鈴木淳也のPay Attention

第33回

メルペイとd払いはどこに向かうのか

前回、今後数年先を見据えての事業者同士の提携が相次ぎ、「○○Pay」の競争は周囲のポイント経済圏を巻き込んだ地殻変動の時期に入ったことに触れた。

すでにQRコードなどを使ったアプリ経由でのモバイル決済は、事業単体としてはPayPayが独走しており、これに直接対抗できる事業者は存在しない。一方で、PayPayそのものは決済手数料などの従来ながらの手法で利益を得る方法を持ち合わせておらず、アプリを活用した新しいビジネスモデル構築の必要性に迫られている。

つまり、2018年後半から2019年にかけて数多登場してキャンペーン合戦を続けた○○Payは、実質的な勝者なしで第2ステージへと突入し、2020年現在はここでの戦いに向けた新しい体制作りに各社邁進している状態だ。

○○Payのゆくえ。今後1年でモバイル決済の世界に起きること

さて、第2ステージで起きることは各社が提携でそれぞれの弱みを補完し合いつつ、やはり体力のないベンダーから順次脱落して、○○Payの整理統合が始まることだ。直接的な勝者になれなかったサービスがすべて消えていくわけではなく、地域やサービスごとに寄り添うことで顧客を獲得し、あるタイミングまで使われ続けていくという未来だ。

こうした第2ステージのスタートを象徴するのが、先日のメルペイによるOrigami買収、そしてメルペイの親会社であるメルカリとNTTドコモの提携だ。やはり、既存のユーザーや、これから3つのサービス(Origami Pay、メルペイ、d払い)の加盟店となる事業者にとって、これらサービスの行く末は気になるもの。今回は、現状わかっている範囲で“その先”をまとめたい。

Origamiの現状

すでにメディア各社が報じている通り、Origamiのスタッフの多くは解雇扱いとなり、キーとなるスタッフを残して業務を離れているようだ。現状で残っているのは、主に加盟店との交渉や各種キャンペーン案件などを取りまとめていたスタッフであり、それらがメルペイにスムーズに引き継げるよう、六本木ヒルズ森タワーの別フロア同士での交流を通じて共同作業が続けられている。また、Origamiの基本は技術スタートアップであり、エンジニアも多く抱えていた。中でもOrigamiの根幹を成すような決済技術を持つスタッフを中心にメルペイとの融合を図っており、将来的にメルペイなどのサービスや技術開発に影響を及ぼすことになると考える。

まとめると、Origami Payの周辺で進められていた関連サービスや加盟店網はそのまま維持される一方で、スタッフなどの内部的なリソースは最適化が進むことになる。

メルペイによれば、同社は特にOrigamiで培われた信金網を重視しており、これがメルペイの目指す地方のキャッシュレス化や今後の地域連携を強化する鍵になるという。信金そのものはメガバンクに比べれば利用者数は少ないが、個々の連携交渉には非常に時間と手間がかかるため、Origamiの取り込みによってこれをスキップできる効果が大きいという。また、メルカリやメルペイは「メルカリ・メルペイ教室」のような地域密着型サービス普及講座を定期的に実施しており、地元でのキャンペーン展開も含め、今後選択可能なオプションは多いようだ。

最終的に、2020年内のいずれかのタイミングでOrigami Payはメルペイに統合され、単体のOrigami Payアプリならびに、OEMとして提供されているサードパーティのアプリ内決済機能もメルペイになることが見込まれる。メルペイとOrigamiの両社はブランド統合を明確に宣言しているため、実質的にOrigamiロゴはアプリからも店頭からも徐々に姿を消していくことになるだろう。

提携後のメルペイとd払いはどうなる?

一方で、提携を発表したNTTドコモとメルカリだが、それぞれが持つ「d払い」と「メルペイ」の統合は行なわないと宣言している。両社は提携にあたり5つの取り組みを発表しており、「メルカリIDとdアカウントの連携」「dポイント連携」「スマホ決済連携」「ドコモショップでの連携」の4つの連携を行ないつつ、FinTechに絡むデータマーケティングなどの共同開発を目指すとしているが、ドコモからの資金投入は行なわれない。あくまで対等の立場で提携し、互いの弱点を補うことが目的だとしている。これがメルペイによるOrigami買収とのスタンスの違いだ。つまり、2つの決済ブランドは当面併存していくことになる。

NTTドコモとメルカリが示す、提携における5つの取り組み

現状のステータスと今後の見通しだが、まず提携を発表したばかりの段階であり、今年5月の連携開始を目標にチーム編成や開発がスタートした状態だ。Origamiとの統合も含め、少なくとも2020年前半はメルペイのアプリやサービスそのものの機能強化よりも、こうした連携や統合に時間やリソースを取られるはずだ。

一方で、2つの決済サービスが独立して存在していることが宣言されていることもあり、キャンペーン等の施策はd払いとメルペイともに別個に行なわれていく。2月20日には“メルカリ”が主催するパートナー向けのイベント「Mercari Conference 2020」が開催される。

