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月から帰った「アルテミスII」その成果 トイレ問題はどう解決した?
2026年6月4日 08:20
NASAの有人月探査ミッション「Artemis II(アルテミス II)」は、2026年4月1日に米フロリダ州のケネディ宇宙センターからSLSロケットで打ち上げられました。アポロ計画以来初の有人月飛行ミッションとして、NASAからはリード・ワイズマン船長、パイロットのビクター・グローバー宇宙飛行士、ミッション・スペシャリストのクリスティーナ・コック宇宙飛行士、カナダからミッション・スペシャリストのジェレミー・ハンセン宇宙飛行士の4名がOrion(オリオン)宇宙船「Integrity(インテグリティ)」に搭乗し、月の裏側上空を通過し地球に帰還する飛行を実施しました。
4月6日の月の裏側フライバイでは、地球から約40万7,000kmの最遠距離記録を更新。乗員は月面の地質観測、日食観測、今後の宇宙船と月着陸船のドッキングに向けた運用実証などを実施。約9日間、約111万kmの旅を経て4月10日にサンディエゴ沖の太平洋に着水し、無事に帰還しました。
Artemis IIミッションで達成しArtemis IIIに向けて積み上げた成果を振り返ってみましょう。
オリオン有人初飛行――“人を乗せて月へ行き、帰る船”になれたか
「Orion(Multi-Purpose Crew Vehicle:MPCV)」とは、ロッキード・マーティンが開発し、欧州宇宙機関とエアバスが製造に参加した新型のカプセル型宇宙船です。形状はアポロ計画時と似ていますが、4人のクルーが搭乗して最大21日間活動できるより大型の機体となっています。Artemis IIの機体インテグリティは、クルーが10日間、宇宙で暮らす実証の「家」となりました。
ECLSS
初のOrion宇宙船の有人飛行では、宇宙船が人の暮らす環境をしっかり維持する「ECLSS(環境制御・生命維持システム)」機能を維持できることが実証されました。もっとも大事なのは宇宙飛行士にとって必須となる「呼吸可能な空気」を生成する生命維持システムの性能です。
大気再生(CO2/湿度除去)、キャビン圧力・温度管理についてミッション中に問題発生の報告はなく、4名のクルーが10日間、深宇宙環境で生活し健康に帰還しました。宇宙船の放射線レベルを監視しつつ放射線シェルターの試験も実施されています。
10日間の生活を支えた食事も注目されました。189種類の食品が搭載され、BBQビーフやソーセージなどの肉類、トルティーヤなどのパン、ブロッコリーや豆、かぼちゃなどの野菜類、フルーツサラダなどバランスよく準備されていました。味覚が鈍くなりやすい宇宙で刺激的なホットソースや風味を増す甘いソース、ジャム類も用意され、10種類の飲み物も用意されました。
中でも最も話題になったのは、4月6日に船内映像に現れたチョコレート風味のヘーゼルナッツスプレッド「ヌテラ」の容器でしょう。特徴的な赤い文字のラベルがしっかりカメラを向いて漂う様子に、発売元のFerrero社も大喜びしたようです。
映像にはありませんが、クルーが無事に帰還した後の報告会では、太平洋に着水後、救援隊がハッチを開けるのを待つ間にコック宇宙飛行士が宇宙服のポケットから「ピーナッツM&Mを持ってるけど、誰か食べる?」と取り出した、というエピソードをワイズマン船長が披露しています。月から帰ってきたその日に、クルーと食べたチョコレートに「私たちは幸せだった」というワイズマン船長の思いが重なります。
一方で顕在化した課題は、「暮らし」に欠かせない廃棄物管理系統、つまりトイレのことでした。オリオンのトイレは「Universal Waste Management System (UWMS)」といい、アポロ計画時にはなかった深宇宙のトイレで、技術的には国際宇宙ステーション(ISS)から受け継いでいます。
ISS滞在では大と小を別々に実行する、というのが訓練に組み込まれているくらいシステムの制約が厳しかったのですが、UWMSはさらに進化して大小を同時に使用できるようになりました。これで手間と時間をはるかに削減できるようになったのですが、打ち上げ直後にトイレのファンの異常が発生します。
クルーが「トイレ系統に関する故障灯の点滅」を報告したのは、遠地点上昇噴射前のことでした。地上チームがコントローラーの問題と特定し、固体廃棄物(大)には使用可、尿は使用不可となってしまいました。クルーは当面、緊急用の収集機器を使用せざるを得なくなりましたが、その後は地上の手順に従っていったん復旧しました。
さらに月へ航行中のミッション3、4日目でクルーはすでに地球から約32万kmの場所にいるところでした。この段階で「トイレからの廃棄物排出に問題が出ている。ベント(排出)ラインで尿が凍結していると思われる」という課題が見つかります。
ワイズマン船長によれば「トイレ自体の洗浄は問題なかったが、液体がトイレ底部から出た後、ベントラインで詰まった。このラインは尿を宇宙空間に直接排出する設計だった」といいます。解決に向けてオリオンの船体を回転させ、凍結部位を太陽に向けて加熱する方針を取ることになりました。ただ、この問題は尾を引きます。
