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ドコモはなぜ動画配信とスタジアムに投資するのか 「ファン」起点戦略の狙い
2026年4月3日 08:20
NTTドコモは、通信料金とは別の収入として、Leminoなどの「映像配信」とスタジアム運営などの「ベニュービジネス」に力を入れている。
関係なさそうにも見える、この2つの事業の共通項は「エンターテインメントビジネスである」ということ、そして「基盤として通信事業が重要である」ということだ。
では実際に、NTTドコモはどのようなビジネス展開を行なっており、どこを重要な要素と定めているのだろうか?
映像配信とベニュービジネス、それぞれの責任者に聞いた。
ご対応いただいたのは、株式会社NTTドコモ コンシューマサービスカンパニー・映像サービス部長の田中智則氏と、同・エンターテイメントプラットフォーム部 ベニュービジネス 担当部長の岡由樹氏だ。
映像とベニューに共通する「ファンエンゲージメント」
まず現状を整理しておこう。
NTTドコモにおける映像配信事業とは、「Lemino」を軸にした展開を指す。現在は広告で運営され、無料の「フリープラン」と、月額1,540円の「Leminoプレミアム」がある。
ボクシング・井上尚弥選手の世界戦を独占無料配信しているほか、2025年シーズンのJリーグYBCルヴァンカップを全試合無料配信。乃木坂46・櫻坂46・日向坂46などとの連携も強く、冠番組の無料配信のほかに、ライブのPPV(都度課金)や、関連番組の視聴パックもある。
ベニュービジネスとは、スタジアム、アリーナ、ライブハウスなどの「施設(場)」を基点としたビジネスのことだ。
最も大きいのは、国立競技場の運営権を取得したことだ。2025年4月1日から2056年3月31日という長期の取り組みとなる。
このほか、愛知県名古屋市の「IGアリーナ」、2030年供用開始となる「東静岡駅前次世代アリーナ(仮称)」などを手がける。
前述のように、NTTドコモにおける映像配信・ベニュー事業の共通点は「エンターテインメント」だ。だがその先の概念として、共通戦略が存在するという。
田中氏(以下敬称略):今ドコモは「ファンダムマーケティング」を進めていて、映像配信としては、ファンが集まるコンテンツを中心に扱い始めています。ファンの方々に集まっていただき、まず配信を大きくしていくのが他社との差別化の一つです。
ファンダム(ファンの集まり)を形成した後に、映像配信としてエンゲージメントを高めながら、通信や金融といったドコモの他のサービスにも触れていただき、お客様にドコモを好きになっていただく、というのがコンテンツ領域の今の目的になっています。
岡:出口は一緒です。最終的にはドコモの通信や金融を利用していただき、ドコモのファンになっていただくことを目的としています。
その過程での顧客接点として、デジタル領域の配信があり、リアルな場としてベニューがあると思っています。お客様に対してリアルとデジタルを掛け合わせることで、これまで以上の顧客体験価値を提供し、最終的にはドコモのファンを増やしていくという位置付けです。
つまり、ファンが集まる「場所」を構築し、ファンにとっての利便性を提供することで、結果として「この場所はいい」と理解してもらい、それがNTTドコモのサービス価値へと広がっていけば……ということなのだ。
ベニュー事業は「体験重視」。その先につながる「ドコモの他事業」
中でもまず、ベニューについてまとめてみよう。
NTTドコモは複数のスタジアムなどの運営に参画している。その選択基準は「大きく2つある」と岡氏は話す。
岡:確かに出口としてドコモ経済圏に繋げていくことが重要なのですが、その前にベニューとしてしっかり事業が成り立つ場所であることが大切です。
もう一つは面的な観点で、ドコモユーザーにアプローチできる場所であることです。バランス良く、ベニューとしての事業性があり、ちゃんとした経営がなされているところをより良くしていくイメージです。
すなわち、ドコモの契約者が多数いて、さらに幅広い層にアプローチできる地域にあるスタジアムなどを選んでいる、ということだ。本質的には「ベニュー事業そのものとして成長性・収益性が高いこと」がポイントである、というのは間違いなさそうだ。
一方で、建設・運営が関わるベニュー事業は、映像配信以上に長い時間がかかる。「このアリーナへコンサートに来たらドコモのファンになる」というシンプルなものではない。
岡:良いアリーナからドコモの回線契約へいきなり繋がるのはハードルが高いと思っています。ですので、長期的な目線で価値を継続的に提供していくことだと思っています。お客様はスタジアムのファンになるのではなく、基本的にはIPやコンテンツ側のファンになるもの。ファンになっていただくための基盤としてスタジアムやアリーナがあります。
お客様がスタジアムに来場し、推しのアーティストや試合のイベントを通して喜んでいただいた時に、「ドコモが応援している」ということを通してファンになっていただくという形です。
また、ドコモユーザーならではの特典、例えばチケットの先行購入などを組み合わせることで、ドコモユーザーでいることのメリットを感じてもらい、「ドコモのファンだから」という状態を作っていく位置付けだと思っています。
ドコモユーザー以外も含めてお客様ですので、基本的にはドコモユーザー以外の方も弊社の運営するスタジアムやアリーナにお越しいただければ満足していただけるようにしますが、ドコモユーザーであればより価値が提供できるということを実施していきたいと思っています。
