鈴木淳也のPay Attention

第182回

英ロンドンとワルシャワで見た欧州の無人レジ店舗最前線

ポーランドの首都ワルシャワにある旧市街の広場

新型コロナウイルスによる行動制限が緩和されて渡航の自由度が上がるなか、情報自体は各種ニュースで入手していたものの、なかなか訪問する機会の得られなかった「欧州で出現しつつある無人レジ店舗群」を実際に試すことができた。

6月上旬にオランダのアムステルダムで開催されているMoney20/20 Europeの会期に合わせた渡欧のため5日間ほどしか猶予がなく、実際にどこをまわるかを悩み抜いた結果、今回は訪問都市として英国ロンドンとポーランドのワルシャワを選択した。

ロンドンは無人レジ店舗の世界では割とホットなことで知られており、米Amazonは「Just Walk Out」で知られるAmazon Goの技術を用いた「Amazon Fresh」を同市内で広域展開しているほか(日本や米国のAmazon Freshとは異なる)、英スーパーチェーンのTescoが無人レジの実験店舗である「Tesco Express」を同ホルボーン(Holborn)地区に出店したことが知られている。さらに、Amazon(AWS)がJust Walk Outの外販の一環として同技術を提供したSainsbury'sの無人レジ店舗が同じくホルボーン地区に出現している。この分野のトレンドを知るなら、まずロンドンは避けることができない。

続いてポーランドという国に意外性を感じる方がいるかもしれないが、現地のZabkaというスーパーチェーンが「Nano」という無人レジ店舗を過去1年半の間に50店舗一挙に展開したことが話題となった。カインズも実験店舗で採用している米AiFiの技術]を用いている点が特徴で、その最大のポイントは「行動追跡はカメラのみで、展開コストが安価」という部分にある。

一挙に展開できた秘密はインテグレーションの技術もさることながら、このあたりの事情が絡んでいると思われ、興味を引く。店舗的にはポーランド全土に展開されているのだが、フライトの本数が多めというアクセスの良さと、店舗数と密集度から判断して今回は首都のワルシャワを訪問都市として選んだ。

以上の無人レジ店舗における最新トレンドを探る欧州2都市の訪問だが、実際にどうだったのだろうか。

入場ハードルの高い無人レジ店舗

ファミリーマートのTTG(Touch To Go)をはじめ、日本のコンビニが導入する無人レジ店舗の特徴として「誰でもウェルカムだが、出るときに決済してね」という点が挙げられるが(決済方法が多様という理由もある)、欧米方式の特徴は「入り口では厳密にチェックするが、出るときは簡単」という真逆のアプローチを採っている。

その代わり、事前にアカウント登録が必要なほか、クレジットカード情報をあらかじめ紐付けておく必要がある。

これが理由で入場ハードルが高いという難点を抱えており、対策の1つとしてカード情報とアカウント登録を2段階に分けて取得する「Amazon One」のような仕組みが登場したりと、いろいろ悩んでいる様子もうかがえたりする。

さて、最初に訪問したホルボーンのTesco Expressだが、多聞に漏れず出だしから躓く形となった。

英ロンドンのホルボーンにあるTesco Express店舗の1つは無人レジ店舗
入り口にアプリと対応店舗の案内が掲示されている

Tesco Expressの場合、入場にTescoアプリが必要なのだが、App StoreとGoogle Playともにリージョン制限がかかっており、英国アカウントでないとアプリがダウンロードできない。住所はともかく、現地発行のカードがないとアカウントが有効化できない可能性が高い。Google Playは後付けで決済情報を紐付け可能ということで、現地Wi-Fiなどにつないで新規アカウント作成を試してみたが、英国アカウントになる気配がない。半分諦めてトッテナムコートロードのEE(英国最大の携帯キャリア)の店舗でSIMカードを購入した後、隣のBurger Kingの店舗でうなりながら設定をいじっていたところ、突然Tescoアプリがダウンロード可能となった。

Tescoアプリがないと入場できないが、リージョン制限がかかっており英国のApp StoreまたはGoogle Playアカウントでないとダウンロードできない

アプリのダウンロード後の動作はスムーズで、電話番号やクレジットカードも日本のものが問題なく登録でき、入場に必要な2次元コードの発行も行なえた。実験店舗のサービスとはいえ、アプリのダウンロード制限が厳しすぎるのはどうかと筆者個人的には考える。

あとはお馴染みの方式で、入り口でコードを表示させたスマートフォンかざせば入場できる。取った商品は自動的に記録され、退店後すぐにレシートが送られてきて、後ほど請求が行なわれる仕組みだ。Amazon GoのJust Walk Outと流れはほとんど同様だが、Tescoが採用しているのはイスラエルのTrigo Visionの技術。組み合わせ的には天井の行動追跡カメラと棚の重量センサーで、このあたりの違いはない。

