西田宗千佳のイマトミライ

第149回

iPodは「音楽を聴く」体験をどう変えたのか

最後のiPod。第7世代iPod touch

5月10日(米国時間)、アップルは「iPod touch」について、販売を「在庫限りとする」と発表した。iPodブランド製品として最後まで残っていたiPod touchが市場から姿を消すことで、アップル製品の中に「音楽プレーヤー」としてのブランドはなくなることとなった。

初代iPodが発売されたのは2001年11月のことで、もう20年前のことだ。

初代iPod

米Apple、5GB HDD内蔵ポータブルMP3プレーヤー「iPod」

それから20年の間に、アップルは「音楽関連事業の会社」として揺るぎない地位を築き、以下の記事のような熱狂的なファンも産んだ。

iPodでキメろ。12台持ち変態男が超容量1,600GB化にトライした

ちょうどいい機会なので、音楽プレーヤー市場をiPodがどう変えたのか、改めて振り返ってみたいと思う。

「全曲持ち歩き」のニーズとそれを支えるソフトの力

iPodは「世界初のデジタル音楽プレーヤー」ではない。いわゆる「MP3プレーヤー」は1998年頃から市場に出始めていた。

衝撃の問題作!?携帯型mp3プレーヤー「mpman」販売開始

MP3をデコードするASIC(半導体)が出回り始めたことから、それとフラッシュメモリーやハードディスクを組み合わせた「MP3プレーヤー」が作られるのは必然だった。

PC用周辺機器の分野で当時大きなシェアを持っていたダイアモンド・マルチメディア・システムズは、「Rio」を商品化し、このジャンルで先行していた。

ダイアモンド、戦略発表会を開催。MP3プレイヤーを含む新製品を発表

ソニーもメモリースティックの事業展開に合わせ、1998年には試作品を展示、「メモリースティックウォークマン」を1999年末に商品化した。

ソニー、VAIO CONGRESS開催 メモリースティックウォークマン発表

だが、市場を制覇したのは遅れて出てきたiPodであり、多数あったMP3プレーヤーは一気に淘汰された。

理由はなんなのか? それは、初期と後期ではまったく異なる。

2000年代前半において、iPodがヒットした理由は「すべての楽曲を持ち歩ける」という要素だった。

初期のMP3プレーヤー(デジタル音楽プレーヤー)のほとんどは、ストレージとしてメモリーカードを使っていた。SDカードの登場は後になるが、スマートメディアやメモリースティック、コンパクトフラッシュなどが中心だ。

当時のメモリーカードといえば、容量は大きくても32MB(ギガではない)や64MBというところだ。メモリーカード取り外し式ではない場合でも、容量は似たようなものだった。大容量にすると高くなるし、入手の容易性を考えても、そのくらいの容量が妥当なところだった。

結果として、コンパクトなサイズと振動で音飛びがしない(CDだと、持ち歩いて使うと音飛びがあった)という利点があったわけだが、逆にいえば、そのくらいしか利点はなかった、と言える。

当時はCDやMDを複数枚持ち歩き、アルバム単位で聴いていた。CDやMDをメモリーカードに置き換えた、と思えば分かりやすいのだが、コストは高くなるしPCからの転送は面倒だしで、「PCオタク以外にはめんどくさい」代物だったわけだ。

iPodは5GBのハードディスクを内蔵し、「1,000曲を一度に持ち歩ける」ことをアピールしていた。ざっくりいえば「家にあるCDを全部持ち歩ける」ような感覚だったわけで、CDやMDを使う場合とは異なる利点をようやく提示できた、ということになるだろう。

ハードディスクで容量を稼ぐ、という発想は別にiPodだけのものではない。ただ、iPodが非凡だったのは「iPodの中での動作を素早くして、曲を探しやすくする」「iTunesという専用アプリを用意し、多くの人にとって楽曲の管理がしやすい形にした」ことにある。

すなわち、ソフトの良さによる体験の上質さがiPodの価値であり、ハードや音質が差別化点であると思っている他のメーカーに対し、まったく別のルールで戦いを挑んだ点が重要なのだ。

こうして、初期の市場をiPodが制することになったわけだが、その先はさらに興味深い。

iPodが「ミニ化」して市場はさらに変化

アップルがiPodで音楽ビジネスを本格化していく中で、転機となった出来事が2つある。

1つは、2004年に「iPod mini」が登場したことだ。

初代iPod mini

米Apple、4GB HDDを搭載した重量102gの「iPod mini」

低価格で、CDやMDよりたくさんの楽曲を持ち運べて、劇的に軽くて小さな製品が登場したことは、多くの人に「CDやMDの時代が終わりつつある」ことを強く印象づけた。iPod mini(2004年)、iPod nano(2005年)、iPod Shuffle(2006年)と製品が出るたびに小さくなっていき、デザイン面でのインパクトが強かったのもこの時期かと思う。

