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運賃箱は順次撤廃 キャッシュレスバスを推進するJR東海バスの試み

Airペイ QRとAirペイ タッチによる車内キャッシュレス決済を開始したJR東海バス

国土交通省は、2024年11月より、現金で運賃を支払えない「完全キャッシュレスバス」の実証実験を行なっており、実際に全国18事業者29路線で完全キャッシュレスバスが運行されている。

そういった中、愛知県を拠点として主に高速バスを運行しているJR東海バスは、車内での運賃決済手段として2023年1月に「Airペイ QR」によるQRコード決済、2025年3月に「Airペイ タッチ」によるクレジットカードのタッチ決済を導入。さらに、2024年7月の新紙幣発行に合わせて一部を除き車内運賃箱の運用を取りやめ、車内での運賃決済を原則キャッシュレス決済に一本化するという、一歩先を行くバスのキャッシュレス化に取り組んでいる。

そこで今回、JR東海バスを取材して、バスのキャッシュレス化を推進する意図や、実際の利用状況について聞いてきた。

狙いは「乗務員の負担軽減」と「現金取り扱いコスト削減」

JR東海バスは、名古屋を拠点に、主に東京や大阪などとの間で高速バスを運行している。高速バスは基本的にチケット事前購入による予約制となっており一般的な路線バスのように予約なくバス停から飛び乗るといったことはかなり少ない。

JR東海バス 企画営業部 営業管理課 課長代理の北堀隆宏氏によると、JR東海バスが運行する高速バスでも、9割ほどの乗客がWeb上などで事前にチケットを購入し乗車しているそうだ。

ただ、一部路線では、事前購入なく乗車する客が一定数いるのだという。中でもその傾向が顕著な路線が、名古屋と東京を結ぶ路線だ。

JR東海バスの名古屋と大阪を結ぶ路線は、名古屋と大阪間に停留所がなく、全ての乗客が事前決済での乗車となっている。それに対し名古屋と東京を結ぶ路線は、途中の停留所から乗車する乗客が比較的多く、特に静岡-東京間は予約なしで乗車する乗客も少なくないそうだ。

その内訳は、御殿場から東京へ乗車する客や、静岡県内での通勤、通学客などで、全乗客の1割ほどを占めており、以前はその乗客のほぼ全てが車内での現金決済だったという。

JR東海バス 企画営業部 営業管理課 課長代理の北堀隆宏氏

北堀氏によると、途中のバス停から乗車する場合でもWeb上で発車時刻前までチケットを購入できるようになっており、バス停にもそのことを知らせる案内や、チケットを購入できるWebサイトに誘導するQRコードも記載しているが、それでも多くの乗客が車内で現金決済しており、乗務員の負担増に繋がっていた。

そこで、乗務員の負担軽減や、現金を扱うコストを削減する目的で、2023年1月より、Airペイ QRによるQRコード決済を開始した。すると、車内での運賃決済のうち15%ほどがQRコード決済に切り替わった。

ところが、御殿場-東京間はインバウンド観光客の利用率が高いこともあって、どうしても現金決済の比率が高く、引き続き乗務員に負担がかかっていた。そこで、2025年3月より、新たに「Airペイ タッチ」を導入して、クレジットカードのタッチ決済に対応。すると、導入した3月だけでも、QRコード決済の利用率が13%、クレジットカードの利用率が12%と想定よりも多かったそうで、トータルでは25%ほどがキャッシュレス決済に切り替わっている。

まだ現金決済の割合は多いが、それでもQRコード決済を開始した当初は10%前半程度だったのが25%にまで増えており、今後もキャッシュレス比率は増えていくと思われる。

JR東海バスでは、乗務員の車内業務用iPhoneを利用して、Airペイ QRによるQRコード決済と、Airペイ タッチによるクレジットカードのタッチ決済に対応

ところで、JR東海バスはJR東海グループのバス会社だ。となると、QRコード決済やクレジットカードのタッチ決済の前に、JR東海が展開している交通系ICカード「TOICA」は導入しないのか、という意見もありそうだ。