店舗の入り口。Amazon Goでお馴染みの入場ゲート方式
店舗内の様子。天井にカメラ群が見える。利用している技術はイスラエルのTrigo Visionのもの
棚のどの商品をピックアップしたかは重量センサーで判断しており、形状の定まらない野菜や果物類であっても個々のセンサーで判定している
アルコールのコーナーは独立しているが、そのまま侵入が可能。ただし営業時間制限がある模様
Tesco Express High Holbornの店舗内部の様子を改めて。棚から天井に向かって伸びる銀色のパイプはケーブル類を集約したもの

なお、複数の時間にわたってしばらく観察していた限り、けっこうな人数の利用者が店内に入っていったので、それなりにこの店舗の利用があることはうかがえた。一方で、店内に入ってから「スマートフォンとアカウント登録が必要」ということを知らされて退店する利用者も少なからずおり、開店から1年近い年月が経過してもまだ認知度の面で浸透しきっていないようだ。

通常店舗と無人レジ店舗が隣り合ったケース

もう1つのSainsbury'sだが、ホルボーンには3店舗が存在し、そのうち2店舗は道路を挟んで向かい合った状態で接近して存在している。このうちの片方のSainsbury's Localが無人レジ店舗であり、Just Walk Outの技術を用いた外販例として紹介されているものだ。

技術的な部分や什器などはオリジナルのものをそのまま流用していたりするが、アカウント管理などは別に行なわれており、Sainsbury'sのアカウントを入場用に作成する必要がある。ただTescoとは異なり、アプリは必須ではなく、日本のカード情報なども素直に入るため、幾分か利用ハードルが低い。

同じくホルボーン地区にあるSainsbury's Localの無人レジ店舗
[Sainsbury's Localの入場ゲートの様子。この形状に見覚えがある方もいるかもしれないが、Amazon Go(AWS)の「Just Walk Out」の技術を用いているため、什器等もそのまま流用しているものと思われる
こちらでは入場でアプリは必須ではなく、Webページでのログイン動作とカード登録でQRコードを表示できる

実際に入店してみると分かるが、同じJust Walk Outの技術ながら、米国のAmazon Go店舗に比べると天井のゴチャゴチャしたカメラ群も少ないことが分かる。また棚の重量センサーは商品ごとに独立していないなど、外販を意識した「低コスト版のキッティング」を採用していることが分かる。

つまり、既存のAmazon Goに比べると低コストで店舗展開が可能なので、これと合わせて実験店舗で利用状況を見ていこうというのがSainsbury'sの考えなのだろう。

店内の様子。カメラはやや少なくシンプルに
棚では重量センサー判定を行なっていると思われるが、商品ごとの分離は行なわれていない
アルコールのコーナーはTescoとは異なりロックされており、スタッフを呼んで逐次開けてもらう必要がある

Tescoもそうだが、Sainsbury'sの無人レジ店舗でも必ず1名以上のスタッフが入り口に待機して利用者の対応にあたっている。説明によれば、ホルボーン地区でも同店舗周辺はややオフィスなどが少ないこともあり、普段からそれほど利用者の数が多くない状況とのこと。一方で道路向かいのSainsbury's Localはひっきりなしに人が出入りしており、立地だけがその原因というわけでもなさそうだ。

同チェーンの意識として、この無人レジ店舗は向かいの通常店舗の“サテライト”的な位置付けで、スタッフや商品の補充はそちらの通常店舗を倉庫代わりとして行なっているという。このあたりは日本のおけるファミリーマートのTTG店舗と似ているが、本来であれば利便性の高い店舗の方が全然利用されず、通常店舗にばかり人が流れるというのは「2つの店舗が実質的に隣り合っている」「誘導が上手くいっていない」と、そもそも実験の設定に問題があるのではないかと感じた。

無人レジ店舗の道路向かいの目の前には通常タイプの別のSainsbury's Localの店舗がある。説明によれば、無人レジ店舗は一種のサテライト的な扱いとのこと

ポーランドで短期間に50店展開された無人レジ店舗

場所は飛んで次はポーランド。かつて、「EMVタッチ(非接触)決済が他国に比べても先行して普及した国」として訪問した同国だが、現金なしで滞在期間すべてを過ごせた一方で、リアルカードのタッチ(非接触)決済では機械に取り扱いを拒否されてIC+PINを要求される場面に頻繁に遭遇した。

