西田宗千佳のイマトミライ

番外編

2020年「ローカルハード復権」。機械学習・プライバシーとクラウドの螺旋

メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』(夜間飛行)」からの転載です。購読はこちら

2019年の振り返りというか、感じたことをちょっとまとめてみたい。

ここ数年海外取材の量は増え続けてきたが、今年は特に多かった。これ以上増えると破綻する可能性が高いので、2020年は少し減らしたいと思う。が、海外の企業から呼ばれる量が減るとはあまり思えず、しばらくこんなペースなんじゃないか、という気もしてきた。いくつかは案件をくっつけて、日米移動を減らしたい。

自分の移動はともかく、今年の取材で感じたことが一つある。それは、世の中がどんどんサービスドリブンになる一方で、「ローカルのハードウェアのパワーを必要とする」流れになっているのではないか、ということだ。

機械学習で変わった「ハイエンドスマホのあり方」

ハイエンドスマホに目を向けてみると、SoCのレベルでの性能向上がけっこう重要になってきているのがわかる。2019年は半導体製造プロセスの関係で大きな性能アップではなかったが、それでも、2017年・18年に比べ、ハイエンド機種での性能向上はあきらかだ。メモリー搭載量も増えている。

Pixel 4

ポイントは間違いなく「機械学習」だ。一般的なアプリケーションの動作については、CPUコアの性能向上で十分にカバーできる。だが一方で、過去ならばCPUコアで処理していたであろう部分が、機械学習系のロジック+機械学習処理用のコアに回されるようになってきた。カメラ機能、いわゆるコンピュテーショナル・フォトグラフィとしてのスマホカメラはその最たるものだが、音声認識や自然言語処理なども、汎用CPUコアではなく機械学習コアに渡すようになってきている。

Google Pixel 4の画像処理技術とは

正直なところ、機械学習によるスマホの利便性の向上、といっても、まだどうにもピンと来ない、という人の方が多いのではないか。「写真くらいでしょ?」と思っているかもしれない。だが、英語での音声認識はすでにある一線を越え、実用的な範囲になっている。

過去には、そうした処理のほとんどはクラウドに依存していた。だが、特に2019年は、クラウドで処理する部分とローカルで処理する部分を分ける動きが広がった。理由はプライバシーだ。大手プラットフォーマーは、データ収集についてあまり評判が良くない。もちろんデータは集めたいのだろうが、少なくともコンシューマデバイスにおいて、個人の一挙一投足をビジネスに直結させる、という発想がプラスに結びつかない、ということも分かっている。

アップルは自社の差別化のために、以前より「プライバシー保護」を打ち出してきた。そのため、多くの処理を初期からローカルで行なってきたわけだが、その流れに、Googleも乗るようになってきた~。Pixel 4やNest Hub Miniなど、新しいハードウェアは音声処理系などをローカルに持っている(ただし、現状は英語のみ。日本語は2020年になるまで過去のクラウドベースモデルが軸だ)。Pixelはカメラの開発においても、初期からクラウドベースでなくローカルベースにしている。

Googleの判断は、半分は「ローカル処理を増やすことによる反応速度の向上」が狙いなのだが、もう半分はプライバシー問題への対応である。

アップルにAmazon、音声アシスタントの「プライバシー問題」とはなにか

すべてをデバイス上で処理するのは難しいが、それでも、機械学習の推論系をローカルに一部持てるようなハードウェア構成になっていくことで、反応速度向上とプライバシー対策、両方が可能になってきたなら、それを活かすべき……というのが、明確な方向性である。

Pixel 4の革新は「オンデバイスAI」だ。Googleとスマホの未来

推論系をローカルに分散することは、実はクラウドインフラへの負担を減らし、コストを下げる目的もあるのではないか……と筆者は考えている。

AWS(アマゾン・ウェブ サービス)によれば、クラウドによる機械学習系サービスの負荷のうち、大半を占めるのは学習ではなく「推論」だという。高い負荷を求められるのは間違いなく学習なのだが、実際の処理量では推論の方が圧倒的に多い。そのためAWSは、機械学習を使ったサービスを提供する顧客が「推論」をより効率的に処理し、インフラ利用コストを下げられるように、自社で推論専用の半導体を開発した。2018年末に推論専用ASICである「Inferentiaチップ」を発表しているのだが、2019年末、ついに運用を開始した。Inferentiaチップを使ったインスタンスでは、スループットが3倍になり、推論あたりのコストは40%下がるという。

もちろん、各デバイス上に載っている推論系回路は、ここまで効率がいいとは思えない。しかし、デバイスに割り振ってクラウド上の推論に関するタスクを減らしていくことは、結果としてプラットフォーマーにとって、バカにならないコスト削減につながるのではないか……と推察している。

PCでも進む「ハイパフォーマンス重視」

みなさんは普段どんなPCを使っているだろうか? ゲーミングPCのようなガッツリ性能がある機器を使っている人もいるだろうが、ほとんどの人は、一般的なノートPCなのではないか。それで困ることは少ないように思う。