2019年2月20日に開催された「Merpay Conference 2019」。実質的なメルペイのデビューイベントとなった

とはいえ、少し将来的な部分に目を向けると、提携の中でリソースの効率運用が図られていくことになる。例えば現状のメルペイでは個別に加盟店開拓が行なって、中小小売を含め商店街などの地元密着型のイベントやキャンペーン展開が多かった。これを提携発表後は「ドコモと、Origamiが持っていた信金中金のネットワークを活用」することで、“メルペイ単独”での加盟店開拓を行なわなくなる。

下記はメルカリの決算発表でも触れていた今後の決済サービスに関する戦略の説明だが、これは決して「もう中小加盟店の開拓は行なわない」というわけではないとメルペイの関係者は説明する。

メルカリが今年2020年2月初旬に発表した決算説明会でのスライドの1枚。NTTドコモを交えた加盟店開拓の話題に触れている

「メルペイでも加盟店開拓で代理店の力を頼っていたこともあるが、費用対効果の面でメリットが薄く、結局自社で加盟店開拓に乗り出すことにつながっていた。NTTドコモとの提携後は、同社ならびにOrigamiの持つ信金中金のネットワークも活用することで、共同で加盟店開拓を進めていく方向を目指している」(同関係者)

原宿の竹下通りをジャックしたメルペイのキャンペーン。こうしたキャンペーンが毎月どこかで続いている(撮影:小山安博)

ただNTTドコモの関係者によれば、過去を含めても同社自らが加盟店開拓に乗り出すことはなく、基本的には代理店経由での営業が中心になっているという。いままで一から十までメルペイ自身が全国をまわって個別に開拓していたものを、地方については既存のNTTドコモの代理店営業網や信金ネットワークを活用しつつ、メルペイもキャンペーン施策の提案やメルカリ教室開催を通じて加盟店開拓を行ない、ブランド認知を高める流れになっていく。

つまるところ、当面はこれまでのメルペイの加盟店開拓やキャンペーンとやっていることは何ら変わりなく、その規模が提携を通じて拡大しただけだ。

メルペイの強みとして、メルカリを含めた周辺経済圏での送客効果をうたっている

提携の未来

メルペイが現在抱える問題としては、メルカリの知名度の割にメルペイの知名度が低いことが挙げられる。仮にメルカリユーザーであっても、得られたお金の出口としてのメルペイを活用しているケースは決して多くなく、まずは認知度を上げることが重要だ。

施策の1つとして考えられるのが、例えば現在メルペイの決済手段の1つとして利用できる「iD」の加盟店網を活用して、iDのロゴとともにメルペイを宣伝するステッカーの配布など、露出機会を増やすことが挙げられる。また、メルペイの加盟店開拓におけるアピールポイントの1つに「(メルカリユーザーの多いエリアを分析して)メルカリで集まった資金でメルペイ加盟店に送客を行なう」というものがあるが、これを有効にするためにもメルカリユーザーへのメルペイ認知向上は重要となる。

「一度でもメルペイに誘導が成功すれば、以後の利用率は向上する」(メルペイ)というが、アプリを含む各所でのさらなるプロモーション活動が必要だ。

営業リソースの効率化という話があるが、地域密着をうたうメルペイが個別の加盟店開拓をどこまで続けられるかという問題もある。メルペイ自身は決済サービス単体での事業ではみておらず、あくまでメルカリを含む経済圏全体のプラス効果を目指している。その意味で、「開発投資がなければすでに営業黒字は達成している」というメルカリは資金的余裕もあり、メルペイそのものをすぐ止める判断に至る可能性は低い。またメルペイ代表取締役の青柳直樹氏は、時間さえあれば地方に日帰りで出向いて自ら営業を行なっているというほど加盟店開拓に熱心であり、このスタイルが提携を経ていきなり変わることもないと筆者は考える。

少しでも時間があれば全国をまわって営業を行なっているというメルペイ青柳直樹 代表取締役

だが筆者が聞くところによれば、両社の提携には「先」があるという。同件に詳しいある関係者によれば、状況をみつつ提携の段階を引き上げる計画が進んでおり、単純なIDやポイント連携、リソースの効率化にとどまらない連携に進む可能性がある。

例えば、間もなくNTTドコモは“d”のブランド名のつくサービスのいくつかの整理統合を間もなく正式発表するが、この過程でオンラインサービスを廃した枠の後釜として、メルカリのサービスを当てはめてくるかもしれない。金融やマーケットプレイスに関するサービス開発をメルカリにそのまま投げてくる可能性もあり、両社の事業領域を互いに侵食しない範囲で不可分の関係に入っていくことも考えられるだろう。

ただし、過去の経緯からNTTドコモがメルカリの買収や、増資や株式購入による資本提携にまで踏み込んでくる可能性は現時点では低く、「資金投入は最後の手段」(関係者)としている。

いずれにせよ、NTTドコモのような巨大な会社が1社ですべてを賄う時代は終わり、それぞれ得意分野を持つパートナーと密に連携することでサービスを強化していく方針に転換し始めたというのが、今回の両社の提携話の根幹だ。これが本当にWin-Winの関係となってユーザーにメリットをもたらすのかどうか、その成果は割と早い時期に見られるだろう。

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)