西田宗千佳のイマトミライ

第189回

GoogleとマイクロソフトのAI戦略が示す「新・知的生産の技術」

ジェネレーティブ(生成型AI)は日々進歩している。すべてを追いかけるのが難しいほどだ。そんな中でも3月14日からの数日間は、特に、ビジネス面での大きな変化がもたらされたタイミングだった。

Googleとマイクロソフトというビッグテック2社が、一般向けビジネスツールについて、相次いで発表を行なったのだ。今回はその概要と、「日常業務にAIが入ってくることによる変化」を考察してみたい。

これは一言で言うなら、「知的生産の技術を問い直す流れ」そのものでもある。

2大ビッグテックが「ビジネスツール」にAIを導入

発表内容を、時系列でおさらいしていこう。以下、時間はすべてアメリカ太平洋時間。すなわち、日本では深夜に発表されたものだ。

3月14日早朝、Googleは、自社で開発した大規模言語モデル(LLM)「PaLM」を、同社製品の多くに導入する、と発表した。導入対象は、同社のクラウドインフラ事業である「Google Cloud」と、ビジネスアプリケーション・サービスの「Google Workspace」。まずはテストユーザー向けに、今後数週間のうちに提供を開始する。一般ユーザー向けの時期や、サービス提供価格については後日案内される。

後を追いかけるように、同14日、OpenAIは最新のLLM「GPT-4」を正式発表。マイクロソフトも、2月に公開した「新しいBing」で、LLMとして利用していたことを公表した。

ただし、Bing自体はマイクロソフトが検索エンジン向けに独自開発した「Prometheus」で動作しており、Prometheusの中で一部機能としてGPT-4を使っている形。Prometheus=GPT-4という訳ではないし、OpenAIが公開しているGPT-4と同じものでもない。

BingにもGPT-4を採用している

また、同社のクラウドインフラ事業「Azure OpenAI Service」にも、GPT-4が後日搭載される、と発表されている。

さらには3月17日、マイクロソフトのオフィスアプリケーション・サービスである「Microsoft 365」に、LLMを使ったジェネレーティブAIである「Microsoft 365 Copilot」を搭載すると発表した。もちろん、Microsoft 365 CopilotはOpenAIのLLM技術をもとに作られている。価格やライセンス形態は後日発表予定。テストなどで利用できる時期も公表されていないが、WordやExcelなど個々のアプリケーションには、今後数カ月の間に実装されていくという。

Microsoft 365 Copilot

実際には両社とも、「提供はまだ先」。急速に動く状況へと前倒しで対応するため、とにかく早め・早めで発表を進めていることもわかる。

ポイントは、軸になるLLM、特にGPT-4がすでに公表されており、ChatGPTのようなインターフェースを介して、誰もが使えるようになっていることにある。

なにができるかは日々可視化されていくので、その応用技術であるMicrosoft 365 Copilotも、できることは十分に想像ができる。GoogleはOpenAI+マイクロソフト勢と競合しているわけだが、LLMを使って同じようなことをしようとしているのは間違いなく、やはり、遅れをとるわけにはいかない。

Microsoft 365 Copilot

こうやって時系列を追ってみていくと、マイクロソフトの大攻勢に対し、Googleがなんとか発表だけでも先行した……というイメージも見えてくる。

一般向けのツールへと拡大するAI活用

GPT-4でできることが可視化されているとはいっても、その本質が開発者や研究者のためのものである、という点は忘れてはならない。

もちろん、過去の技術に比べて著しく簡単に触れることができて、エンジニアとそれ以外の境目は薄いものになっているのだが、「ごく一般のビジネスパーソンが日常の仕事に使う」にはハードルが高い、というのもまた事実だろう。

だからこそ、ジェネレーティブAIを使った「ビジネス向けのサービス」がどんどん出てくる。その先行例が、「Notion AI」や、英語学習サービス「Duolingo」へのGPT-4搭載、と言える(なお、後者はGPT-4ベースだが、Notion AIが使っているLLMがどこのものかは公開されていない)。

Notion AI
Duolingo Max

LLMは多数開発中で、それを活用したサービスも、ここから毎日のように出てくる。LLMをある種むき出しのまま使うサービスよりも、仕事の内容や作業に合わせて最適化された「ジェネレーティブAIベースのサービス」の時代がやってこようとしている。それは、先日本連載で解説した通りの流れだ。

