石野純也のモバイル通信SE

第34回

Xperia 5 Vの転換 カメラ削減の理由とコンパクトハイエンドの困難

Xperia 5シリーズの最新モデルとなるXperia 5 Vが発表された。日本での展開も予定している

ソニーは、Xperia 5シリーズの最新モデルとなる「Xperia 5 V」を、9月1日に発表した。コンパクトハイエンドとして、Xperia 1シリーズと仕様上の共通点が多かったXperia 5だが、最新世代のXperia 5 Vでは、その差が大きくなった。特に顕著なのが、カメラだ。Xperia 5 Vでは、先代の「Xperia 5 IV」まで搭載されていたトリプルカメラを止め、カメラは広角と超広角のデュアルカメラになっている。

「カメラを減らす」 Xperia V決断の理由

ハイエンドの「Xperia 1」とコンパクトハイエンドの「Xperia 5」の差が広がり始めたのは、昨年モデルから。これまでは、筐体サイズやそれに伴うディスプレイサイズ、解像度やバッテリー容量以外の多くが共通していたが、Xperia 5 IVでは、「Xperia 1 IV」で初採用された85mmから125mmでズームする望遠カメラが非対応になった。ただし、ズームカメラ自体がなくなったわけではなく、同機にも広角カメラ基準で2.5倍となる60mmの望遠カメラが搭載されている。

昨年のXperia 5 IVの望遠カメラは、60mmの単焦点だった。望遠側を強化していたXperia 1との差別化が図られた格好だ

これに対し、Xperia 5 Vでは望遠カメラそのものがなくなり、デュアルカメラ化している。光学的な望遠レンズがなくなったことで、その見た目も、これまでのXperia 1と5以上に違いが大きくなった。チップセットなどは共通化している部分は残されているものの、単にサイズが小さなXperia 1ではなくなったと言えるだろう。

Xperia 5 Vでは、望遠カメラ自体がなくなり、カメラ回りのデザインもXperia 1 Vとはテイストを変えてきた

望遠レンズを廃した理由は、主に2つある。

1つが、広角カメラの画素数が向上したこと。Xperia 5 Vには、「Xperia 1 V」と同じソニーの「Exmor T for mobile」が搭載されている。これは2層トランジスタ画素積層型のセンサー。トランジスタを上下に分割することで、1層あたりの面積を広げ、光を取り込みやすくなっているのが特徴だ。一般的には、センサーサイズが大きくなればなるほど暗所には強くなるが、Exmor T for mobileは、縦横の二次元だけでなく、層を加えた三次元で性能を改善したセンサーと言えるだろう。センサーサイズこそ1/1.35型と1インチよりは小さいが、暗所に強いのはそのためだ。

広角カメラはXperia 1 Vと同じExmor T for mobile

このExmor T for mobileは、画素数が4,800万画素と大きい。ただし、スマホの高画素なセンサーは、サイズの大きな写真を撮るためというより、画素を束ねて使い、感度を上げるために採用されている。これは、4,800万画素のカメラを搭載したアップルの「iPhone 14 Pro」や、2億画素のセンサーを採用したサムスンの「Galaxy S23 Ultra」でも同じ。このような技術は「ピクセルビニング」と呼ばれ、ハイエンドモデルはもちろん、ミッドレンジモデルでもおなじみの技術になっている。

Xperia 1 Vでは、2倍ズーム時にピクセルビニングを解除。通常時は1,200万画素だったセンサーが4,800万画素になり、その中央部を切り出すことで疑似的に2倍のズームしているようになる。引き伸ばしているわけではなく、センサー中央部に写ったものを切り出しているため、原理的には劣化も起こらない。先に挙げたように、Xperia 1 IVでは60mmの2.5倍望遠だったが、2倍の切り出しズームができるのであれば、ハードウェアとしてもう1つセンサーとレンズを載せる意義はなくなる。広角カメラの性能が上がったことで、60mm程度の望遠カメラは中途半端になってしまったというわけだ。

2倍ズームの際にはピクセルビニングを解除し、4,800万画素の中央を1,200万画素ぶんだけ使用する。これによって、画質の劣化がないズームが可能になる

実際、スマホに載る望遠カメラはセンサーサイズが小さかったり、レンズが暗かったりと、広角カメラより性能的には劣ることが多い。メインで使われるカメラは24mm前後の広角カメラで、コストもそこにかけられているからだ。センサーサイズが小さく、レンズも暗い望遠カメラを使うよりも、2倍程度のズームは性能の高い広角カメラから切り出した方がいい。Xperia 1 Vでは、2倍が広角の単純なデジタルズームだったが、他社のスマホでも、2倍ズームは切り出しに任せていることが少なくない。

「コスト」と売り方の変化

望遠レンズを廃したもう1つの理由は、コストだ。

ズームと言っても、スマホのそれは一般的に、センサーごとカメラとレンズを切り替えている。カメラは載せれば載せただけ、コストがかかってしまうと言えるだろう。むろん、Xperia 1 Vのように、望遠カメラまで載せる判断はあるが、そのスペックは価格に跳ね返ってくる。同モデルのドコモ版は、22万円弱。フォルダブルスマホに迫る価格設定になっており、気軽には手を出しづらい。

Xperia 1 Vは20万を超えている。より広い層に向けたXperia 5 Vは、どこかでコストを抑える必要があったと言えそうだ

特にXperia 5 Vのように、コンパクトでより幅広い層に訴求したい端末の場合、どこかでコストを抑えなければならい。Exmor T for mobileの採用で出番が減る望遠カメラが、“リストラ対象”になったというわけだ。

すでに価格が発表された欧州では、発売時点の価格は999ユーロと案内されており、Xperia 5 IVのときよりも50ユーロほど値下がりしている。大胆な値下げというわけではないが、ソニーがXperia 5 Vをより手に届きやすいハイエンドモデルに位置づけようとしていることが分かる。

こうした特徴を踏まえ、ソニーはXperia 5 Vのマーケティングを大幅に路線変更した。これまでは、カメラ好きに刺さるようなXperia 1の延長線上だったプロモーションを改め、ポップなビジュアルで、若年層にも刺さるよう、Xperia 5 Vで“できること”を前面に押し出している。

例えば、カメラで言えば「大切な思い出をありのままに残すからシェアしたくなる」がキャッチフレーズ。Exmor T for mobileや、2層トランジスタ画素積層型センサーだったりの技術的な解説もゼロではないが、Xperia 1 Vのときと比べるとかなり少なくなっている。

技術の先進さを訴えるのではなく、できることを前面に出したプロモーションを行ない、Xperia 1 Vと差別化を図った

また、「いい音で感動。もっと頑張れる」というフレーズとともに、過去モデルに搭載されていたAIでハイレゾ相当に楽曲の音質を向上させる「DSEE Ultimate」を改めて紹介するなど、新技術かどうかに関わらず、若年層に受けそうな機能を掘り起こしている。

端末そのもののデザインを変えた以上に、訴求方法の方針転換は大きい。Xperia 5を単に小さなXperia 1と捉えるのではなく、ハイエンドモデルの中の普及機と位置づけ直したと言えるだろう。もっとも、その戦略がどの程度成功するのかは、販売価格に左右される側面もある。プロモーションのようなカジュアルさを価格でも出せるのかは、注目しておきたいポイントだ。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya