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白黒マンガは未完成? ピクシブとPFNがマンガのカラー化に取り組むワケ

Petalica Paint for Mangaの利用イメージ。原画提供・協力:タダノなつ「カップル漫画まとめ2」(https://www.pixiv.net/artworks/62074035)

ピクシブとPreferred Networks(PFN)は5月28日、マンガを自動でカラー化するサービス「Petalica Paint for Manga」を発表、法人向けに試験提供を開始した。両社によるマンガ原稿の自動カラー化サービスは、すでに提供されているイラスト向けに続くもので、注目を集めている。

両社が共同で提供するPetalica Paint for Mangaは、AIや深層学習でカラー化作業の自動化を図るものだが、現時点では、ボタンひとつでカラー原稿が完成するという段階ではない。見本を元に、絵のパーツを判断して着色するというツールで、細かな手直しも必要になる。しかしそれを差し引いても、カラー化作業の初期段階において時間がかかる線画の抽出やレイヤー分けを自動で行なうため、コスト増の主な要因である作業時間を大幅に短縮できるのが特徴。ピクシブでは、少なく見積もってもカラー化の作業時間を50%は短縮できるとしている。

一方で、開発経緯やコンセプトを聞いていくと、業界として海外市場にもしっかりとフォーカスしていきたいという、国内では見えづらい課題の存在、そして「スマホ世代に親しまれるコンテンツとは」という別の課題も見えてきた。

ピクシブ、PFNそれぞれの担当者に、マンガのカラー化サービスの開発経緯や、ピクシブが思い描く将来の姿を聞いた。取材には、ピクシブ 新規事業部 マネージャーの古賀和樹氏、Preferred Networks エンジニアの米辻泰山氏に対応していただいた。

ピクシブ 新規事業部 マネージャーの古賀和樹氏(左)、Preferred Networks エンジニアの米辻泰山氏(右)

白黒マンガは未完成? 海外向けにはカラー化が必要

今回のPetalica Paint for Mangaの発端となっているのは、2017年にイラスト向けの線画自動着色サービス「PaintsChainer」(現Petalica Paint)が発表され、海外でも大きな話題になったことだ。反響の大きさにはいくつかの要因が含まれており、そのうちのひとつが、カラー化されたコンテンツは、海外では特に重視されるという点だ。

米辻:2017年に発表した線画自動着色サービスのPaintsChainerには非常に大きな反響があり、世界の半分ぐらいの国・地域からアクセスがありました。英語や中国語のニュース記事になりましたし、東南アジアやヨーロッパでも記事になっていました。大きなインパクトがあったのだと思います。その開発を継続する中で、今回はマンガ向けにも同様のものを提供することになりました。

古賀:この最初のイラスト向け自動着色サービスでをきっかけに、ピクシブとPFNさんとの取り組みが始まりました。大きな反響もあったので、次のプロダクトを両社で話し合いながら決めていきました。

ビジネス面では、AIと自動着色に関連して、いろんな会社に話を聞きました。その中で、海外でマンガアプリを運営している会社から、日本の(紙媒体向けなど伝統的な体裁の)マンガはスマホアプリだと読みにくく、カラー化されていないと未完成だと思われて読まれないことがある、という話を聞きました。内容は面白くても、最初に興味を惹いてタップしてもらわないと、面白さは体験してもらえないですし、日本のマンガを海外でもっと読んでもらうための一手として、マンガのカラー化サービスは面白いかもしれないね、という話になったのがきっかけです。

米辻:自動のカラー化は、マンガ業界での需要が大きいのではという話は聞いていました。カラー化に限らないのであれば、現在のPFNの取り組みや技術は、クリエイティブ関連全般から引き合いがあります。東映アニメーションとの協業で、写真から背景画像を簡単に作る取り組みや、ほかではキャラクター自体を生成する取り組みなどもあります。

