文具知新
20年に1度の進化! シン・水性ボールペン「ユニボール ゼント」
2025年9月18日 08:20
2025年1月、「三菱鉛筆から新開発の水性インクを搭載したボールペンが出る」というニュースにより、文具ファンの間に衝撃が走りました。ボールペンの新製品というだけなら珍しい話ではありません。それが“水性”で、しかも“新開発”のインクらしい、というのがとにかく驚きだったのです。
「え? 水性インク?? 今??? 新しいやつ????」と我々が震撼した理由、それを説明するためには、少しだけボールペンとそのインクの歴史をひもとく必要があります。
ボールペンの「油性」や「水性」って何のこと?
そもそも、ボールペンのインクでいうところの「水性」や「油性」とは何か。これは発色の元となる成分を溶かし込むためのベースをさしています。油をベースにしたものが油性インク、水をベースにしたものが水性インク、というわけです。
ボールペンの歴史は、1940年代に油性インクから始まりました。ボールペンのアイデア自体はもっと古くからありましたが、インクがペン先からポタポタ漏れてくるなど、実用的なものではなかったのです。そこにハンガリー人のラディスラオ・ピロが、新聞印刷に使われていた粘度の高い油性インクを転用することを発案。現在につながるボールペンの礎を築きました。
書き心地の滑らかさが評価された水性ボールペン
それ以前は、万年筆やつけペンが日常の筆記具として使われていた時代です。インクの補充やメンテナンスの手間がかからず、持ち運びも容易でどこでも書けるボールペンはあっという間に普及しました。
しかし便利なものに慣れると、もっと便利なものが欲しくなるのが人間というもの。油性インクは書き心地がやや重たく、インクの色も薄い。そこで、1960年代に日本のメーカーであるオートやぺんてるから登場したのが水性インクのボールペンです。水性インクは書き心地がサラサラと軽く、筆記線も濃いのが特徴です。ボールペンインクの第2の選択肢として、こちらも多大な人気を得ました。
第3の勢力、ゲルインクボールペン
しかし、水性ボールペンにも欠点がないわけではありません。インクがしゃばしゃばなので、にじみや裏抜けが発生しやすく、筆記線がなかなか乾かないのです。また、ペン先がインク漏れや乾燥に弱いので、ノック式のペンが作りにくいというデメリットもありました。
1980年代に、それらを解決する第3の勢力として登場したのがゲルインクです。このインクはペンの中では固体(高粘度のゲル)でありながら、筆記時はボールの回転によって液体となり、紙の上でまた固体に戻るという性質を持っています。これにより、書き心地の滑らかさ・発色の良さと、乾きの速さ・にじみにくさが両立するようになりました。
ボールペンインクの大きな進化は20年周期説
一方の油性インクも黙ってはいません。2000年代に低粘度油性インクの「ジェットストリーム」が誕生し、書き心地においても油性ボールペンが巻き返しを図っています。
こうしてみると、1940年代に油性インク、1960年代に水性インク、1980年代にゲルインク、2000年代に低粘度油性インクと、ボールペンのインクは約20年に一度、大きな進化が起こっているのが分かります。
2000年代以降、油性ボールペンは水に濡れても字がにじみにくく保存性が高いことから公文書やビジネスといったお仕事シーンに、ゲルインクは書き心地が良くカラーバリエーションも豊富なことから勉強や日常筆記のシーンにと、それぞれの得意分野で活躍してきました。
それに対し、水性インクはこう言ってはなんですが、やや忘れられた存在と言いますか……。欧米などアルファベット&サイン文化圏では万年筆の後継的なポジションである程度の地位を獲得しているものの、漢字圏の日本では筆記線が太くなりがち&カリカリした書き心地のためか、油性やゲルよりもマイナーな立ち位置に追いやられています。文具コーナーにあれだけ多種多様なペンが並んでいる中でも、水性ボールペンは置いてあったとしても数種類、なんてことが少なくありません。
2020年代、まさかの「新開発水性インク」登場!
そんな中、2020年代になってまさかの水性インクボールペン「ユニボール ゼント」発売、それも「新開発」のインク搭載とあって、文具ファンが湧かないわけがありません。20年ごとに繰り返されてきたボールペンインクの大進化だけど、まさかここにきて水性インクが進化しちゃうの?! というわけです。
ユニボール ゼントには他にも注目ポイントが多々ありますが、まずはなんといっても新開発の「やわらか水性インク」でしょう。その由来は、配合されているクッション成分「POA界面活性剤」です。
従来の水性インクはサラサラしているが故に、ペン先と紙がダイレクトに当たるような、カリカリした書き心地でした。もちろんそれが好きという人もいますが、ユニボール ゼントのインクはそれよりも当たりがやわらかく、水性でありながらゲルに近い感触を実現しています。
くっきりハッキリ、にじみなし!
