鈴木淳也のPay Attention

第253回

医療機関DXの難しさ 課題解決で連携を進めるSB C&Sなど

SB C&Sの医療機関向けPOSレジソリューションの「PayCAS POS for clinic」。富士電機の自動釣銭機を組み合わせた写真のフルセット価格は136万円。自動釣銭機の相場から考えると、かなりのお値打ち価格といえる

帝国データバンクの2025年8月6日の発表によれば、今年1-7月に判明した人手不足倒産のうち「従業員退職型」は74件で、前年同期比で約6割と過去最多ペースとなっているという。

同調査ではサービス業、特にITや映像制作業がピックアップされているが、他の調査も含め全体にサービス業では人手不足が深刻化しており、倒産までは至らなくても営業時間や事業の縮小を余儀なくされるケースはあちこちで散見される。

サービス業の課題解決を目指す「PayCAS POS」

今回話題にするSB C&Sの「PayCAS POS」は、そうしたサービス業の問題を解決すべく提案された製品だ。SB C&Sはソフトバンクのグループ企業の中でも特に商材の流通を担う商社であり祖業ともいえるが、2020年にキャッシュレス決済の波に乗るべく「PayCAS」をリリースした(「Pay」+「Commerce And Service」)。

同じくグループ会社のSBペイメントサービス(SBPS)のサービスを利用することで、クレジットカード、電子マネー、コード決済をサポートする決済ソリューションだが、これにPOS機能を組み合わせたのが「PayCAS POS」となる。フルセットの構成では富士電機製の自動釣銭機を組み合わせることで、現金からキャッシュレスまで、支払いにおける授受をある程度自動化できるため、会計処理に張り付きになっていた従業員の作業時間を他に回せるというメリットがある。

同社はソリューションの展開にあたり、どの業界にどのようなサービスを提供すれば"刺さるか"を研究していたが、その1つが医療業界だったとSB C&S執行役員 新規事業担当兼サービス開発事業本部長の本松晋作氏は述べている。

医療業界は冒頭で述べた人手不足の需給ギャップが最も大きな業界の1つで、加えて小規模で個人経営に近い病院ほど、会計作業が従来のスタイルで手間がかかっていることが多いという。

例えば受付から出納にまつわる処理までノートで手書き処理をしていたり、現金レジではレジ締め時に会計が合わないといった問題もある。この状態ではキャッシュレス決済を単純に導入しても会計にかかる従業員の手間はそれほど変わらず、かえって煩雑になったりするが、POSの導入により処理がデジタル化され、さらに自動釣銭機であれば現金の処理も間違えないためレジ締めの問題も解決する。

SB C&Sが提供するPayCASソリューション

一方で、医療機関で必要な処理は単純会計だけではなく、保険診療における診療報酬を請求するための「診療報酬明細書(レセプト)」の作成が必要になる。診療内容やその点数に応じて診療報酬額を記録・算出するために各医療機関に導入されているのが「レセプトコンピュータ(レセコン)」と呼ばれるものだが、レセコンで算出された金額をPOS側で都度手入力して請求を行なっていたのでは手間がかかるうえに、間違いが出る可能性もある。そこでレセコンとPOSを連携させることで手間の増加や間違いをなくしつつ、さらに予約システムとオンライン会計までを連携させることで"一気通貫"での省人化サイクルを実現したのが今回の医療機関向け「PayCAS POS for clinic」での大きなポイントとなる。

「レセコンから会計に連携する部分はもともと分断されていたので手打ちが必要だったが、連携によってそれが必要なくなった。そしてオンラインで予約をした人の情報がそのままカルテに入り、レセコン機能を持った電子カルテのシステムから金額が算出され、さらに最近開発した『スマート決済』という機能により予約システム上での会計が可能になったことで、その場にいなくても会計まで済ませられることで、POSとしてのメリットが大いに活かせる」とSB C&Sサービス開発事業本部 FinTech本部事業推進統括部医療DX推進室室長代行の程君氏は説明する。