もちろん、新しいお客様に来てもらうためには、魅力的な興行をしっかり実施することがまずはトリガーになります。そして来場されたお客様に対して、来場時の渋滞や飲食の行列といった不満をできるだけ解消し、どれだけ満足して帰っていただくかも大事だと思っています。良い体験があれば次も来てくれるでしょうし、他の方への口コミにもつながります。
安全性や安心、セキュリティという観点で我々は優位性を持って取り組もうと思っています。チケットのデータがあれば、どのお客様がどのアーティストやイベントのファンであるかが明確に分かる情報になります。それを踏まえて、今後の興行を予測できるわけです。このアーティストが平日や土日のこの時間帯にやればこれくらい集客できるという精度の高いブッキングができるという観点と、こういった興行であればこういうお客様にマーケティングすれば来場しやすいという集客面での活用に繋げていけるところがあります。
現状、チケットの先行販売などは行なわれているものの、アリーナ内での飲食を含め、決済の種類とベニューでの体験は紐づいていない。しかしドコモとしては、例えばIGアリーナで飲食をする時にdアカウントで決済すると割引になる、といったキャンペーンについても「選択肢としてあり得る」(岡氏)と話す。
Leminoはスポーツと音楽を軸に「エンゲージメント重視」戦略
では映像配信はどうだろうか?
田中氏は「エンゲージメントを高めるコンテンツを重視している」と話す。
田中:スポーツや音楽に関しては、エンゲージメントを高めるためにコンテンツを揃えています。このアーティストが好き、このスポーツが好きというお客様にまず見ていただく。ただ、そのお客様がそのことだけでずっとサービスに留まるというのは難しいと思っており、リテンション(継続利用)のためにドラマやバラエティも存在しています。「Leminoにいれば推しのコンテンツも見られるし、それがない時はドラマやバラエティで楽しめる」ということで、ここに留まっていただくことが非常に重要だと思っています。
また、スポーツや音楽に特別な関心があるわけではないお客様にも、ドラマやバラエティを入り口として入っていただき、それを楽しみながら、たまに来る音楽コンテンツやWBCなどのスポーツコンテンツを見ていただくことで、新しく野球や特定のアーティストが好きになるかもしれません。
そういった新しい出会いやきっかけを作っていくことも、コンテンツ配信サービスとしては非常に重要だと考えています。
映像配信はシェアが重要、と言われる。利用者数で言えば、Amazon Prime VideoやNetflix、U-NEXTが上位にいる。
その中でのLeminoとしての位置付けはどうなっているのだろうか?
田中:音楽やスポーツのようなファンエンゲージメントの高いコンテンツを中心に揃えていきたいというのは、元々の構想からありました。ただ去年あたりからそれがより明確になり、コンテンツのラインナップを高めてきているのは事実です。来年度はもっと高めていく予定で、それが先ほど申し上げたファンダムマーケティングの流れになっています。
その中で、我々のビジネスの中にベニュー事業がラインナップされてきたのは、我々にとって非常に心強い話です。ファンのデジタル体験とリアル体験をセットにすることで、お客様のエンゲージメントをより高められると思っています。
すなわち、ライブやスポーツイベントをドコモが経営・運営に参加するアリーナなどで行なうことでの連携が、映像配信にとっても重要な価値を持つ、ということだ。
田中:アーティストやスポーツ選手の皆様と、そのファンの方々にどうやってメッセージを届けるかというところが重要です。
例えば5月に開催される「NTTドコモ presents Lemino BOXING ダブル世界タイトルマッチ 井上尚弥 vs 中谷潤人」の事例では、出場する選手の皆さんが「Leminoで見てほしい」とか「ドコモ MAXだったらこうだよ」というプロモーションを展開してくださっていますが、そういった取り組みが非常に重要です。
我々が選手やアーティストに寄り添い、選手の皆さんもそれをご理解いただいて一緒にドコモや試合を盛り上げていくという取り組みがようやく実現し始めています。
「NTTドコモ presents Lemino BOXING ダブル世界タイトルマッチ 井上尚弥 vs 中谷潤人」では、「ドコモ MAX」「ドコモ ポイ活 MAX」および「dカード PLATINUM会員」を対象とした先着順の限定販売が行なわれた。これはベニュー事業との連携そのものでもある。
さらにベニュー側からも次のような見方が示された。
岡:ベーシックなスタジアムやアリーナでの顧客体験価値を高めるソリューションはいくつもあり、その一つがネットワークだと思っています。お客様が来場されて、スポーツイベントの動画をリアルタイムでアップしたりするための通信環境を整備したり、スムーズに来場できるようなチケットアプリを導入したりといった顧客体験を高める価値の提供は、今も導入していますし今後も高めていくものです。
ドコモグループのアセットを生かすという観点で言うと、スタジアムやアリーナは興行を誘致してくることが上流になりますが、人気や集客力のあるコンテンツを誘致する上で、それが自社のIPでできるというのは一つの大きいポイントです。また、我々のスタジアムやアリーナで行なうイベントをLeminoで配信したり、パブリックビューイングのような形で外に発信していくことも有効ですので、そういった観点でドコモグループの中でのシナジーを提供していけると思っています。
Lemino無料版は必須 その先にある「ドコモ MAX」連携
他方で、Leminoには無料での視聴もあり、有料のプランもある。この両者の位置付けはどうなっているのだろうか?
