文具知新

コクヨ キャンパス刷新の狙い 「近所のおじさん」から「まなびかた」ブランドへ

「キャンパスノートは『近所のおじさん』みたいなイメージ。別に好きでも嫌いでもない」

そんな驚きのコメントが飛び出したのは、学生たちを対象に行なったキャンパスノートに関するヒアリング調査でのこと。今年、発売から50周年を迎えるキャンパスノートは認知度約95%と驚異的な高さを誇り、ノート界の雄であると誰もが認める商品ですが、必ずしもメインの購買層である学生たちから好感を持って積極的に選ばれているわけではなかったのです。

その衝撃と危機感が、いかにして「キャンパス」を「ノートブランド」から「まなびかたブランド」へと生まれ変わらせたのか? 「キャンパス」ブランドの統括マネージャーであるコクヨの本村香代子さんと、同社の文具事業全般における顧客コミュニケーションを統括する柴田順子さんにその舞台裏をうかがいました。

(左)コクヨ グローバルステーショナリー事業本部 マーケティング戦略推進本部 本部長 本村香代子さん、(右)同事業本部 グローバルマーケティング部 コミュニケーショングループ グループリーダー 柴田順子さん

「キャンパス」ブランドの歴史

と、その前に。「キャンパス」の歴史を少し振り返ってみましょう。キャンパスノートは、1975年に初代が発売されました。その後おおよそ10年ごとに大幅なリニューアルを繰り返し、現在店頭に並んでいるのは5代目のキャンパスノートです。初代は当時としては画期的なカラフルな表紙をまとった無線とじノートとして学生たちの間で瞬く間に人気になりました。実はこの時、まだ「キャンパス」ロゴはなく、単なる商品名という位置付けでした。

現在の私たちがイメージする「キャンパス」の特徴的なロゴが誕生したのは、2代目から。今も昔も、人気商品につきものなのは模倣品です。キャンパスノートもその例外ではなく、しかも当時の模倣品は品質の粗悪なものも多かったのです。そこで、正規品にはロゴをつけ、品質が優れていることを証明し模倣品との区別を図ったのがブランドとしての「キャンパス」の始まりでした。

その後、オフィス通販の台頭や100円均一ショップの登場などでノート類の低価格化が進む中、より高付加価値型にシフトしたのが4代目・5代目です。この頃の安売りはしないけれど、それに見合うだけの価値をお客様に提供するという考え方が、現在にも通じるブランディングの基礎となっています。

キャンパスブランドヒストリー資料

ノートによって提供できる価値の限界

5代目キャンパスノートの誕生が2011年。それからさらに時代は進み、ノートを取り巻く環境は今までになく大きく変化しました。学校をはじめとする教育現場でもICT化が進み、少子化も加速。50周年を迎えるにあたり、これからの「キャンパス」はどこを目指すべきなのか? と調査を進める中で飛び出したのが冒頭の「好きでも嫌いでもない」発言だったのです。

メーカーからしてみれば大変ショッキングなコメントですが、「その背景には学び方が多様化し、ノートだけで勉強ができる環境ではなくなっていることがあります」と本村さんは指摘します。アラフォー世代の筆者の感覚では、授業といえば先生が説明しながら板書をし、学生はそれを一生懸命ノートに書き写すことが時間の大半を占めていました。テストでもそのノートの内容をもとに勉強するので、ノートはまさに学びの大黒柱だったのです。

ノートの価値は相対的に小さくなっている

それが一転して、現在の授業スタイルでは考えることや議論を行なうことが重視されます。その時間を捻出するためにも、単なる知識の伝達であればプリントを配布したり、タブレット端末に直接データを送ったりする方が効率的です。これにより板書を書き写すようなノートの使い方は激減しました。

また、勉強方法そのものも多様化しています。本村さんによると、「今の学生たちは人によってその人に合う勉強方法はまったく違うと認識しています。だから色々な方法を知った上で、その中から自分に合った方法を選びたいという意識を強く持っています」とのこと。具体的には、教科書や参考書に直接メモを書き込んだり、ふせんを活用したり、動画を取り入れたりと本当に様々。「ノート」という形にこだわっていては、学生たちに提供できる価値は相対的に少なくなってしまうのです。

キャンパスブランドでも、「教科書やプリントにもっと書き足せるノートふせん」(319円~)を発売した。教科書を閉じるときは折りたためる

それだけを聞くと「キャンパス」にとっては厳しい状況ですが、一方で希望もありました。柴田さんによると、ヒアリングを進める中で「ここぞという時や気合いを入れる時にはキャンパスノートを買う」という声もあったのだとか。「今から集中するぞ」「がんばるぞ」と「まなび」のスイッチを入れたいタイミングで選ばれる。学生たちに寄り添って、「まなび」をサポートする存在としての力が「キャンパス」にはある。その発見が、リブランディングの方向を決める上で大きなヒントになりました。

