鈴木淳也のPay Attention

第125回

自治体で広がるキャッシュレス決済導入の裏話

三鷹市役所の市民課窓口がセミセルフレジでキャッシュレス化

近年、日本国内においても現金支払いが主流だった分野でキャッシュレスが受け入れられつつある。そのトレンドの中で1つ挙げられるのが、前回「個人間送金」の話題でも触れた税公金の部分で、窓口での支払いにキャッシュレスを導入する自治体が増えつつある。

今回はその1つである三鷹市役所の事例を紹介したい。

コロナ禍をきっかけにしたキャッシュレスの推進

キャッシュレスを導入する自治体の意図はさまざまだが、東京都の三鷹市役所が導入の検討を始めたのは2020年半ばのこと。日本国内でも感染が拡大してまさに自粛ムードがピークに差し掛かりつつあったころだ。

三鷹市 市民部 市民課課長の田中博文氏によれば、新型コロナウイルスの感染症対策としては窓口の混雑状況をリアルタイムで把握できるサービスを提供していたが、やはり対面での接触機会や“モノ”に触れる現金授受の場面でのリスクがある。これを不安に思う市民や職員が多く、何か対策できないかとキャッシュレス決済の検討を進めたのがきっかけという。

市役所内でのキャッシュレスとしては駐車場のゲートでの導入事例があり、15-17%程度のキャッシュレス利用があった。これを軸に、住民票を含む市民課の窓口での発行手数料の支払いをキャッシュレス化していくことになる。

市役所窓口でのキャッシュレス導入背景について説明する三鷹市市民部市民課課長の田中博文氏

今回三鷹市役所の市民課が導入したのは「セミセルフレジ」だ。

ビジコムのPOSレジに自動釣り銭機とSB C&Sのキャッシュレス決済ソリューション「PayCAS」を組み合わせ、窓口を利用する市民が支払いに関する処理をすべて自分で行なえるため、市民課職員との直接やり取りが発生しない。従来まで、手数料の支払いを兼ねた受け渡し窓口が複数存在していたが、今回の仕組みの導入で1つに集約された。

もともと受け渡しの作業そのものよりも釣り銭を授受するやり取りに時間がかかっていたため、窓口を大きく開いて並行作業を可能にしていたが、それが1台のレジに集約される形となった。市役所の駐車場のキャッシュレス比率が15-17%程度と紹介したが、仮に2割としても残り8割は現金利用者だ。ゆえに現金のやり取りを効率化し、コロナ対策を実現するための自動化が必要だったための構成だ。

導入後のキャッシュレス率だが、認知が向上したこともあり現在では15%程度となっている。「他の自治体での導入事例では10%程度というところが多いと聞いており、見込みの範囲内だった」というのは三鷹市市民課庶務・年金係の青木涼子氏だ。

キャッシュレス決済はコード決済を含めて幅広くカバーされているが、クレジットカードを以外で一番利用されているのが交通系ICだという。1件あたり数百円という証明書の手数料という金額水準を考えると、一番身近で選択肢として挙がるのが交通系ICなのだろう。その意味では納得だ。

窓口をセミセルフレジに切り替えたことに対する市民の反応については、支払いにつまづく人がいないわけではないが、慣れている方が多い印象を受けるという。最近ではスーパーやコンビニでもセミセルフレジが急速に普及しているという背景もあるからだろう。

このシステムの運用を開始したのが2021年1月で、取材時点でほぼ1年が経過している。効果の検証に向けた動きを始めており、現在三鷹駅前など市内4カ所にある窓口をいかにキャッシュレス対応にしていくかも検討していくようだ。

証明書の発行という役割では、現在ではコンビニにマイナンバーカードを持ち込むことで発行が可能なサービスも出てきている。個々の役割分担を鑑みつつ、市民サービスを向上させるのが目標となるだろう。

市民課窓口の全体図。複数の職員が同時対応可能だった窓口を1つに集約し、カウンターを改造してセミセルフレジを設置した

キャッシュレス手数料をどう考えるか

実は今回の取材をするまで深く考えなかったのだが、キャッシュレス決済につきものなのが「加盟店が支払う決済手数料」だ。市役所という公的機関とはいえ、加盟店である以上は手数料の存在は無視できない。

