鈴木淳也のPay Attention

第8回

ペイの次はスコア? なぜ「スコアリング」と「レンディング」が増えているか

Yahoo!スコアの説明ページ

ここ1-2年ほどで国内に急速に増えつつあるスマートフォンを使った決済サービスだが、次の波として「スコアリング」とそれを利用した「レンディング(貸し出し)」といったサービスが出現しつつある。例えば6月3日にはYahoo! Japanが「Yahoo!スコア」というサービスの提供を開始して話題になると同時に、「デフォルトでスコアリングが有効化される」「スコアの外部提供」などの面で説明不足を指摘され、軽い炎上騒動になったのは記憶に新しい。

今回はこの「スコアリング」と「レンディング」の2つのテーマについて、国内外の最新事例をみつつ、その現状と今後を少しだけ考えてみたい。

ペイメントの次にくるもの

「ペイメントの次はレンディング」というのは世界中のトレンドのようで、もともと異業種から決済事業に参入した企業が、次の拡大フェイズで「レンディング」ビジネスに参入してFinTech企業へと変貌していくといった流れが、ここ2-3年ほどで一気に定着しつつある。

最初の震源地とも呼べるのが中国で、例えば微信支付(WeChat Pay)で有名なTencentも、金融部門であるFiT(Financial Technology)を通じてモバイルアプリを通じた小口融資サービスの提供を開始し、急速な成長を遂げている。

またマレーシアで開業し、後にシンガポールに拠点を移して東南アジア全体で配車や配達サービスを展開するGrabも、昨年のGrab Payによる決済サービス参入を機に小口融資サービスや後払いサービス(一種のクレジット)の提供を開始している。

Tencentの金融部門であるFiTでは、WeChat Payに続く金融サービスとして資産運用や小口融資サービスを掲げている

なぜこうしたサービスが登場して人気を博しているのかといえば、中国をはじめとして東南アジア地域では金融サービスが未発達であり、市場の潜在ニーズをくみ取れていないからだ。もちろん銀行などの金融機関が存在し、各種金融サービスを展開しているが、その多くは比較的大きな企業や一部の個人を対象としたものであり、市場の大部分を占める中小企業やそれほど裕福ではない市民には行き届いていない。

人的リソースの限界もさることながら、そもそもリスクの高い個人事業主や個人を審査して貸し出す仕組みが存在しないという理由が大きい。そこで近年では数多出現したFinTech系スタートアップのうち、こうした審査や少額の貸し出しをリスク計算つきで大規模に展開できる技術をもつところに対して大手金融機関や投資家らが資金を投入し、効率的に資金運用を行なうという流れができつつある。

配車サービスや配達サービスで東南アジアでの存在感を高めつつあるGrabは、決済サービスのGrab Payに続き、クレジットや小口融資で市場全体を活性化してGrabが広がる余地を作り出している

またGrabのケースで面白いと感じるのは、配車や配達サービスというGrab本来のビジネスを盛り上げるために、こうした金融サービスの拡充で市場を活性化させ、その恩恵で自社のビジネス全体が潤うという循環を作り出している点にある。

東南アジアはいまだ現金社会だが、Grab Payの仕組みがあれば支払いが容易になり、かつお金の流れが潤滑になる。このGrab Payの利用者を増やすには、まずターゲットとなる中小小売店でのGrab Pay採用が重要であり、その利用を活発化させるために融資サービスで中小小売のビジネスを支援し、業容拡大によってGrab Payが利用可能な場所を増やしていくという流れが生まれる。

結果としてGrab Payを利用する一般ユーザーも増え、さらにGrabに流れ込む資金も潤沢になる。

日本でサービスが展開される理由

とはいえ、金融サービスの充実した日本ではまた事情が異なる。単純に審査や融資サービスが存在しないわけではなく、むしろ充実さえしていると思う。そこであえて異業種から金融の世界に参入してまで「スコアリング」と「レンディング」のサービスを提供するのは2つの理由があると考える。1つは「さらなる潜在ニーズであるニッチを掘り起こす」こと、もう1つは「自社サービスの盛り上げ」にある。前者の事例を見つけるのはなかなか難しいが、メルカリが先日提供を開始した「メルペイあと払い」あたりはその部類に入るのだろうか。

メルカリと連動する「メルペイあと払い」

「メルペイあと払い」は特定の月の支払いを1つにまとめて翌月払いにする方法で、一種の「クレジット」として機能する。

1回の支払いあたり300円の手数料がかかり、少額では正直いって高い手数料だといえるが、1万円以上であれば「それなり」といったところだ。メルペイあと払いの上限は10万円なので、実際にメルカリで利用するにあたってもそれほど大きな金額ではないように感じるが、実際にはこの1万円前後から数万円程度という微妙なラインが一番需要があるという。

