鈴木淳也のPay Attention

第150回

海外カードでSuicaのApple・Google Payチャージができなくなっている話

往時の羽田空港第3ターミナル(国際線ターミナル)。インバウンドが復活するのはいつの日か

今回は一部で話題になっている日本国内の決済サービスに関する“ある事象”について紹介したい。あらかじめお詫びをしておくと、現在まだ調査中で真相まで迫れておらず、問題の解決までに時間を要すると思われる。ただ、今後国内で徐々に復活すると思われる海外からのインバウンドにおいて割と重要なトピックだと思われるので、この時点で少し広範囲に情報を拡散しておきたいというのが本記事の趣旨だ。

Suica/PASMOが海外発行のVisaカードでチャージできない

話題になっているのは「海外発行のVisaカードでSuica/PASMOにチャージできなくなっている」という現象だ。

以前のレポートにもあるように、もともとSuicaなどの交通系ICカードは現金チャージしか対応しておらず、インバウンド旅行客は空港などでいったん日本円の現金を入手した後、その現金でSuicaなどを購入しつつ残高チャージを行なわなければならない。

クレジットカードでSuicaの購入とチャージを行なう手段も用意されているが、対応しているのは「みどりの窓口」などの有人カウンターでの対面販売のみ。空港店舗は「Japan Rail Pass」などの引き換え窓口として機能しているため非常に混雑しており、時間に余裕が必要だ。これは特に帰国時にSuicaを返却して残高とデポジット(500円)を回収しようと思った際のネックになるため、先ほどの記事にあるデポジット不要で有効期限付きの「Welcome Suica」の登場と相成っている。

外国人が現金なしでSuicaを入手するには、まずみどりの窓口に顔を出す必要がある
Welcome Suicaが購入できる自販機

こうした手間を回避してSuicaの入手とチャージをクレジットカードで行なえる手段となっていたのが「Apple Pay」と「Google Pay」だ。特にiPhone 8が発売された2017年以降、世界で販売されるすべてのiPhone端末でSuicaの発行やチャージが可能となり、インバウンド面で利便性が非常に向上した。

当時、筆者も米国で発行されたBank of AmericaのVisaカードを使ってSuica発行とチャージによる乗車が実際にできることをレポートしており(レポートは終了したEngadget日本版への寄稿だったので記事は閲覧できない)、モバイルSuicaアプリが日本語表示にしか対応していないことを除けば「これは便利」と評価したことがある。

最近になるまで日本国内ではVisaカードが解禁されなかったこともあり、発行しているカードがほとんどVisaだった筆者の場合、この仕組みには国内にいながら何度かお世話になっているが、いつの間にか利用不可になってしまっているという。

Ata DistanceのBlogを執筆するJoel Breckinridge Bassett氏がTwitter上で報告しているが、少なくとも8月上旬からこの現象が発生しているようだ。

より詳しくは同氏のBlogの記述にあるが、米国のみならず、欧州、オーストラリア、カナダ、香港発行の“Visa”カードでも同様の現象がみられており、いまのところMastercardやAmerican Expressでは問題ないようだ。同氏によると、8月5日時点で利用不可の現象が発生し、これはApple PayのみならずGoogle Payにおいても同様だとしている。また、8月8日にいちど利用が復活したものの、8月9日にはふたたび同じ現象が発生して現在に至るという。サポートでも解決できず、カード履歴にはそもそもアクセス記録さえ残っていないとのこと。

実際、どのような現象になるかを前述のBofAのVisaデビットで筆者も試してみたところ、Apple Pay、Google Pay、モバイルSuica(アプリ)の3つですべてエラーが発生して処理されなかった。モバイルSuicaについてはカードの登録自体は行なえるが、チャージを行おうとした段階でエラーが発生して止まる。

Apple Payで海外発行カードによるチャージを試したところ
Google Payで海外発行カードによるチャージを試したところ
モバイルSuicaアプリで海外発行カードによるチャージを試したところ

公式回答は「海外発行クレカは基本的に取り扱いできません」

同件について東日本旅客鉄道(JR東日本)広報に確認してみたところ、「海外発行クレカについては基本的に取扱いできません」との回答だった。より詳細な事象を確認すべく再度質問を送ったところ「海外発行のクレジットカードでモバイルSuicaが使用できなくなった理由は弊社では分かりかねますので、当該のクレジット会社に確認いただけますでしょうか」(同社広報)とのことだ。

少なくともJR東日本側で関知できる事情ではないということのようだ。ただ、前項のやり取りにもあるように、カードを発行する海外のカード会社側でも参照記録が残らないため把握しようがなく、カード会社側の問題というよりも「チャージを処理する側の問題」のように思える。

ただし、筆者がある情報源に聞いたところによれば、一連の問題でカード処理を止めているのは、加盟店開拓や管理を担うアクワイアラ側で、海外発行のクレジットカードで何らかの問題が発生していて処理を受け付けなくなっているという。

筆者の場合はApple Pay、Google Pay、モバイルSuicaの3ルートでエラーが出るのを確認しているが、3つのルートはどれも異なる経路を通って処理されており、結果としてSuicaのチャージにかかわる海外カード(Visa)を一律で止める方向になっているようだ。情報源が推察を交えて説明するところによれば、このうち特定ルートでの被害が大きいようだが、海外発行カードを利用した何らかの不正が発生しており、それを止血するための応急措置である可能性が高いとのこと。そのため、JR東日本側が関知していないという回答もあながち間違いではないという話だ。

問題が拡大すれば関係者らの間で不具合解決に向けた動きがあると思われるが、まだしばらくはこの状況が続くかもしれない。

ただ残念なのは、インバウンドにおける移動手段を簡易にするモバイルSuicaの仕組みが、こうした対応のせいでまともに利用できない点だ。中国の交通系ICカードもオンラインチャージは現地発行の銀聯カードのみで、旅行者は駅の有人窓口に並んで現金チャージするしかないという不自由に似ている部分があるが、「海外発行クレカは基本的に取扱いできません」ではなく、ぜひ解決してほしいところだ。

中国の深センの地下鉄駅。地元民に便利な仕組みであっても、域外からの旅行者にはそうとは限らない

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)