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人型ロボットは工場を"動的"に変えるのか CESで注目の「Atlas」の先
2026年1月30日 08:15
2026年1月に開催された「CES 2026」には多くのヒューマノイド(人間型ロボット)が登場しました。なかでも注目されたのがBoston Dynamicsの電動「Atlas(アトラス)」プロタイプ初の一般公開です。
頭部や腰、腕の先などの一部関節はぐるぐると回転し、例えば「振り向くことなく胴体を反転させて背後の作業を行なう」など、人には不可能な動きが可能です。人型だけど人ではない、産業機械的な機能的な動きとして多くの人に評価されました。
Boston Dynamicsは1992年に設立されました。その後は転々としました。まず2013年にはGoogleに買収されました。さらに2017年にソフトバンクを経て、2020年からは韓国のHyundai Motor Group(現代自動車)の傘下にあります。
「Atlas」はHyundaiの基調講演のなかで登場したほか、ブースでもデモを行ないました。同時に、量産準備が進んでいる製品版モデルのモックアップも初公開され、展示されました。
人にはできない動きで棚からモノを取り出したりグルッと方向転換したりしている様子はとても面白いです。しかし私見では、この発表の本当のポイントは、単に高性能なロボットが登場したことではありません。
一番大事なところは、親会社であるHyundai Motor Groupも掲げている次世代の製造業構想、すなわち「Software Defined Factory(ソフトウェアで定義される工場)」のなかに今後のヒューマノイドが位置付けられるのだろうということを、わかりやすく示した点にあります。その視点でAtlasの発表について、もう一度見てみたいと思います。
Atlasとはどんなロボットか
Atlasは身長1.9m。体重90kg。全身の自由度(関節)は56。高さ方向の最大リーチは2.3m。持続的作業では約30kg、瞬間的には約50kgまでの荷物を持ち上げることができるとされています。
約4時間の連続稼働が可能で、ホットスワップで(電源を入れて稼働させたままで)バッテリーを自律交換できます。バッテリーは二つ一組になっています。環境耐性も考慮されており、防滴仕様となっています(IP67)。稼働温度範囲はマイナス20度から40度。
ハンドには触覚センサーが装備されています。安全性にも考慮されており、人間を検知すると停止するなど、人間との協働を前提とした安全設計となっているとされています。
要するに、人間とほぼ同等の体格と人間以上の可動域を持ち、全身を使った動作が可能なヒューマノイドだということです。
ソフトウェアとAI戦略
ロボットはハードウェアだけでは動きません。最大の特徴はGoogle DeepMindとの提携による「Gemini」のようなAIモデルとの統合です。ティーチングや単なる遠隔操作ではなく、自律的なナビゲーションやタスク習得、リアルタイム環境判断を可能にする方向を志向して開発されています。
「フリート学習」にも対応します。Boston Dynamicsの運用ソフトウェア「Orbit」を使用することで、1体のAtlasが新しいスキルを学習すれば、そのスキルを即座にすべてのAtlasに共有可能です。
当初は繰り返し作業から始めますが、数年以内には多くの定型タスクは1日以内に教示可能になるとされています。事前に全てをプログラミングするのではなく、現場で学習し適応するロボットとして位置付けられているのです。
商用展開と製造計画
今回、現実の工場導入への計画も発表されています。Hyundaiによれば、2028年までに米ジョージア州SavannahのHyundai工場での配備が計画されています。
最初は「部品シーケンシング(順序立て)」のような安全性・品質が検証された工程から導入するとのこと。さらにそのあとは、2030年を目処として、部品組み立てなどより複雑なプロセスへ展開し、グローバルな生産ライン全体へ拡大する戦略です。
まず、2026年にはHyundaiの「Robotics Metaplant Application Center (RMAC)」とGoogle DeepMindに向けた出荷・配備が行なわれる計画です。他の顧客向け展開は2027年以降と見込まれています。
生産体制については、Hyundai傘下のHyundai Mobisのリリースによれば今後数年間で数万台のロボットを製造・展開する計画であり、Hyundai Mobis社がアクチュエーターを供給するなど、量産面でのサポート体制が既に構築されています。