ノートブランドから「まなびかたブランド」としてリニューアル

そうした背景を受けて、9月に「キャンパス」は大々的なリブランディングを発表します。それはノートブランドから「まなびかたブランド」へと大きく舵を切る、というものでした。ブランドコンセプトは「まなびかたをもっと明るく」。なかでも特筆すべきなのは、文具というモノだけではなく、そこに勉強のメソッドを掛け合わせた「まなびレシピ」というコトも提供価値に含めたことです。また、ブッククリップやロールふせん、ペンケースなど、「まなびレシピ」に紐づくアイテムはノートに限らない、とされました。

ノートに限らず「キャンパス」ブランドのラインアップを展開

また、キャンパスノートは50年の歴史の中で老若男女に広く愛されるブランドに成長したものの、その分ターゲットもアイテムも多岐に渡るようになり、ブランドとしてのコアのユーザーや価値が定まらず、ぼやけていた部分もありました。そこで、リニューアルを機にコアとなるターゲット層をまなびの中心世代で「学びたい意欲はあるが、どうしたらいいかわからない学生」と定めました。

「決してそれ以外のお客様を切り捨てるわけではありません」と前置きしつつ、「コアを定めることで、改めてブランドとしての価値を研ぎ澄ますことが狙いです」と本村さんは説明します。「それによって『学生のまなび』という強いイメージができれば、そこから改めて広げることはできますが、初めから全方位を向いていたら、研ぎ澄ますことができませんから」

コアを明確にし、そこから改めて広げる

勉強のメソッドを「まなびレシピ」としたのは、勉強と言いつつも真面目になりすぎない遊び心だそう。「レシピと聞けば、『アレンジできるのかな』『私ならではのレシピがあってもいいのかな』と思っていただけるのではないか」と本村さん。学習意欲を損なわず、かつ多様性を求める学生たちに寄り添いたいという意図からの命名でした。

まなびレシピは現時点で「メモ勉」「ちょこ勉」「とじ勉」「モチ勉」「ベース文具」の5つを提案しています。モノとしての文具は、リブランディングを機に12種類56品番を発売しました。これまで、文具業界の中でモノとメソッドを掛け合わせるアイデアがまったくなかったわけではありません。とはいえ、それらはアイテム単品で完結するものが多く、これだけ大きく体系立てて文具と学びのメソッドを掛け合わせた例は筆者が知る限りでは初めて。この点でも新生「キャンパス」の独自性が際立ちます。なお、まなびレシピやアイテムは今後も随時拡大を予定しているとのことです。

「キャンパスブランドリニューアル」発表会資料より

関係部署が一丸となって議論し、たどりついた着地点

しかしこれだけの大転換、社内外での軋轢はなかったのでしょうか? その点についてもうかがってみると、当然ながら平坦な道のりではなかったようです。ブランドのリニューアルが決まってから、コクヨ社内では繰り返しワークショップが開催されました。面白いのは、そこには直接の担当者だけではなく、企画・開発・営業・マーケなど、「キャンパス」に関わる多くの部署のメンバーが参加していたことです。

スタートした当初は「とにかく人によって『キャンパス』に抱いているイメージ、ターゲットや進むべき方向性への意見が完全にバラバラで、本当に噛み合いませんでした」と柴田さんは振り返ります。しかしバラバラであると自覚したことで、「やっぱり軸が定まっていないと何も決められないよね」と問題意識が合致した面も。議論を重ねるごとに「やっぱりココだよね、というところが照らされて、今から自分たちはこういう道を行くんだとしっかり認識することができました」(柴田さん)

全員がプロセスに参加したことで自覚と納得感が生まれた

また、「完全にバラバラ」状態から「キャンパス」ブランドの新たな軸が定まるまでのプロセスを関係者一同が体験したことで、全員がブランドの担い手であることを自覚し、自分ごと化する効果もあったのだとか。誰かが決めたことをただ受け入れるのでは生まれない納得感、腹落ち感が、結果的にこの後の動きにも良い影響を及ぼします。

どうすれば「まなびかた」を店頭で届けられるか?

どれだけブランドのコンセプトや商品、まなびレシピを磨き上げても、それが肝心のユーザーである学生たちに届かなければ意味はありません。オンライン通販も普及した昨今ですが、学生の文具購買は現在も店頭が多くの割合を占めているそうで、文具販売店との密な連携が重要になります。

しかし通常、お店の売り場はアイテムごとにバラバラ。ノートならノート、ペンならペンと商品カテゴリーごとに分かれて棚に並んでいます。これに対し、新しい「キャンパス」ブランドはまなびのメソッドとそれに紐づくアイテムがセットになっていることが最重要ポイントです。従来の商品カテゴリーの考え方を超えて売り場を作らなければ、その真の価値をユーザーまで届けることはできません。

メーカーとしてカテゴリーの異なるアイテムをセットにした提案をしても、小売店で売り場がバラバラではその価値はユーザーに届かない

そこで営業担当者は、「まなびレシピ」とアイテムをセットにした「まなびかた棚」のプランを店舗に合わせて作成し提案。ブランド構築のワークショップを通じて各部門に考え方が届いていたからこそ、商談にも説得力が増し、スムーズに動くことができました。

