西田宗千佳のイマトミライ

第293回

もはや民泊ではない 「エアビー」がビジネスモデルを変更 基盤は「アプリ」

Airbnbは5月13日には米・ロサンゼルスでイベントを開催。CEOのブライアン·チェスキー氏がプレゼンテーションを行なった

オンラインで旅行関連サービスを提供する「Airbnb(エアビーアンドビー)」が、サービスとその基盤となるアプリケーションを全面刷新した。5月13日には米・ロサンゼルスでイベントが行なわれ、筆者も取材に訪れ、新サービスの一部を体験した。

Airbnbというと、自宅などを貸し出す「民泊」を思い出す人も多いだろう。実際、民泊をビジネスとして立ち上げた同社は、累計20億人の利用者を集める大企業に成長した。

だが、同社はここからビジネスを宿泊とは違う方向に拡大する。そしてその基盤として重要になるのが、スマホアプリでありウェブサービスだ。

今回はロサンゼルスでの取材から、Airbnbと旅行サービスの進む先について考えてみよう。

民泊から「旅の体験」へ舵を切る

Airbnbはこれまで、宿泊を中心にサービスを提供していた。同社の名前に含まれる「bnb」とは、英語で宿泊を意味する「bed and breakfast(ベッドと朝食)」の短縮。リビングに臨時に据え付けたエアベッドを貸し出したエピソードから「Airbed and Breakfast」とし、さらに短縮したのが、今のサービス名の「Airbnb」である。

Airbnbは「Airbed & Breakfast」から生まれた

そこからさらに追加する要素として発表されたのが、「Airbnbサービス」「Airbnb体験」「Airbnbオリジナル」だ。これらはどれも、旅における宿泊以外の要素を指す。実のところ、別に離れた場所に旅をしなくてもいい。「非日常的な体験を提供する」のが主軸であり、自分が住んでいる地域で体験しても問題はない。

これら3サービスの本質は共通。プロによる特別なサービスと、それを求める人をアプリ上でマッチングすることだ。

民泊が「部屋を貸したい人と借りたい人のマッチングサービス」であるように、Airbnbの新サービス群は、同じマッチングサービスを軸として、旅に求められる別の要素を取り込んでいった……と考えればいいだろう。

例えば「Airbnbサービス」。

ビジネスホテルならともかく、一定の付加価値のあるホテル・旅館には「サービス」がある。わかりやすいところでは、特別な食事やマッサージが挙げられる。欧米型の比較的高級なホテルだと、ヘアメイクやネイルサービスなどがある場合もある。

要は「ホテルにはサービスがつきもの」という価値観があり、それをAirbnbのような存在で実現するにはどうしたらいいか……という観点で作られたのがAirbnbサービスだ。

Airbnbサービスでは、ヘアメイクやカメラマン、パーソナルトレーニングなどのプロがサービスに登録、それと利用者をマッチングする。ホテルのサービスではないが、「Airbnbで宿泊先を確保した人に質の高いサービスを提供する」という意味では似ている。

メイクアップやパーソナルトレーニングなどのプロがサービスを提供、Airbnbの上で利用したい人と「マッチング」する

登録できるプロは平均10年以上のキャリアを持っていて、その仕事に関連する免許や資格の提示も求められる。一定のハードルを作ることで質を担保し、付加価値として提供するわけだ。

「普通でない」旅をどう提供するのか

「Airbnb体験」と、そこに含まれる特別なプログラムである「Airbnbオリジナル」は、一般的なサービスを超えるものだ。

Airbnbのプレスイベントでは、まず一般的な旅行の風景が流された。二階建ての観光バスに乗り、お仕着せのツアーを体験し、ありきたりの場所から写真を撮る。少々意図的な映像だが、確かに、「パッケージングされた観光」から受ける印象そのものだろう。

二階建ての観光バスを例に「よくある旅」を皮肉る

その後、同社が提示したのは「個人が選ぶ、専門家とともに進む旅の体験」だ。

ノートルダム大聖堂を訪れる際、修復に実際に携わった建築家が案内してくれるとしたら、それはもちろん特別な体験になるだろう。クスコの寺院を訪れるにしても、車で道をたどるのではなく、アンデス文明の専門家とともに馬で向かう方が確かに「特別」だ。

ノートルダム大聖堂を修復に実際に携わった建築家とともに巡ることもできる
馬でクスコの寺院を訪れるのは確かに特別な体験になるだろう

何かスポーツを体験するにしても、オリンピック出場経験のある選手とビーチバレーをしたり、本物のリングで、本物のルチャドールからルチャ・リブレを学んだりする経験はなかなかできない。