まずは年間1,000体から始めますが、同社は年間3万台/年のロボット生産を可能にする工場建設計画を含む、米国事業に260億ドルを投資するとされています。2030年までには世界中の産業界でAtlasが一般的に利用可能になるという見込みです。
注目すべきポイントは「ロボット固有の部品の量を大幅に削減し、すべてのコンポーネントが自動車のサプライチェーンと互換性があるように設計されている」という点です。
Atlasは各メディアからも自然な歩行動作・工場導入準備ができた商用モデルとして評価され、CESにて「BEST ROBOT」なる賞を受賞したそうです。
CES2026以前の動向:TRIとの提携
ここでいったん時を遡ります。電動Atlasは、パルクール動画で広く知られた油圧式「Atlas」引退に続き、2024年4月に登場しました。この最初に公開された動画のときから、人間には不可能な動き方で立ち上がり方向転換する様子に、一部界隈では注目が集まっていました。
そして同年10月には、Toyota Research Institute (TRI)との戦略的提携が発表されました。親会社同士(トヨタとHyundai)は競合するにも関わらず、両者が手を組んだことは、ちょっとした驚きを業界にもたらしました。
提携の核心はBoston Dynamicsによる優れたハードウェアである「Atlas」と、TRIの「大規模行動モデル(Large Behavior Models:LBM)」の統合です。ここからAtlasは新しいタスクを汎用的に学習できるプラットフォームへと進化を遂げました。
8月には箱詰め・仕分け・整理といった連続した複数ステップのタスクを自律的に実行する様子が動画で公開されています。
歩行制御や腕の制御などが一つのモデルで実現されているのです。このようなモデルの実現は、用途横断的な汎用ロボット展開の道を開くポテンシャルを持っています。
このあとHyundaiの実際の自動車製造ラインにおいて、部品の運搬や供給といったタスクの実証実験が繰り返され、そこで蓄積されたリアルデータがAIモデルの学習に使われ、さらに磨きをかけられ、今日に至ったことは間違いないでしょう。
CES 2026で発表された、Google DeepMindとの連携は、これに続くものです。TRIとの提携で獲得した身体知的な動き、そしてGeminiによる汎用的な推論能力を組み合わせることで、Atlasは倉庫や工場内でおきがちな、たとえば「想定外の場所に部品が落下する」とか「通路が荷物でふさがれているときにどうするか」といった、ちょっとしたトラブルにも対応できるようになるのかもしれません。
今回のCESでのブースデモの様子を動画で見ると、人間による遠隔操作も可能なようですので、適宜組み合わせることになるのでしょう。Atlasは従来の制御技術と模倣学習を組み合わせることで動作しているようです。さらに今後の現場導入によって、「データフライホイール」と呼ばれるモデル学習の好循環を回すことが期待されます。
Spot導入の経験ノウハウを活かす
1月21日〜23日の日程で東京ビッグサイトにて行なわれたイベント「ファクトリーイノベーション Week」(主催:RX Japan)にも、Boston Dynamics 営業部門責任者(VP of Sales)のフィリップ・アルシャンボー(Philip Archambault)氏が登壇して講演しました。
Atlasの開発は、将来的には既存の「モデルベースの制御システム」から「End-to-EndのAIモデル」へと主軸が移っていくと考えていますが、現在は複数の要素を組み合わせたアプローチをとっているとのことでした。
現時点での開発は、認知、ミッション能力、操作スキル、全身制御という4つのカテゴリーに分けられており、これらを統合して実行ポリシー(行動を決定するための戦略ルール、行動指針)を作成しています。そして遠隔操作やモーションキャプチャといった人間による操作データをシミュレーションや強化学習に流し込み、最終的な自律的ポリシーを構築していると紹介しました。
要するにAtlasのソフトウェアは組み合わせで出来上がっているわけです。組み合わされているのはもちろん、AIだけではありません。「AIソフトウェアだけでなく、堅牢で信頼性の高いハードウェア制御とAIを統合することこそが、産業現場で真に価値を提供するために不可欠だと考えている」とのことでした。
