キャッシュレス百景

第3回

「めんどくさい」を駆逐するためのキャッシュレス by 西田宗千佳

日常的にキャッシュレス決済を使っている。現金を出す機会は、週に数回程度ではないだろうか。キャッシュレス決済を取材する立場でもあるし、テック系の記者は技術的な素養もある。だから、普通の人よりは使うためのハードルは低いのだろうと思っている。

とはいうものの、結局、本当に便利だと思わなければ使い続けないものだ。他の方もそう指摘しているが、キャッシュレスとは「便利さ」が根源であり、それなしには有り得ない。というわけで、筆者(西田)が日常的にどう考えてキャッシュレス決済を使っているのかを、少し解説してみたいと思っている。

「めんどくさい」は人類最大の敵である!

唐突だが、人類の敵はなんだろう? 筆者は、人類最大の敵は「めんどくさいという感情」だと思っている。めんどくさいことが世の中の動きを止め、偏見を生み出し、戦いを生み出す。(なんかデカイ話をしてるが、割と真面目にそう思っている。本当に。)

筆者は本質的に人一倍ズボラなので、「めんどくさい」ことはしたくない。「え、西田さん、けっこうマメじゃないですか?」とか言われることもあるが、買いかぶりもいいところだ。めんどくさいと思ったら指先ひとつ動かさないし、「今後めんどくさくならない」なら努力も惜しまない。ただし、その努力がある閾値を超えて「めんどくさい」と止めちゃう。めんどくさいという感情は矛盾との戦いだ。

同様に、キャッシュレス決済とは「めんどくささを解決するために、導入と日常利用のめんどくささを乗り越える」という矛盾を本質的に抱えており、結局はそこをどのバランスで満たすか、という話でしかない。「結局めんどくさいのなら現金でいいんじゃないの」という話になりそうだが、現金はもはや、さらにめんどくさい。一般的には財布を取り出すか、小銭を数えるかくらいの話だが、筆者の場合、最終的な「経費処理」まで考えると差は決定的だ。

筆者はフリーランスだから、必然的に「生活のための出費」と「経費出費」が混じり合う。現金決済が基本だった時代には、とにかくレシートと領収書をとっておいて後からひたすら仕分けして計算していた。だが、クレジットカードを含むキャッシュレス決済を基本にしていけば、利用履歴はある程度記録される。まあ、Suicaなどの履歴は、物販の場合「ざっくり」したデータだし、領収書の保管は必要なのでやっぱり「めんどくさい」のだが、それでも、ずいぶん状況は変わってきた。特に、「freee」のようなクラウド会計システムが現れ、確定申告業務に使うようになってから、仕分けの管理は劇的に楽になっている。

というわけで、筆者にとっての「キャッシュレス」は、2つの側面がある。ひとつは、日常的に「財布を出し、小銭を数えるのがめんどくさい」のを解決するためのキャッシュレスと、経費管理のためのキャッシュレスだ。前者としては主にSuicaを使い、後者としてはクレジットカード、ということになる。ごくごく常識的な選択かと思う。

ちなみに、海外出張も多いのだが、その場合にはほぼ現金は使わずクレジットカード決済だ。今年は9回アメリカに行っているのだが、現金としてのドルへは1度しか換金していない。確か年初にCES取材に行く時に300ドルくらい換金して、それがそのままジリジリ減ったり増えたりして今に至る。確か、最後の出張から戻る時には200ドルくらいはあったので、当面換金は不要だろう。

日常はSuica、ポイントは「めんどくさいので気にしない」

QRコード決済も含め、日常的なキャッシュレス決済手段は多数ある。すでに述べたように、普段筆者はSuicaを使うことがもっとも多い。スマホとしてはiPhoneとAndroid(秋まではGalaxy Note 8、今はPixel 3 XLを利用)を使い分けており、その日の気分や仕事内容に応じて入れ替える。iPhoneではApple Payに、AndroidではGoogle Payに登録したSuicaを使っていることになる。

この原稿を書いていた日はiPhoneを持ち歩いていたので、Apple PayのSuicaの画面を。残高は常に数千円以内で一定している

なぜSuicaか? というと、「それが現状、もっともめんどくさくない」から。

移動の際の電車利用に使うし、コンビニエンスストアでもほぼ全てが対応している。「Suicaで」といえば余計な説明も操作もいらない。スマホをタッチするだけだ。

クレジットカードベースの「iD」や「QUICPay」は、正直あまり使っていない。店舗で説明するのがめんどくさいし、大きな額の支払いなら、そんなに回数が多いわけでもないので、クレジットカードを直接出せばいい。自分にとって、iDやQUICPayを使うモチベーションがないのである。本当は海外でも、スマホでのコンタクトレス決済を使いたいところだが、国内外の規格差もあるので、「お試し」以外には使っていない。要は「やっぱりめんどくさい」のである」

