鈴木淳也のPay Attention

第10回

Apple CardはApple Payに続く第2の黒船なのか

Apple Cardの全ユーザーへの提供が開始

米Appleは8月20日(米国時間)、すべての米国内のユーザーに対して「Apple Card」の提供を開始した。Apple Cardとは、Appleが発行する初の同社ブランドのクレジットカードで、Daily Cashと呼ばれる買い物ごとに1-3%の「“キャッシュ”還元」が毎日行なわれる点が大きな特徴となる。

Goldman Sachs(ゴールドマン・サックス)がパートナーとなり、同社がカードイシュアとして発行されるApple Cardは、今年6月に開催された開発者会議「WWDC」において発表され、一部ユーザーには先行する形で8月初旬より提供が行なわれていた。そして、20日からは米国内であれば、条件を満たせば誰でもApple Cardを申し込めるようになった。

今回はまだ国内ユーザーには身近ではないApple Cardについて基本情報をまとめる。

Apple Cardの本当にすごいところ

WWDCで紹介されたApple Cardの特徴としては大きく2つあり、1つは「Daily Cash」というAppleブランドのクレジットカードの“商品性”、そしてもう1つはチタン製の白く輝く「Apple Card(物理)」だ。

前者はApple Cardが登録された状態でのApple Payの買い物ごとに必ず「2%」のキャッシュバックが行なわれるシステムで、これがAppleのオンラインストアやiTunesのコンテンツでの買い物を行なった場合はさらに「3%」のキャッシュバックになる。ただ、これではApple Payの使えない店頭での買い物には利用できないため、その場合はApple Card(物理)の登場となり、その際の還元率は「1%」となる。

還元分は毎日Apple Pay Cashのクレジットとして蓄積され、そのまま買い物に使うも良し、または手数料を払って銀行口座に出金するも良しだ。また8月20日のローンチにあたり、Appleは新たに3%の還元対象として「Uber」と「Uber Eats」を加えた。Appleでの買い物だけでなく、これらサービスを利用すると必ず3%のキャッシュ還元が行なわれる。

後者の「Apple Card(物理)」だが、一般に利用されているプラスチックの板状のものとは異なり、チタンを組み合わせて作られたがっしりとした重量を持つ仕様のカードとなっている。実物を触っていないため、実際にどのような組み合わせで作られているかは不明だが(メタルタイプのカードは「枠のみ」「片面のみ」「両面」などいくつかグレードがある)、こうしたメタルカードは「Luxury Card」とも呼ばれ、特別な顧客に対して高級感を提示することを目的としている。

Apple Card(物理)は非常にシンプルなデザイン(出典:Apple)

これはApple Cardも同様で、カード所持そのものを“ステータス”とすることをある程度意識したものだと考えられる。「革製品やデニム生地に触れると色移りする」というヘルプ文書が出て話題になっているが、普段使い用というよりは、適切に管理して「いざというときに出すもの」と考えておけばいいだろう。

またApple Cardの特徴として「カードイシュア」「国際ブランド(今回の場合はMastercard)」「カード番号」「有効期限」といったものは一切刻印されておらず、これがセキュリティ上の特徴にもなっている。検証が必要だが、おそらく磁気面を読まれない限りはカード情報を抜き出すのは難しい。またもう1つの特徴として「物理カードを申し込まない」という選択肢が用意されているのもApple Cardならではだ。

実は、このあたりの“仕掛け”の部分が「Apple Cardの本当にすごいところ」なのだと筆者は考えている。

Apple Cardに関することすべて、つまり申し込みから登録、日々の運用まで、すべての作業はiPhoneならびに、その上で動作する「Walletアプリ」を用いる。必要事項を記入してAppleにリクエストを送ると、審査の後にすぐにApple Cardの利用が可能になる。通常であれば、郵便が手元に届く数日間から1週間程度は待ち時間が発生するが、Apple Cardそのものは申請が通りさえすればデジタルカードとしてすぐに発行が行なわれる。物理カードを申請した場合も、到着しだいiPhoneをカードが入ったケースにかざすことでNFCタグが読まれ、自動的に登録が行なわれる。

従来のApple Payでは、手持ちのクレジットカードまたはデビットカードを登録して利用するというスタイルだったが、Apple CardはApple自身が能動的に発行し、ダイレクトにWalletアプリに登録させることでApple Payの利用を開始できる。

おそらく、Apple Payを開始したときから「登録から利用開始まですべてをiPhone内で完結させたい」という構想を抱いており、それがApple Card登場でようやく実現したのだろう。サポートを含むすべてはiPhoneのアプリを通じて提供され、イシュアであるGoldman Sachsも他のクレジットカードにあるような「カード利用管理のためのWebページ」のようなものを持たない。

逆をいえば、iPhoneがないと何もできないサービスでもあり、もし紛失した場合のために電話窓口が用意されているのみだ。

Apple Cardの利用方法はシンプルで、審査の結果で利用上限が決定され、その枠内で買い物が行なえる。キャッシング機能はなく、純粋にショッピング枠に特化している。クレジットカードの支払いは毎月末で締められ、指定期間内に支払いを完了させると利用可能額が復活する。