またアルシャンボー氏は、現在のヒューマノイドロボットに対する期待はガートナー社がいうところの「ハイプ・サイクル」(新しい技術の成熟度や社会に浸透していく過程を5段階で示す)の過度な期待のピークにさしかかりつつあり、2027年ごろにはいったん失望の「幻滅期」を迎えるだろうと考えていると語りました。
ですがBoston Dynamicsは4脚ロボット「Spot」の販売で培った「新しいロボットを世界に広めてスケールさせる」ノウハウを活用できるため、このプレッシャーに耐え、確実に社会実装を進められる独自の立場にあると強調しました。要するに、一度やったことなのでヒューマノイドの普及についても自信があるというわけです。
「Software Defined Factory」におけるAtlasの役割
さて、冒頭で述べた「Software Defined Factory」でヒューマノイドはどんな役割を果たすことになるのでしょうか。
従来の工場は、一度ラインを組むと変更が難しい「ハードウェア主導」の設備であり、それぞれの設備は専用制御システムで制御されています。
対して「Software Defined Factory」は、生産ラインや工程の役割分担、作業手順などを柔軟に再構成可能にするコンセプトです。製品のライフサイクルそのものの短縮化や、多品種少量生産に対応するためです。しかし、いくらソフトウェア上で工程を変えても、コンベアや溶接用ロボットアームのような物理的な設備を即座に動かすことはできません。
ここでAtlasの出番です。Atlasは、固定された設備ではありません。工場のMES(製造実行システム)、倉庫の管理システム(WMS)からの指令によって工場内を動き、様々な作業を行なえる「可変的な設備」です。
MESやWMSと連携しつつ、物理的には人と同じ空間で動ける。人向けの設備もそのまま使えます。Atlasは、従来の考え方では設備主導の自動化が行き届かなかった領域を補完する役割を担うと考えられます。変動性に直接対処できる汎用性を提供するのです。
例えば、車種Aの生産を減らし、車種Bを増やしたいというケースを考えます。ソフトウェア上で生産計画を変更すると、Atlasの群れ(フリート)が即座に配置を変え、車種Bの部品供給や組立支援に回る――。そんな風景が想像できます。
当面、実際に行なう作業は、部品搬送、仕分け、キッティング、人手の補助などとなるでしょう。従来は人が行なっていますが頻繁な作業の変更などによる経済性の問題で自動化しにくかった作業です。
ロボットは「マニピュレーション(手先の作業)」が本格的にできるようにならない限り、「人の完全代替」は、まだまだ難しいのが現実です。ですが、既存の自動化設備と人の間を埋める存在としてならば今でも活躍の余地がある、そう判断されているのでしょう。
主役はあくまでソフトウェアによって動的に変化するタスクに対して人を含む設備等のリソースが最適化され続ける工場です。Atlasはそのシステムを成立させるための、極めて高度な「部品」となるわけです。Hyundaiがまず自社工場にAtlasを導入するのも、「ロボットを売るため」というよりは、Software Defined Factoryを実運用で成立させるためでしょう。
さらに、Boston Dynamicsのフリート管理&データプラットフォーム「Orbit」を通じて、1体のAtlasが学んだ改善点は、即座に工場内のすべてのAtlasに同期されます。Atlasは工場や倉庫の中で日々アップデートされ続けるというわけです。こうしてしばらくは、汎用的な「フィジカルAI」プラットフォームとして発展していくことになります。
単一の行動モデルで多様なタスクをこなせるようになれば、用途ごとにロボットを作り分ける必要はなくなります。その結果、製造、物流、保守、さらにはサービス分野へと、同一プラットフォームが横断的に使われるSFのような未来も現実味を帯びてきます。
ただし、そこへの道のりは、まだ遠いかもしれません。現時点では倉庫や工場のような、ある程度構造化された環境で動かすほうが無難ですし、そのニーズもあります。
「何でもできるロボット」ではありません。ですが、「現実の現場で、限定された役割を確実に果たせるヒューマノイド」にはなりつつある――。そんなところではないでしょうか。ちなみに、バックフリップやダンスもまだできるようです。
なお、中国でも多くのヒューマノイドが出荷され、実際の工場や倉庫の現場に大規模試験導入されていることが報じられています。Atlasに限らず、2026年はヒューマノイドの真価が試され、用途が模索される年になることは間違いありません。

