鈴木淳也のPay Attention

第20回

騒乱のなか、アジアの金融ハブを自認する香港が出すメッセージ

青衣駅付近の車窓から望む香港のベッドタウンの風景

逃亡犯条例成立にまつわる一連の問題から2019年3月以降騒乱が続く香港だが、つい先日には2019年第3四半期(7-9月期)の集計で過去10年間で初めて景気後退入りが報告されるなど、経済に暗い影を落としている。米中貿易戦争による景気停滞感に加え、夜間には公共交通機関が慢性的にストップして市民は外出を控えるようになるなど、その賑やかさで知られる夜の香港は沈黙し、内需が振るわず香港政府が急遽飲食店など中小企業支援に乗り出す事態に陥っている。

こうしたなか、香港では11月4-8日の5日間にわたって金融関係者のためのイベント「Hong Kong Fintech Week」が開催されており(最終日の8日のみ開催地が国境を接する中国の深セン)、多くの来場者を集めている。

今年で4回目の開催となる同イベントだが、開催規模は年々大きくなっており、昨年まで開催されていた湾仔の香港会議展覧中心から会場を空港横のAsiaWorld Expoへと移し、数千人の来場者が訪問する規模へと成長している。昨今、金融関係者らと話すなかで、アジア地域、特に若年人口層が多く急成長を続けている東南アジアをターゲットとする起業家や外資企業らはシンガポールに拠点を置くことが多く、名刺交換をする人々がことごとくシンガポールに拠点を構えていることを実感している。一方で、一連の騒乱から香港でのビジネスを避けたり、あるいは現地との交渉を諦めたりといった話も聞こえてきている。

この状況下で香港の投資業務や金融を司る関係者らがどのようなメッセージを出すのか? その現状を知るべく現地を訪問してみた。

Hong Kong Fintech Weekのロゴ

FinTechビジネスのための壮大な実験場を目指す

100以上の出展社がいる展示会場に加え、100人以上の招致スピーカーらが6つのステージに分かれて同時並行の形でまる2日間にわたって講演を行なうHong Kong Fintech Weekは、世界的にみても中堅以上の開催規模だ。

来場者も中国系やインド系などアジア人が多いが、欧州のスタートアップ企業を中心に欧米からも多くの参加者が詰めかけており、イベント主催者らの努力がしのばれる内容になっていた。もともと香港は、東南アジア各地が第二次世界大戦後の独立紛争の混乱の中で外国企業が逃げ出すなか、英国統治領として一貫して金融ハブの地位を保ち続けており、近年は特に急成長した中国本土への窓口や、そことやり取りを行なうための主要貿易港の1つとして、世界中からビジネスマンが集まってきていた都市でもある。ゆえに、今年2019年の騒乱をもってしても変わらず香港を拠点としてアジア地域の市場開拓や業容拡大を考える企業は多い。

昨今の香港は中国本土とは異なるルールで統治される「玄関口」、いわゆるゲートウェイ的な役割が期待される部分が大きいが、“金融をITの力でさらに変えていこう”という「FinTech」の分野では、それだけではないというのが香港特別行政区財政司司長の陳茂波(Paul Chan Mo-po)氏の見解だ。中国本土はもちろんのこと、アジア地域でのビジネス拡大における“ブリッジ”としての役割に加え、FinTechをビジネスとして革新していくための壮大な「実験場」としての役割がより重要だという。

同氏が一例として挙げたのが、「2019年初頭に8つの企業に与えた仮想銀行(Virtual Bank)の運用免許」で、フルサービスの従来型金融機関ではない“身軽な”金融企業がいかにニッチを含む顧客のニーズをとらえ、市場に新しく便利なサービスを提供していけるか、この8社でのテストを皮切りに、今後新しい金融機関を考えるための中心地としての香港をアピールしていきたいという考えなのだろう。

香港特別行政区財政司司長の陳茂波(Paul Chan Mo-po)氏

実験場かつゲートウェイとしての香港は何も外資のためだけのものではなく、近年はAIなど機械学習研究で先端を走るスタートアップや、インターネット技術やサービスを軸に国外への進出を図る中国大手らの「出口」としての役割も担っている。こうした先端企業らがしのぎを削ることになる香港の市場だが、香港金融管理局CEOの余偉文(Eddie Yue)氏は今後2-3年で金融、特にFinTech市場で起こる3つのトレンドについて予測している。