会社名は伏せるが、発行数日本一になったこともある著名なカード会社のクレジットカードを利用していた知り合いが、2-3万円以上の決済をするたびに止まるため煩わしいと愚痴をいっていたことを覚えている。世間一般でみれば、月あたり、あるいは1回あたりの決済上限はこの水準で、かつ翌月払いというのが大多数なのだろう。日本はドイツと並んで「マンスリークリア(翌月一括払い)」を好む国という話をよく聞くが、クレジットカードを持てない、あるいは利用を好まないような顧客にとって「メルペイあと払い」はズバリはまるサービスなのだろう。

「メルペイあと払い」にはもう1つの効果がある。オンラインフリマを標榜するメルカリは一種のオークション会場で、ほしい物が出品されているのを発見したら、仮に手持ち金がなくても「すぐに入手したい」という場面に遭遇することも少なくないという。お金があったとしても、いちいち入金の手間をかけていては逃したり、モチベーションが落ちてしまうかもしれない。そんなとき、手数料300円はかかるがすぐに入手できる仕組みがあれば便利だろう。つまり前述の2つの理由における後者の「自社サービスの盛り上げ」という役割も担っている。

芝麻信用にみるスコアリングサービスの実際

「メルペイあと払い」の場合、利用可能な上限は「メルカリなどでの活動実績」を基に決定される。算定基準は明確にされていないが、メルカリの利用が多く、かつ利用状況や返済状況に問題がないほど上限が高くなると考えて間違いないだろう。

スコアリングという視点でいえば、先日発表された「LINE Score」は「異業種が金融ビジネスに参入して審査(スコアリング)を行なう」という事例の典型だ。LINE Scoreでは15の質問に答えると、利用状況を加味して100-1000の間でスコアが算定される。やはり基準は明確でないが、質問に答えた時点では500前後、その後の状況によって600-700程度には上昇するようだ。「Yahoo!スコア」での炎上事例を踏まえてか、LINE Scoreでは利用者の同意なしに勝手にスコアリングを行なうことはないが、いざ利用に同意すれば前述のように一定のスコアが付与され、LINE自身を含む提携サービス各社での各種優遇措置が受けられるようになる。

6月下旬に開催されたLINE Conferenceで発表された「LINE Score」
LINE Scoreが情報することで「日常生活がちょっと豊かになる」という

「メルペイあと払い」でも「LINE Score」でも(もちろん「Yahoo!スコア」でも)、重要な点はスコアが高いほど「+αが期待できる」ようになる。

スコアが低いことによるマイナス効果は現時点で薄い。

メルペイあと払いのケースでは単純に金額上限が低くなり、LINE Scoreは優遇が受けられないだけで、実質的にスコアリングに同意しなかったときの対応に等しい。

これは現状のスコアリングサービスにおいて最も重要な点で、スコアが高いほど優遇措置が受けられるという一種の「ロイヤリティプログラム」に近いものであり、サービス自体へのリテンション効果を高めることが狙いの根底にある。例えば航空会社が提供するマイレージプログラムで優遇措置を受けるため、同じ会社やアライアンスを組んでいる会社の飛行機に必死に乗り続け、時には「修行」という名で飛行機に乗ること自体が目的になってしまっているケースがある。これは極端な例だが、サービスを利用するほどにスコアが上がり、それで優遇措置を受けられるのであれば、現状のスコアリングサービスとこれらロイヤリティプログラムには実は大差がないのではないかと筆者は考える。

もう1つ面白い事例を紹介するなら、中国のAlibaba Group傘下のAnt Financialが提供する「芝麻信用(ジーマしんよう、Zhima Credit)」あたりの話はどうだろうか。

芝麻については「社会的信用と結びついている」「スコアが低いとまともに生活できない」といった形で、スコアリングによってもたらされる恐怖社会の典型のように紹介されることも少なくない。おそらく、スコアリングに対する過度の警戒はこの芝麻が原因だと推測するのと同時に、多分に誤解を持って国内に伝えられていると考えている。

例えば総務省が平成30年版情報通信白書の中で芝麻信用に少し触れているが、スコア上位になるとシェアリングサービスやホテル宿泊でのデポジットが不要になったり、海外旅行におけるビザ手続きの簡略化サービスを利用できたりと、スコアが低いことによるデメリットよりも、高くなることによるメリットが大きくなるように主に設計されている(参考PDF)。

標準スコアは600-650程度だが、基本的に650を超えない限りはほとんどメリットはない。

中国Alibaba Group傘下のAnt Financialが提供する「芝麻信用」

芝麻信用でもう1つ注意すべきなのは、これがAlibaba Group傘下のAnt Financialのサービスという点だ。

つまり、スコアを上げる一番の近道はAlibaba関連のサービスを利用することであり、基本的に他社のサービスを利用しても芝麻信用のスコアには作用しない。先ほどスコアリングサービスとロイヤリティプログラムの類似性に触れたのはこの部分であり、サービス事業者が提供するスコアリングが蔓延することで起こる弊害があるとすれば、こうしたサービス内へのロックイン効果が発生することだろう。

現時点で日本の社会生活に大きな影響を与えることはないと予想する一方で、水面下では各社の自社サービスへの誘導を意図した綱引きが繰り広げられていることを想像してもらえばいいかと思う。

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)