鈴木淳也のPay Attention

第256回

10月にはじまるJR東日本の新施策とSuicaの次

東北地方では他のJR東日本営業区域に先駆けて「えきねっとQチケ」の運用が2024年10月から開始されている

東日本旅客鉄道(JR東日本)のQRコードチケット乗車サービス「えきねっとQチケ」が2025年10月1日から東京都区内のエリアにも拡大展開される。

「えきねっとQチケ」については、以前に岩手県平泉町の中尊寺訪問にあたって“エリアまたぎ”をするために活用し、実際の利用感などについてレポートしているので、サービスの概要含めて詳細はそちらを参照いただきたい。

このJR東日本のQRコードチケットについて、筆者は「JR東日本管内での移動の利便性を向上させる施策」だと考えている。

以前のレポートにもあったように、現状でSuicaのエリア外、あるいはSuica対応エリアでも2つのエリアを“またぐ”移動の場合、必ず紙の磁気切符が必要になる。磁気切符は駅の券売機や窓口での購入が求められるため、国民のほとんどに普及しているといっていいスマートフォンでのオンライン取引が当たり前の現在、購入場所や購入方法の限られる磁気切符の運用は前時代的ともいえる。

スマートフォンなど磁気切符に依らない移動方法があってしかるべきと考えており、スマートフォンアプリの画面にQRコードを表示させて駅の改札を抜けたり、あるいは自身のアプリ操作で駅の改札を通過したのと同じ状況を作り出せるというのは、今後さらなる鉄道による移動需要を喚起させるためにも重要だ。

関東民にとっての「えきねっとQチケ」の価値

ただ、関東地方ではJRと私鉄含むほとんどの駅でSuicaなど交通系ICカードが使える現状で、「えきねっとQチケ」を使う理由はないだろう。なぜなら、移動の都度でアプリを使って区間乗車券をいちいち購入するよりも、Suicaを駅の入出場時に改札に“タッチ”すれば手間なしで、そちらの方が便利だからだ。

JR東日本を含む関東の鉄道8社は2026年度以降、従来の磁気切符廃止を視野に順次QRコード切符への置き換えを進めていくというプレスリリースを出しているが、あくまで「既存の磁気切符(除く長距離)」の置き換えであり、交通系ICカードの置き換えを意図したものではない。紙の磁気切符の利用は年々減少しており、この多くをQRコード切符で置き換えることで主に(処理)コストを下げようというのがその狙いだ。

関東エリア鉄道会社8社の共同プレスリリースで解説されていたQRコード切符導入の狙い

では、10月1日から東京都区内でスタートする「えきねっとQチケ」はどういったメリットがあり、実際にどのような場面での活用を想定しているのか? 当面は「東北方面から『えきねっと』のサービスでやってきた人が、いちいち東京駅で改札から出場して再入場せずとも都区内の目的駅までスムーズに移動できるようになる」という点がメリットだ。

今回の「えきねっとQチケ」のエリア拡大の注意点として、あくまで東京都区内という点がある。

そのため、中央線でいえば杉並区内にある西荻窪駅までが範囲内であり、武蔵野市にある隣の吉祥寺駅は含まれない。同時に、東京都区内エリアの北限は東北本線の赤羽駅または埼京線の浮間舟渡駅までとなる。

東北エリアと東京都区内を「えきねっとQチケ」で結べるのは東北新幹線を利用した場合のみであり、当面考えられる用途は都区内在住で東北へ出発する旅客、または東北在住で都区内の駅に移動する利用者のみということになる。

現状はまだ「QRコード乗車サービス」の拡大の途上で前提的なもの……と考えればいい。

えきねっとQチケの25年10月1日以降の営業エリア(JR東日本のプレスリリースより抜粋)
えきねっとQチケはあくまで「QRコード乗車で移動できる範囲」を想定しており、Suicaとの組み合わせは考慮していない

