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Apple Watchに救われた50歳の体験 心房細動を見逃さないために
2025年6月5日 08:20
明確なシグナルがあるわけではないが、40歳を超えてから、身体のあちこちから「メンテナンスしてほしい」と言われているような気がする。そう感じつつも、1年に1度の健康診断では「少し血圧が高いようなので気を付けてください」と医師に注意される程度。そのためもあって「まだ大丈夫なのかな?」と思いつつ、とうとう50歳を超えてしまった。
「大丈夫なはずがないので気を付けなければ」とは思うが、明らかな自覚症状がないため、やはり健康に気を使うことは何もせずにいた。
そんなタイミングで「Apple Watchが教えてくれた身体のサインー体験者・専門医が語るイベント」に誘われた。「運動した方がいい!」とか「食生活に気を付けなさい!」などと、不健康な生活を説教されるわけでもなさそうなので、行ってみることにしたが、そこで聞いた話は、筆者より遥かに健康に配慮していそうな方が、Apple Watchで“助かった”という体験だった……。
50歳になる直前に突然届いた「普段と違う」アラーム音
筆者はApple Watchユーザーではないが、血圧が高いためもあり、2018年発売のApple Watch Series 4以降のモデルに、光学式心拍センサーが搭載されていることは以前から知っていて、気になっていた。日本において厚生労働大臣から管理医療機器として承認を受けている。
なにせ高血圧の人は、正常な人よりも「心房細動」のリスクが高いと言われている。その心房細動というのを早期発見するために「けんみゃーーーく!!(検脈)」が重要だと、日本心臓財団が発信しているのを、テレビや電車の中吊りで最近知ったからだ。
その検脈とは測定方法などが異なるが、Apple Watchは、日常的に心拍数を測定しておいてくれる。「測定しなきゃ!」と思わなくても心拍数を測ってくれ、さらに心房細動を示唆する不規則な心拍リズムを検知すると、知らせてくれるのだ。
ここまで聞いても勘の悪い筆者は「だから心房細動が分かると何がいいんだ?」と思った。だが、世間での認知度がマイナー級の心房細動に罹患すると、その怖さを誰もがイメージできるだろう脳梗塞や心不全、またはその他の合併症のリスクが高まるのだ。つまり「高血圧→心房細動→脳梗塞や心不全」という、危険なエリートコースを筆者は疾走中ということになる。
そんな心房細動だが、困ったことに動悸や息切れ、めまいなどの自覚症状を感じないケースも少なくないのだという。
プレスイベントで登壇した鈴木雅弘さんは、スタートアップでハードウェア開発などを担当されている1973年生まれのエンジニア。趣味はヘビメタで、ライブも巡るという。また休日には約200kmのライドを楽しむほどの、サイクリング好きでもある。
「もともと腕時計などを身につけるのは苦手だったのですが、ライド時の高度や速度、心拍数などを記録したいと思ったことが、Apple Watchを使い始めたきっかけでした」(鈴木さん)
ある日、そう語る鈴木さんが自宅で仕事をしていると、着けていたApple Watchから「普段と違うアラーム音とバイブで通知が来た」という。なんだろうと思いながらApple Watchを見ると、画面には次のような言葉が記されていた。鈴木さんが49歳の時のことだ。
「心臓のリズムに心房細動を示唆する不規則な心拍がみられます。医師による心房細動の検査を受けたことがない場合、ぜひ医師に相談してください。」
「私は仕事で、開発したハードウェアの取り扱い説明書を書くこともあるのですが、“ぜひ”っていう言葉はけっこう強い言葉で、あまり使いません。逆によっぽど自信がないと、こういう言葉は使えません」(鈴木さん)
Apple Watchに表示された「ぜひ医師に相談してください」という言葉を真剣に受け止めた鈴木さんは、午前中に通知を受けたあと、その日の午後には歩いて行ける距離にある循環器内科のクリニックで受診したという。そしてクリニックで心電図を測ると、心房細動で間違いないという診断を受けた。
その後、体に装着するホルター心電図や血液検査も行なわれたが、発作が収まったことや、高血圧などのリスク要因が少ないと判断されたため「しばらく様子をみましょう」ということになる。
医師からは、特に行動制限しなくても良いと言われたが、やはり心配だったため、当時使っていた心電図アプリが使えないApple Watch SEから、心電図アプリが使用できるApple Watch Series 8に買い替えたという。
「その約2カ月後です。サイクリングに出かけたのですが、ライド中に胸がドクドクと激しく脈打つのを感じました。明らかに“いつもと違う”感覚だったので、Apple Watchを確認したところ、心拍数が198(bpm)という数値を示していたんです。持久系のスポーツをやる方ならご存知かと思いますが、トレーニング時の最大心拍の目安は、220マイナス自分の年齢と言われています。それで言うと、私の場合は最高170(bpm)なんです。つまり198(bpm)って、本来ならあり得ない数値です」(鈴木さん)
