鈴木淳也のPay Attention

第9回

海外旅行で見かける「DCC」の注意点。基本は“現地通貨”払い

夏の暑さも例年並みの水準となりつつある昨今だが、お盆休みのシーズン到来で海外旅行を計画されている方もいるのではないだろうか。行き先はさまざまだと思うが、現地での支払いについて事前に銀行や両替商の窓口で現地通貨を用意していく方もいる一方で、筆者のようにほとんどの買い物をカードで済ませ、現金の必要な場面に備えて到着直後の空港や銀行のATMで少量の現地通貨をキャッシングするという人もいるかもしれない。いずれにせよ、支払いは現地通貨で行なうのが基本であり、それが現金とカードのいずれかという違いでしかない。

DCC(Dynamic Currency Conversion)の一例。ホテル代の支払いをユーロ建てか日本円建てかで選択できる

ところで、皆さんは「Dynamic Currency Conversion(DCC)」というものをご存じだろうか?

カード決済あるいはキャッシングを行なう場面で、操作画面の途中に「現地通貨建てで支払うか? それとも日本円建てで支払うか?」という選択肢が出現する状況に出くわしたことがあるかもしれない。これが「DCC」で、カード請求時の通貨を利用者自らが選ぶことができる。

「気の利いたサービスじゃないか」と思うかもしれない。だが実際には“利用者負担”の面では注意が必要だ。今回はこのDCCについて簡単にまとめたい。

DCCを収益にする構図

そもそもDCCとは何だろうか。筆者は海外渡航するようになって20年近くが経過しているが、DCCに頻繁に遭遇するようになったのはここ数年ほどのことだ。ATM、百貨店などの比較的高額な買い物をすることの多い小売店、ホテルの現地支払いといった場面で、端末を操作している最中に決済通貨選択の画面によく遭遇する。

このようにDCCの遭遇場面は対面販売であったり、あるいはATMのように実際に目の前に相手が設置した操作端末が存在するケースがほとんどなのだが、カード処理サービスを提供するFirst Dataや国際カードブランドのMastercardのDCC解説ページにもあるように、オンラインと対面販売の両方をターゲットとしたサービスとなっているようだ。

MastercardのDCC解説ページ

ここで1点気になるのが、Mastercardの解説ページのタイトルにある「Convert currency into revenue and increase customer satisfaction(通貨を売上に変換して顧客満足度を上げよう)」という文言だ。後者の顧客満足度はともかく、「Convert currency into revenue」という部分は非常に興味深い。実は、TransNational ATMというATMサービスを提供している企業が、DCCの解説ページでより興味深い文章を載せている。

> ATM owners are finding it increasingly difficult to earn an income from just ATMs. These ATM owners can now generate additional revenue by providing upfront foreign exchange conversion for their international cardholders through Dynamic Currency Conversion (DCC.)

つまり、外国からやってきた人が現地のATMでキャッシングを行なおうとした場合、DCCを利用することでATMのオーナーは「additional revenue」(追加の収益)を得ることができるという。

ATMでのキャッシング手数料はさまざまだが、例えば米国で1回あたり3ドルや5ドルといった追加料金を請求するのに加え、DCCを通じてさらに新しい利益を得ることができることを意味する。なぜ利益が得られるかという点だが、DCCとはそのサービス利用の過程で為替の“変換手数料”を利用者に請求する仕組みだからだ。

ここでDCCについて重要なのは、このサービスを提供しているのは「カード会社(イシュア)」ではなく、「ATM運営者」「小売店」「アクワイアラ」という点だ。国際カードブランドは、これらカード処理に関わる事業者らがDCCを通じて追加の利益を得ることを“許容”しているに過ぎない。

構図としては「国外で発行されたクレジットカードを使って決済しようとしているお客がいるけど、カード発行国の通貨で請求する代わりに変換レートはこちらで決めさせてね」と小売店(アクワイアラ)側がカード会社(イシュア)に依頼する状況を想定すればいいだろう。

DCCは利用者にとって得なのか? 損なのか?

さて、問題は利用者にとってDCCが「得なのか? 損なのか?」という点だが、ほぼ確実に「損」だといって間違いない。前述のようにDCCのレートを決めるのはアクワイアラであり、基本的に手数料を上乗せする形で請求を行なう。そのため、手数料の分だけ利用者の負担が増えるからだ。では、実際にどの程度の“損”なのだろうか?

下記は、冒頭の写真でも紹介したDCCの選択画面を表示した状態のVerifone端末だ。以前にドイツのキャッシュレス事情を紹介したときに訪問した、フランクフルト駅前の東横インでの支払いの様子となっている。

フランクフルト駅前の東横インでの支払い場面。DCCにおける支払い金額が表示される

120ユーロの支払いに対し、日本円建ての表示は1万5,744円となっている。この条件でのユーロ円のレートは「131.2円」で、支払日の「127.18円」というレート(Bloombergのデータを参照)に比べて高いのがわかる。3.2%ほど高いことになり、このレートの差分がアクワイアラの利益となる。ただ、「1ユーロ=127.18円」というレートはこの日がピークであり、前後の水準に合わせてある程度“ならす”と、平均レートはもう少し低くなる。そのため、おおよそ3.2-3.7%程度の手数料だと推察する。

多くの場合、DCCの手数料は3-5%程度で設定されることが多いと聞いているので、フランクフルト東横インのケースは平均的だと考えていいかもしれない。

ただし、この3-5%の水準が高いかといえば、必ずしもそうではないのがDCCの難しい点だ。例えば、先日三井住友カードが海外でのカード利用にともなう決済手数料を1.51%(税込1.63%)から2.00%(税込2.16%)に引き上げて話題になったが、多くの日本国内で発行されるクレジットカードの海外決済手数料は1-2%の水準に設定されている。

三井住友カードが2019年7月1日から適用する海外決済時の新手数料

仮にDCCの手数料が3%だとすれば、このカード会社(イシュア)が提供する外貨建て支払いサービスとの差分は1-2%の水準に収まるため、「許容範囲」だと考える方もいるかもしれない。

また、今後クレジットカードの海外決済手数料は上昇傾向にあるという話もあり、DCCの手数料が現行水準で推移するとすれば、その差は縮まっていく。「後で明細を見てレートが確定するよりも、その場で支払い金額が分かった方がいい」というのであれば、このトレンドを鑑みつつDCCを選択してもいいだろう。

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)