トピック

テスラ「Optimus」は“普通”だった? 人型ロボットの今を探る

テスラが9月30日に2回目の自社イベント「Tesla AI Day 2022」でヒューマノイド・ロボットを公表した。2021年8月19日に行なわれた1回目の「AI Day」の最後に、CGと着ぐるみダンサーで開発を予告したテスラボットこと「Optimus(オプティマス)」である。その様子は世界中にネットで生中継された。

公開されたロボットは2種類。一つ目は市販アクチュエーターを使って半年程度の短期間で開発した「Bumble-Cee(バンブルシー。もちろん『トランスフォーマー』の『バンブルビー』をもじった名前だ)」というロボットで、外装なしで中身むき出しで登場した。なんと今回のイベントの壇上で初めて支持テザー(ロボットの転倒防止用吊りヒモ)なしで歩かせたという。スタッフはみんなヒヤヒヤしていたに違いない。

テスラ「Optimus」の開発モデル「Bumble-Cee」。一度だけ歩行して登場した
胸にあるのがテスラ「HW3」。車載部品そのままだ。
手を振ってアピールする「Bumble-Cee」

このロボットはテスラ「モデルS/X」に搭載されている自動運転用コンピュータ「HW3」で制御され、手を振ったり腰を振ったりして観客にアピールした。また、オフィス内で移動し、ジョウロを物体認識して掴んで水やりしたり、工場でちょっとした作業を行なう様子がビデオで紹介された。

荷物を運ぶ様子
オフィスでの実験動画
ジョウロを使って水やり
セグメンテーションできていることを示す
工場内でパーツを運ぶ
こちらもワークを認識してつかんでいるようだ

続けてスタッフに運ばれて出てきたもう一つのロボットは、より新しいモデルで、テスラ独自設計のアクチュエーターとバッテリーを搭載している。全身の自由度(関節軸数)は28。人と似た形状のハンドは11自由度でワイヤー駆動を採用。9kgの重さが持てて道具を扱えると紹介された。アクチュエーターは6種類。膝を持ち上げるアクチュエーターは直動で、500kgの大型グランドピアノを持ち上げられるとビデオで紹介された。またアイドル時の消費電力を抑えており、既に量産を視野に入れた構造となっているという。

より新しいモデルはスタッフに運ばれて登場
スタンドに固定されているため両足を上げたおどけたポーズも可能
最新モデルのスペック
量産を視野に入れている
アクチュエータは6種類
膝を持ち上げる直動くアクチュエータは遊星ローラーを使用
ピアノを持ち上げられる
ハンドは人間の手を模倣、道具を扱えるという

だが今回は、ロボット自体はまだ歩くどころか立つこともできず、終始、スタンドに固定された状態だった。テスラCEOのイーロン・マスク氏は、固定されていたから安心していたのか、一瞬、肩に肘をかけてもたれようとしたが、途中でやめた。開発スタッフを紹介した直後だったのに自分が不必要に目立ってしまうことを避けたのかもしれない。

一瞬、肩に肘をかけたマスク氏
すぐやめて腕組みしていた

開発チームはロボットのハードウェアやソフトウェアを紹介。歩くだけでなくマニピュレーション、すなわち腕や手を使って作業させるために、人間の動作をキャプチャーしてロボットの動作へと変換して動作ライブラリを作っていると研究開発状況を紹介した。

左右のカメラと魚眼カメラで環境認識
デプス(深度)カメラも活用
モーションキャプチャーも使って動作ライブラリを生成
現実のロボットの軌道に最適化させる

マスク氏は開発チームを労い、ヒューマノイドは自動運転車以上の潜在的可能性を持っていると述べた。そしてこのロボットを2万ドル程度で販売できるようにしたいと語った。まだまだ現状のロボットは実用には遠い。しかしながら数カ月後には新型モデルも歩けるようになり、やがて経済を変えるという。そして「テスラに参加してほしい」と呼びかけた。