「Suicaでエリアを越える」の難しさ

前段の説明でポイントとなるのが、「えきねっとQチケ」とSuicaを組み合わせる部分だ。

Suicaの処理には「入出場の情報をSuicaのICチップに記録する」というステップが必須であり、例えば出場記録なく改札を通過したSuicaは次回に利用しようとしても「出場記録なし」ということで消し込み処理を行なわない限りは(公共交通で)再利用できないし、逆に入場記録なしで移動してきたSuicaでは駅の改札を通過できず、有人窓口へと直行することになる。

前段の図説にもある「SuicaとえきねっとQチケの組み合わせ」がNGとなっているのも、この入出場記録が処理できない点に起因する。

西日本旅客鉄道(JR西日本)をはじめとする東海と九州のJR3社は25年3月、モバイルICOCAを軸としたTOICAとSUGOCAのモバイルICOCAサービスを開始する計画を発表しており、2026年春または2027年春以降に順次サービスが提供されるとしている。

このプレスリリースの中で、JR西日本は「ICエリア外の駅でもモバイルICOCA定期券が(2027年春以降)利用可能になる」と述べている。ICエリア外ということは、つまり駅に改札がなく、ICOCAのタッチ処理が行なえないことを意味する。

筆者がJR西日本に確認したところ、「このサービスが利用できるのはあくまで定期区間内のみ」(JR西日本広報)だという。

つまり、定期エリア外でモバイルICOCAを使用して入出場した場合に、ICエリア外の駅では出入りできなくなる。より正確には、「入出場記録がないので次回利用時に改札で引っかかる」という現象に遭遇する。

このエリア外定期券サービスは、改札通過時に「入出場記録のフラグを立てない」ことを前提に設計されており、既存のICカード定期券のような柔軟な運用には対応できないということだ。

JR大阪駅西口のコンコース

これが現状の交通系ICカードの弱点と呼べるもので、カード内残高(バリュー)や出入場フラグの管理はすべてICカード側で行なっている点に起因する。

現在、JR東日本ではSuicaの改札処理をセンターサーバ方式に順次移行しているが、「えきねっとQチケ」はこの過程で実現できたものだ。ただ、本稿執筆の2025年9月時点では、Suicaに関するセンターサーバの処理はまだ「運賃計算」の部分だけにとどまっている。

Suicaでは改札での出場時にカード内残高から引くべき運賃額の計算を運賃テーブルを基に行なっているが、経路が複雑になるケース……例えば“Suicaエリア”をまたぐような長距離移動が発生した場合、運賃テーブルは巨大なものとなってしまい、改札機のローカル機構でSuicaの高速処理を実現するのは困難になる。

そこで運賃計算部分を外部の巨大サーバに投げ、そちらで集中処理することで“エリア”をまたぐような処理も実現できるようになる。

これがセンターサーバ方式を採用する理由の1つだが、ここで問題となるのが駅改札からセンターサーバまでの往復の通信時間だ。だが以前のレポートにもあるように、Suicaの最大処理時間の200ミリ秒内に収まる範囲でセンターサーバでの処理を実現できており、普通の人間には体感的な差を感じるのは難しいだろう。

話を戻すと、ICカード内の記録情報に頼る改札の仕組みでは、一連の「エリアを越える」という条件をクリアするのはなかなかに難しい。

JR東日本によれば、2027年春ごろを目処にSuicaエリアを統合し、同時期にはSuica未導入エリアにおいても「スマホ定期券(仮称)」をモバイルSuica経由で導入し、Suica対応駅では通常通り“タッチ”で改札を通過し、未対応駅では“見せる”ことで対応するという。

こちらについてもモバイルICOCA同様に、「あくまで定期券で移動できる範囲」でのみ有効な仕組みとみられ、それ以外の都度支払いが発生する区間に出ようとした場合、入出場の問題が起きる可能性がある。モバイルSuica限定の機能なので、最終的にスマートフォンのFeliCaチップ内の情報を書き換えることで入出場記録をいじれる可能性があるが、このあたりは実際に運用が近づいたタイミングで改めて確認したい。