SB C&S執行役員 新規事業担当兼サービス開発事業本部長の本松晋作氏(右)と同サービス開発事業本部 FinTech本部事業推進統括部医療DX推進室室長代行の程君氏(左)

今回はこの連携を実現するため、レイヤードの「Wakumy」ウィーメックスの電子カルテシステムの2社の製品を組み合わせ、Web予約から問診票の入力、オンライン資格確認を含む受付、レセコン機能を含む電子カルテによる診察と診療報酬の算定、そして会計までをすべてつなげた。

ポイントは、SB C&Sが担当する会計の部分で、ウィーメックスの提供する算定機能によって出た金額をPayCASへと流すのだが、API連携が行なわれているため、PayCASのPOSへと数字が自動入力されることでそのまま請求が可能になる。「PayCAS POS for clinic」では医療機関への提案として2種類のメニューを用意しており、API連携やCSVによる請求データの吐き出しによる自動入力が可能なスタンダードプランと、直接連携せずバーコード付き領収書を発行することでPayCASに数字を流し込むシンプルプランの2つがある。前者は今回のウィーメックスのようにAPI連携が直接できている場合は問題ないが、作り込みや障害対応などが発生するためややコスト高になる。

もう1つ、このシステムで特徴的なのが「スマート決済」という仕組みだ。レイヤードの予約システムを通じて事前にクレジットカード情報を提示しておくことで、会計の際にオンライン決済が実行されるため、患者はレジの前でキャッシュレス決済を含む支払い行為をせずともそのまま退出できる。もっとも、診療明細や処方箋などの受け渡しがあるため、流れ的にはいったん会計コーナーに顔を出すことにはなるが、「スマート決済」を選択していることはPayCAS POSの画面上で確認できるため、会計の受付で支払いについて言及されることはない。

3社のシステムを連携させて予約から受付、診察から会計までをスムーズに処理できる
PayCAS POSで提供される2種類のプラン。レセコンとPOSの連携には技術的な繋ぎ込みが発生するため、医療機関のニーズや懐事情に合わせて選択可能

3社連携システムの動作デモを見ていく

実際の動作の様子を見ていく。予約システム、電子カルテ、レセコン、会計POSまで各個のソリューションを出しているベンダーの数はそれなりにあるが、マルチベンダーで完全連携しているケースは実はそれほど多くないのではと考えている。理由として、本デモンストレーションを医療関係者向けに実施したところ、非常に高い関心を得たということで、「システムに関心があるが導入コストが高い」「すでにレセコンやPOSを導入しているが、将来的な業務の効率化を実現したい」といった潜在的な課題やニーズがあるのだと思われる。

デモンストレーションではまず、レイヤードのWeb予約システム「Wakumy」を利用するところから始まる。専用アプリではなくWebサイトからアクセスするシステムで、新規での利用のほか、Wakumyアカウントへログインすることで一部情報の入力が省ける。Web予約画面では日時の指定を行なうが、時間指定なしでの来院予約も可能。一般に医療機関での予約は予約者を優先して順番を処理するが、それとは別に当日駆け込みでも空き時間で順番に診療を行なうことが多い。時間予約がすでにいっぱいでも、例えば急な診療を当日お願いしたい場合にこの仕組みが有効だ。

3社連携システムのデモンストレーション。左からレイヤード、ウィーメックス、SB C&Sのデモとなる
レイヤードのWakumyの実行画面。写真はWebで時間予約指定を行っているところ

「スマート決済」を利用する場合、ここでクレジットカードの登録とメールアドレスの登録が必要になる。後ほど出てくるが、メールアドレスは決済完了時の通知を行なうのに必要となる。必要な情報を入力し終えたら、次に問診票の入力となる。問診票は医療機関が診察の際に利用する情報であり、これが事前入力されていることで来院時の時間と受付での手入力の手間の省略となる。ここで入力した情報はウィーメックスの電子カルテに登録され、診察時に閲覧できる。問診票の入力後に「入力済みの旨を受付でお知らせください」との但し書きがあるが、Web問診票の利用が広まることで、こうした確認の手間もさらに減らせるものと思われる。

