鈴木淳也のPay Attention

第70回

Appleの決算にみる「モバイル決済」と「非接触」の可能性

米Apple CEOのTim Cook氏。iPhone 12シリーズ発表イベントにて

米Appleは10月29日(米国時間)、同社会計年度で2020年度第4四半期(7-9月期)決算を発表した。内容だけでみれば、同四半期の売上は過去最高であり、iPhone売上が減少して依存度が下がる一方、新型コロナウイルスなどの影響でMacやiPad、サービス事業が大きく伸びたことが売上に貢献している。

ただ興味深いのは、これまでAppleが決算報告であまり触れてこなかったサービス事業、特に「決済事業」の最新トレンドについて触れている点だ。

米Appleの2020年度第4四半期(7-9月期)決算における各年の売上の内訳(出典:10-K)

コロナ禍とAppleの決済事業

同四半期のサービス売上だけでみれば、125億ドルで前年同期比の18%アップ。前述のようにコロナ禍の影響で配信やApp Storeなどの売上が伸びたことが大きいが、同社CEOのTim Cook氏によればApple Pay経由の売上とトランザクション数が前年比2倍で過去最高を記録したという。

特に第4四半期においては30億トランザクションを突破してPayPalの水準を追い越しているとし、成長スピードで同社比4倍にも及ぶという。

現在Apple Payは世界49の市場に展開され、6,000以上のイシュアがプラットフォームに接続している。さらに2019年8月に一般提供の開始されたApple Cardについては、まだ展開地域が米国のみという状態ながら、非常に好調な推移を示しているという。Uber、Uber Eats、Walgreens、Duane Reade、T-Mobileといった事業者が3%キャッシュバックのプログラムに参加しているほか、新たなサービスとしてApple Card利用時にiPhoneを24カ月分割払いで購入した際の手数料が無料になる。さらに通常のApple Store同様に3%キャッシュバックも適用されるため、Apple製品を愛用するユーザーには非常に強力なカードとなっている。

これについてCook氏は「Apple Cardはこれまで米国で提供されてきたクレジットカードの中でも最も立ち上げに成功したもの」とコメントしている。

Apple Cardは最近ブームのメタルカードの一種。iPhoneなしでもカード単体で非接触決済が可能。イシュアはGoldman Sachsとなっている(出典:Apple)
2019年3月のスペシャルイベントで発表されたApple Card。クレジットカードにおける名前以外のすべての表記(さらにいえば国際カードブランドのロゴの表面表記も含む)を排除したシンプルなデザインが特徴

この部分だけでも興味深いが、さらに興味深いのは決算会見における質疑応答でのCook氏のコメントだ。Cowen & Co.のKrish Sankar氏が「Cook氏が決済関連について事前に用意してあるコメント以外の言及が少ない」という質問に対し、Cook氏は「これについて話せる情報が限られているのが実情」と前置きをしつつ、次のようなコメントを残している。iMoreに会見のトランスクリプトが掲載されているので、そこから一部抜粋して紹介する。

> We continue to be very enthusiastic about the whole payment services area. Apple Card is doing well and Apple Pay is doing exceptionally well. As you can imagine, in this environment, people are less want to hand over a card. So this contactless payment has taken on a different level of adoption in it that, I think, will never go back. The U.S. has been lagging a bit in contactless payment, and I think that the pandemic may well put the U.S. on a different trajectory there. And so we're we are very bullish about this area and view that there are more things that Apple can do in this space. And so it's an area of great interest to us.

内容としては「Apple Cardは好調であり、Apple Payは非常に好調」というもので、特にコロナ禍で人々は「カードを手渡す」という行為に“忌諱”感を持っており、これが結果としてApple Payのような非接触決済のニーズを別の段階にまで引き上げ、しかもこのトレンドは今後変わることはないと同氏の考えを述べている。

一方で米国では“非接触”という面でややまごついているものの、コロナが結果としてそれを変化させつつあるという。ゆえに同氏の意見で、同社の決済事業は「非常に楽観的」であり、Apple自身のできることの可能性もまた高いと締める。

本連載でもコロナが非接触を加速させるかもしれないという話題にはたびたび触れているが、スマートフォンを使ったモバイル決済を本格的に立ち上げた立役者自身が、具体的に言及したことに大きな意味があると考える。