2027年春以降にSuica未対応エリアを挟んだ定期券利用が可能に

ただ、こうした制限は既存の改札機がICカード内の記録に依存していることに起因するもので、現在JR東日本が進めているセンターサーバ方式に同社管内のすべての駅が移行することで、大きく変わる可能性がある。

センターサーバ方式では、究極的には個々のSuicaに割り当てられたユニークな“ID”を基にそれぞれのSuicaの移動状況を把握し、改札の出入場を行なったり、店頭での買い物でサーバ側で管理される“残高”を基に、いわゆるクレジットカードやデビットカード的な使い方が可能になる。

クレジットカードの“タッチ乗車”に似ているが、前段のスライドではSuicaをクレジットカードや銀行口座を紐付けることで「あと払い」対応をうたっており、もしこれがSuicaの板カードやモバイルSuicaでも実現できるのであれば、同社が2026年秋ごろにも導入を予定しているという「Suicaアプリでのコード決済」で2万円という残高上限を超える買い物のみならず、既存の“Suica”の利用スタイルを変えるものになるかもしれない。

すでにSuicaの電子マネーの仕組みを使った決済手段が世間一般に広がっている以上、既存のシステムを置き換えるのは容易ではないが、少なくともJR東日本の管内では「Suicaに付与された一意のID情報」を基にしたサービスが提供可能だろう。

その代表例が下記のスライドでも触れられているサブスクやクーポンで、将来的にはウォークスルー改札への応用も期待される。

また現状、Suica未対応駅やQRコード読み取りに対応した改札がない駅では、JR東日本側でSuicaを所持した客の出入りを管理できない。だが「えきねっとQチケ」ではQRコード読み込みに対応しない駅では自らの入出場操作でこの問題をクリアできるように、Suicaが直接絡まずQRコードというユニークIDで追跡可能なケースでのみ、対応駅と未対応駅での入出場が問題なく行なえる。

センターサーバ方式の深化で、今後は「片方の入場はSuicaでもう片方の出場はアプリ」といった複合的な移動が可能になるとみられる。

センターサーバ方式への移行は柔軟なサービス提供への一歩

センターサーバ方式によるID化と顔認証改札

改札処理がセンターサーバ方式に移行することで、個人の移動がSuicaなどの交通系ICカードの残高に依存したものではなく、あくまで“ID”を抱えて移動することで中央のサーバが必要な処理を行なうようになる。

これの最大のメリットは「あと払い」や「事後割引」といった処理が容易になることで、結果として運賃やサービスに柔軟性が出てくる。

一方で目に見えたデメリットもあり、障害対応などの話を除けば、その最たるものは「IDを追跡するために複数の鉄道会社のシステムを連携させる必要がある」点だ。

先ほど磁気切符の廃止とQRコード切符採用の話に触れたが、QRコードの処理は移動情報を磁気切符に“磁気”として記録する場合と異なり、あくまでQRコードが内包する“ID”の情報に沿ってセンターサーバが必要な処理を行なっているに過ぎない。

つまり、鉄道会社をまたいで人が移動するようなケースで、この“ID”の追跡情報を次の鉄道会社のセンターサーバへと引き継がなければならない。先ほどの8社共同のプレスリリースでも触れられていたが、関東エリアの鉄道8社ではQRコード乗車券を発券管理する専用サーバを鉄道会社間で共有し、相互直通運転などで改札を経ずに他の鉄道機関にそのまま乗り入れが可能な関東エリアにおいて、1枚の切符でスムーズに移動可能な環境を提供可能になっている。

一方で、この方式が通用するのは8社のケースのようにサーバの共通化を行なっている、あるいは会社間で連携しているケースに限定されるため、関東圏を越えてのQRコード切符での移動はできない。JR東日本などでも「磁気切符の廃止計画は近郊区間に限るもので、長距離切符については引き続き磁気切符が継続する」と説明する。