歴史的な月フライバイの翌日、NASAが考案した対策(加熱による氷塊解消)は問題を部分的にしか改善することができませんでした。4月7日時点でトイレ自体は使えるものの、宇宙空間への尿の排出が正常に行なえていませんでした。NASAは尿タンクの半分まで排出できた段階でいったん作業を中止し、クルーには引き続き緊急用機器の使用を指示します。
トイレ問題の根本原因は現在も調査中であり、設計上の問題なのか運用条件で緩和できるのかはわかっていません。ですが、収納式緊急用採尿器はクルーに余裕を持って配備されていたため、ミッションを無事に継続することができました。
「シスルナ空間でトイレが壊れた状態では緊急予備が必要」という設計思想が、実運用で機能したのです。Artemis IIIミッションに向けて、NASAは公式に是正措置を表明しています。生きるために欠かせないトイレ問題は、月面ミッションでの長期運用前に解決すべき課題となっています。
NASAはECLSSのパフォーマンス評価をまだ公表していません。おそらくは回収したオリオン機体のハードウェア検査を経て、技術論文などで明かされていくことになるでしょう。
手動操縦によるRPO実証
パイロットのビクター・グローバー宇宙飛行士とコマンダーのリード・ワイズマン船長が地球の軌道上で切り離された上段ロケット(ICPS)を将来のミッションでドッキングする宇宙船の模擬ターゲットに見立て、「RPO(ランデブー・近接運用)」の一環として手動操縦のテストを実施しました。
宇宙飛行士はオリオンを手動モードに切り替えて飛行経路や姿勢を直接制御するテストを行ないました。手動モードとは、宇宙飛行士が宇宙船の飛行経路と機体の姿勢を直接制御・操縦するモードのことです。グローバー宇宙飛行士が回転用ハンドコントローラーと並進用ハンドコントローラーを使い、自由浮遊するICPSに対し手動でオリオンを正対させた実証はSFさながらの宇宙船の操縦そのものでした。
所要時間は約70分の実証を通して、約90mの距離から接近したオリオンは、ICPSまで約9mの距離まで接近させることができました。ICPSには、ISSにドッキングする宇宙船向けと同じターゲットが設置されていて、ターゲットをカメラの中央に捉えた画像が報告されています。
ここでその性能を発揮したのは、欧州が製造したサービスモジュール(ESM)の推進系(スラスタ)でした。極めて高精度に位置を調整し、ICPSに向かって・周回して・離脱する3パターンの操作を実施することができました。
RPO実証の評価について、NASAはデータの詳細分析に着手しているという段階です。ドッキング誤差や相対速度といった定量的な精度に関する数値は、現在まだ公開されていませんが、グローバー宇宙飛行士自身の言葉で「機体の性能はシミュレータより良い」と制御の精度もカメラシステムの鮮明さなどを高く評価しています。
将来、月の軌道上でオリオンと着陸機(HLS)がドッキングするという高度なミッションに向けて必要な成果を獲得した期待が高まります。
地球帰還と再突入
Artemis II、オリオン/インテグリティ号の帰還は、米国東部時間の4月10日15時ごろに、再突入に向けた最後の軌道修正から始まりました。19時30分ごろにはクルーモジュールとサービスモジュールを分離し、20時ごろに時速約38,600kmで地球の大気に再突入し約6分間の通信途絶を経験します。
乗員は最大3.9Gを経験したといいます。20時すぎにはパラシュートを順次展開し、20時7分には時速32kmで穏やかな天候の太平洋上(サンディエゴ沖)に着水しました。待機していた救出チームが駆けつけ、着水から約1時間半後の21時34分、4名のクルーはオリオン宇宙船から無事に脱出、ヘリコプターに搭乗して空母ジョン・P・マーサへと移送されました。
Artemis IIでは、Artemis Iで判明したオリオンのヒートシールドの課題を低減するため、再突入の軌道を変更することになっていました。それでもオリオンが大気と接触してから数秒以内に、クルーモジュールの耐熱シールド全体が約2,700度もの温度に達します。再突入後に回収され調査された機体からは、耐熱シールドが課題を緩和したことがわかったといいます。
クルー全員が立ち会った回収直後の目視検査でワイズマン船長は「素晴らしく見えた」と役割を終えたヒートシールドを評価。詳細な検査結果の発表は今後ですが、NASAの改修案は無事に機能したとみられています。
アルテミス計画の中で初の有人飛行を終えたインテグリティ号は現在、ケネディ宇宙センターで解体・分析フェーズに入っています。今後は機体全体が再使用されることはありませんが、内部のコンピューターなどの機器を取り外し、後続のArtemisミッションに再使用され蘇ることになっています。
科学ミッション――写真が示した月フライバイの成果
Artemis IIは宇宙船の機能実証だけでなく、月面の科学観測や船内実験を行なう宇宙科学の実践の場でもあります。