初代iPod nano

Apple、カラー液晶搭載の「iPod nano」 鉛筆と同じ厚さ

初代iPod shuffle

アップル、シリコンメモリ採用の小型「iPod shuffle」

第2世代iPod shuffle

アップル、世界最小のプレーヤー「新iPod shuffle」

半導体の製造プロセスが進化し、フラッシュメモリーの容量単価が安くなって小型化が容易になることが、デザインやニーズの変化をリードしていったわけだ。

この辺の製品展開のうまさを、家電メーカーはまねることができなかった。

その辺の理由や経緯は、ちゃんと分析しておくべきかと思っている。

iTunes Music Storeが変えたもの

もう1つは、2003年4月に音楽配信サービス「iTunes Music Store」がスタートしたことだ。

米Apple、1曲99セントのAACを使用した音楽配信サービスを開始

この頃海外では、音楽の違法ダウンロードが課題になっていた。音楽プレーヤーが「データによる再生」になるのは自明だったが、著作権保護のないMP3ファイルによる視聴があまりに便利だったため、「海賊行為が音楽市場を破壊する」という強いアレルギー反応が起きていた。結果として、著作権保護の強いサービスが出てきても使い勝手が悪く、市場ではうまく支持されなかった。初期のソニーの失敗はここにあったのは、有名なエピソードかと思う。

一方でアップルは、低価格かつ簡単に買える仕組みを整えることで、「わざわざ海賊版を探すよりも楽で良い」という環境を整備した。iTunes Music Storeの本質はここに尽きる。

日本でのiTunes Music Storeの開始は2005年8月。海外から2年遅れた形になった。

日本でのiTunes Music Storeスタートを発表するスティーブ・ジョブズ氏(2005年)

「iTunes Music Store」の国内サービス開始 ジョブズも登場

この2年の違いは、日本と海外での音楽市場に大きな違いを産むきっかけになった。

PCの普及率が低い日本で、2年遅れてiTunes Music Storeがスタートしたわけだが、2002年から2005年の間に、日本では携帯電話上での「着うた」がブレイクしていた。着うたは単価が高く、CDとは別の形で売れていた。結果として日本で音楽レーベルは、「音楽配信は売れないもの。着うたとCDで儲ける」形になった。

結果として、海外ではまずPC向けの「ダウンロード型音楽配信」が普及し、日本では同時期に「着うた」が普及する。

ダウンロード型音楽配信は、サブスクリプション形式の「ストリーミング・ミュージック」の登場で置き換えられていき、今に至る。

日本の場合には、着うたの衰退でデジタル配信からの収益が一気にしぼんだものの、CDではそれをカバーできず、日本でもストリーミング・ミュージックでの収益が目立つようになるまで、音楽市場は単純に収益が縮小してしまった。

日本レコード協会の資料より筆者が作成した日本の音楽配信売上の推移。2000年代後半に「着うた(シングルトラック)」で急成長したものの、スマホ移行で市場を失った。回復したのはここ最近のことだ

この違いも、ちゃんと認識しておく必要がある。

「持っている曲を全て持ち歩く」時代から「あらゆる曲が聴き放題」へ

iPodの販売ピークは2008年の5,483万台。その後、徐々に減少し、2011年以降は新製品も少なくなり、この5年はほぼiPod touchをラインナップに残すのみとなっていた。iPodを置き換える形になったのはiPhoneをはじめとするスマートフォンだ。

iPodが人気を集めた時代は、「自分が持っている全曲を持ち歩ける」ことが重要だったが、いまやサブスクによって「音楽を所有している」という意識は希薄となり、「支払っている」ということが重要になった。

状況がさらにひっくりかえり、ストリーミング・ミュージックで通信が必須になった今、通信を持たないiPodを製品化し続ける意味は薄い。iPod touchをニッチな製品として作り続けるよりは、素直にスマホとしてのiPhoneを売った方が良いし喜ばれる……というのが、今のアップルの考えかとは思う。

iPhoneだけでなく、iPad、Apple Watch、Apple TV、HomePod mini。様々なアップル製品でApple Musicが再生できる

音楽プレーヤーはアップルの商品ではなくなるわけだが、ニーズはある。そうしたところはニッチな市場として、他のメーカーがカバーしていくことになる。

そこで、初期にはアップルに負けたソニー ウォークマンが、残存者利益的にハイエンド・プレーヤー市場に残っているところが面白い。使い勝手やユーザーニーズに合っていることが必須ではあるが、音質のような要素もまた、最終的には価値として残るものなのだろう。

ソニー5年ぶりのハイエンド・ウォークマン。新旧を聴き比べた

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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