JR東海バス 企画営業部 営業管理課 課長の深澤敬義氏によると、かなり前にTOICAの導入について検討したことはあったそうだ。しかし、交通系ICカードは維持費がかなりかかることもあって、JR東海バスでは将来のクレジットカード決済導入を前提に、交通系ICカードを導入しない方針に決めた、とのことだった。

街中を走る路線バスと違い、高速バスは運賃の単価が高く、事前決済の割合も大きいことを考えると、交通系ICカードとの相性は良くないため、ある意味当然の判断とも感じる。

JR東海バス 企画営業部 営業管理課 課長の深澤敬義氏

なぜAirペイ QR、Airペイ タッチを採用したのか

JR東海バスが導入したキャッシュレス決済のシステムは、QRコード決済がAirペイ QR、クレジットカードのタッチ決済がAirペイ タッチと、いずれもリクルートのAirシリーズのシステムとなっている。そして、このシステムの採用には、JR東海バスならではの理由があった。

バスでQRコード決済やクレジットカードのタッチ決済に対応する場合、QRコードやクレジットカードを読み取る機器を追加で設置し対応するという例が多い。ただ、その場合には、新たに機器を設置するためのコストがどうしても必要となる。
先にも紹介したように、JR東海バスが運行する路線のチケットは約9割が事前購入で、車内決済は1割に満たない程度でしかない。そこをキャッシュレス化するために読み取り機を設置するとなると、JR東海バスが運用している83台のバス全てにその機器を設置する必要があり、それだけのコストをかけるのは難しいのが実情だ。

そこで浮上したのが、JR東海バスの乗務員が利用しているiPhoneでの対応だった。

JR東海バスでは、数年前より車内での改札や座席管理、情報伝達などの業務を行なうiOS用アプリを整備し、乗務員がiPhoneでそれらアプリを利用して業務をこなしてきた。

例えば、乗客が乗車する際には、乗務員がiPhoneの座席管理アプリを利用してチケットのQRコードを読み取っている。また途中のバス停から乗車する乗客に座席を割り当てる場合にもそのアプリを利用しているという。

つまり、JR東海バスでは乗務員が車内業務にiPhoneを使っていたため、Airシリーズであれば決済端末などの他の機器を導入することなく、それまで使っているiPhoneでキャッシュレス決済に対応できる、というのが最大の理由だったのだ。

実際にQRコード決済やクレジットカードのタッチ決済は、乗務員が利用するiPhoneに、AirレジとAirペイ QR、Airペイ タッチを追加するだけで実現している。

JR東海バスでは、乗務員が車内での改札や座席管理、情報伝達などの業務にiPhoneを活用しており、そのiPhoneを車内でのキャッシュレス決済にも展開する

具体的な乗務員の操作は、途中の停留所から乗ってくる乗客に対して、座席管理アプリから乗車区間と座席を指定。続いてAirレジを起動して乗車区間を選択し、決済手段としてQRコード決済またはクレジットカードのタッチ決済を選択すると、それぞれの決済アプリが起動し決済を行なう。もちろん、これらは全て同じiPhoneで行なわれる。

しかも、Airレジ、Airペイ QR、Airペイ タッチの導入において、費用は一切発生していないという。そもそもAirレジやAirペイは、初期費用、月額使用料ともに無料で利用できるという点が大きな特徴で、そちらも導入の大きな理由になっているとのことだった。

運賃決済時にはiPhoneでAirレジを起動し、乗車区間を指定して決済を行なう
決済手段としては、現金、QRコード決済、クレジットカードのタッチ決済に対応
現金決済時には、乗務員が直接現金を受け渡しとなるが、QRコード決済ではiPhoneのカメラでQRコードを読み取り、クレジットカードのタッチ決済ではiPhoneにクレジットカードをタッチして決済を行なう