日本のクレジットカードの場合、翌月一括払いや分割払い(ボーナス払いも含む)が一般的だが、米国などではミニマムペイメントの仕組みがあり、手数料と引き替えに毎月の支払額を自分で設定できる。いわゆるリボルビング払い制度だが、この仕組みをApple Cardでも利用できる。

支払い画面ではサークル状のチャートが出現し、これを時計回りや反時計まわりに動かすことで支払額や手数料がわかりやすい形で可視化される。こういったお金の利用や支払いに関する項目がすべてアプリ上で行なえるよう、ユーザーインターフェイスが作り込まれているのが大きな特徴といえる。

Apple Cardの返済画面。期限内であればいつでも返済可能で、一定額以上を同時に返すと手数料免除になる
返済額は自由に設定できるが、期限を超過すると表示のInterest Chargeが追加請求される

Apple Cardのビジネスモデル

Apple Cardについて、ある人は「AppleがiPhone依存を脱却するための新しい収益源」だと解釈する。一面では事実だが、前述のようにこの製品の特徴を把握していれば「iPhoneなしに利用できないサービス」であることは明らかであり、あくまでiPhoneのコンパニオン的存在だ。

つまり、より正確には「AppleファンをよりiPhoneにつなぎ止め、より多くの利益を上げる」ためのサービスだといえる。

Daily Cashの3%還元がそれを如実に物語っており、Apple Cardをより多くのユーザーに利用してもらい、これを経由してより多くのApple製品やサービスを購入してほしいという狙いがある。

Appleにとってのメリットはわかりやすいが、これを実際にビジネスモデルとして考えるとどうだろうか?

日本と米国でクレジットカードのビジネスモデルは大きく異なっていると筆者は考えており、日本はあくまでカード決済手数料が収益の中心なのに対し、米国では前述のミニマムペイメントに代表されるような「さまざまな金融サービスを追加提供することで手数料を稼いでいくモデル」になっている。

日本では翌月一括払いが中心でリボルビング払いのようなサービスを嫌う傾向があるが、一般に後者の方がビジネスモデルが柔軟に組み立てやすく、それがDaily Cashのようなサービスの提供に結びついている。実はDaily Cashのような仕組みは米国では珍しくなく、Apple Card以外にも多くのイシュアが提供しているが、ブランド価値にうまく転換した点でApple Cardは興味深い。

ここで問題となるのはむしろ、提供パートナーとなったGoldman Sachsの方だ。以前に筆者がBusiness Insider誌でも触れたが、投資銀行を母体として証券部門が稼ぎ頭だった同社はここ10年ほど低迷が続いており、近年では一般消費者向けのリテールバンクサービスに大きく舵を切って「Marcus by Goldman Sachs」のブランドでネット専業銀行をスタートさせていたりする。Marcusはマイクロローンのようなサービスはあるものの、Goldman Sachsとして一般向けのクレジットカードを提供するのはApple Cardが初のケースであり、それだけに事業を成功させたいという願いが強い。そのためCNNなども指摘しているが、Appleの条件を呑むイシュアの引受先の選定で手間取るなか、Goldman Sachsが名乗りを上げてコンシューマ市場での足がかりにすべくブランドを前面に推しだしている。

Apple Cardの審査条件をAppleでは公開しているが、Goldman Sachsではより広いユーザーに対し、リスクを取る形でApple Cardの利用条件を低くすることで、通常であればカード審査が通らないようなユーザーであっても発行を進めている可能性があるという。世界経済の先行きに不透明感が増すなか、信用の低い層への貸付は貸し倒れリスクも内包しており、それだけリスクギリギリのビジネスを展開することで後発の不利を払拭しようとしているのかもしれない。

筆者のiPhoneのWalletアプリにもApple Card導入を促すメッセージが出現した

Apple Cardは日本にやってくるか

さて、以上を踏まえたうえで気になるのはApple Cardが日本にやってくるかという点だ。結論からいえば、Appleは日本展開を考えていると思って間違いない。ある情報源によれば、Appleは日本での同じパートナー形態での進出を検討しているという。当該のブランドはプロパーカードが存在しないためいずれかのイシュアと組む形になるが、具体的な参入時期やパートナー企業は現時点で不明だ。

また問題となるのがDaily Cashの仕組みだ。日本のクレジットカードでは用途を限定したポイント還元の仕組みは充実しているものの、恒常的なキャッシュバックの仕組みは一般的ではない。また原資となるミニマムペイメントを含むさまざまな金融サービスについても国内では馴染みが薄く、現状の決済手数料モデルを中心としたカード処理のエコシステムにそのまま持ち込めるか難しいところだろう。仮にApple Cardが日本で提供されるとして、同じ商品性をもって登場するかはまた別の問題といえる。

金融サービスには地域性があり、必ずしも「One size fits all」にはならないのが一般的だ。もしAppleがApple Pay同様にこれを打ち破れるのであれば、Apple Payに続く黒船第2弾といえるのかもしれない。

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)