加えて、ユーザーである学生の役に立つということは、まわりまわって販売点数や客単価のアップという形でお店側にもメリットのある話です。近頃はただ商品を並べるだけではモノが売れない時代でもあり、お店としてもストーリー性やテーマ性を求めているという背景も後押しに。「結果的に、多くのお店の方から共感を得ることができ、実際の導入にもつながりました」(柴田さん)

ネットからリアルまで、コミュニケーションを統合する

また売り場を作るのと同じくらい大切なのは、いかにしてその売り場がある店頭まで学生たちに足を運んでもらうか、ということです。そのためには、オンラインのコミュニケーション施策も欠かせません。ここでもキーワードは「多様性」。現在、学生たちの情報入手チャネルはプラットフォームだけでもTikTok、Instagram、X、YouTubeと多種多様です。またそれぞれにインフルエンサーもいて、その中でも誰が好きかは人によってバラバラ。とりあえずここにどーん!と広告を打てばいい、という手は通じません。

数限りなく存在するインフルエンサーの中から、どなたにお願いすれば良いのか? 企業のマーケティング担当者であれば広告代理店などから提案を受ける機会も多いと思いますが、柴田さんはやはり最終的には自分でしっかりと見極めることを大事にしていると言います。

「インフルエンサーの方の投稿はフォロワーとのやりとりやコメントまで全て拝見して、発信された内容がどのような形でお客様に届いているのかを細かくチェックしています。その上で、『この方とだったらこういうストーリーが作れそう』というところまでイメージしてご依頼するようにしています」(柴田さん)。そうしてインフルエンサーごとに得意な領域を活かしながら、「この方にはこのタイミングにこの内容で」をいくつも組み合わせながらコミュニケーションを設計しています。

「インフルエンサーの方の投稿を細かくチェックしてストーリーを描く」という柴田さん

この時、大事にしているのがIMC(Integrated Marketing Communication = 統合型マーケティングコミュニケーション)という考え方です。ユーザーとのコミュニケーションの接点は、当然ながらSNSだけではありません。Webサイトや店舗もある中で、それぞれが単独で部分最適の運用を行なうのではなく、全体を一つの流れとして統合していくことを重視します。

「キャンパス」ブランドにおいては、SNSを興味のきっかけとしつつ、コクヨのWebサイトで提供価値やまなびレシピ、アイテムへの理解を深め、店頭やECでの購買につなげていくのを基本の流れとしています。その流れの中にあって、一つ一つの施策がどのような役割を担うのかを意識しながらコミュニケーション全体を運用しているのだそう。

コアを定めたからこそ生まれる広がり

生まれ変わった「キャンパス」ブランドは始動したばかりではありますが、今後の展開はどうなっていくのでしょうか。「まずは、学生のまなびというコアの価値に集中します」と本村さん。その上で、「学生生活の中でも学びとの関連が深い活動やアイテムに広がっていく可能性はあります」とのこと。

大人など、学生以外のターゲットも切り捨てたわけではありません。「まなびかたをもっと明るく」というコンセプトを明確にし、付加価値を高めることで、結果的に周辺のユーザーにも役に立つことを意識しています。実際に、新しい「キャンパス」ブランドを知った大人世代のユーザーの受け止めは「自分たちが学生時代に欲しかった」「大人でも学ぶ機会はあるので、ぜひ使いたい」と概ね好意的なものだったんだとか。

大人世代からは「学生時代に欲しかった」「大人でも学ぶ機会はあるので使いたい」という声があるという

海外展開に関してはこれからですが、まずは中国やインド、東南アジアといったアジア諸国でのブランドの浸透が目標だと言います。国が違えば、日本国内での多様性以上に学び方も文具も全く異なるカルチャーになる難しさもあり、ハードルは決して低くはありません。例えば、ルーズリーフを使う文化がない国にバインダーをただ持っていても「何これ???」となるだけなのは想像に難くないでしょう。

しかし「キャンパス」リブランディングを通じて学び方をレシピ化したことで、「これは『とじ勉』でこのように使うんですよ」と文具とその使い方をセットで伝えることが今までよりも容易になりました。「これによって、日本の『まなびかた』自体を海外のお客様に提案できるのでは? という期待もあります」と語るのは本村さん。

海外での提案にどう活かすかを説明する本村さん

目指すのは「まなびといえばキャンパス」の世界

最後に、今後の目標についてたずねると「まなびに迷った時、ここはどうしたらいいんだろうと思った時に、真っ先に『キャンパス』と思い浮かぶ存在になりたい」(本村さん)とのこと。

50周年を迎える成熟したブランドで、認知度は高いのに、実は積極的に好かれているわけではなかったという難しい状況。そこから議論を重ねて改めて明確になった力強いコンセプト。そしてそれを関係部署が一丸となってリアルに展開していく様子を見ていると、「まなびといえばキャンパス」という世界が実現するのも、そう遠い未来ではないように感じました。

ヨシムラマリ

ライター/イラストレーター。神奈川県横浜市出身。文房具マニア。子供の頃、身近な画材であった紙やペンをきっかけに文房具にハマる。元大手文具メーカー社員。著書に『文房具の解剖図鑑』(エクスナレッジ)。