古賀:pixivには日本のイラスト・マンガ・小説といったコンテンツがあり、多くのクリエイターに利用してもらっていることもあって、出版社の方に話を伺う機会も多いのですが、海外でより作品を見られるためにはどうするのかという話題の中で、スマホにしっかりフィットさせることの重要性を感じているものの、大きな取り組みとしては着手できていない、という課題が挙がることが多いですね。

スマホにフィットさせるというのは、コンテンツを縦スクロールで簡単に読めるとか、セリフの文字が小さくないとか、そういう部分です。海外向けにそうした対応を行なうサービスの改修やカラー化はコストが高く、なかなか着手できないということでした。

自動カラー化ツール、マンガゆえの難しさ

イラスト向けはすでに自動カラー化サービスが提供されているが、マンガを自動でカラー化する難しさはどこにあるのだろうか。またAIによる自動化が不得手とするような部分はあるのだろうか。米辻氏は、トーンなどマンガ独自の要素や、現実には無いファンタジー要素、学習サンプルとなるカラー化された原稿の少なさを挙げる。

米辻:最初にイラスト向けの自動着色サービスを手掛けたのは、イラストのほうがデータを用意しやすかったという点があります。カラー画像から線画を抽出して、カラー画像と線画のペアのデータセットを作り、AIと深層学習のトレーニングする形です。基本的にはペアのデータがあるほうが学習しやすいです。

マンガについては、着色済みのものがそもそも少なく、またカラー化された画像からデータを抽出しても、トーンがうまく付いたものにはなかなかならないなど、難しい部分があります。

現在、カラー化されているマンガは市場にありますが、そうしたものは、かなりのコストかけても回収できる人気作品が中心です。またそうした作品は、着色に対する要求レベルも非常に高いものになっています。

一方で、スマホでの配信が中心になると、前述のように少しでもいいのでカラー化されていたほうがいいというケースも出てきます。カラー化の作業時間が短縮されてコストが下がれば、今までカラー化されていなかった作品がカラーになるというケースが増えてくるのではないかと思います。もちろん実際の使われ方は、これから各社と話をしながら進めていくことになります。

不得手という部分では、データにないものは難しいという点があります。例えばファンタジー色が強いマンガは、そのマンガにしか出てこないモノがたくさんあります。そうした作品より、現実世界を扱った作品のほうが、うまくいきやすい傾向にありますね。

試験提供で実効性を確認

法人向けに試験提供という形でリリースされたのは、マンガのカラー化の難しさや、現在も開発途中であるという認識がある。

古賀:我々もまだ開発途中のものだと考えています。今回のサービスは、マンガのカラー化作業の効率を上げる一定の効果はありますが、商業レベルで使えるのか、という部分を確認したかったのです。

そこで協力してもらえる会社を探して、何社かに手を挙げていただけました。いきなりソフトウェアを広くリリースできるような段階ではなく、フィードバックをもらないがら改善していくために、試験導入という形になっています。

ニュースリリースに記載している3社(フーモア、レンタ、DNP)が手を挙げていただきましたが、ほかにも何社か導入を希望していただいています。このサービスを活用した作品がもうすぐに発表されるという段階ではなく、一緒にこのカラー化のプロジェクトを進めてくれる会社に、1社1社声をかけている段階ですね。

海外市場をターゲットにした場合のビジネスモデル

個人向けに提供、その形態は

発表では個人向けの提供も検討しているとのことだったが、具体的な予定はあるのだろうか。またそれはどのような形になるのだろうか。古賀氏は、最終的にはマンガの読者がカラーのあり・なしを選べるような形を思い描いているという。

米辻:現在は、個人向けの提供予定を公表できるような段階ではありません。一般のユーザーがどんどん使える形にすると、処理を行なうサーバー側の負荷が高くなります。今は関連するサーバーの増強コストも高いので、安定的に利益を上げるという観点でも、最初は法人にユーザーを絞って始めたという段階です。