英国でも何度か遭遇したが、ポーランドでの拒否率は5割を超えており、なかなかに難しい。なお、スマートフォンまたはスマートウォッチを終始使っていた同行者は一度も拒否されなかったので、海外でのタッチ(非接触)決済ではこうしたデバイスを用いるのがいいのかもしれない。

Zabkaには複数の営業形態があるが、このうち無人レジ店舗とされるのは「Zabka Nano」というブランドになっている。かつて店舗自体は無人運営され、入場時に認証するとロックが解除されて店舗に入れるという「Bingo Box」というサービスが中国に存在したが、それに近いイメージだ。Bingo Boxは既製のコンテナを設置するタイプだったが、Nanoはビルなどにある店舗用のテナントスペースをミニコンビニ化したような感じとなる。設置されているエリアは主に住宅地や人通りの多そうな場所で、まさにコンビニ的な利用を想定しているのだと考えられる。

ポーランドにあるスーパーチェーン「Zabka」が運営する無人レジ店舗「Zabka Nano」

Zabka Nano入場にあたってはZabkaアプリとクレジットカードの提示の2種類があるが、アプリで入場した同行者が、出場時の決済のタイミングでカードが無効と判断されてしまい、アカウントがロックされただけでなく、登録に使ったカードそのものが(先方の)ブラックリストに登録されてしまって苦労していたので、安全をみるならクレジットカードをリーダーに“タッチ”して入場した方が安全かもしれない。タッチ後に携帯電話番号の入力を求められるが、これを入力するとドアのロックが解除されて入場可能となる。

Zabkaのアプリ以外にも、クレジットカードのタッチで直接入場が可能

前述のように、Zabka NanoではAiFiの技術を用いている。そのため、行動認識はカメラのみで行なわれる。面積に対してのカメラ数はTescoやSainsbury'sに比べると若干多い印象だが、トータルコストではこちらの方が安価になるという話も聞いており、インテグレーションのノウハウがたまっていればこちらの方が短期間での広域展開が容易なのかもしれない。

Zabka Nanoの店内。20平方メートル強程度のサイズに収まるコンパクトな店舗
店内を別の角度で眺めた様子
AiFiの技術を用いているため商品取得判定はカメラでしか行なっておらず、棚の構造はシンプル
天井の様子。ざっと把握できる範囲でカメラの台数は30台程度
地下鉄駅構内にあるZabka Nanoの店舗

Zabka Nano最大の特徴として、店舗に張り付いている店員が1人もいないという点が挙げられる。実際にはバックヤードに人が控えていたりする可能性も考えられるが、普段はまったく表に出てくることはなく、あくまで遠隔監視に留まっている。実際、トラブルが発生しても即座に対応されない点も特徴であり、訪れたNano店舗の1つでは、「近くに住んでいてよく利用している」という人物が、端末のフリーズでロック解除できないために入場できず途方に暮れていた場面に遭遇した。

おそらくNanoのコンセプトとして、「可能な限りの省力運営」にあると考えられる。周辺には有人のZabka店舗も複数あり、商品配送のルートドライバーが商品補充をする形でNanoのメインテナンスを行なう。店舗面積は狭いが、利用者がひっきりなしにやってきて人数も多い立地には有人のZabka Cafeを、通常のスーパーとしてはZabkaを配置し、その隙間を埋める店舗として“無人運営”のNanoという構成と考えられる。

ゲート開閉用のKIOSK端末がフリーズしており、買い物に来た地元民も途方に暮れていた
Zabkaにはいくつかの店舗形態があり、こちらはNanoと同程度かそれより若干大きいサイズの有人店舗となる「Zabka Cafe」
都市型スーパーの「Zabka」。フル店舗形態だが、都市型スーパーということで店舗面積はそれほど大きくなく、東京でいうマルエツプチやまいばすけっとのような位置付け

また、このZabka Nanoが誰でもウェルカムでないのは前述のクレジットカード入場時に紐付ける携帯電話情報からもうかがえる。携帯電話番号の入力にあたっては国番号を指定できるのだが、選べるのは欧州の主要各国と米国のみ。それ以外の国は存在すらしないので、そもそも番号を入れることができない。セキュリティを考えれば納得できるが、店舗自体のコンセプトがよく表れていると思う。

アプリがなくてもクレジットカードがあれば誰でも入場可能だが、一方で電話番号の入力を同時に求められ、この国番号一覧には日本は含まれていない。欧州の主要な国々と米国のみ選択可能
登録した電話番号にはSMSでメッセージが届く。買い物をするたびにSMSが送られてくるため、一種のプロモーションや認証用として機能していると思われる

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)