドルプランとしては、2018年からKDDIがNetflixとともに展開している「Netflixプラン」が有名だ。現在も「使い放題MAX」として、7つのサービスの組み合わせを変えて選べるようになっている。

KDDIの代表的なバンドルプランの「使い放題MAX 5G ALL STAR パック」。7つのサービスを組み合わせて、最大月額2,310円割引になる。

au、Netflix見放題で25GBの「Netflixパック」 5500円~(2018年)

ソフトバンクは「メリハリ無制限」の契約者を対象に、YouTube Premiumの利用料金を割り引くプランを提供しているのに加え、ABEMAなどの動画・音楽配信サービスの月額料金の最大20%相当を毎月PayPayボーナスで付与する「エンタメ特典」も提供している。これは「爆アゲ セレクション」に近い。

つまり、携帯電話事業者にとってはある意味定番ともいえるサービス形態なのだ。

ソフトバンクは「メリハリ無制限」利用者に、YouTube Premiumの割引を提供
PayPayと連動して月額料金の最大20%を還元する「エンタメ特典」も

ソフトバンク、動画配信サービス料金を還元する「エンタメ特典」(2021年)

ARPU以上に重要な「安定顧客化」

ドコモはなぜこのような(実質的)割引プランを作ったのだろうか? また、携帯電話事業者はなぜ、この種のサービスを好むのだろうか?

すぐに思いつくのは、1顧客からの支払い(いわゆるARPU)が高くなる、という点だろう。

だが、もちろんそれだけが狙いではない。むしろ重要なのは、ARPUの上昇ではない。

もっとも重要なのは「安定顧客になりやすい」ことだ。

現在は携帯電話回線契約の切り替えは簡単になっている。それ自体は良いことだ。

ただ、携帯電話事業者にとっては喜ばしいだけではなかろう。一度自社の顧客になったら、長く安定的な顧客になってもらいたいはずだ。

以前は長期契約に伴う割引がしやすかった。だが、今は規制によりそれも難しい。だとするならば、別の形で長期契約を促すものを用意する必要がある。

映像配信のバンドルや支払い方法の誘引は、解約引き止め効果が高い。回線として切り替えたい時でも、日常使っている映像配信サービスの契約切り替えが必要になるので、それがブレーキになるわけだ。

映像配信側にも生まれる「長期顧客化」

一方でこれは、映像配信事業者にもプラスに働く。

映像配信は、携帯電話回線以上に切り替えられやすい。見るものがなくなったり、別のサービスの方が魅力的になったりすれば、簡単に切り替えられる。

その中で携帯電話回線や電力会社などの「生活インフラ」とセットになると、セット側の切り替えが難しいので、映像配信として安定的な顧客を獲得しやすい。

何度も記事で使っている表現だが、映像配信は「椅子取りゲーム」だ。家庭内に1つから3つくらいまでの椅子があり、そこを複数の映像配信事業者が狙っている。

ただ、椅子に優先的に座りやすい事業者もある。

それはアマゾンだ。

Amazon Prime Videoは、国内の有料配信では圧倒的なシェアを持つ。理由は、「Amazon Prime」という安価で複合的なサービスの一部であるからだ。買い物や音楽、読書など複数のサービスがセットになっており、便利なので契約している人も多い。映像配信だけなら解約されてしまう可能性もあるが、他のサービスもセットなので、それぞれの価値を失うわけにもいかず、契約を続ける。

これに対抗するには、映像配信の側も他のサービスとセットになって、価格や価値を高める方がいい……という話になり、携帯電話事業者や電力会社、ケーブルTV会社とのコラボレーションが生まれるのである。

長期契約を獲得して「椅子取りゲームで先に座っている」存在になるためにも、この傾向は今後も続いていく。それだけでなく、コラボレーションする事業者のバリエーションはさらに増えていくだろう……と筆者は予測している。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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