また、耐水・耐光性にすぐれ、くっきり書ける顔料インクであることも特徴です。インクの色をつける成分は染料系と顔料系がありますが、おおまかにいうと染料は水に溶けるもの、顔料は水に溶けないもの。超〜小さい粒が混ざっていて、それが色のもとになっているイメージです。顔料は紙に染み込みにくく表面に残るため、発色が良く、また一度乾けば水をかけてもにじみにくい性質があります。
ユニボール ゼントのインクは、さらに「引き寄せ粒子」も配合。紙に浸透しようとするインク同士を引き寄せ、表面に留める作用を持たせています。これにより、水性インクで発生しがちなにじみや裏抜けも抑制。また筆記線の輪郭がハッキリすることで、書いた文字もキリッとした印象になります。
普及価格帯から高価格帯まで、4モデルを同時リリース
さらに珍しいことに、ユニボール ゼントは4種類のモデル(価格帯としては3種類)が同時発売されました。一般的に、日本の文具市場ではまず手に取りやすい普及価格帯のモデルが出て、それが好評だと中価格帯や高価格帯のモデルが後から登場するというのが定石です。ユニボール ゼントのように、新商品としてリリースされる段階で異なる価格帯のモデルが多数そろうのはかなり異例。このことだけでもメーカーとしての力の入りようが分かるというものです。
最も安価な普及価格帯(275円)は、「ベーシックモデル」と「スタンダードモデル」の2種類。ベーシックモデルのみ、インク色が黒・赤・青の3色展開で、インク色と本体軸のカラーがリンクしています。なお、他のモデルのインク色は黒のみですが、替芯の規格は共通なので自分で入れ替えて使うことは可能です。
様々な筆記シーンに取り入れたくなるラインアップ
スタンダードモデルは最も本体軸のカラーバリエーションが豊富で、8月に追加発売された新色も含めると全12色になります。ベーシックモデルともども、本体軸の中腹あたりからペン先ギリギリまでをおおうラバーグリップが特徴です。新インクをとりあえず試してみたい方にとっては気軽に手に取りやすいモデルと言えるでしょう。
「フローモデル」は中価格帯(1,320円)で、価格に見合った高級感のある佇まいです。特徴は何といっても、アルマイト塗装が施されたアルミ製のグリップ。このグリップがややかたく、ともすれば滑りやすいため、ラバーグリップが好きな方は合わないと感じるかもしれません(私も正直に言えばちょっと苦手です)。裏を返せば、滑りのおかげで手帳のペンホルダーなどにセットするペンとしては最高です。また素材のツートン感がおしゃれな雰囲気で、見た目の良さも抜群。アクセサリー感覚で使いたくなるペンです。
書くという行為の特別感を高めてくれる1本
高価格帯(3,300円)の「シグニチャーモデル」は、シリーズで唯一のキャップ式。ノック式とは違い、書き始めるまでにキャップを開けてペンの後ろに付け替えるというワンアクションが発生しますが、マグネットを内蔵したキャップが「パチッ」とハマる手応えや音が小気味よく、「書くぞ」という気分を高めてくれる1本に仕上がっています。
収納状態では他の3モデルよりやや短い作りですが、キャップをペンの後ろにはめた筆記状態での長さはほぼ同じ。太さと重量感のおかげか、手に持つとしっくり落ち着きます。万年筆にも劣らず、所有欲を満足させてくれるペンだと感じます。
4種類のモデルを書き比べてみて、中のインクは同じでも軸によって意外と書き心地の違いを感じるのが面白いなと思いました。ペンの書きやすさは、インクだけではなく本体軸の形状や重量バランスによっても大きく左右されると再認識した次第です。もちろん、使う人との相性や好みによっても違うでしょう。ちなみに、私はフローモデルの書き心地が一番好きです。皆様も機会があればぜひ書き比べた上で、自分にとってベストの1本を見つけていただければと思います。
ボールペンインク最後の大進化となるか?
20年に1度クラスの進化を遂げたインク、さらに異なる4つのモデルが同時発売となれば、文具好きとして「とにかく手に入れて試さねば!」となるのは必然でしょう。実際、2月の発売前後にはかなりのムーブメントとなりまして、シグニチャーモデルに関しては現在でも手に入りにくい状態が続いています。私も発売直後は入手できず、ことあるごとに文具店をのぞいていたら、たまたま入荷したタイミングでゲットできたのでした。
そしてユニボール ゼントで書きながらふと思うのは、もしかするとボールペンインクの大きな進化はこれが最後かもしれない、ということです。なぜなら、最近のインクは油性・水性・ゲルに関わらずどれも近い書き心地になってきているから。
生物の世界では「収斂進化」という言葉があります。分類学上、全く異なる系統の生物が、同じような環境に置かれると、結果的に似たような器官や機能、形質を持つようになる現象のことで、例としてはカニとヤドカリなどが知られています。
ボールペンのインクも、「滑らかな書き心地でくっきり発色し、乾きが速くにじみや裏抜けがしにくく、耐水性・耐光性が高い」と結局のところ私たちが求める理想が同じだから、同じような立ち位置に収斂しているのではないでしょうか。油性、ゲルがすでに到達していたこのインクの理想に、今回のユニボール ゼントによって水性もたどり着いたことで、インクの進化はここでひと段落するのかもしれません。
あるいは、人間の価値観が変われば、20年後にはまた新しいインクが出てくるでしょうか? インクの前に、人間が進化するのかどうか。期待しながら、注視したいと思います。












