鈴木淳也のPay Attention

第121回

外食産業に迫る「注文・決済体験」の新しい波

米カリフォルニア州サンノゼにあるショッピングモールの「Westfield Valley Fair」では、建物内のレストランではモバイルオーダーを積極活用するよう促す看板を見かけた

10月後半に米西海岸4都市をまわってきたが、およそ1年半ぶりとなる現地では変わらぬ景色とともに、コロナ禍に由来する人流の変化がそこにはあった。人流の変化に追随できなかった店舗は撤退し、それに適合しようとした店舗はさまざまな手段を模索して食らいついていこうと努力を続けていた。

こうした過程で急速に利用が拡大したのが「フードデリバリー」「(カーブサイド)ピックアップ」といった業態で、オンラインに新たなチャネルを見出す事業者も出てきた。新たなビジネス形態を模索する店舗も登場しつつあり、以前に別誌の連載で紹介した「自販機レストラン」はその一例だ。自販機……より正確にいうと事前オーダーした商品をロッカーに収めておき、利用者は注文時に受け取ったQRコードなどを提示することでロッカーの“鍵”を解除して商品を受け取る。

オランダのアムステルダムなどを旅行した人はご存じかと思うが、「FEBO」と呼ばれるファーストフード商品が収められたロッカーにコインを投入するとそれを取り出せる仕組みを採用したレストランチェーンがあるが、そのハイテク版といえる。接触機会を最小限にしつつ、顧客のニーズに応えようという仕組みだ。

以前、「ゴーストキッチン」と呼ばれる業態の最新事情を紹介したが、こうした「モバイルオーダー+ピックアップ」を前提にしたレストランのサービス業態は拡大しつつある。

例えばAmazon Oneの解説でも触れた「Starbucks Pickup」が分かりやすい。Starbucks Pickupは世界最大規模のコーヒーチェーン店の新しい業態で、「ピックアップ」のみに特化した店舗だ。Starbucksアプリ利用が前提で、アプリ上で事前注文した商品を店頭で受け取る仕組みであり、同社のロイヤルティプログラム「Starbucks Rewards」ユーザーをターゲットとしている。実際、都市部や特定エリアなどの店舗は固定客が中心であり、このようなどちらかといえば“クローズド”なサービスにしてしまっても問題ないという考えなのだろう。

スターバックスでよく体験する問題の1つに「オーダー待ち行列が長すぎてなかなか注文できない」というのがあるが、事前注文であれば同店の特徴でもあるカスタマイズ含めて好みの商品を待ち時間なく入手できるメリットがある。

Starbucks Pickupはコロナ禍突入前の2019年11月に米ニューヨークのPenn Stationに1号店が登場しているが、実際には店舗スペースの効率運営も含めアフターコロナに適した業態として注目されるようになり、2021年内に北米で最大400の既存店舗の閉店と業態転換を目指しているという。

Starbucks Pickup店舗のイメージ(出典:Starbucks)

モバイルオーダーを利用するメリット

直近でこうしたモバイルオーダーを活用した新しい業態の店舗といえば、本誌でも紹介したロボットバリスタの「Ella」だろう。Ellaにはモバイルオーダーとタッチパネルオーダーの2種類の注文方法があるが、待ち時間なくタイムリーに商品を受け取れるのがモバイルオーダーとなる(もちろん、ロボットアームが仕事する様子を待ち時間に眺めて楽しむ方法もあるが……)。Suica等の電子マネーは利用できなくなるが、モバイルオーダーであれば事前決済も可能なので、モバイルアプリ上で発行されたQRコードを提示することで商品受け取り時には特にパネル操作等も必要なく、素早く商品を受け取れる。

モバイルオーダーでは登録したクレジットカードまたはApple Payなどでアプリ上で決済が可能。この仕組みはAdyenが提供している
モバイルオーダーであれば発行されたQRコードを提示するだけなので、素早く商品を受け取れる

なお、このEllaというマシンは現在4種類の形状が提案されており、東京駅に設置された最大サイズのものから、本当に一般的な自販機サイズの小型のものまで、さまざまな商圏に配置が可能なよう考慮されている。Crown Technology Holdings CEOのKeith Tan氏によれば、もともと2020年の東京五輪でお披露目するつもりで案件が進んでいたものの、イベントそのものが中止となってしまったため上陸を果たせず、パートナー経由で紹介された東日本旅客鉄道(JR東日本)の支援を受けて念願の日本進出となった。

筆者は2019年に米ニューヨークで開催されたNRFという小売展示会でCrown社の製品を見ており、当時は世界中にこの商品を売り込んでいるとのことだった。各国の市場進出にあたっては装置を設置する「場所」が必要であり、仮に東京五輪で展示できていたとしてもパートナーを新たに探す必要があったと思われるが、JR東日本との提携で「Suica」への対応が必須になった反面、「エキナカ」という最強の立地を得たわけで、宣伝効果とビジネスの両面で大きなメリットがあったと考える。

Ellaの場合は移動中や駅でのちょっとした待ち時間に注文できるというメリットがあるが、筆者が個人的にモバイルオーダーが便利だと思っているのがマクドナルドだ。日本ではポイントカード連動ができないなどの問題もあるが、ランチやディナータイムでの大行列をスキップできるほか、何より「テーブルで注文できる」という点が大きい。

レジ行列に並んでからテーブルを確保していたのでは、人の多い店舗では先に席が埋まってしまって店内で食事ができないということも少なくなく、モバイルオーダー時に席に記された番号を入力してテーブルまで商品を持ってきてもらえば、先にテーブルを確保してからゆっくりオーダー……ということが可能になる。むしろモバイルオーダーというよりは「テーブルオーダー」といったほうが正しいかもしれない。

