鈴木淳也のPay Attention

第46回

カード決済手数料の上乗せ行為、その国内外事情

カード決済手数料とはそもそも何なのか

先日、Twitterのタイムラインを眺めていると、少々気になるツイートが流れてきた。デジタル機器のアクセサリなどの開発・販売を行なう「トリニティ」を運営する星川哲視氏が、クレジットカード手数料の扱いについて返信していたものだ。同社は、社会貢献の一環として「原価マスク」を販売している。これは、マスクの入手にかかった“実質的な原価”のみで販売するというものだ。

トリニティのホームページ。原価マスクは現在すでに完売して、本稿執筆時点で発送段階にある]

労力などの問題から販売はオンライン通販のみながらも、瞬く間に完売。その過程でさまざまな質問が同氏のTwitterアカウントに寄せられたが、「支払い手段がなぜクレジットカードやAmazon Payだけなのか?」といった質問に加え、「原価販売なのに、なぜクレジットカード手数料を上乗せするのか?」といった疑問が寄せられていた。

下記は星川氏の質問に対する回答だが、一連のやり取りの中で「カード手数料」に対する認識が意外となされていないというのが、筆者が気になった点だ。

一般に、カード決済手数料は販売価格に上乗せされた形で顧客に転嫁される。先日、個々の加盟店に請求される手数料の概略について説明したが(正確には売上から手数料を差し引いた金額が加盟店に対して支払われる)、通常の加盟店に課される手数料は3-5%程度だと思っていい。原価マスクの場合、販売価格の2,176円に対してカード決済手数料が70円なので、手数料負担はおおよそ3.2%で順当だ。

質問者の意図は「なぜカード決済手数料を上乗せするのか?」という部分だと思うが、手数料を考慮せず価格を決定する販売者はおらず、少なくとも何らかの形で調整を行なっているはずだ。

これは利益率の低い業態ほどシビアで、特に今回のように「原価販売」をうたうのであればなおさらだ。実際に販売にまつわって動いた人員に対するコストなどは考慮されていないわけで、黒字にならないどころか、むしろ赤字といえる状態だろう。しかも“原価”の内訳を細かく提示しているのは良心的で、一般的な商品やサービスにおいて販売価格の内訳を公開しているケースはまず無い。カード決済手数料もまた「隠れたコスト」として含まれてしまっているのが実際だ。

このあたりの詳細は星川氏自身がブログで細かく解説しているので、興味ある方はご覧いただきたい。

原価マスクのコスト構造(出典:トリニティ)

加盟店規約におけるカード決済手数料の上乗せの是非

こうしたやり取りが発生する背景の1つに、加盟店規約に関して少なからず誤解されている部分が原因としてあるのかもしれない。

今回の例でいえば「販売価格にカード決済手数料を上乗せしてはいけない」と勘違いをしている人がいることがわかる。しかし、実際に加盟店規約で禁じているのは「カード払いとそれ以外の決済手段で“異なる金額”を請求する」という行為だ。

つまり現金であれば安価に販売するが、カード決済であれば少し販売価格が高くなり、その内訳は手数料分を上乗せしたものとなる。JCBの加盟店規約は同社Webサイトで確認できるが、その中でこうした禁止事項に関しての記載がある。

JCBの加盟店規約を抜粋したもの。カード決済における販売価格の差別化を行ってはいけないという禁止事項が記されている

これを見るとわかるが、「加盟店警察」などと呼ばれる人たちがよくやり玉に挙げている「ランチ時のカード決済取り扱い停止」「カード決済における下限金額の設定」「カード払いにおける手数料の価格への転嫁(現金払いとの二重価格)」といった禁止行為がここにすべて網羅されている。

実際、こうした行為はカード会社ならびにカードを利用したい個人にとってはカードの利便性を損ねる行為に他ならず、実際あまりいい気分はしないだろう。一方で前回の記事にもあったように、小売の多くはギリギリの利益率でやりくりをしているケースも多く、「できれば先方の利益になる支払い方法を選んであげたい」という気持ちもなくはない。

ただ、こうした規約にも抜け道があったりする。差別化が禁止されているのは販売価格のため、カード決済と現金決済とで「イロ」を付けることで差別化するケースだ。典型的なのがヨドバシカメラが提供しているポイントカードで、通常であれば10%のポイント還元率のものを、カード決済時には8%の還元率となる。いうまでもなく、これはカード決済にかかる手数料の差分だ(なお、「ヨドバシゴールドポイントカード」アプリを使うとカードでも10%になる)。

同様に、現金決済では何らかの「オマケ」を提示するケースもあったり、直接表に出ない部分の差別化は大なり小なり行なわれているのが実際だ。

ところで、以前に欧州のWebサイト経由で“買い物”をした経験のある方はいらっしゃるだろうか? 筆者は欧州出張時の現地での移動に必要な飛行機や高速鉄道、バスなどのチケットは事前に確保しておき、Webサイト経由で決済を済ませている。

こうした“買い物”の過程において、最後の決済の場面でいくつかある決済手段のうち、クレジットカードを選択すると「1,000円」ないしは「10ユーロ」といった追加請求が行なわれることは珍しくない。つまり購入しようとチケットを選んだ段階で表示される金額はあくまで「現金決済」でのもので、これがEU圏内発行のデビットカードであったり、PayPalを使うと無料あるいはカード決済より安い追加請求で済むといった具合に変化する。

前出の加盟店規約を考えれば「これって本当に妥当なの?」と思わないこともない。いろいろ世界中を旅してきたが、こうした“上乗せ”のほか、先ほどの加盟店規約でおよそ禁止行為と呼ばれるものが平然と行なわれているのも欧州特有の事情だ。特にWeb経由でのカード決済では顕著で、航空券の購入では毎回気になっていたところだ。

これに関しては欧州の人々も疑問に思っていたようで、実際にEU圏内に適用される法律においてカード決済における追加請求を禁止するルールが2018年1月13日から施行されている(参考記事)。これは「Directive (EU) 2015/2366」と呼ばれるもので、その詳細は法律に示された例にもあるが、請求段階で追加費用が発生するケースを禁じている。

ただし例外もあり、American ExpressやDiners Clubのカード、コーポレートカードなど請求先が個人ではないケース、通貨変換における手数料負担などは法律のカバー範囲外としている。

カード決済手数料の追加請求を禁止するEUの法律

とはいえ、法律の適用後もまったく請求されないというわけでもないようだ。例えば下記は筆者が2019年3月に購入した欧州域内を移動する航空券(Vueling)だが、カード決済手数料を別途請求されている。

筆者が2019年3月に購入した航空券では、法律施行後にもかかわらずカード決済手数料が別途請求されている

欧州域内発行カードでは請求金額が異なる可能性もあるが、筆者はあいにく同様のカードを持ち合わせていないため試せていない。前段の記事でも紹介しているように、露骨な請求がなくなっただけで、「管理費(Administration Fee)」のような形で別途サーチャージが追加されているケースも発生しているようで、完全になくすことはできないのかもしれない。

特に欧州の場合はLCCのような格安航空会社と鉄道会社の料金競争が熾烈で、利益をギリギリまで削って表示価格を下げる努力をしているため、こうした手数料対応には非常にシビアにならざるを得ないのは理解できる。なかなかに難しい問題だ。

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)