もちろん、最終的には誰でも使えて、いろんな人が自分のやりたいことを、より簡単に実現できるようになれたらいいと思っています。我々は技術開発の会社なので、ツール開発や顧客企業に使ってもらう面で、ピクシブさんに手伝ってもらいながら開発を進めています。

古賀:pixivにはたくさんのマンガ作品が投稿されています。そうした作品が、ユーザーがアプリでボタンをタップすればカラー化されたバージョンで読める、という形のほうに価値を感じる層は多いと思っています。

加えて我々は、まずは直近のツール提供の取り組みに注力している段階ですが、カラー化ツールの販売のみを主軸にしていきたいわけではないのです。

個人のマンガを描くユーザーには提供しない、ということではありませんよ。ロードマップとしては、まず法人の会社に提供し、次に、どういう形がまだわかりませんが、個人のクリエイターでも使ってもらえるようにします。その先として、投稿者ではなく閲覧者の方が気軽に使えるようにするという考えです。いずれにしても、個人ユーザーにも体験・経験できるような形にしていきたいですね。

マンガのカラー化と海外市場、そのゴールは

自動着色ツールの提供は、マンガ業界全体への取り組みのようにも思えるが、目標やゴールはどこにあるのだろうか。

古賀:日本のマンガを海外のユーザーにも読みやすくするというのが前提としてありますね。業界全体のゴールとして応援したいですし、寄与できたらいいなと思っています。

今回の取り組みのステークホルダーであるピクシブとPFNさん、両社のゴールとしては、マネタイズや事業拡大の具体的な解決策のひとつとして、ピクシブ側でユーザーがボタンを押したらイイ感じにカラー化されてマンガが読める、それによって利用者が増える、といったことは思い描いています。

出版社にツールを提供するかどうかでいうと、ぜひ提供したいきたいですし、このツールを使ってどんどん海外で展開してほしいと思います。

米辻:マンガがカラーになること自体は、すでに中国、韓国、東南アジアではトレンドになっていると思います。日本でも今後は、スマホに最適化したようなコマ組で、よりシンプルで、カラー化されているものが伸びていくと思います。そうした流れの中に自然に入っていけたらいいなと思います。

古賀:業界全体を変えていくというのはピクシブとPFNさんだけでは難しいですし、出版社やそこに携わる人々にニーズを聞きつつやっていくのが業界にとってもよいことだと思います。

カラー化の必要性、避けられないスマホ対応の重要性

マンガのカラー化は現時点でも必須の要素なのだろうか。必要性、重要性があるとすればどのような部分なのだろうか。

米辻:必須というより、カラー作品を好む人が、これから増えるのではと思っています。

スマホはカラー表示ができますが、一方で表示範囲は狭く、多くの場面で縦スクロールで利用することが当たり前になっています。「カラー+縦スクロール」に慣れている人たちが、これから増えるのではないかと思います。

もちろん、だからといって、今あるモノクロのマンガ作品の魅力が損なわれるわけではありません。我々は、翻訳ツールのように、モノクロをカラーにする作業を楽にできるのなら、そうしたツールを提供したいと考えているのです。

古賀:紙のマンガは今デジタルシフトが進んでいますが、突然に紙の媒体が無くなるわけではありませんよね。少しづつ流通量が推移している段階です。スマホというツールも、今の普及率や便利さを考えると、近い将来に別のものに一気に駆逐されてしまう未来も考えづらい。

そうした中、徐々に、スマホでコンテンツを見るのが当たり前で、「スマホでしかコンテンツを見ない世代」が出てきて、やがてそれが当たり前になってくる層が一定数にまで増えると思います。そういう世代の人にコンテンツを届ける架け橋を作れればいいのかなと思います。

モノクロのマンガを作った作者が、よしカラー化するぞ、と頑張って作業するのではなく、近い将来、モノクロのマンガを作ったら一緒にカラー版もできていました、ぐらいの技術革新が起こっても不思議ではないと思います。

