小寺信良のシティ・カントリー・シティ

第21回

突然コロナ当事者になった地方の困惑

心の準備なし

普段は地元の子供たちで賑わう海水浴場も、期限を決めず全面閉鎖となっている

首都圏をはじめ大阪、名古屋、福岡など大都市は、すでにコロナの影響も大きく、感染対策も本気モードだろう。お盆の帰省を自粛した人も少なからずいたとは思うが、空気を読まずスタートしたGo to トラベルキャンペーンもあり、東京を除く多くの人が地方への移動を開始すると、地方の事情が大きく変わってしまった。

筆者の住む宮崎県でも、行政の指導のもと、コロナ禍が報じられた2月頃から予防措置は店舗でも家庭でも行なわれており、4月11日以降感染者なしの状態が3カ月ほど続いていた。

ところが夏休みに入ったばかりの7月25日、宮崎県で初めてのクラスタ感染が高鍋町で発生し、1日で感染者が一気に25人も増えた。県では26日、独自の「感染拡大緊急警報」を発令、高鍋町を含む児湯郡および隣接する西都市の食事提供施設に対し、休業要請を行なった。

しかし現場は宿泊施設に近いスナックだったことから、近所の顔見知りだけでなく、いわゆる「一見さん」も多く訪れており、感染者の足取りを追うことが困難だった。そんなことから封じ込めに失敗し、県内各所に一気に感染が拡がった。8月3日には県内全域に休業要請を拡大したが、執筆時点でも毎日感染者が出ており、この1カ月のうちに300人近い感染者増加となっている。

高鍋町は、宮崎市内から北へ車で40分ほどのところにある、古い城下町である。かつては日向国高鍋藩の拠点であったところで、歴史的には宮崎市よりも全然古い。実は筆者の一族は高鍋町の出身で、先祖代々の墓もそこにある。今年は父が亡くなった初盆ということもあり、墓の掃除には行きたいところだ。意を決して8月8日に高鍋町まで出かけていったが、土曜日だというのに車通りもほとんどなく、町は閑散としていた。JR高鍋駅からほど近い海水浴場にも行ってみたが、期間の明記もなく全面閉鎖となっていた。

高鍋町内のドラッグストアに勤める従姉妹の家に顔を出し様子を聴いたが、未だマスクもせずにドラッグストアを訪れるお年寄りもおり、対応に苦慮しているという。近所だからいいだろうという客側の論理と、誰がどこから来るかわからない店側の覚悟がズレてしまっている。

何もない夏

夏と言えば、例年花火大会や夏祭りで賑わいを見せるところである。4月から感染なしの状況下では、様子を見ながらあるいは、という期待もあったところだが、7月末からの感染爆発を受けて次々と中止決定が報じられた。

夏休み中の学校行事も、軒並み変更を余儀なくされた。すでに夏の甲子園をはじめ、スポーツの大会は軒並み中止となっているが、文化部の大会も同様である。高校生の娘が所属する吹奏楽部では、コンクールの代替として市内校だけでホールを貸し切って発表会を開催するはずだったが、クラスター発生の報を受け、前日に突如保護者の観覧が中止となった。すでにチケットも販売しており、保護者会は返金作業に追われる事となった。

中学校でも、夏休み中にPTAによる除草作業などのボランティア活動が行なわれるはずだったが、これも中止となった。筆者は今年広報委員をやることになったが、初めての委員招集および前年度委員との引き継ぎは7月下旬までずれ込み、今年度の広報紙第1号は出せないままで終わった。第2号についても、そもそもPTA活動がないため、出せるかどうか微妙なところである。

中2の娘は、修学旅行の目処がたたなくなった。中学の修学旅行は10月で、目的地は東京の予定であったが、今はとても行ける状況にない。代案として、日程を縮小して九州一周というプランも出ているが、感染者が多い福岡にはまず行けないだろう。他県はその1/10以下とは言え、今後の情勢次第ではどうなるかわからない。また感染者増加率で見ればかなり高い数値となっている宮崎の生徒を、他県が快く受け入れてくれるかという問題もある。

日々のニュースで首都圏の感染拡大が報じられていたが、感染者の少ない多くの地方では、どこか遠くの出来事のように感じていたはずである。感染者がいないということは、現在の対策が効いているのかもよくわからない。店舗の入り口に置かれている消毒液も、最初は足踏みでスプレー噴射できる装置が導入されていたが、次第にスプレーボトルがポンと置かれているだけとなり、最近ではボトルの中身が空っぽのままという店舗も出てきた。対策が次第にルーズになっていったという面は少なからずあるだろう。

そんな中で発生したクラスターに、地方民は覚悟も準備もなく突然「当事者」である事実が突き付けられた。大都市へ行く用事がないから大丈夫という発想から、県内にいても感染する状況に、今さらながら戦々恐々とする毎日である。ハローワークの求職者も、以前はリストが電話帳ぐらいの厚みであったものが、今は数ページしかない状況だという。宮崎にはリモートで働ける職種は少なく、出勤や接客は勘弁、という意識の表れであろう。

繁華街では8月16日からすでに休業要請は解除されているが、人通りは少ない。近隣の回転寿司やファミレス、フードコートなども、7月に入ってようやく客足が戻ったと思ったのもつかの間、また足が遠のきはじめている。

第一次産業の従事者が多い地方で飲食が回らないというのは致命的だ。だがその一方で明るい話題もある。デリバリーサービスのUber Eatsが、8月6日から宮崎でサービスインした。同じく「出前館」も8月18日からサービスインした。担当するのは、繁華街からの帰りの客足が激減した、代行運転事業者である。

小さな店も、デリバリーサービスに積極対応する

IT利活用の遅れが目立つ宮崎県だが、スマホ注文による「おうちで外食」は根付くだろうか。感染防止と経済活動の両立は、東京のような痛みを伴う方向しかあり得ないのか、地方の模索はこれから始まる。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。