日本のマクドナルドでモバイルオーダーを利用する最大のメリットはテーブル上で注文と会計を済ませられる点にある

テーブルオーダーが実現するDX

モバイルオーダーを店内で行なうのがテーブルオーダーとすれば、そのメリットは「注文の煩わしさ」と「会計時に時間がかかること」という2つの問題を解決できる点にある。

例えば居酒屋業態を想像いただけるといいが、「注文の際に店員がなかなか捕まらない」「注文を間違えられたり、注文した商品のいくつかが忘れられて抜けている」といった場面に遭遇することが少なくない。人手不足でどこも手がまわらないなか、新たに人を雇う余裕もなく、ギリギリでまわしている店であればなおさらだろう。

会計時にも問題がある。チェックアウト時に会計を締めてもらうもらうための店員がなかなか呼べなかったり、“ワリカン”をどう処理するのかというのは飲み会で毎回直面する課題だ。興味深いことに、これらは客と店の両方にとって共通の課題であり、解決できれば双方にメリットが生まれる。

こうした課題を解決すべく東京の大崎駅に9月にオープンしたのが「焼鳥IPPON」という店だ。ダイヤモンドダイニングが運営する居酒屋業態の店舗で、焼き鳥、サラダ、ラーメンなどのメニューが完全カスタマイズ可能であり、ドリンクにはダイナミックプライシングを採用するなど、なかなかに攻めた店舗だ。

そして最大の特徴は「完全キャッシュレス」という点で、モバイルオーダー改めテーブルオーダーでモバイル端末上で会計までが可能だ。現在の注文金額の確認だけでなく、スマートフォンさえあれば飲み会への参加者全員で会計を行なってのワリカンも可能なので、先ほどの2つの問題を同時に解決できる。このシステムは外食向けSaaSを提供するトレタと、決済サービスのStripeの仕組みを組み合わせて実現したものだ。

ダイナミックプライシングが適用される「焼鳥IPPON」のドリンクメニュー
個々人のスマートフォン上から商品のカスタマイズや注文が可能。会計ももちろんワリカンで完全キャッシュレス

「焼鳥IPPON」のサービスは、トレタが今年8月に発表した「トレタO/X」という仕組みを用いている。「O/X」とは「Order Experience」の略称であり、外食産業をオーダー体験から含めてDX(Digital Transformation)させるという狙いがある。

トレタ代表取締役の中村仁氏は「外食産業は大きく分類して25兆円市場。コロナ禍で一時的に縮小したが、この25兆円市場を構成するのはほとんどが中小企業であり、大手のマクドナルドでさえ3%程度に過ぎない。一方で非常に非効率なロングテールの市場であり、IT化がまったく進んでいないことも特徴だ。コロナ禍で半分程度にまで縮小した市場は変革を迫られており、いままで通りの労働集約的なことをやっている限りは続かない。いままでの『アナログ的なやり方にデジタルを載せていく』のではなく、それを逆にしてお店のあり方そのものを根本から変えていく必要がある」と語っている。

トレタ代表取締役の中村仁氏。中小向けのカジュアルなオーダーシステムを来年2022年春までに提供する計画

もともと外食産業向けの予約SaaSを提供してたトレタだが、コロナ禍もありもともと研究開発を進めていたDX寄りのサービス実装を積極的に進め、「トレタO/X」をリリースした経緯がある。

中村氏によれば、昨今の飲食業態においてオンラインとオフラインの2つは無視できる関係ではなく、顧客の外食体験は予約前の「店舗を探す」段階から始まっているという。顧客はオンラインで店を発見し、予約、そして実際に来店して会計までの体験をオンライン上に投稿することで、新たな顧客の設定を生み出すというサイクルだ。

つまり、このコロナ禍で店舗が生き残るには、店舗体験はもちろんのこと、オンラインでの対策も含めて店舗運営を考える必要があるという考えだ。すでにPOSを持っているような管理システムを動かす大手ならともかく、多くの飲食店はまだこの域に達しておらず、またシステム投資するほどのスキルや余力もないというのが実情だといえる。自前ですべて開発するのではなく、こうした“ひな型”と呼べる仕組みを用意して、店舗運営を手助けするというサービスは今後も登場してくるだろう。

実際、米国でもDoorDash、Uber Eats、Grubhubといったフードデリバリー業者が似たような仕組みを提供しているケースがあり、今後も横展開が進んでいくはずだ。

トレタが志向する飲食店のDX領域
トレタの飲食店サイクルにおけるソリューション例

トレタO/Xで1つ筆者が注目したのは、“テーブル”における“モバイルオーダー”ではあっても、“モバイルアプリ”ではないという点だ。

モバイルアプリは便利な存在だが、実際にほとんどの利用者はそれほど多くのアプリを同時に1つの端末にインストールしたり、仮にインストールしていても利用していないという傾向がある。

つまり、スターバックスやマクドナルドのような頻繁に顔を出すチェーン店ならまだしも、年に1-2回行くかどうかという普通の飲食店では、アプリを提供しても逆効果となる可能性が高い。そのため、来店時のモバイルオーダーもあくまでブラウザ形式であり、会計もブラウザ上の決済システムを利用する。

ゆえに、先ほどの飲食店の顧客サイクルもまたアプリの枠を飛び出す必要があり、結果としてLINEなどを含む周辺ソリューションを積極活用していくという流れになる。まだまだ事例は少ないものの、そう遠くない将来にはある程度事例が整備され、定石としてさまざまな事業者に活用されていくことになるのかもしれない。

筆者がサンフランシスコでよく顔を出す麻辣香鍋の店舗。入り口にGrubhubのQRコードがあり、モバイルオーダーを積極活用するよう促し、店舗も生き残ってきたようだ

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)