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KDDI、「スターリンク」を日本展開。山小屋や離島にも高速通信

KDDI執行役員 経営戦略本部長 兼 事業創造本部長の松田浩路氏とStarlink Business用アンテナ

KDDIは、SpaceXの衛星ブロードバンドインターネット「Starlink(スターリンク)」を使った法人向けサービス「Starlink Business」を年内に提供を開始する。これに先駆け、Starlinkに関する説明会が開催された。KDDIは、2021年9月にau基地局のバックホール回線へStarlinkを活用する合意も行なっており、あわせてサービスを開始する予定。

説明会では、KDDI執行役員 経営戦略本部長 兼 事業創造本部長の松田浩路氏が解説を行なった。KDDIは、1963年11月に日米で初の人工衛星によるテレビ中継放送を実現するなど、長年、衛星通信事業に深く関わってきた。長野オリンピックでの中継や東日本大震災などでも衛星通信が注目されたが、広域に対する放送には衛星通信が有利な一方、1対1の通信などでは光ファイバー通信などが有利であり、棲み分けが行なわれてきた。

2022年11月は、KDDIは衛星通信事業60年周年になる節目となり、Starlinkを活用することで新たな事業を展開する。

SpaceXは、10月11日に、Twitterで日本での個人向けサービス開始を発表。日本はアジアで初の提供エリアとなった。松田氏によれば、日本が最初の提供エリアに選ばれたのは、日本には山間部や島が多いことから、アジア本格展開の前に日本でロールモデルを築くことが目的なのではないかという。

Starlinkとは?

衛星通信には従来、高度約36,000kmに打ち上げられた静止衛星によるものが主だったが、地上との距離が離れていることから、往復で0.2~0.3秒程度の遅延、音声では0.5秒程度遅延が発生してしまう。

このため、従来からより近い高度で衛星を運用する低軌道衛星のコンセプトはあったが、それを実現したのがSpaceXのStarlinkになる。Starlinkの高度は地上から約550kmで、高軌道衛星の約65分の1。電波の強さは距離の二乗に反比例することから、4,000分の1の強さの電波で通信が行なえるようになる。このため遅延が少なく、大容量の通信が実現可能になった。

Starlinkは「衛星コンステレーション」と呼ばれるもので、地球の周りを周回する多数の衛星を打ち上げることで常に上空に衛星がある状態にして通信を行なう。1機の衛星が上空で利用可能な時間は10分程度。衛星一つ一つの通信範囲は狭くても、多数の衛星が入れ替わりで上空を通過することで通信エリアをカバーする。

打ち上げはSpaceXのFalcon 9ロケットで行なわれる。Falcon 9ロケットは徹底したコストダウンにより、打ち上げコストが従来の商用ロケットに比べて大幅にダウンしており、今年は60回の打ち上げを予定。すでに47回の打ち上げが終了している。Starlinkは1回あたり最大で50~60機が打ち上げ可能で、今年だけで既に1,400機超が打ち上げられており、累計では、これまで180回の打ち上げで3,400機が打ち上げられている。

衛星が大量に打ち上げられたとき、衛星は地上の基地局やそのネットワークとの通信が必要になる。KDDIはそこを担うため、SpaceXとの提携を行なった。KDDIは現時点で国内唯一の「認定Starlinkインテグレーター」としている。KDDIでは今後、国内に複数の地上局を構築し、多数の衛星とのシームレスな接続を実現していく予定。

Starlink Businessは日本全国が対象

パートナーシップ締結後、Starlinkの日本向けの調整を行ない、2020年4月には総務省に技術資料を提出。低軌道衛星は距離が近く電波も弱いため干渉が少ないとし、山口県にStarlink地上局も設置した。2021年9月には、au通信網のバックホール回線としてStarlinkを活用することが発表され、山間部など光回線が無いエリアでも通信を可能にすることを発表。2022年10月11日には、Starlinkを活用した法人向けサービス「Starlink Business」を年内に開始することも発表された。

