石野純也のモバイル通信SE

第35回

ソフトバンクが“つながる”理由

4月に英OpenSignalが発表した調査では、「一貫した素晴らしい品質」でソフトバンクが1位を獲得。ドコモやKDDIを抜いたことで、大きな話題を集めた

ドコモのネットワーク品質低下が問題になる中、安定した通信品質で評価を上げているのがソフトバンクだ。同社は、英Opensignalが発表した4月の「モバイル・ネットワーク・ユーザー体感レポート」でドコモを抜き、1位を獲得。特に都市部では安定した通信ができ、SNSなどを見ても不満を訴える声は少ない。かく言う筆者も、7月にメイン回線をドコモからソフトバンクに変更。都内でのパケ詰まりはほぼなくなり、デュアルSIMで予備の回線に切り替える頻度は大きく下がった。

コロナ禍での行動制限がなくなり、トラフィックのパターンが大きく変わったのは4社共通。ソフトバンクも、この点では苦労したという。ソフトバンクで常務執行役員兼CNO(チーフネットワークオフィサー)を務める関和智弘氏は、「(コロナ禍では)繁華街のトラフィックが軽減したように見えたが、5類への移行を皮切りに、コロナ前よりトラフィックが多くなって街中に戻ってきている」と語る。

コロナ禍でリモートワークや動画視聴などの習慣が定着し、トラフィックが増加。行動制限解除を機に、そのトラフィックを抱えたまま人流が都市部に戻ってきた。この相乗効果がキャリアの対策を難しくしている
飛び道具はなく、地道な対策の積み重ねをしてきたと語る関和氏

トラフィックの変化は各社共通。ソフトバンクはつながる

コンテンツの大容量化やサービスの多様化、スマホの高性能化などに伴い、総トラフィックは年々上昇している。

キャリアごとに傾向は異なるが、ソフトバンクの場合、「年々1.15倍ぐらいの率で増えている」(関和CNO)という。約3年でユーザーのデータ使用量が徐々に増えていったが、それがコロナの5類移行に伴い、一気に都市部に流れ出したというわけだ。

トラフィックの量だけでなく、その発生場所まで大きく変わってしまったことが対策を難しくしている。こうした傾向は、ドコモでも語られていた。

ソフトバンクのトラフィックは年1.15倍ずつ増加しているという

その変化を可視化したのが、以下に掲載したスライドだ。コロナ禍では高トラフィックな基地局が点在していたのに対し、5月以降はそれが都内各地に広がっている。特に山手線など、主要路線の沿線でトラフィックの増加が顕著なように見える。特に新宿駅や渋谷駅、東京駅といったターミナル駅周辺には、高トラフィック基地局が集中。トラフィック増加と人流の変化が、ダイレクトに影響している様子が見て取れる。

人流の変化に伴い、高トラフィック基地局が一気に都市部に広がっている様子が確認できる

起こっている現象は同じだが、結果は分かれた。

ドコモの通信品質には不満が高まっている一方で、ソフトバンクのパケ詰まりを訴える声は少ない。

ソフトバンクでは、これを独自に指標化。同社がもっとも重視しているという体感品質を、ネットワークの応答速度で示したのが下図右側のグラフだ。赤色で示されている700ms以上は、実質的にほぼ通信ができなくなっているのに近い状態。400msから700msの黄色い部分も、速度低下を体感できる部分だ。

インターネット側からの応答速度をベースに、ソフトバンクが快適さを独自に指標化。B社はドコモで、遅延が大きくパケ詰まりしていることが分かる

競合他社の名称は隠されているが、コーポ―レートカラーで判断するに、A社はKDDI、B社はドコモ、C社は楽天モバイル。特にドコモは700ms以上の割合が高く、パケ詰まりが頻発していることが分かる。また、400msから700msの割合も突出して高い。ユーザーの体感が劣化しているというわけだ。

逆にソフトバンクとKDDI、楽天モバイルは300msと300msから400msの割合が8割前後で、比較的安定している様子がうかがえる。中でも、ソフトバンクとKDDIは700ms以上の遅延が起こるパケ詰まりの割合を5.8%まで減らしており、優秀だ。