ただ、今回、Googleとマイクロソフトが、両社の主要ビジネスツールであるGoogle WorkspaceとMicrosoft 365にジェネレーティブAIを本格導入する、と公表「してしまった」ことの影響は大きいだろう。

Google WorkspaceにジェネレーティブAIを搭載

個別のツールにAIを搭載したものがバラバラに出てくるのを見極める必要はなく、結局そのまま「待てばいい」のが明白になったからだ。

次の競争は、大手2社のサービスと各社のサービスが、どれだけ質の面で異なっているのか、という話になってくる。

ジェネレーティブAIの導入が「知的生産の技術」を問い直す

Googleやマイクロソフトが公開したデモ動画を見ていると、ワクワクしてくる。少々時間はかかるが、以下の動画をぜひご覧いただきたい。英語だが、画面の動作だけでも、なにができるようになるかお分かりいただけるはずだ。

A new era for AI and Google Workspace
Introducing Microsoft 365 Copilot | Your Copilot for Work
Microsoft Business Chat

いままで我々は、白紙を与えられ、その上に自分で文書を書いて、他人に渡すことで仕事をしてきた。紙がデジタルデータになり、メールのような「コミュニケーションに特化した文書」が増えていったものの、本質的には同じであった……ということもできる。

だが、ジェネレーティブAIが間に入ることで、文書の作り方は大きく変わる。

書くべき文書を脳内で決めてから書き出すのではなく、文書の目的や内容を決めるために必要な情報を与えると、文書の元となるものがほぼ出来上がる。それに修正や追加を加えていくことで、最終的な文書作成にかかる時間は大幅に短縮される。白紙への箇条書きから、デザインがしっかり組み立てられたプレゼン資料が出来上がるのは、その典型例である。

内容についても、音声や動画などの会議データを自動的に要約し、そこから必要なものを見つけ出して製作を始められる。

業務では多数のデータが集まってくるが、その集計と可視化にはソフトウェアが必要。そうしたソフトの開発と活用こそが、俗に「デジタルトランスフォーメーション」と呼ばれるものの中核にある。それも、ジェネレーティブAIの力でより容易に、短時間に、業務プロセスに導入可能になっていくだろう。

現状、これらのツールはまだテスト段階で、実際に自らの手で自由に使ってみた人は少ない。だから、出てきた段階での実用性を評価するのは難しい。課題満載の問題児である可能性も高い。だが、その先に大きな可能性があることを否定することはできない

文書作成を伴う最終的なアウトプットの質や精度、価値を高めるための手法は、過去から「知的生産の技術」と言われてきた。ジェネレーティブAIは完璧ではなく、間違いをいうこともあるし、適切でない文書を作ることもある。そこでなにが良いのかを判断するには、知的生産の技術が必要。だから、自分の能力・判断力を高める技術が不要になることも(少なくとも当面は)考えにくい。

しかし、資料の整理やアウトプットの準備に関わる手法については、ジェネレーティブAIによって価値が大きく変わってしまう可能性は高い。もうすぐ「ジェネレーティブAIを前提とした知的生産の技術」が必要になるだろう。

イラストレーターや漫画家の間では、昨年夏の「お絵描きAI」登場以降、自らの価値を問い直し、製作手法を再定義する流れが生まれた。

同時に今、ジェネレーティブAIによって、まずプログラマーの間で「今後はどうソフトを作るのが効果的か」という議論が巻き起こりつつある。

さらにここから、より多くの人が「自分が仕事で接する文書製作」について、作業の価値が問い直される時期がやってくる。

先ほど、Googleとマイクロソフトが公開したビデオをよくみていただきたい、と話した。その理由は、ビデオを見ることで「作業の価値が問い直される時期」のあり方を想像することができる、と感じたからだ。

筆者も、ここからどのような「ジェネレーティブAIを前提とした知的生産の技術」が生まれるのか、答えを持っているわけではない。

しかし、その時期がもう目の前である。3月14日から17日の数日間は、そのことが明確になった、ある意味記念すべきタイミングだったのである。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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