そこで、鈴木さんはすぐに自転車を停めて歩道に座り込み、呼吸を整えてからApple Watchの心電図アプリを使った。同アプリでは心電図をとることができ、記録が終わると「洞調律/心房細動/高心拍数または低心拍数/判定不能」という、いずれかの結果が表示される。
この時、鈴木さんが予感していた通り「心房細動」と表示された。そこで近くのファミレスへ行き、気持ちを落ち着かせてから改めて心電図を取った。それでも「心房細動」と表示されるのを確認。サイクリングを中断して、電車で帰宅することにした。
「自宅に帰ってから、その日の夜にも同じように通知が来たので、心電図をとり、やはり心房細動と表示されました。心電図を見ると、パッと見てもう波がバラバラで不規則な感じで、まぁ明らかにおかしいなっていうのが分かりました」(鈴木さん)
そして週が明けた月曜日に、朝一番にクリニックへ向かった。
「Apple Watchの心電図アプリで記録した3回分の心電図記録を印刷して持っていきました。さらに病院の心電図で測り、やっぱり心房細動ですねということで『じゃあ手術しましょう』ということに決まりました」(鈴木さん)
その後、紹介された大学病院での精密検査を経て、10月に手術を行なった。はじめにApple Watchの通知から約4カ月後のことになる。
「祖父母も両親もがんで亡くなっているので、自分もいつかはがんになるんだろう——そんな覚悟はしていました。でも、まさか心房細動になるなんて、まったく想像もしていませんでした。それでもApple Watchのおかげで、ほとんど症状がなかったにもかかわらず、早期に見つけることができたんです。本当にラッキーでした。そんなこともあり、もともと腕時計は苦手だったのに、今ではApple Watchが手放せません。こんなふうに、誰かがApple Watchを着けることで、より健康的な生活を送れる方が増えたらいいなと、今は思っています」
Apple Watchは、無症候性でも見逃さない
鈴木雅弘さんのApple Watchによる心房細動発見の体験談を受けて、杏林大学医学部循環器内科教授の副島京子先生は、医師の立場から解説してくれた。
「鈴木さんは、とてもアクティブに運動される方で、常に自分の心拍数を意識されていたということもありますが、Apple Watchを着けているから、心拍数が198(bpm)になった……それが異常な数値だと気付けた。さらにドキドキと動悸が激しくなった時に、すぐに心電図を取ったことも、迅速な診断に結びついたと思います」
副島先生によれば、もしApple Watchを使っていなければ、まずは胸部の数カ所にシール状の電極を貼って使う、ホルター心電図で心臓の動きを記録するなど、もろもろの検査が必要になるという。そのため「診断までの時間が非常に遅れてしまう」可能性が高いのだという。
「鈴木さんのケースでは、心拍が198(bpm)になった後で、安静にしてからもやっぱり胸がドキドキして帰宅されたということで、長く続くような発作になりつつあったのかなとも思います。ただし、運動していない時には、明らかな胸の症状はなかったということなので、鈴木さんの場合は、おそらく無症候性の心房細動だったかと思います」
つまり通常は心房細動だとは分かりづらかったはず。副島先生が診た患者の例では、ホルター心電図で7日間、心電図を取っても心房細動だと分かる異常が、起こらなかった患者もいたという。さらに無症候性の心房細動の場合は、異常が月に1回、年に数回しか出ない人もいる。
「鈴木さんの場合は、無症候性の心房細動だったのが、自転車によってすごい負荷をかけたことで、脈が異常に上がったという例だと思います。それをApple Watchが、すかさずディテクト(検知)してくれた」
鈴木さんの例からも分かるとおり、副島先生は「心電図は、いかに精度が高いかよりも、モニタリングする時間が長ければ長いほどいい」と語る。
「Apple Watchは入浴時以外は脈拍を、日常的に着けていられます。それは長くモニターできるということ。だから1日のほんの数分だけのエピソードを、異常として捉えてくれることができる。この点でApple Watchは、非常に優れていると言えます」
そのほか自覚症状が出た時に、心電図を取れることの利点は心房細動に関わらず、更年期障害などでも役立つという。
「いつもよりも胸がドキドキするとか、ちょっと脈がおかしいんですっていうことで、診察に来られる方もいますけれど、そういうふうに動悸が激しくなった時に心電図を取って記録して持って来てもらえると、私たち医療者は、より具体的なアドバイスをして差し上げられるんです」
最後に副島先生は、Apple Watchのようなパーソナルヘルスデバイスからの情報を、電子カルテに読み込んで診療に役立てる取り組みが進んでいると語る。そして心房細動だけでなく、糖尿病患者の運動療法や高齢者のフレイル対策など、幅広い分野での活用に期待を寄せて話を終えた。
歳の近い鈴木さんの体験談は、人ごととは思えずに聞き入ってしまった。また副島先生の解説を合わせて聞くと、俄然、Apple Watchが欲しくなってしまった。いや、以前から「そろそろ買おうかな」と思っていた筆者は、完全に背中を押されてしまった。