ロボット関係者たちは「良くも悪くも期待通り」と冷静

テスラのロボットの変化。左がコンセプト、右が最新モデル

発表後、このロボットについて様々な声があふれた。筆者はまず「これだけ話題になったことがすごい」と思った。つまり、テスラの発信力である。ヒューマノイドロボットは、実は世界中の研究室で多数発表されている。だが関係者以外の間では、ほとんど話題にもならない。

たとえば、テスラの発表の数日後に公開されたIHMCの「Nadia」というロボットはご存知だろうか。大きな可動域を持つヒューマノイドだ。外見もなかなか魅力的である。もちろん様々な動作もできる。テスラのロボットの比ではない。だがこれで「初めて知りました」という方も少なくないのではないかと思う。それが普通である。そんなものなのだ。

いっぽう「Optimus」は「テスラが開発した」というだけで話題になった。テスラの「AI Day」はもともとリクルートのためのイベントである。つまり、話題になっただけで既に合格といえる。前年のイベントと同じである。

せっかくの機会なので合わせて紹介しておきたいが、運動能力でいえば、Boston Dynamicsの「Atlas」はダンスしたりパルクールしたりしていたことを思い出してほしい。

Agility Roboticsの二足歩行ロボット「Cassie」は、100mを24秒73で走ってギネス記録を取ったと9月末に発表された。

「Cassie」は下半身だけだが、同社の「Digit」には上半身もついていて、数年前からテスラがいうような物流分野での活用を視野に入れたデモを紹介している。最近では屋外を歩き回る動画も公開されている。

日本で現在進行形でヒューマノイド開発に力を注いでいる川崎重工業のことも挙げておきたい。川崎重工はホンダ、トヨタに続いてヒューマノイドロボットの可能性を探っている。後発ながら急激に従来の研究成果にキャッチアップしており、歩行に関しては先日イベントで公開された実験室動画では膝を伸ばしてかなりの高速で歩かせていた。国際ロボット展でのデモだけを見ると何とも言い難いところもあるのだが、日本でのヒューマノイド研究の一翼として今後に期待している。

川崎重工業のもう一つのヒューマノイド「RHP Friends」は、日本の産業技術総合研究所とフランス国立科学研究センター(CNRS)により設立された国際共同研究組織「AIST-CNRSロボット工学連携研究ラボ(JRL)」との共同開発だ。AIST-CNRS JRLではヒューマノイドの遠隔操作や自律化の研究を行なっている。一部の成果は動画でも公開されている。

というわけなので、ロボット研究者の多くの人は、テスラの発表を比較的冷ややか、あるいは冷静に見ている。米国電気電子学会のメディアであるIEEE Spectrumは、「For Better or Worse, Tesla Bot Is Exactly What We Expected / Tesla fails to show anything uniquely impressive with its new humanoid robot prototype(良くも悪くもテスラのロボットは期待通りだった。テスラはユニークかつ印象的なヒューマノイド・プロトタイプを示すことができなかった)」と評する記事を掲載した。そう、良くも悪くも、普通だったのだ。彼らが公開したヒューマノイドはオーソドックスなロボットだった。これが概ねのロボット関係者の感想だと思う。

なおIEEE Spectrumは、ロボット関係者たちのコメントを集めた記事も掲載していて、それはこちらで読める。ダルムシュタット工科大学のGeorgia Chalvatzaki氏は「1年で完成させた技術者には感心する。だが、20年前のホンダ ASIMOに比べると動作は見劣りする」とコメントしている。

上記の記事には日本の関係者のコメントは残念ながら収録されていないが、だいたい、同じようなところなのではないか。新たな成果や研究の加速に期待はしつつも、冷静に見ている人が多いと思う。

「ここまで」はできても問題は「ここから」

ロボット開発においてはシミュレーションではうまくいっても現実空間では難しいことも多い

少なくともロボット関係者にとっては、テスラが今回見せたロボットは、それほど印象的ではなかった。テスラは自動運転のように周囲の環境をセンシングしてセグメンテーションして動いてますよと見せていたが、あれはごく一般的なものだ。

