鈴木淳也のPay Attention

第18回

日本にも来る? 東南アジアの決済シーンを席巻する「Grab」とはなにか

Grab創業者の1人であるAnthony Tan氏。2018年3月にシンガポールで開催されたMoney20/20 Asiaで「Grab Financial」設立発表時

今日、ペイメントの世界でどの地域が“熱い”のかと聞かれれば、筆者は間違いなく「東南アジア(SEA:South East Asia)」を挙げる。“キャッシュレス”の文脈では世界に先行する欧州であったり、すでに確立した金融システムのある場所にモバイル決済が入り込んできた日本であったり、モバイル決済の普及が一巡して次のフェイズが見えつつある中国ではなく、いま国民の多くが既存の金融サービスの恩恵を受けておらず、しかも人口急増地帯で労働人口年齢の低い東南アジアは本来の意味の発展途上であり、今後の可能性が大きいからだ。それだけに、次のビッグウェーブに乗るべくサービス各社が熾烈な争いを繰り広げている。

この分野で活躍するのは、主に設立から10年未満のスタートアップ企業だ。その1つ、「Grab(グラブ)」は2012年にマレーシアで配車サービス(今日でいう「GrabTaxi」)を提供する企業として設立され、後に本社をシンガポールへと移転、その間にもデリバリーなどの分野へと業容を拡大したほか、タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナムへの進出など、東南アジアでのプレゼンスを拡大しつつある。

簡単にいえば「Uber」の“東南アジア版”なのだが、「Grab」は日本ではソフトバンクの投資先の1つとして知られているほか、やはりソフトバンクの投資先の1つであるUber Technologiesの東南アジア地域でのビジネスを2018年に引き継ぐなど、着々と同地域での地固めを進めつつある。

金融サービスの不十分な市場でビジネスを拡大させる

「ニーズはあるのに適切な形でサービスが提供されていない」というのはどこの市場でもある話だが、特に劣悪な交通事情と「アンバンクト(Unbanked)」と呼ばれ、金融サービスが一般に普及していない東南アジアの情勢を考えれば、Grabのようなビジネスが急速に伸びる余地は大いにあったのは間違いない。

例えばタクシー1つをとっても、東南アジア地域では料金面でのトラブルは日常茶飯事だし、いざというときに捕まらずに白タクが横行する素地となっている。こうしたドライバーの素行やサービス品質、待機時間のさまざまな無駄を効率化するだけで、Grabの拡大を下支えしてきた。

Grab共同創業者のHooi Ling Tan氏。Anthony Tan氏とはHavard Business School時代の友人だったようだ
東南アジアでは頻繁にGrabのマークを見かける。これはベトナムのホーチミン市でCMまたはプロモーション動画を撮影している様子

これは金融サービスも同様で、現金だけのやり取りだけでなく、安全で素早く送金できるプラットフォームがあれば、より流通は活発になる。位置付け的にはGrabの他のサービスの利用を円滑にし、さらに囲い込みに近い形で「流通」の経済圏を東南アジアに構築したのがGrabといえる。

興味深いのは、Grabが「GrabPay」という決済サービスを発表しただけでなく、本来は銀行が担っているような少額ローンや投資による中小企業の支援や、小売への決済プラットフォームの提供など、金融サービスそのものを用意した点にある。同社は昨年2018年3月にシンガポールで開催されたMoney20/20 Asiaで「Grab Financial」設立を発表し、こうした本格的な金融サービス提供に乗り出している。

同イベントで登壇したGrab共同創業者のAnthony Tan氏は「1億人の小さな起業家(Micro Entrepreneur)が東南アジアに誕生する」と表現していたが、その意図するところは、街の小さな小売店やサービス提供者を含め、すべてのビジネスを営む人がGrabの「決済」「ロイヤリティ」「各種営業支援サービス」といったプラットフォームを使うことでIT化や顧客獲得を可能にし、さらに「融資」を活用することで事業拡大が可能になるというものだ。

このようにGrabを利用する中小事業者そのものが成長することで、人々がGrabを利用する機会はさらに広がり、会社全体が成長するという流れになる。「決済プラットフォームを拡大するなら、まずはそれを導入する小売店の成長を支援して市場を拡大させる」というわけだ。

現在Grabはペイメント事業に限らず、「Grow with Grab」のブランド名で東南アジア地域の小売やビジネスを支援して市場の成長による自身のビジネス拡大を進めている
単純にペイメントだけでなく、個人ローンや一種のクレジットサービスなど、個人向け金融サービスが浸透していなかった東南アジア地域でプレゼンスを高めつつある

本来であれば、こういった役割は銀行が成すべきはずだが、既存の金融サービスが不十分だったからこそ「アンバンクト」な地域なのであり、Grabが拡大する余地を作っている。この新しい金融サービスは中小企業だけでなく、それまでリスク要因から充分に提供されてこなかった個人向けローンやクレジットといったサービスにまで拡大している。

近年、世界中で「ネオバンク」や「チャレンジャーバンク」の名称で数十年ぶりに銀行免許を取得して金融サービスを開始する事業者が増えつつあるが、こうしたGrabの試みもまたチャレンジャーバンクの一種なのだと考える。

インドネシアで熾烈化するペイメント市場の競合

東南アジアで急成長を遂げる地域はいくつかあるが、その中でも注目の1つがインドネシアだ。2019年時点で2億7,000万人の人口を抱え、これは同地域ではトップだ。筆者もまだリサーチ中のため市場を把握しきれていないのだが、おそらくGrabにとっても成長の大きな起爆剤になっているのは確かだろう。

現在インドネシアではモバイル決済の分野で「Gojek(ゴジェック)」の「Go-Pay(ゴーペイ)」と「Ovo(オーフォ)」が熾烈な争いを繰り広げている。GojekはやはりGrabと同様に配車サービスからスタートした事業者であり、その決済手段としてGo-Payを2016年から提供している。先行の利もあり、決済サービスを含む市場で他社をリードしているが、これをOvoが追い上げているという構図だ。Ovoは2018年からGrabとの決済分野での提携を進めており、特に同年11月にはGrabがOvoに資本投入する形でインドネシアにおける進出基盤としている。

今年2019年9月にはGrabがOvoを買収し、さらに中国のAlibaba Groupの金融部門であるAnt Financialが資本を投資しているインドネシアのDanaも吸収することで、Gojek対抗を強化するという“噂話”も出ている。事情に詳しい関係者の話によれば、Grab+Ovoの追い上げはかなり強力のペースで進んでおり、市場を席巻しつつあるという見方も出ている。

OvoのCEOを勤めるJason Thompson氏。実は2018年のGrab Financial発表時にはGrabPayのマネージングディレクターとしてAnthony Tan氏とともにMoney20/20 Asiaのステージでサービス概要の説明を行なっていた
Grabは2018年11月にOvoへの出資を行ない、インドネシアでのペイメント事業でライバルGojekのサービスであるGo-Payに対抗するために連携を始めた

また、この勢いに乗じてGrabの関連サービスが日本に近々上陸するという話も出ている。例えば、東南アジアの人々が経済力をつけて海外旅行や出張に頻繁に日本を訪れるようになれば、当然普段使いのモバイルアプリをそのまま活用したいと考えるはずだ。日本のどこかの事業者との提携で決済サービスを相乗りさせるなど、いろいろ選択肢はあるが、この変化の激しい市場は定期的にウォッチするに値すると筆者は考えている。

インドネシアのペイメント事業では最大のライバルとなるGo-Payを率いるCEOのAldl Haryopratomo氏

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)