田中:無料サービスがあるというのは、我々の会員の満足度を高める上で非常に重要だと思っています。dアカウントをお持ちのお客様に、お金を払わなくても一定のコンテンツを楽しんでいただき、dアカウントでいることの良さを体験していただいています。
そして、そこからは様々なデータが取れるようになっています。どんなお客様がどんなコンテンツに関心があり、どれくらいの時間楽しんでいるのか、またそのお客様がどのベニューに行かれているのかといったことも分かります。そういったデータを活用しながら、お客様の特性や趣味嗜好を理解し、マーケティングに活用していくことは重要なことだと思っています。
有料プランに関しては、さらに深くコンテンツを楽しみたいお客様にお金を払ってLeminoの会員になっていただいています。最近では「ドコモ MAX」でのバンドル(セット提供)も始まりました。
無料・有料・ドコモ MAXのお客様が使っていただける環境も含めて、全体を広げるような方向に動いています。
そこでドコモ MAX重視かというと、両面がありますね。キャリアフリー(dアカウント利用での他事業者利用者)のお客様もたくさんいらっしゃるので、そういったお客様にはまず通常のLeminoを使っていただき、「お金を払っているならドコモに乗り換えようかな」というきっかけになっていただけると思っています。
会員増加にはオリジナルコンテンツが重要だ。スポーツやライブなどだけでなく、オリジナルドラマもある。そこでの注力方向はどうなるのだろうか?
田中:我々が「注力ジャンル」と呼んでいるのですが、やはりライブ性の高いコンテンツ。音楽やスポーツに関しては差別化が大きく図れるため、強化しているジャンルです。
ドラマに関しても、先日発表されたWOWOWとの提携の中で、コストを両社で負担しながら差別化されたコンテンツを作っています。
昨年、「ドコモが複数のテレビ局との連携を持ちかけて横断的なサービスを目指している」と、交渉の噂が流れたが、この噂については直接のコメントはない。ただし、「いろいろなパートナーシップを広げていく可能性はずっと模索しています。コンテンツが高騰していく中で、一社だけでやっていくのは難しい時代になっているので、パートナーの皆さんと連携しながらコンテンツを調達・制作していく可能性は非常に重要」と田中氏は話す。
現状でもスポーツや音楽ライブで長期的連携を目指しているが、今後もまずはその方向性を……ということなのだろう。
dアカウントの活用が鍵 いかに改善するか
これらのコメントからわかるように、ドコモはベニューと映像配信、双方を同じ戦略で、別の軸として構築することで、最終的には自社へのエンゲージメントを高める方策をとっている。それぞれの戦略も明確だ。特にデジタルマーケティングでの活用については、両者の連携は必須と言える。
一方で課題となるのは、これらを有機的に運用するには「同一のアカウント」、すなわちdアカウントの活用が必須となる、という点だ。dアカウントの利用者は多いが、率直に言って使い勝手の面では課題がある。
それぞれの事業領域でどう活用すべきか。dアカウント側の使い勝手の改善も重要だ。各アプリなどからいかに簡単に、楽にdアカウントを使えるようにするのか。そして最終的には決済までつなげるのか。
ドコモが見据えるベニュー事業と映像配信の拡大には、その強化も必須要素となっていくだろう。問われるのは、通信を含めたドコモの総合力と言えそうだ。