ロボティクスにも先人たちによって多くの技術の蓄積がある。その肩の上に立てば「ここまで」はできるのだ。問題は「ここから」なのである。テスラは今後、どうやってロボットを役に立つものにさせていくかという課題に挑まなければならない。現段階ではまた一つ新しくヒューマノイドロボットの開発チームが生まれた、それ以上でも以下でもない。また、あの構成では人と協働して働くことはできないよね、といった指摘もある。

ただし、一年程度の短期間で高速で開発した点を高く評価し、これまでのテスラ、そしてイーロン・マスク氏の実績から、今後に薄っすら期待している気持ちも、多くの人たちが抱いているのもまた確かだ。ロボット関係者はみんな、ヒューマノイドに限らず、ロボットには様々な分野で普及してほしいし「テスラがやれるならやってほしい」と思っているからだ。だから、彼らが今後どれだけ研究を続けてくれるのか、どういう方向にロボティクスを発展させていこうとしているのか、そこに注目しているのだと思う。

高速で開発した点は多くの人が高く評価

なお、外部への予告からの期間はたしかに一年で、イベントでも「8カ月」と言っていたが、開発期間が本当に1年程度だったのかどうかは不明だ。リクルートイベントだけあって、発表会の会場には多くのロボットやAI研究者たちや学生たちが招待されていたようだが、そのなかにはテキサス大学オースティン校教授でApptronik社創業者のLuis Sentis氏と、カリフォルニア大学ロサンゼルス校 機械・航空宇宙工学の教授で、RoMeLaディレクターのDennis Hong氏の2人もいた。会場でOptimusの前で実に楽しそうにはしゃいでいる様子がTwitterにも自らアップしている。

その後の一連のツイートを見るとHong氏は直接はタッチしてないが微妙な立場にあったとのこと。関係の人材含めて、間接的には大いに関わっていただろうことは想像に難くないし、関わった人たちには以前から資金さえあれば作ってみたかったロボットの構想はあっただろう。

それと価格について。彼らが言った「2万ドル」という数字は、本当にハンドなども込みなのであれば現在のヒューマノイドロボットの相場から見ると一桁、あるいは数分の1であり、驚きの数字だ。しかし、本当に大量生産できるのであれば「不可能」ではない。ロボットは部品点数が少ないからだ。

しかし、「不可能ではない」が、問題は、大量生産するほどのニーズ、あるいはニーズを満たすための技術が不完全だという点にある。現状の単純な延長線で考えると、テスラがすぐに量産するに値するロボットを開発できるとは考えにくく、せいぜい研究用プラットフォームを十数台程度提供するといったところだろう。そう、2015年の「DARPA Robotnics Challenge」のときにBoston Dynamicsの「Atlas」がプラットフォームとして配られたようにだ。

したたかなイーロン・マスク氏のことだ、そのうち、「2万ドルは将来の目標だった」と言いだすのではないだろうか。ユーザーにとってコストは確かに重要だ。しかし市場競争原理が働く自動車市場と違って、ヒューマノイドの世界は、まだ価格競争するようなレベルに達してない。それよりも大事なことは、役に立つか立たないかだ。

長期的に研究投資を続けてくれるか

イーロン・マスク氏とテスラのロボット

マスク氏はこの「Optimus」を早速、工場に入れることで実用化を急ぎたいようだ。繰り返しになるが、普通に考えると「難しい」と言わざるを得ない。本当に難しいのは「ここから」なのである。電気自動車やロケットと違って、ヒューマノイドロボットを実用化した例はまだない。テスラ、またSpaceXがこれまでやってきたように、従来技術にキャッチアップしたり、ローコスト化を狙うといったアプローチが使えるわけでもない。全く未踏の道を歩まなければならない。以前、Googleも多くのロボットスタートアップを集めてトライしたが、途中でやめてしまった。「それでも」とマスク氏の実行力に期待している人は少なくないようだ。多くの人が競い合うことは基本的にいいことだ。