コロナ禍における人々の「Contactless」志向

Cook氏のコメントを参考にするならば、新型コロナウイルスは人々に「Contactless」(非接触)の意識を芽生えさせ、結果として非接触カードやモバイル決済の需要を大きく伸ばした。それは同分野で足踏みする米国とて例外ではなく、さらに今後の継続的なものということになる。

例えばPYMNTSが10月27日に発表したPayPalとの共同アンケート調査報告によれば、回答者の57%が「デジタルペイメント対応の有無が店舗選択に影響する」と回答している。従来型のキャッシュやPOSでのカードを使った支払いの仕組みよりも、モバイル決済を含む“新しい取り組み”に興味があるという。

さらに26%が「非接触決済」を希望しており、23%はクルマに乗ったまま商品を受け取れる「カーブサイドピックアップ(Curbside Pickup)」を望んでいる。また小売店が対応すべき「Contactless」なサービス提供手段として、66%がカーブサイドピックアップを、58%がデリバリーを必須項目に挙げている。

一方で、いわゆる「タッチ決済」な“Contactless”については、必須と回答したのは25%以下で、ここでいう「Contactless」とは「決済プロセス」というよりも「対人接触機会の減少」にあるようだ。ゆえに、このアンケートを基にした方向性としては「店舗の決済端末を非接触対応する」よりも、まずは「商品の受け取り方法をユーザーの希望に寄せつつ、アプリ内やWeb経由での決済の仕組みを整える」という方向に向かう可能性がある。

モバイル決済と“非接触”決済を利用できる場面は増えている。写真はシンガポールの中華料理屋にて

今回の話題が直接「タッチ決済」方面に向かうかは分からないが、Apple的にはオフラインでもオンラインでも決済に利用できるApple Payの仕組みの普及にはプラス方向であり、どちらでも構わないというのが本音かもしれない。

ただ、決済と物理の両方の意味で「Contactless」というのは人々の興味の対象のようで、「Contactless」な決済についての話をまとめたNerdWalletのこの記事は比較的多くのメディアに転載されているのを見かけた。それだけメディアと読者の関心が高いということだろう。実際、「Three reasons why contactless payments are essential in a post-pandemic world」といった形で「Contactless」をピックアップする記事があったり、11月初旬にカナダのWalmartで“タッチ決済”に対応したという話題でもコロナ関連の言及があったりと、コロナ禍での人々の関心がその志向を「Contactless」に向かわせているのは間違いないようだ。

では、米国外に目を向けてみるとどうだろうか。Korea Heraldは11月3日の記事で、Bank of Koreaのレポートとして「非現金決済が1.4%、“Contactless”な決済は17%上昇」したことを報告している。一方で、同レポートでは対面でのデジタル決済が5.6%減少したことも報告しており、単純に“Contactless”に移行したというよりは、米国での例にあるように「接触機会を減らしつつ、モバイル決済などの代替手段に移行」という流れに近いと予想される。

これが意味するのは、本命は「クレジットカードの非接触対応」というよりは「モバイル決済の普及」ということだ。

例えば英国のFintech企業のCapital on Tapでは世界の「デジタルウォレット」事情の最新調査報告をまとめており、ここでは2020年中にもクレジットカードの利用比率をモバイル決済が抜くとの予測が出ている。もっとも、これはBNP Paribasが2018年に発表した予測データであり、現在のコロナ禍におけるトレンドを反映したものではない。当時にこの現在の状況を予測できていたとは思えず、むしろ「キャッシュ利用がさらに減り、モバイル決済が主役に躍り出る」という動きは加速していると考えるのが妥当かもしれない。

また、Capitol on Tapでは別のデータを引用して各国の非接触決済対応率をランキングで紹介しており、ここで日本は20%で4位となっている。数字の算出根拠が不明なため参考程度としてほしいが、もしモバイル決済の普及率が高いという視点であれば、中国のシェアの高さもうなずける。意外なところはコロンビアだが、このあたりは後日改めて検証していきたいと思う。

1.中国(47%)
2.ノルウェー(42%)
3.英国(24%)
4.日本(20%)
5.オーストラリア(19%)
6.コロンビア(19%)
7.米国(17%)
8.シンガポール(17%)
9.カナダ(16%)
10.オーストリア(16%)

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)