ソフトバンクが“つながる”理由

では、なぜこのような差が生まれたのか。ソフトバンクに画期的な技術があるように思えるが、関和氏は「飛び道具はない」と語る。「地道に基地局を追加し、そこに届く電波を増やす」という、ある種当たり前の対応をしているという。

ただ、5Gのエリア展開は、ドコモと真逆の方針で、エリア拡大を重視してきた。「アイランド的にある5Gの外側は電波が弱いが、5Gをつかめる状態になってしまう。5Gの専用周波数帯は周波数が高く、電波が弱いところでつかませすぎると急に通信が止まってしまうなど、維持が難しくなる」からだ。

ソフトバンクは、まず5Gの面展開を重視した。結果として、これで5Gのセルエッジ(エリアの端)が少なくなり、通信が不安定になることが減ったという

そのため、同社ではまず4Gから転用した700MHz帯や1.7GHz帯を活用し、エリアを拡大した。一方、都心部では、それだけだと帯域が不足してしまう。こうした場所では、「基地局をグループにすることで、セルエッジの発生を抑えられる」という。周波数帯を重ねて5Gのエリアが途切れないようにすることで、端末が4Gに切り替わらないようにしたというわけだ。これによって、5Gにトラフィックを流すことができる。

また、NSA(ノンスタンドアローン)と呼ばれる5Gの方式では、いったん4Gに接続したあと、5Gの周波数帯を足し合わせて通信している。これを「アンカーバンド」と呼ぶ。ただ、アンカーバンドとして使えるのは特定の周波数帯だけ。「局所的に5Gのユーザーが集まると、(アンカーバンドがひっ迫し)LTEが動かなくなってしまう」という現象も起こる。

そこでソフトバンクは、あえて5Gに接続させないようにするなど、4Gと5Gのバランスを取りながら徐々に5Gへの移行を進めていったという。

アンカーバンドと呼ばれる4Gの周波数に通信が集中してしまう現象も起こるという。ソフトバンクはこのバランスを取りながら、5Gを拡大してきた

こうした対策の前提として、「分析が重要」になる。トラフィックの分析は基地局側でもできるが、それだけだとパケ詰まりが「どの場所で起っているかが分からない」。特に都市部では、1つの場所を複数の基地局で重ねてカバーすることも多いからだ。もし、パケ詰まり発生地点で、他の基地局が空いていればそちらでカバーすることもできる。こうした情報は、ネットワーク側からでは見えてこない。

「それを補完するのが、端末の品質データ」だといい、細かく区切ったメッシュで通信が不安定な場所を特定。両方のデータを「重ね合わせることで、対策を進めている」という。

ドコモの対策では、スタッフが総出で現地におもむき、チューニングをかけるごとに品質をチェックしていた。ソフトバンクは、この部分をある程度自動化できているのが、ドコモとの大きな違いだ。AIも取り入れ、「対策のサイクルを早めている」という。

基地局側だけでなく、端末側のデータも合わせて見ることで分析を精緻化している。これによって、対策を取るべきエリアを見極めやすくなったという

差に繋がったソフトバンクの「成り立ち」

加えて、ソフトバンクは比較的範囲の狭い基地局を多数展開しているため、トラフィックの対策がしやすい。これは、同社が「そもそもの成り立ちとして、色々な会社を買収している」影響も大きいという。

母体となったボーダフォンに加え、ウィルコムやイーモバイルも吸収した結果、トラフィック対策に「もっとも効果的な場所を選びやすいのは、ネットワーク構造の違いとしてある」。例えば、新規で基地局を建設する際も、「3社が元々使っていた局をベースに展開している。その範囲を超え、新たな局を追加しなければいけない状況はそれほど多くない」という。

関和氏の言うように「飛び道具」ではなく、コツコツと対策を積み重ねることでネットワーク品質を向上させてきたソフトバンクだが、地道なだけに、他社がキャッチアップするのには時間もかかりそうだ。この点は、ソフトバンクにとっての強みと言えるだろう。

特にドコモは、5Gのエリア設計思想が大きく異なっていたうえに、トラフィック分析でも後手に回っている印象を強く受けた。可視化がしづらいこともあり、端末や料金のような“即効性”はないが、ネットワーク品質も競争軸の1つであることは事実。じわじわと評判が広がることで、ソフトバンクがユーザー獲得を有利に進められる可能性もありそうだ。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya