トピック

編集部員が読んだ本2021 ドムドムの逆襲、嫌われた監督、WWシリーズ、三体

編集部員が今年読んだ本の中からドキュメンタリーやビジネス書、小説など様々なジャンルからピックアップします。

編集部:加藤

ドムドムの逆襲 39歳まで主婦だった私の「思いやり」経営戦略

主婦だった著者がものすごくいろいろなことがあって、結果ドムドムの社長になるまでのお話です。私は学生時代ドムドムでバイトしておりまして、店舗が激減していることを切なく感じたり、プレミアムハンバーガーショップ「TREE&TREE’s」を出店するなど新しい展開を見てちょっとうれしくなったりしていました。そんな折に書店で出会ったのがこの本です。

ドムドムはメニューからして個性的というか異端なところがありますが、入社9カ月で社長になってしまう著者も、そんな人事を行なう企業もやっぱり異端です。生きていれば誰だって大変な局面がありますが、著者はどういった場面もたぐいまれなる行動力、決断力、瞬発力、突破力でただただ前に進んでいく。

自分語りの本は説教がましいものもありますが、こちらはそういったことは欠片ほどもなく、おそらくは誰もまねできないような人生を送る様を、興味深く読み進められます。とはいえ読後に何も残らないわけではなく、読者それぞれで感じるであろうポイントが散りばめられています。読んだ後には、都内では数少ないドムドム店舗の1つである浅草店まで足を運んで、ドムドムの象徴(?)「お好み焼きバーガー」を食しました。

家飲み大全

居酒屋作家・太田和彦氏による家飲みの書。美味しいビールの注ぎ方、家で飲むときのテーブルセッティング、選ぶお酒、ツマミなど、様々な作法というか、著者個人の好みが語られるのですが、思い出の居酒屋から印象に残る映画のワンシーンに至るまで、しばしば話が脱線します。

この脱線っぷりは、まさしく酒の席での会話と同じ。何かを得ようとまっすぐ向き合って読んでもいいですが、オススメは酒を飲みながら夜な夜なダラダラ読むスタイルです。書いてあることを真似しようかななんて思ったりもしますが、結局やらない。読みながら、著者の目の前にある光景をイメージしつつ飲むのも楽しいものです。

編集部:臼田

嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか

落合博満が中日ドラゴンズで監督を務めた8年間に密着したノンフィクション。プロ野球に興味を失って久しい自分でも、引き込まれるエピソードが盛りだくさんで、400ページ超の文量も一気に読めてしまいます。型破りな「オレ流」の話ももちろんあるのですが、「落合、案外普通のこと言ってるな」というシーンでも業界の和を乱す“異物”的に描かれてたりと、プロ野球界の異質さが、落合の“普通さ”を通して浮かび上がるあたりも印象的です。

また、社命でしぶしぶ取材を開始したポンコツ記者が、落合を通して強い意思と観察力、取材力を持ったエース記者に成長していくストーリーとしても楽しめました。

反逆の神話 [新版]

ヒッピー、パンクなど、体制に反抗的な「カウンターカルチャー」。しかし、実際は、快楽と「差異」への欲望を煽ってカネを生み、資本主義を肥らせているにすぎない、といった内容。パンクやオルタナティブ系のアーティストや、ファイト・クラブやアメリカン・ビューティなどの映画作品などにも具体的に触れつつ、「反逆的」消費行動の裏にある心理や社会状況などを精緻に分析していきます。

文庫化にあたり「刊行から15年以上経った今、本書で分析した反消費主義的運動はSNSにより下火になった」旨に触れた序文が追加されていますが、描かれているのはどれも現代の問題のように感じます。

編集部:太田

WWシリーズ

Wシリーズ(全10巻)に続くシリーズです。ミステリー・推理小説が高く評価される森博嗣氏が手掛ける作品で、やはりミステリー要素・謎解き要素は文句なしに面白いのですが、ありえそうな未来の地球が舞台のSF作品もであります。ウォーカロンと呼ばれる人工の生命体やネットワーク上に存在するAIの発展、そして寿命の概念がなくなり子供を産まなくなった人類と、考察を促されたり示唆的であったりして、現在の私達の暮らしぶりと比較してさまざまに想像を刺激される世界になっています。主人公はもういい年のおじさんで、そういう意味では自然と感情移入できます(笑)。

WシリーズではウォーカロンやAIの存在について、太いストーリーに沿って話が進みましたが、WWシリーズではそうした世界観やキャラクターを継承しながら、ややオムニバスに近い形で、1冊で一区切りがつくような形で描かれています。無駄がなく分かりやすい文章で、スルスルっと読みやすいです。

シリーズを通して巻数表記やシリーズ表記がなく、毎巻タイトルが独自に付けられているので、購入する順番には注意してください。Wシリーズなら1巻「彼女は一人で歩くのか? does she walk alone?」、2巻「魔法の色を知っているか? What Color is the Magic?」といった具合です。店頭ならISBNをチェックするのも手です。

ツインスター・サイクロン・ランナウェイ

私が愛した「天冥の標」シリーズの作者、小川一水氏が描くライトノベル的なSF作品です。ここでいうライトノベルとは“キャラクター小説”の意味ですが、ツインスター~ ではガス惑星を舞台に、惑星表面に降下しての漁、パイロットが変形させる漁船、衛星軌道上での暮らし、住民の柱になる氏族の存在と、分厚いSF設定がてんこ盛りで、こと世界観に限って言えばまったくライトノベルの範疇には収まりません。