ただ、現時点では課題もある。それは、車内業務アプリとAirレジが連携出来ていない部分だと北堀氏は指摘する。

精算業務の効率化という意味から、車内のキャッシュレス決済時にはAirレジを経由して行なうことにしているそうだが、実は座席管理アプリとAirレジが連携できていない関係で、Airレジ起動後に再度乗車区間を入力しなければならないのだという。この手間が省けると、さらなる業務効率の向上に繋がるため、リクルート側の今後の対応に期待感を示していた。

順次運賃箱を撤廃 「車内での決済」を減らしたい

JR東海バスでは、車内決済へのQRコード決済とクレジットカードのタッチ決済の導入と合わせ、2024年7月の新紙幣発行に合わせて、一部を除いて車内運賃箱の運用を停止している。しかも、それだけにとどまらず、今後は運用している83台のバスから順次運賃箱を撤去していく計画だ。

現在、JR東海バスの月間の全売上のうち、車内での現金決済は200~300万円程度で、数%にしか過ぎないという。しかし、「その数%の現金のやり取りに、高価な車内機器を用意したり、現金の回収や勘定などに人員を割くなど多大なコストがかかっていて、それがずっと課題だった」(北堀氏)とのことで、そのコストを削減することも、車内でのキャッシュレス決済導入の大きな動機となっている。

JR東海バスでは、2024年7月より車内運賃箱の運用を終了し、今後順次撤去する予定

とはいえ、車内でキャッシュレス決済を開始し、車内運賃箱の運用を停止した現在でも、車内決済は現金決済が最も多いこともあり、車内決済の完全キャッシュレス化は今のところ想定していないという。また、キャッシュレス決済の導入も、キャッシュレス決済で乗りたいお客様を取り込みたいわけでもないそうだ。それもあって、バスの車体でもQRコード決済やクレジットカードのタッチ決済に対応していることを大きくアピールしておらず、現在も設置されている運賃箱に、利用可能なキャッシュレス決済のアクセプタンスマークを張り出しているだけだ。

バスの車体には、キャッシュレス決済への対応をアピールする装飾が一切施されていない
設置されている運賃箱に、対応するキャッシュレス決済手段が示されているだけだ

その理由は、JR東海バスが目指すところが車内決済そのものを減らすことだと深澤氏は説明する。

「運賃箱は順次撤去しますが、現時点で車内決済はまだ現金が最も多いですし、共同運行している事業者とも調整しないといけませんので、完全キャッシュレスとは謳っていませんし、今のところ完全キャッシュレス化は難しいと考えています。会社としてはバス車内での決済をキャッシュレス化するというよりも、車内決済そのものを減らしたいと考えています。乗客があらかじめチケットをネットで購入している場合は乗務員がチケットのQRコードをiPhoneで読み取るだけですむので、そこが我々の目指すところです」(深澤氏)

全ての乗客がネットでチケットを購入するようになるところを目指したい

業務効率を高めコストを削減し、乗務員の負担を軽減するには、確かに全ての乗客が事前にチケットを購入する方が最も効果があるだろう。とはいえ、JR東海バスが運行している名古屋-東京の路線では、おそらく今後も車内決済はなくならず、その一定数は現金決済となってしまう可能性が高い。

そういった中で業務効率化やコスト削減、乗務員の負担軽減を目指すには、車内決済のキャッシュレス化は避けて通れないのも事実で、今回のJR東海バスの取り組みは、かなり有効なものであると感じた。

現在、国内での交通事業者によるクレジットカードのタッチ決済対応では、三井住友カードの「stera transit」が多く採用されており、ほぼスタンダード的な存在になっている。公共交通事業者に特化したstera transitと比べると、Airペイ QRやAirペイ タッチは公共交通事業者で利用しづらい部分があるのも事実だ。

ただ、JR東海バスと同じようにiPhoneの車内業務システムを利用している事業者の中には、Airペイ QRやAirペイ タッチの導入を検討しているところもあるそうで、うまくはまる事業者にとっては、キャッシュレス対応の有効な選択肢となる可能性がありそうだ。