オリンピック出場経験のある選手からビーチバレーを学ぶこともできる
メキシコでルチャ・リブレをプロのリングで体験することも可能だとか

Airbnbの共同設立者で、同社最高戦略責任者(CSO)のネイサン・ブレチャージク氏は、筆者とのインタビューで次のように答えた。

Airbnbの共同設立者で、同社最高戦略責任者(CSO)のネイサン・ブレチャージク氏

「我々はマスツーリズムを提供したいわけではありません。本物の専門家が提供する、その地域の文化を紹介する体験を提供したい」

今回のロサンゼルス取材では、Airbnbが提供する特別なコースの1つを体験した。ファンション・デザイナーのウンベルト・レオンとその家族が運営するレストラン「Chifa」で、彼の母親であるウェンディ・レオンと一緒にエッグタルトを作り、彼や彼の姉である姉のリカルディーナ、シェフであり義理の兄であるジョン・リウと笑談しながら料理を楽しむことができた。

レストラン「Chifa」で、ファンション・デザイナーのウンベルト・レオンとその家族とともに、エッグタルトを実際に作る体験もできた

ミシュラン・ビブグルマンで紹介されている店だから、味はもちろん最高だ。だがそれ以上に、少人数でコミュニケーションを楽しみながら、という体験が素晴らしかった。

料理はもちろん最高

我々が体験したものと同じものは、簡単に予約して楽しめる。人数が揃っていれば自分たちだけで予約できるが、通常は他の人々とツアーを共有することになる。話はシンプルで、本来高価な体験を、たくさんの人と費用を共有することで安価なものにするわけだ。

レストラン「Chifa」での体験もちろん予約可能
各体験は複数人で行なわれ、スロットごとに予約される。そうして1回あたりのコストを分割、コストを下げる

そうやってできるだけ一流の人々を集めつつ、1人あたりのコストは下げようとしている。

ブレチャージクCSOによれば、こうしたオリジナルの体験の平均価格は66ドル。もちろん、もっと高いものはある。我々が体験した「Chifa」でのランチはその1例だ。

だが、安価なものから本当に高価なものまでバリエーションがあることも、Airbnbの狙いの1つであるようだ。

刷新されたアプリ体験がビジネスを支える

Airbnbが特別に付加価値のある体験を旅行に加えるパターンは、一般には「オプショナルツアー」と言われる。

資格を持つガイドを雇い、徒歩でグランドキャニオンを降りてキャンプするツアーもあるし、ロサンゼルスの例で言えば、有名なハリウッド・サインの裏側へと馬で向かうツアーもあるという。

そういう意味では、Airbnb体験が「他にまったくないもの」というわけではない。

だが、アプリで簡単に探し、予約し、管理できるのは大きな違いだ。アプリを開くと、その日どこに泊り、何時からどんな体験が予約されているかのリストも表示される。複数のサービスを組み合わせるのではなく、1つのアプリで行なえるのがポイントだ。出かける前にPCで探すだけでなく、移動中や現地についてから、スマホのアプリで探して参加してもいい。

新アプリでは、予約した宿から各種体験までを一括で管理する

マッチング、という機能自体はシンプルかつ基本的なものだが、その本質は人同士の繋がりである。

今回同社は、サービスの中にSNS的な機能を組み込んだ。ホストファミリーやサービスの提供者だけでなく、同じサービス・体験に参加した人々と写真やメッセージを共有できるようにしたのだ。

同じ体験をした人同士をつなぐSNS的な機能が搭載され、関係をつなぐ仕組みがサービスに組み込まれた

旅先で友人ができ、SNSのアカウントやメールアカウントを交換することは珍しくない。それをもっとシンプルにするのが狙いだ。誰がいつ、どの体験をしたかはAirbnb側には記録されている。だから、いちいちアカウントを交換しなくても、アプリから交流を継続できる。もちろん、利用者がそれを望めば、だ。

Airbnbのようなサービス事業者は、基本的には手数料から収入を得ている。そのためには、利用が増えるほどありがたい。アプリを開く回数が増え、利用回数も増える……という流れだ。

こうした流れが成功するかは、いかに「Airbnbサービス」や「Airbnb体験」をどれだけ充実させるかにかかっている。良い体験・人材のリクルーティングが欠かせないし、「これは儲かる仕事だ」ということが認識されることも重要である。

同時に、それを支えるのは「快適なサービス」であり、「良いアプリ」である。良いデジタルサービスがなければ、すべては成り立たない。

今回同社は、イベントの中でアプリの詳細について、デモをしながら時間をかけて説明した。正直、昨今のプレスイベントの中では異例であり、少しオールドファッションにも思えた。

だがそれくらい、彼らの基盤はテクノロジーにある……ということなのだろう。

システムを完全に見直したことで、サービス全体も全く新しいものになった、とAirbnbは主張する
西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Xは@mnishi41