「スマート決済」を利用する場合にはクレジットカード情報とメールアドレスの登録が必要
Web問診票を入力したところ。システム的にはここまでがレイヤードの分担部分

次がウィーメックスの分担分となる。レイヤードのシステムを通過することで一通りの情報入力が終わっているので、ウィーメックスのシステムでは「受付」「診察」「診療報酬の算出」までの流れを処理する。マイナンバーカードで受付を行なうが、診察券そのものについてはレイヤード側のシステムで事前に来院予約情報が登録されているため、受付で名前を伝えればそのまま進めるようになっている。整理番号はレイヤードのシステム側で発行されているので、あとはディスプレイに表示されている受付番号で順番を待つだけだ。

技術的に興味深いポイントとしては、ウィーメックスが今回用意している電子カルテの仕組みはオンプレミスでローカル上で動作しているのだが、レイヤードならびにSB C&Sのシステムはクラウド側で動作しており、両者を繋ぎ込むためにウィーメックスのシステムの一部がクラウド側で動き、ここを通じてデータ連携が行なわれている。ここから先は通常の診察で、それが終わりしだい診療報酬の算出に入り、保険負担に応じた請求金額がPayCAS POSに流される。

ウィーメックスのシステムは医療機関に設置されるシステムを模したものになる。オンライン資格確認のための顔認証付きカードリーダーと電子カルテ情報を見られる受付システム、患者に待合情報を伝えるディスプレイで構成される
来院予約をしていると、その旨の情報が当該患者の電子カルテに表示される。来院予定一覧から電子カルテを参照することもできる
電子カルテは複数の情報ウィンドウで構成される
レセプトの例。診療点数と請求金額が表示される

PayCAS POSにはウィーメックスのレセコンで算出された請求金額がすでに入力されており、会計時には一覧から選択することで支払い待ち状態となる。写真ではデモンストレーションのためにタブレットの画面がこちら側を向いているが、実際には受付のスタッフが操作する画面のため、通常は画面は奥側を向いていることになる。支払い方法を伝えると、自動釣銭機またはVerifoneの決済ターミナルが反応し、受け入れ待ちの状態へ移行する。

「スマート決済」を利用している患者の場合、支払いはオンライン上で行なわれるため、その旨の通知が受付スタッフ側のタブレットの決済方法の選択画面に表示されている。前述のように、実際にはこのタイミングで診療明細や処方箋が患者へと渡されるため、直接支払いは発生しなくても、ここで確認フェイズが入る形だ。「スマート決済」が行なわれた場合、その旨の通知が事前に登録したメールアドレスへと届くようになっている。ここまでが一連の流れとなる。

ウィーメックスのレセコンで算出された請求金額データはPayCAS POSに一覧として表示される
患者が「スマート決済」を利用している場合、決済方法の選択画面でその旨が表示される
「スマート決済」が行なわれた場合、その旨の通知が登録済みのメールアドレスに送られてくる

SB C&Sの本松氏によれば、多くの医療機関ではレセコンをはじめ部分的にシステム化されているケースはあるものの、全体を通してのシステム化や相互連携はまだまだ進んでおらず、個人経営の診療所など昔ながらの医療機関ほどシステム化やキャッシュレス対応に対する意識は低めの傾向があるという。そのため、PayCAS POSのようなシステムが"刺さる"相手も新規オープンの医療機関などが中心で、今回の3社システム連携のデモンストレーションもそうした関係者からの関心が高いとのこと。

電子カルテや電子処方箋の導入はシステム化や医療機関の相互連携を容易にし、将来的に医療機関と患者の双方にメリットをもたらす。一方で、例えば電子カルテの普及は2023年の調査で一般病院が65%、医科診療所が55%とまだまだ低く、電子処方箋に至ってはさらに低い水準で留まっている。システム導入によるメリットを鑑みつつ、冒頭で説明した人手不足対策への将来的な備えとして、医療機関も他のサービス業同様に業務プロセスの見直しに着手しつつある。

電子カルテ導入の現状(出典:厚生労働省)

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)