香港金融管理局CEOの余偉文(Eddie Yue)氏

- 金融サービスは今後よりソーシャルなプラットフォームや他の生活チャネルと融合していくことになる。過去10年間で顧客はWebサイトやモバイルアプリを通じて金融サービスにアクセスすることに親しんだが、今後は金融機関らが顧客がやってくるのを待つのではなく、より積極的に顧客へと接近していく必要がある。オープンAPIがその一例だが、安全で安定しており、有用だと顧客が考える仕組みが必要。

- 金融サービスはよりリアルタイムに近付く。これまで必要な書類を渡して申請が通るまでに数日かかっていたが、顧客は決済サービスがそうであるように、投資指南や保険申請など、さまざまな分野においても“リアルタイム性”を求めるようになる。ただしこの実現には単純に高速なデータ接続やコンピュータ処理能力が強力という話だけでなく、リスク判断や法的問題など、必要な環境を(政府が)整備しなければならない。

- 国境をまたぐ“クロスボーダー”のやり取りがFinTechにおいて重要になる。越境での決済や金融取引まで、エリアごとの連携が求められるようになる。ブロックチェーン技術はそれを実現するものの1つとなると考えられるが、香港でもクロスボーダー決済で「CBDC(Central Bank Digital Currency)」の実験が行なわれていたり、国際決済銀行(BIS:Bank for International Settlements)がイノベーションのためのハブ設置を決め、その運用が香港で行なわれている。

余氏が考えるFinTech分野で今後2-3年で起こる3つのトレンド

いずれにせよ、FinTechで近い将来求められる必要な要素はすべて香港に揃っており、一部はすでに実験を含めて進んでいるというのが同氏の考えだ。

香港の実際

問題は、これらを踏まえて本当にビジネスを安定してやっていける環境が現在の香港にあるのかという点だ。

先の話はわからないが、市民生活は以前に比べれば落ち着いた印象を受ける。もっとも、筆者が香港空港に夜9時過ぎに到着したとき、すでに空港快速は終了していて係員に「バスかタクシーで市内に移動するように」と指導されたり、夜8時から11時の範囲で毎日のように地下鉄が運行を終了してしまったり、途中駅が通過設定になってしまうため夜間外出がままならなかったりと、短い滞在期間ながら不自由な場面には何度も遭遇している。デモや集会の情報は毎回インターネット上で予告されているため(ゲリラ的に突発的に行なわれるものもある)、そこを避けて移動する必要があるが、割と市街地の中心部であることが多いため、必然的に外出を避けるという選択肢を選ばざるを得ない。

一方で、筆者が香港で泊まっているホテルのすぐ近くにある太子(Prince Edward)駅では8月31日に警察らによる不当逮捕事件があって以降、連日のように何らかの抗議運動やデモが行なわれているというが、今回の滞在中は一度も遭遇しなかった。実際、日中の通勤列車は朝から普通に動いており、香港名物の「通勤ラッシュで列車を3-4本見逃さないと車両に乗れない」という状況もそのままだ。昼と夜で全然別の街になってしまう、というのが筆者が今回の滞在で抱いた印象だ。

九龍半島を南北に貫く目抜き通りのネイザンロードだが、ここも大規模デモがあるとすぐに封鎖されるため、迂回する必要があるバスやタクシーでは移動がままならない

また今回いろいろ話を聞いていると、普段から香港に住んでいる人にとっては日常でも、外の一般的な訪問者からみれば「香港は危ない場所」という、認識の内外格差を感じた。香港到着時の航空便は満席だったが、そこで入国した外国人はほとんどおらず、かつてない入国審査のスムーズさを感じた。残りの乗客のほとんどは香港永住権か「e道」のような自動ゲートを利用する外国人、あるいは入境しないでそのまま次のフライトに移動する人だったと思われる。ホテルの値段も異常に安く、おそらく筆者が泊まったホテルの宿泊料金は平時の4分の1や6分の1程度で、普段なら絶対に出張で選べないようなホテルだ。FinTechハブとして機能する話と、街の活気はまた別物なのだろう。

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)