鈴木淳也のPay Attention

第32回

○○Payのゆくえ。今後1年でモバイル決済の世界に起きること

 ○○Payの世界が急転直下で動いている。

この動きを象徴するのが「メルペイによるOrigami買収」劇だが、実のところ後の調査や報道の数々で「メルカリによるOrigamiの救済合併」の側面だけでなく、“ほぼ無料”に近い買収金額と大部分の社員のリストラを伴う資産の買い取りという意味合いが強いことが判明した。

一般に、決済サービスは先行投資から収益化による回収までの期間が他の業態に比べて長い業界だが、競争激化で収益化までの道のりがさらに長くなり、加えて企業価値を担保にした資金調達が難しくなっていったというのは前回のレポートで紹介した。また筆者が聞き及ぶ範囲では、Origamiは会社の資金管理に甘い部分が大きく、個人的な案件を含む支出の多さやガバナンスの不行き届きという問題もあり、本来の想定以上のスピードで運転資金を食い潰してしまった可能性がある。

PayPayのキャンペーン攻勢がライバルの死期を早めたという指摘もあるが、プレイヤー参入が増えた時点で競争スピードは加速してシェア争いは激化しており、資金力の弱いスタートアップにとっては厳しい状況だったという点では変わらないかもしれない。

携帯キャリアが○○Payで急に大きく動き出したわけ

ここ数週間ほどのニュースを聞いて「日本における○○Payが急速に収束し始めている」と感じているかもしれない。ここ最近の関連ニュースを時系列でまとめたが、お気付きのように話題の中心にはKDDIとNTTドコモという携帯キャリアがいる。PayPayがソフトバンク戦略の中核とするならば、こちらも携帯キャリアの話題だ。これに楽天ペイが加わることで、4大キャリアの決済サービスが集まることになる。

'19年12月16日:au WALLETポイントをPontaに統合。KDDIとローソンがポイント提携

1月28日:au PAY、スーパーアプリになる。WALLETから名称変更。カードもモールもPAY
2月4日:ドコモ×メルカリ キャッシュレス連合誕生。メルカリ・メルペイでdポイント貯まる
2月7日:メルカリ、ドコモ提携で出品強化と宣伝費削減。第2四半期決算

KDDIとローソンが提携。Ponta推進
ドコモ×メルカリがdポイント連合に

「あれ? そのほかの○○Payはどうしたの?」と思われるかもしれない。それらサービスのことを忘れているわけではなく、○○Payの世界はすでに次のステージに進んでおり、決済単体をターゲットとした話から離れつつあり、「決済を含む周辺の行動領域をカバーするサービス群」に食い込むことが重要になってきている。

「ポイント経済圏」という言葉があるが、これはユーザーの消費行動全般をカバーする仕組みとなる。また「スーパーアプリ」というキーワードが注目を集めており、ユーザーの普段使いの中心的デバイスとなったスマートフォンの利用時間を特定の“スーパーアプリ”が占有することが、結果として新しいビジネスに結びつくという考え方だ。

結論からいえば、PayPayの手数料無料攻勢が「決済サービスは儲からない事業」というトレンドを生み出した。決済サービス単体では儲からず、PayPayは自らがスーパーアプリ化することで、ユーザーに極力アプリを利用させることで稼ぐ手段を模索することになった。

一般的な小売店で3-5%程度といわれる手数料で成り立っていた業界が、いくら設備投資が少なかったとしても、手数料無料や還元キャンペーンを乱発していては商売が成り立たない。最初は体力の弱いスタートアップ企業が倒れたが、同じことを繰り返していては携帯キャリアのような大手においても、遠からず赤字撤退が見えてくる。

儲からない事業

いま携帯キャリア大手が大規模キャンペーンを打ち出したり、大規模提携を続けざまに発表しているのも、年度末の予算消化や競争激化の中で存在感を出そうとしているという意味合いだけでなく、次のステージの生き残りをかけた戦略の一環だといえる。自社ですべてを賄うのではなく、餅は餅屋ということでそれぞれの分野で強みをもつ事業者とポイントやID連携を通じて提携し、この接点を通して自社のサービス活用につなげたいという願いがある。