以前に日本郵便を取材したときは、「入札で適切な手数料水準を得る」ということで一定の決済手数料契約を得た後、通常の加盟店と同様の支払いが行なわれていた。日本郵便は民間企業であり、歴史的経緯を置いておいたとしても、手数料はあくまで顧客サービス向上のためのものということで、その点では問題ないだろう。

一方で三鷹市役所のケースではどうなのか。

正解からいえば、決済手数料は自治体が負担することになる。各種証明書の発行の手数料とは別に、キャッシュレス決済を利用した際に差し引かれる手数料をあらかじめ予算として組んでおき、市民サービス向上の一環として相殺する。

先ほどキャッシュレス比率の話が出たが、年間で利用される見込みの水準が分かれば大まかな手数料負担額が分かるので、“必要経費”のような形で確保しておくのだ(正確には「経費」ではない)。過去には自治体のキャッシュレス導入における手数料負担について「市民からの税金で運営される組織で、そのようなサービスを税金で賄っていいのか」という議論があったようだが、キャッシュレス決済が市民権を得つつあるいま、承認を得るのはそれほど難しくなくなっているという。

後述するが、事例が増え始めていることも無縁ではなく、「○○市ではこういう形でキャッシュレスを導入しましたよ」というのが横展開の説得材料として機能していることも大きい。

導入の背景についてインタビューに答える三鷹市市民課庶務・年金係の青木涼子氏(左)と三鷹市市民部市民課課長の田中博文氏(右)

次のキャッシュレスの波はクリニックと調剤薬局

次にベンダー選定の話となるが、今回三鷹市役所が導入したのはビジコムのセミセルフレジ(公金収納POSレジ)ソリューションだ。POSレジの世界では東芝テックなど最大手を含め複数のベンダーが業界ごとに存在しており、企業サイズから業態に応じてそれぞれ強みを持っている。ビジコムの特徴はいくつかあるが、1つ大きいのはフルセットで導入しても比較的安価という点だろう。

以前に寺岡精工のPOSレジを紹介したが、大手ベンダーの一般的なソリューションに比べ1台あたりのコストが半額程度というケースもあり、急速に伸びていることが知られている。寺岡が得意とするのはスーパー向けのソリューションだが(同社のキャッシュレスソリューションであるPayossもスーパー利用が多い)、このような形で中小向けであってもそれぞれの分野ごとに強みを持つベンダーが存在している。

ビジコムは今回のように自治体向けのソリューションを持っているが、このPOSと接続可能なキャッシュレスソリューションを提供しているベンダーが三鷹市が導入を検討していた段階では2つしか存在せず、片方は新規案件を受付を止めていたとのことで、そのままPayCASの採用が決まったという経緯がある。このように協力関係にあるベンダーがタッグを組んで、これまでキャッシュレス導入の進んでいなかった自治体を開拓しつつあるのが現状だ。

PayCASを提供するSB C&Sによれば、三鷹市での導入事例を見た自治体からの相談が増えているという。例えば、狛江市でも同様の仕組みが導入されたが、三鷹市の事例をある程度参考にしているとのことで、一度導入が始まると以後は比較的スムーズに話が進むという典型だろう。

もともとPayCASは飲食店などの導入事例が多かったというが、現在ではクリニックや調剤薬局での案件相談が増えており、自治体と並ぶ次の成長分野と考えられている。筆者の体感でも、ラーメン屋などの個人経営の飲食店、市役所などの窓口、小さな医療機関や薬局はいまだ現金払いの場所が多く、このために現金をあらかじめ用意しているといっても過言ではない。ベンダー側もまた、そうした背景を鑑みて営業攻勢をかけているのだろう。

これらキャッシュレス非対応店舗や組織の特徴として、比較的デジタルやIT対応が遅れているという事情もある。投資余力の問題もあるが、利用者の多くが高齢者を含む近年のデジタル技術とは縁遠い層という事情もあり、なかなか顧客とのやり取りやシステムを最新のものに切り替える踏ん切りがつかないということもあるようだ。

医療機関や薬局については、間もなくやってくる「マイナンバーカードへの保険証統合」の話もあり、現在進行形でデジタル対応の奔流に巻き込まれつつある。旧来組織のキャッシュレス対応と合わせ、こうしたデジタル対応についても追って紹介していきたい。

三鷹市の事例のきっかけにキャッシュレス対応の相談をする自治体も多いという

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)