他方で、「PCにしろタブレットにしろ、よりパワフルなものが売れるのではないか」という話を、今年は各所で聞いた。それは主に「スマホとは違う快適さを提供するには、ギリギリのパフォーマンスではなく、ちゃんと差別化できる能力がある機器が求められるのではないか」という話に基づいている。

過去には、「アプリはどんどんクラウド化し、シンクライアントのようなPCばかりになる」という話もあった。今でもそういう傾向はあると思う。だが、その場合には、PCである必然性がなくなる。高価な製品が持つパフォーマンスをちゃんと活かそう、という流れがあるように思うのだ。

そのひとつはPCゲームの復権であり、また別の流れもある。

例えば、ビデオ会議系のアプリケーションでは、どのソフトも今年になって「背景ぼかし」「背景入れ替え」の機能が搭載されるようになってきた。マイクロソフトのTeamsやZoomがその代表格だ。機械学習によって人のシルエットを見分けて、その上で人以外の部分をぼかしたり、別の画像に入れ替えたりする。

それらの機能は、さすがにCore Mなどの低スペックプロセッサーでは動かず、Core iシリーズを使い、ちゃんとCPU負荷・GPU負荷をかけて実現されている。スマホでもできるだろうが、一般化するにはもうちょっとかかるのではないだろうか。

ここでもやはり、「パフォーマンスは必要」という流れが支配的であるように思えてならない。

ローカルとクラウドは「螺旋」、ここから数年はローカルの時代?

一方で、ゲーム業界ではクラウドゲーミング・サービスのように、「ハードを問わない」技術が注目されている。おそらく長期的に見れば、そうした技術が一般化していき、手元の機器がゲーミングPCでなくてもハイクオリティなゲームが楽しめるようになるだろう。

ただ、クラウドゲーミング・サービスには問題も多い。回線事情に伴う遅延はまだ無視できないし、なにより「ハードウェアを持っていなくてもできる」こと以上のメリットを提示できていない。安くゲームができることは大きな価値のように思われるが、結局この種のサービスに飛びつくのは「まずはゲーマー」であり、ゲーマーはハードウェアを持つことを(そんなに)厭わない。ハードを問わないメリットが効く一般層に広げる前に、まずはゲーマーに刺さる特別なメリットが必要になる。

Googleはクラウドゲームの「STADIA」を展開したが……

まあ、クラウドゲーミング・サービスには「機器によって画面サイズが最適化されていないので、文字やUIが見づらくなるが、その調整ができない」という問題が残っていて、これに解決方法を用意しない限り、大きく広がりづらいのでは、とは思うのだが。

結局、クラウドゲーミング・サービスの問題を解決するには、5Gスマホのような「圧倒的に優れたインフラが使える優れたハード」の普及を待つ必要がある。そういう意味でも、もうちょっと先の存在だ。

これでなんとなく見えてきたと思う。

「クラウドとローカル」の関係は、螺旋のようにつながっている。クラウドが価値を持つ時代が続くと、今度はその先を必要とするためにローカル機器の性能が重要になって、それが普及すると、今度はテクノロジーが反映された結果、クラウドにより高い価値が生まれる。

2019年後半からは、「再びローカルのハードウェアが価値を持つ時代」になってきたのではないか、と思える。もしかするとそれは2018年から始まっていたのかもしれないが、明確化したのは2019年だ。そして、2020年は(逆説的に思えるが)5Gを軸にさらに「ローカルハードが重要」とみなされる時代がやってくる。ふたたびクラウドの時代になるのは、2023年以降ではないだろうか。

そう考えると、ハイエンドなハードウェアを多くの人に届ける施策が重要になる。ゲーム機のようなプラットフォーム化や、通信費によるサブシダイズ(補助・補填)はその好例だ。クラウドが重要なタイミングではローカル機器へのコスト対策は限定的でいいが、ここからは逆なのではないか。

そう考えると、総務省がやった「分離プランの導入」は、タイミング的に最悪だったのではないか、とも思える。

この予測が当たるのかどうかは、2020年の前半の間に、5G推進と分離プラン徹底の間で政策がどう動くのか、諸外国に比べての5Gの初動がどうか、といった点から見えてくるだろう。

小寺・西田の「マンデーランチビュッフェ」

コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。
家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。1週ごとにメインパーソナリティを交代。

西田の論壇は「『ローカルハードへの回帰』が見えた、2019年後半のテクノロジー業界」。西田が2019年の取材内容を「ガジェット」軸で総括。クラウドからハードへの移行トレンドについて解説。小寺の論壇は「モバイルバッテリーを使い切る日々から見えること」。モバイルバッテリーを「通信機器以外」にも使う小寺が、その現状と使い勝手について語る。

01 論壇【西田】
 「ローカルハードへの回帰」が見えた、2019年後半のテクノロジー業界
02 論壇【小寺】
 モバイルバッテリーを使い切る日々から見えること
03 対談【西田】
 次回対談は1月掲載の予定。現在準備中。
04 ニュースクリップ
05 今週のおたより
06 今週のおしごと

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41