山口県のStarlink地上局。写真の巨大なアンテナはStarlink用のアンテナではない

KDDIでは今後、「基地局バックホール」「Starlink Business」「スマホ直接通信」という3つの形態でStarlinkを活用する。

基地局バックホールでは、au基地局にStarlinkを接続することで、山間部や島など、従来光回線を引くのが困難だったエリアで高速なインターネット通信を実現するもの。基本的には広範囲での通信を対象とし、「VoLTE」を使った音声通信が可能な点が後述するStarlink Businessとの大きな違いとなる。

Starlink Businessは、11日に発表された新たな法人専用サービス。個人用Starlinkのアンテナとは異なる、法人向け専用のアンテナを利用し、優先的に帯域を割り当てることで高速で安定した通信サービスを提供する。また、現在、Starlinkの個人向けサービスは東京以北の東日本を中心としてサービスが提供されているが、Starlink Businessでは当初から日本全国でのサービス提供を可能にしている。

アンテナは個人向けに比べて性能2倍以上の高利得アンテナとし、受信最大速度は350Mbps、送信最大速度40Mbps、遅延時間20~40msと、個人向けサービスを上回る性能を提供する。アンテナの可動域も広がり、上空視野角は140度と、従来から35%向上した。アンテナ自体の耐久性も高く、屋外での耐候性が向上。個人向の防水防塵規格がIP54なのに対して、強い噴流水耐性をもつIP56を実現し、融雪能力も75mm/hと、1.7倍向上した。

アンテナの可動域も広がった

Starlink Businessの利用料金は現在、複数の料金プランを検討中。優先性の高い通信が必要な場合は、価格で差を付けて実現するようなプランを検討しているという。

用途としては、Wi-Fiや有線LANを使う形態となるため、比較的近距離での利用を想定。基地局を設置する必要がないため、手軽に利用できるのがメリット。従来から通信事業者の間では「百名山をどうやって通信網でカバーするか」という課題があったが、Starlinkを活用することで、山小屋周辺だけでもWi-Fiを利用できるようにする、などということも可能になるという。

スマホ直接通信には課題も

スマホ直接通信は、SpaceXが8月に発表したばかりの新サービス。通常、Starlinkを利用するには上記のStarlinkをバックホールとした基地局か、専用のアンテナを経由してスマホなどで通信を行なう。直接、Starlinkの電波をスマホで受信できないが、スマホ直接通信では将来的にこれを可能にしようというもの。

ただし、課題は多く、スマホなどの電波がそもそも届くのか、届いたとしても低速なサービスになる可能性があるという。また、iPhone 14では衛星経由でSOSを送信できる機能が搭載されたが(日本国内は対象外)、これはiPhone側が衛星の周波数で電波を発信する仕組み。SpaceXが目指しているのは、スマホ側が現在使っている周波数で衛星へ電波を発信するもの。現在は、衛星で使う周波数と陸上で使う周波数は国際的にも明確に区分があり、地上で使っている周波数を衛星に向かって発信するのは、制度面でも新たに課題を解決する必要があるという。

あらゆる場所で通信環境を提供

用途としては、遠隔地のリモート監視やダムなど現地事務所の通信環境改善など、社会インフラの老朽化対応や、山間部などでの工事現場における、安全・緊急時の連絡、従業員に回線を提供することで満足度を向上するなど、これまで実現できなかった用途を想定。

松田氏は、「これまでは人の居るところに基地局を構築してサービスを提供するのが当たり前だったが、これが変わる」とし、自然災害や避難所での通信環境確保など緊急時のインフラとしても期待できるという。

また、現時点で日本は対象外だが、SpaceXでは海上でStarlinkを利用できる「Starlink MARITIME」の提供も開始している。

なお、個人向けStarlinkのサービスが現在、西日本で利用出来ないことについては、詳細は不明としながら「技術的には全国で対応できるはず」とし、Starlink Businessを優遇しているためではないとした。