4月6日、オリオンは月の裏側を回り込み、約7時間にわたってフライバイ観測を実施しました。クルーは月面から6,545km(4,067miles)の高度を通過しました。これはApollo 13号の高度251kmよりも遠く、月面全体を俯瞰できる高度です。クルーは2人ずつペアで、全員参加で観測活動に臨みました。
この月の裏側フライバイで、地球からの最大距離記録をアポロ13号の実績を超える406,777kmに到達しています。クルーはEarthset(月の地平線に地球が沈む様子)を観測し、オリオンが月の裏側に隠れ、地球と直接通信できない約40分の通信途絶の間に、大量の写真を撮影する観測を行なっています。その後、月がOrionから見て太陽を遮る約54分間の日食状態に入り、これも観測しました。通信回復後は地表観測を続け、フライバイを離脱して一連の活動を終えました。
月の裏側観測
なぜ月の裏側で観測活動を行なったのでしょうか。クルーはクレーターや古代の溶岩流などの地形を分析・撮影します。訓練に基づき、形・テクスチャ・色のニュアンスを記述する──こうした情報こそが、その地域の地質史を明らかにするという目的があります。
月面の緑や茶色の色合いを観察記録し、これまで見えなかったクレーターを記録、さらに微小隕石による衝突閃光と見られる発光を6件発見することができました。NASA地上チームが画像と音声を解析し、いつ・どこで起きたかをマッピングしています。
オリエンターレ盆地(東の海)のリング構造を撮影し、10時方向の2つの小クレーターについて、オリオン宇宙船の名前「Integrity」と、ワイズマン船長の亡くなった妻にちなんで「Carroll」と命名提案を行ないました。
月の裏側はこれまでにも無人探査機が観測を行なっていますが、人の目を通して観測することで、地質学の訓練を受けた人物が現場で口頭で地形や様子を描写し、適切な地形を選んで撮影し、報告を行なうという意味合いがあります。Artemis III以降の月面着陸で表面踏査をするクルーのリハーサルにもなっているのです。
日食
オリオンが月の裏側を通過すると、月が宇宙船と太陽の間に入り、クルー視点では月が太陽を完全に遮る、日食が起きることになります。
月面の周りには輝くハローが現れるのですが、サイエンスチームはこの効果が太陽のコロナなのか、黄道光なのか、両方の組み合わせかを調査したい意向があるとのこと。地球上で大気を通した日食ではないため、大気による散乱や歪みの影響を受けず、より高コントラストで高精細な観測が可能とのことです。
クルーはコロナの流線構造を観察することができたといい、水星、金星、火星、土星もカメラで捉えることができました。深宇宙環境で星や惑星、太陽などを同時に観測することができました。
月面撮影と日食撮影の画像データは、5月に公開されました。その数は約1万枚。地球撮影画像と合わせて1万2,000枚が公開されています。
船内実験
ミッション中は、月・太陽系の観測に加えて、深宇宙環境下での人体への影響を詳細に調べる宇宙飛行士の健康に関する研究も実施されました。クルー自身の活動・睡眠パターンの記録、血液・唾液による免疫変化の調査、健康データの収集、生物の組織サンプルに対する放射線や微小重力影響の調査、船内外の放射線モニタなどが実施されています。
月へ航行中の3日目と5日目には、クルーによる心肺蘇生法や宇宙服の迅速な着用と与圧の実証が実施されています。
帰還直前のタイミングでは、2人ずつ交替で「起立性耐性低下防護服(Orthostatic intolerance garment)」の評価を実施しました。起立性不耐とは、宇宙飛行士が微小重力環境で長期間過ごして帰還した後に、直立姿勢でめまいや失神が起きてしまうという生理学的問題です。下半身に圧迫を加える特殊な衣料を身に着けてこれを防ぐことができます。
Artemis IIミッションは10日程度と比較的短期間ですが、初めて防護服を実運用できる機会です。実際に着用して体の寸法を測り、装着感や着脱性を評価する、いわば試着試験だったわけです。
打上げから約5時間後には、ドイツ、韓国、サウジアラビア、アルゼンチンの4カ国が提供したキューブサット(超小型衛星)が地球軌道に展開されました。これはクルーが放出したものではなく、オリオン分離後のSLSロケットから自動的に展開されたものです。Artemis Iの際にも日本の衛星を含むキューブサットが展開されました。商用衛星の軌道とは異なる、貴重な科学衛星向けの相乗り機会となりそうです。
Artemis IIIに向けて
Artemis IIは無事にミッションを終え、後続のミッションへバトンをつなぐ役割を果たしました。NASAは6月9日午前11時(日本時間6月10日0時)に、Artemis IIIミッションの最新情報と4名の宇宙飛行士を発表する予定です。オリオンと月面着陸機HLSのランデブー・ドッキング能力を地球周回軌道上で実証する予定で、Artemis IIのRPO実証データが活かされるミッションとなるでしょう。

