磁気切符を廃止してQRコード切符への移行を表明する関東鉄道8社では、共通の管理サーバを置いてQRコードが内包する“ID”の会社をまたいでの移動を追跡する

そして最近話題となっている顔認証改札だ。JR東日本が将来的にウォークスルー改札導入を目指していることはすでに触れたが、その前段階として上越新幹線の新潟駅と長岡駅の間で顔認証によるウォークスルー改札を導入し、25年11月6日から26年3月31日までの期間にわたって実証実験を進めていく。9月18日には一般からのモニター募集を開始しており、同区間での定期券を持つ利用者からのフィードバックや各種データを得ることにしている。

ウォークスルーという表現は魅力だが、顔認証を一般的な公共交通機関に導入するのは筆者的にあまり賛成できないと考えている。

理由の1つは「登録の手間」で、以前にも触れたようにまず生体情報、今回の件でいえば顔情報登録までのハードルが高い。顔や指紋などの生体情報を認証ゲートや決済に用いようという試みは最近よく見かけるが、実際のところあまり成功事例がないというのが実情だ。

利用者の限られる特定施設での入退場管理や決済サービスには有効だが、不特定多数の利用者が集まる場所では顔認証ゲートの存在そのものが「スペースを占有するだけで利用状況は芳しくない」という場所になりがちだ。

また、顔情報はスマートフォンやタブレットなどのカメラで撮影するだけで取得するため難易度が低いが、あるサービスでは手のひらの静脈情報を取得する仕組みを採用した結果、セキュリティは高まった反面、登録に際して専用の装置や人員が必要ということで登録者数の伸び悩みに苦戦しているという話を聞いている。

JR大阪駅のうめきた地下口にある顔認証改札。通勤時間帯などは封鎖されているようだが、通常時は顔認証のみならずICOCAなどの交通系ICカードも利用できるため、通行の妨げにはならない
上越新幹線に設置される顔認証改札。来年3月31日まで実証実験が行なわれる
大阪メトロに設置された顔認証改札。筆者の私見で恐縮だが、運用開始から大阪を10往復くらいしているが、滞在中この改札を利用した人を一度も見たことがない

また顔認証改札はその仕組み上、設置面積を必要とするほか、改札通過にやや時間がかかるというデメリットもあると考えている。

正確に顔情報を読み取るために顔に光を当てるケースが多いこと(そのために装置が大型化)、また歩きながら移動してくる利用者を追跡して認識するため、判断までの時間を稼ぐために改札の距離を稼ぐ……つまり改札自体を長くする必要がある。利用者が一瞬止まってくれるのであれば、こうした装置の大型化は防げるが、こんどは改札通過のために人流が止まってしまい、流れが悪くなる問題がある。

これは顔認証とは異なるが、筆者は自宅近くの駅がクレジットカードのタッチ乗車に対応して以降、ほぼ必ずといっていいほどクレジットカードで改札を通過している。一方で、クレジットカードが利用可能な改札機は1つの出口に1つしか存在せず、しかも入出場のいずれの移動方向についても1つの改札機しか利用できない。そのため、人の多い時間帯は数分ほど改札外に出られず待ちぼうけになることも少なくない。

現状でいえるのは、当面鉄道改札のメインとなるのは従来通り交通系ICカードである点には変わりなく、ウォークスルー改札やクレジットカードのタッチ乗車も含め、その他のサービスはそれを補完する存在だということだ。顔認証については、先ほどの“エリアまたぎ”の問題もあり、顔情報という“ID”を会社間をまたいで使える仕組みがない限り、交通機関の入り乱れる都市部での利用には向かないというのが筆者の意見だ。

あくまで、現状では閉じた交通機関でのサービスであり、頻繁にその交通機関を利用する顧客のための「ロイヤルティサービス」の一種だと考えるべきだと思う。

都営浅草線では全面的にクレジットカードの“タッチ乗車”が可能であり、特に羽田方面に向かう際には重宝している。ただし他の交通機関への乗り換え予定がある場合、割引運賃が適用されなかったり、特定の改札から出場できないといった問題がある

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)