ロボットはハードウェアだけではなくソフトウェア、そしてそれらの統合が重要だ。ヒューマノイドに限らず、移動ロボットで何か作業をさせたいのであれば、屋内の地図作成技術、移動経路作成、機械学習やモデルマッチングを使った物体認識や把持計画、モデルと現実との誤差を吸収するための諸々の技術などがいる。

それに加え、マスク氏がいうように本当に人手を代替することを目指すのであれば、人とやりとりするための自然言語処理技術や意図推定、言葉を自らが実行可能なタスクに変換する技術なども必要となる。なお8月にGoogleは、言語モデル「PaLM」とEveryday Robotsのハードウェアを使って、このあたりの問題に挑戦する「PaLM-SayCan」という研究の動画を公開している。

ロボットを実世界に適応させ、様々な仕事をさせるための各技術には、まだまだ多くの課題が残されている。移動ロボットのように計算リソースやエネルギーなどの制約も多いボディへの統合は、もっと困難な課題だ。

今後、テスラが多くの若手人材を集めることは疑いない。(かつてGoogleがやったように、もしかすると短期的なものに終わってしまうかもしれないが)テスラでヒューマノイド開発に従事したいと考える優秀な人たちは多そうだ。あとはどれだけ、長期的な視点に立って資源を投入してくれるか、である。マスク氏が「ヒューマノイドも短期的な実用化が可能だ」と考えているなら、先行きはあまり明るくないだろう。それでも、一歩でも前へ進むことは間違いないのだが。

ヒューマノイドの魔力と真価

テスラは実用化を急ぐため多くの優秀な人材を獲得しようとしている

ロボットを発展させ、実用化範囲を広げたいのであれば、ヒューマノイドの形状にこだわる必要はない。他のもっと地道なかたちのロボットでもいいはずだ。あるいは、日本のカワダロボティクスの産業用ヒューマノイドの「NEXTAGE(ネクステージ)」のように、上半身部分だけを活用するというやり方もある。このロボットは国によるヒューマノイド開発研究「HRP」のスピンアウトとして生まれたものだ。人と一緒に工場で働いている。バッテリー内蔵の台車に載せれば、ラインからラインへ自律移動することもできる。

テスラがヒューマノイドを打ち出した理由は何なのか。「リクルートのため」という面もあることは間違いない。ヒューマノイドはとにかく圧倒的に人を惹きつけるのだ。だが、それだけなのか。今回の発表を見ていると、人に似せた関節構造を追及しているようでもあり、単に形だけを追及したいというわけでもなさそうだ。本当に、人を単純労働から解放するために、人の代わりとなれるヒューマノイドの実現を目指しているのかもしれない。しかしながらそのためには、運動能力も感覚器官も、そして脊髄反射や小脳、大脳にあたる部分も、いずれの能力も、まだまだ明らかに不足している。

テスラのロボットの膝のリンク構成
人体を参考にすることで必要なトルクを抑えた

「ヒューマノイド(あるいは人間型のフォームファクター)は役に立つか立たないか」という話が出るたびに、筆者が思い出すのは、ある研究者の言葉である。半ば独り言だったが「どんな用途が向いているのか」と問うた自分に対し、彼はこう言った。「もし人間と同じ能力のロボットができたら、アプリケーションは無限にありますよ」。その通りである。人がいる環境で、人と同じように知覚し、考え、動けるロボットができたら、用途は無限だ。つまり今のヒューマノイドが役に立たないのは、まだヒューマノイドが真の意味でヒューマノイド足り得ていないからなのだ。

人間ができることが全部できるロボットができたら、ヒューマノイドは無限の可能性を拓く――。現状、まだまだ先は長い話ではある。だが挑戦は今後も続くだろう。ヒューマノイドには人を惹きつける強力な魔力があるからだ。