一方で、主人公は周囲から結婚をせっつかれる高身長な(ことを気にしている)女性で、偶然に知り合ったゴスロリファッション(多分)の中二病な女子を夫の代わりに漁船操縦のパートナーポジションに迎え、緩やかに絆を深めていく二人の生き様が描かれていくというのですから、これはラノベ好きもニッコリの内容ではないでしょうか(?)。販売サイトの予約情報をみると、2022年2月に第2巻が刊行される予定のようです。

機械式時計大全

機械式時計の解説書。テレビでもおなじみの、あの山田五郎氏の著書です。ヨーロッパ史や美術のほかに機械式時計にも精通しており、その集大成として執筆されています。

発明級のアイデアと冷徹な物理法則が交差する機械式時計の内部の仕組みを、なるべく平易な文章で説明するという大胆な試みは、独自に起こされた図の助けを借りつつも、その殆どが目的を達成しているといえるのではないでしょうか。特に機械式時計をさまざまな意味で決定付ける脱進機の機構については丁寧に解説されており、おぼろげな疑問のほとんどは解消されますし、オメガが量産化したコーアクシャル脱進機が特別な理由もよく分かるようになっています。

「クオーツショックは日本企業が悪者なのではなく、当時のスイスの時計産業が水平分業のまま変わろうとせず対抗できなかったから」(意訳)といった、当時の市場の構造を冷静に分析した指摘は興味深いですし、ブランドやグループの背景の解説まで、今に即した内容も充実しています。

編集部:清宮

三体

中国のSF作家「劉慈欣(リウ・ツーシン)」が執筆したSF長編小説です。三部作編成で全5冊が発売されています。筆者は中国人が書いたSF小説というものを初めて読んだのですが、想像よりも遙かに面白く、一気に読んでしまいました。

著者は小松左京のファンということで、全体的にそうした雰囲気は確かに感じられます。また、田中芳樹の「銀河英雄伝説」も全巻読んでいるということで、作中にもヤン・ウェンリーのセリフが引用されたりしていて、ニヤリとしてしまいます。2015年にはアジア人として初のヒューゴー賞も受賞している新進気鋭の作家です。以下、軽くネタバレも含まれますのでご了承ください。

三体とは、天体力学の「三体問題」のことで「3つの天体がそれぞれ引力で引き合うとき、その軌道を予測することは困難」という現象のことをさします。すなわち、こうした3つの恒星を持つ惑星が存在した場合、昼も夜もまったく予想がつかず、長い夜が来たかと思うと、長い昼があったり、1時間だけ昼だったり、夜が何年も続いたり次にいつ、どの太陽が昇るか予測が付かない世界ということになります。時には太陽が近すぎて地上を焼き尽くすこともあります。「三体」は、3つの恒星を持つ過酷な環境の惑星で文明を発達させた異星人「三体人」と人類との戦いの物語です。

といっても、人類は早々に事実上敗北します。三体人は人類よりも圧倒的に高い科学力をもち、人類がこれ以上科学を発展させられないよう、ある仕掛けをしてきます。これにより、人類の科学力はせいぜい、太陽系内で宇宙船を飛ばせる程度が限界で、他の星系に宇宙船を飛ばすような技術を持てなくされてしまいます。同時に人類の情報は全て三体人に筒抜けの状態にされてしまいます。

そして人類の進化を止めた三体人は、地球への移住を実行します。三体人の大艦隊が到着するまでの時間は400年。一見長い時間に見えますが、科学技術の進歩が強制的に止められているかぎり、何百年あっても人類に勝ち目はありません。しかし、意外なところから反撃の糸口がみつかるのですが……。

ちなみに三体人は別に残虐非道な異星人としては描かれていません。ただ、人類とは価値観が異なるだけです。人類にとって迷惑な存在であることに変わりはないのですが。

三体は、数百年にわたる三体人との絶望的な戦いと、三体人よりもさらに恐ろしい存在、それらをさらに超えた1千万年後の宇宙まで描かれる壮大なストーリーです。戦いと言っても、技術の進歩を止められた人類は、宇宙戦艦ヤマトや銀河英雄伝説のような、派手な艦隊戦はできません。限られた条件のなかで手に汗握る攻防戦が繰り広げられます。とにかく、盛り込まれた要素が膨大で、三部作それぞれ、全く異なる楽しみ方をさせてくれるので飽きません。

三部作とも抜群に面白いのですが、中でもお気に入りは第二部の「暗黒森林」です。もし、敵味方不明だが、武装していることは分かっている人間が、暗い森の中に存在することが分かった時、自分が生き残るのに最も最適な手段とは……問答無用で先に相手を撃つこと。これが「暗黒森林」の意味するところで、物語全体の大きなテーマになっています。

蛇足ですが、三体の主要な登場人物は当然ながら中国人ですので、普段、カタカナや日本人の漢字名になれていると戸惑います。例えば「史強」という名前は、日本では「シ・キョウ」と読みがちですが、本作では原音に近い「シー・チアン」とルビが振られます。せっかくなので原音で読みたいと原音で覚えようとするのですが、なかなか日本の漢字の読みとはかけ離れたものもあり、全ては覚えきれませんでした。常に全ての名前に読みを振って欲しいと感じました。

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