現在の主流であるモノクロのマンガを否定するのではなく、海外を含めてマンガの間口を広げる意味で、スマホに向き合うこと、つまりカラー化に向き合うことは、今後損にならないよね、という考え方です。

ピクシブとPFNが抱える課題

AIや深層学習のパワーで、時間のかかるクリエイティブワークを効率的にするのはPFNが得意としている点だが、現在取り組む上でみえている課題はどのようなものだろうか。

米辻:PFNはAI関連の技術開発でポジションを築いている会社ですが、技術開発だけでは会社は成長しませんし、いろんな方に実際に活用してもらい、その上で出てくる課題にちゃんと対応していく必要があります。そうした経験を積むことで、社会に新しい技術が使われる形を見つけられるようになると思います。今ある技術とこれからの技術でできることはたくさんあると思いますが、まだまだできていない部分もたくさんあるので、その間のギャップを埋めていければと思います。

古賀:ピクシブは長く自社プラットフォーム・SNSを運用してきましたが、そういう自社開発の会社が、PFNさんのようなパートナーと一緒になって新しいサービス開発を行なっているということを、メディアなどを通じて知ってもらいたいと感じています。

これまでピクシブの多くは自社開発で成り立ってきたので、外部のパートナーと共同開発を行なうことが主流ではなかったのです。今回のように、PFNさんと協力して業界の課題に対しても取り組んでいますと広く伝えたいですし、要望に応えられる体制をつくるのが急務だとも思っています。

自分たちだけで面白いものを作るのではなく、業界における仲間を増やしたいですね。一緒に面白いことをやりませんかというパートナーを探していますよ(笑)。

マンガ大国だからこそ気づきにくい変革の重要性

写真、映像・映画と、時代とともにモノクロからカラーに移り変わった媒体は多いが、マンガ大国の日本においてモノクロのマンガが当たり前という状況は、改めて考えると不思議な状況と言える。もちろん、連載誌に求められる印刷コストや、カラー化作業のコスト増など、カラー化しづらい原因が多岐にわたっていることは明らかだ。

一方、電子書籍の登場で、一部の常識は過去のものになっている。電子書籍では連載誌を買っても単行本を買っても、印刷コストの制約がなく、同じように綺麗な画質で読めるし、読み終わった雑誌が増えて邪魔ということもない。バックナンバーを掘り出して読み返すことも簡単だ。このためか、現在のマンガの単行本は追加エピソードを収録するといった、明確な付加価値を付けるケースも増えている。

この先、連載誌もスマホなどでの閲覧が当たり前になり、紙質や印刷コストの問題がなくなれば、カラーマンガの掲載にかかるハードルはさらに下がることになる。巻頭カラー、センターカラーといった特別感は、過去のものになってしまうかもしれない。残る問題は、現在は大幅にコスト増となってしまうカラー化の作業だ。

モノクロ写真やモノクロ映画の現在地やその変遷を見れば、モノクロのマンガがこれからも定番でありつづけるとは限らないように思える。写真や映画と異なるのは、手作業になるカラー化のコストを削減しづらいことだが、ピクシブとPFNの取り組みはこれを変えるきっかけになる可能性がある。

ピクシブとPFNの両氏が見ているのは、「マンガはモノクロでも十分に面白いのでは?」という、長くマンガに親しんできた世代の感覚とは少し違う、もう少し先の未来であり、マンガを見る時にも「スマホ+カラー表示」が当たり前という世界だ。旧来の出版形態に囚われないピクシブならではの立ち位置を活かした取り組みともいえる。

海外向けのカラー化に端を発する、マンガ業界の「本格的なスマホ対応」という変革の必要性は、読者の世代交代により、早晩日本市場にも求められるのではないだろうか。今、カラー化の作業効率を上げるツールを提供するのは、そうした来たるべき「カラーが当たり前」の時代への布石となっている。