PayPayのスーパーアプリ戦略は「単一のアプリをすべての行動の基点にする」ということでアプリ自身の強化を目指すが、KDDIやドコモのここ最近の動きは「業界でも競合分野の少ないトッププレイヤーと提携することで、自社サービスの利用機会を増やす」ものだ。

ゆえに、例えば今後ドコモでは提携をきっかけにdサービスのいくつかが整理統合され、より自身が注力できる分野に資金や人などのリソースを集中することになるはずだ。同様の動きはKDDIでも起こり、同社が「au PAY」をブランド化して既存サービスをリニューアルしたのも、今後の整理統合を見据えてのものだと予想する。

実際のところ、モバイル決済単体での事業化は非常に難しく、こうした横連携や他の収益源があってはじめて成り立つ状況だ。

モバイル決済としてはメジャーで世界での利用者数の多いApple Payも、それそのものでは設備投資やサービスの維持費を賄うのが精一杯だと考えている。Apple Payではクレジットカードを発行する銀行(イシュア)にInterchange Feeと呼ばれる手数料を請求することで収益を得ているが、これはせいぜい0.1%前後に過ぎない。Samsung Payも同様の手法を用いていると思われるが、収益化が難しいために同アプリ内に広告を表示させてかろうじて利益を得ている状況だという。

日本の○○Payに目を向けると、その多くはやはり決済部分に機能が集中しており、顧客を囲い込むという効果を除けば、単体での収益化はやはり難しい状況にあると考える。典型的なものはGMOペイメントゲートウェイの「銀行Pay」だが、ここでOEM提供される機能は「決済」に限定されており、それ以外の機能については○○Payを提供する各銀行が個別に実装しなければならない。

あくまで決済ネットワークを広げるための手段として提供されているサービスなので当然といえば当然だが、「決済は儲からない」という次のステージを生き抜くにはやや分が悪いのではないだろうか。

GMO-PGの「銀行Pay

2020年の○○Pay

そうした経緯もあり、今後もまだ当面は携帯キャリアを含む各社の提携が相次ぐことになる。2020年に起きるトレンドとしては、今後1-2年先の事業の収益化をにらんだ提携や買収に加え、ポイントプログラムの合従連衡が続くことが挙げられる。例えばリクルートやメルカリと提携したドコモの場合、リクルートの持つWebサービス群やメルカリのマーケットプレイスをdポイントの連携できるサービスとして活用しつつ、リアル店舗の加盟店開拓はリクルートのAirレジやAirペイに任せるといった具合だ。

ポイントプログラムとしては、2020年6月末に終了する中小小売店向けのポイント還元事業が終了するタイミングでスタートする「マイナポイント」が同年の1つの山となる。現行のポイント還元事業が終了することによる反動を軽減するため、マイナンバーカード普及の餌としてポイント還元を行なうものだが、ここでマイナポイントの還元で登録できる決済サービスは“1つ”に限られる。普段使いのサービスを登録する利用者も多いと思われるが、ここでポイント還元対象となる商圏を少しでも広げておけば提携事業者内の立場も優位になるため、現行のポイント還元事業ほど大規模ではないものの、一定の効果はあると考える。

マイナポイント開始のロードマップ(出典:首相官邸)
マイナポイントの事業概要(出典:首相官邸)

ところで、こうした一連の騒動と無縁の状況でダークホースとして活動を続けているのが楽天だ。同社は国内最大級の「楽天カード」を軸に、リアル店舗向けには電子マネー/ポイント事業の「楽天Edy」とアクワイアリングサービスの「楽天ペイ(実店舗決済)」を抱えている。

もともと楽天市場をはじめとするオンライン事業は国内最大級であり、ここ数年はリアル店舗でのポイント加盟店となるパートナー開拓を強化しており、やはり国内最大級のポイントネットワークを維持している。

つまり、他社が現在必死に実現しようとしている商圏の拡大やポイント連携事業を楽天グループ1つだけで達成しており、収益面でも楽天カードのほか、オンライン事業での加盟店からの収入で賄えている。「決済サービス単体でなくグループ全体の金融事業で稼ぐ」をすでに実践している点で、日本の○○Payが突入した第2ステージは、楽天が先行する形だ。

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)