「ポイントサービスやキャッシュバック、クーポンは?」という質問もありそうだが、正直ほとんど無視している。別にブルジョアなのではない。考えるのがめんどくさいからだ。毎回ポイントカードを出すのもめんどくさいし、残ポイントを考えるのも同様。額が大きくなる家電量販店でのポイントは使っているが、それも、スマホのアプリから示せるようになって、物理カードを探して取り出す手間がなくなったから、という部分がある。

ポイントやクーポンでの割引は魅力に思えるが、それを気にしたり、結果として店舗選択が縛られたりするのはあまりいいことではない。割引や無料サービスのために並ぶ気にもなれない。だいたい、普段から行列をめんどくさいと思っているのだから、好き好んで「めんどくさい行列に並ぶ」考えはない。他人はともかく、私はそういう価値観なのだ。

とはいうものの、最近はちょっとポイントの恩恵も得ている。JR系のポイントサービスがJR東日本の「JREポイント」に統合されたからだ。それまでは分散していてやっぱり面倒だったので気にしていなかったのだが、統合後はだいぶ楽になった。Suicaのオートチャージに対応していることもあり、決済用カードの1枚として「Viewカード」を使っているのだが、これのポイントもJREポイントなので、なんだかんだいってけっこう貯まる。貯まったポイントはSuicaの残高へとチャージ可能なので、実利への還元もわかりやすい。なにより、「ポイントのことを考えず、ポイントカードを出すこともなく、使っていると貯まっている」というのが一番面倒がない。

JREポイントのホームページ。ViewカードでSuicaにチャージし、日常的に使っていると勝手に貯まるのでだいぶ楽になった

バーコード決済は小規模店舗向けに期待、好きに選べる社会が理想

では、Suica以外の決済は使わないのか?というと、そうでもない。大抵のサービスは試すためにアプリも入れているし、スターバックスが展開している「スターバックスアプリ」によるバーコード決済も使っている。

iPhoneに登録されている決済系アプリの一覧。バーコードを表示する必要があるものとそうでないものを分けてフォルダに入れている

もちろん、先日の「PayPayキャッシュバック祭り」にも参加した。といっても、そんなに欲しい家電があったわけでもない。親にプレゼントするiPadを買うタイミングだったのでそれに使ったのと、あとはコンビニでの支払いに使ったくらいだ。ちなみに、9回支払ったが、「全額キャッシュバック」は一度もなかった。ソフトバンク回線の利用者なので「10人に1人」だったはずなのだが。まあ、確率的に言えば、仮に10回決済したとしても、「10人に1人」では、約34.8%の人が一度も全額キャッシュバックにならない。「40人に1人」だったら約77.6%の人が一度も当たらない。そんなものである。

バーコード決済は、本質的にSuicaが使っているFeliCa決済に比べてめんどくさい。Suicaならスマホをかざすだけで、アプリの表示などの操作は不要だが、バーコード決済では、アプリを操作する分手間がかかる。だから今後も、一般的な決済ではSuicaを使い続けると思う。

といっても、バーコード決済否定者ではない。現金を取り出すよりはずっといいし、今後も併用していくだろう。

バーコード決済は、Suicaなどに比べて店舗での導入のハードルが低い。スマホがひとつあれば導入できてしまうので、それなりの規模の投資が必要になるSuicaの導入とは比べものにならない。コンビニなどの大規模チェーンは、機器更新のタイミングで複数の決済に対応していくのだろうが、飲食店を中心とした個人店舗は、バーコード決済が本命だろう。

中小の店舗がクレジットカードやSuicaなどの決済を導入しづらい理由は、決済手数料と決済収入の入金サイクルの問題が大きい。事業資金に余裕がない店舗の場合、現金のように「間で抜かれることがなく」「その日に収入を手にできる」手段が望ましい。だが、売り上げの出納処理を考えれば、本来は電子決済中心になっていくべきなのだ。その方が絶対にめんどくさくない。キャッシュレス決済を手がける企業体による銀行への参入が続いているが、これも要は、決済事業者が銀行になることで店舗への入金サイクルを短くすることと、他の銀行への送金手数料をカットすることが目的だ。

と、こんな風に考えると、「家電店やコンビニなどの大規模店中心」にバーコード決済を展開することに矛盾があることが見えてくるだろう。特に、PayPayのキャンペーンは、本来広がるはずの場所とは違うところで、この種のサービスに聡い人々が殺到する形で行なわれたことになり、さらに矛盾が大きい。周知や実際の利用を考えると、大規模店舗での対応は必須ではあるのだが、そうすると、普及しているSuicaとの競合がより鮮明になる。バーコード決済でキャッシュレスの便利さに目覚めた人が、「なんだ、Suicaってもっと楽だったんだ」と戻っていく可能性もあるだろう。

筆者的には、誰もが好きな決済を使える社会が望ましいと考えている。現金もその中に入る。Suicaへのチャージが面倒だからバーコード決済、ポイントやクーポンが魅力だからバーコード決済、という人もいていいし、そうあるべきだ。小規模店舗でも現金を出さず、客と店、双方でめんどくささがなくなっていくことを期待している。

冒頭でも述べたが、キャッシュレスは「便利だから使う」ものだ。決済事業者側の思惑で使うものでも、用途が決まるものでもない。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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