西田宗千佳のイマトミライ

第246回

変わりゆくソニーと「ハードウェアの未来」

ソニーグループが毎年開催している「事業説明会 2024」は今年も開かれた

5月30日・31日の両日、ソニーグループは、投資家向けにグループ各社の事業状況を説明する「事業説明会 2024」を開催した。配信内容は以下のサイトで公開されており、自由に確認できる。

事業説明会2024

いうまでもなく、この説明会はソニーグループの事業状況に特化した内容である。

だが、現在の各ジャンルがどういう状況にあるかが詳細に解説されるため、例えばゲームや映画、エレクトロニクスに半導体といった、それぞれの業態がどのような状況にあり、将来どんな方向に向かうかを考えるには良い情報となる。

今回は特に、エレクトロニクス(ソニーグループでは「エンタテインメント・テクノロジー&サービス分野」)と、イメージセンサーをはじめとした半導体(イメージング&センシング・ソリューション分野)から、将来のハードウェアについて考えてみよう。

「ソニーのエレキ」の現在地 テレビ・スマホの苦境

過去、ソニーといえばエレクトロニクス製品が主軸な企業だった。

現在も1つの軸であることに違いはないが、経営が多角化した現在は、他にも多くの事業領域がある。売上でいえばゲームが圧倒的に多く、利益では音楽がトップである。

そしてそれでも、「エンタテインメント・テクノロジー&サービス(ET&S)分野」と「イメージング&センシング・ソリューション(I&SS)分野」は依然大きな柱であることに変わりはない。「ソニー」という社名自体はET&S分野を担当する子会社の名前になっているのは、その重要性を示すものでもあるだろう。

ソニーグループの2023年度決算資料より。金融を含め主な事業分野は6つに分けられており、それぞれが収益をあげている。

ただ、事業領域の組み合わせが変わったことで、ソニーグループ全体の中での意味合いも変わってきている。

特に変化が著しいのがET&S分野である。

以下は、ソニーのET&S分野の事業領域と、その中での収益性・成長性をマッピングしたものである。

ソニーのエレクトロニクス事業を、収益性と成長性を軸にマッピングしたもの。事業領域の好不調が読み取れる

現在、ソニーが注力しているのは、デジタルカメラを主軸としたイメージング関連製品事業だ。収益性が高く「領域拡大を狙う」とする部分がカメラ関連であるのは、当然のことと言える。同時に、需要が旺盛でブランド力もあるオーディオ領域も、売上を拡大したい分野の一つだろう。

一方で、収益性・成長性の分野で厳しいのが「テレビ」と「スマートフォン」だ。

これは、現在の市況と大きく関係している。

テレビ事業は、ソニーに限らずどこも苦しい。

理由は複数ある。

テレビの原価はディスプレイパネルのコストに大きく依存する。ディスプレイパネルの価格が上がれば利益率が落ちるし、逆に下がりすぎると市場で製品の需要が落ち、在庫が増えやすくなる。サイズの大きな製品なので、部材の在庫も最終製品の在庫も、積み上がると大きな負担になる。

一方で、テレビ自体のニーズは一定量からなかなか増えない。底堅く、確実に売れる製品ではあるものの、爆発的に売れ行きが上がる要素も小さい。

同様に、スマートフォン事業も厳しい。

テレビ同様、こちらも世界に普及しきった状況ではあり、劇的にニーズが増える要素は少ない。テレビに比べ買い替え需要は旺盛だが、アップルやGoogle、サムスンなどのトップブランドが強く、それ以外のメーカーが世界的にシェアを伸ばすのは難しい。

テレビにしろスマートフォンにしろ、製品に使うデバイスとして、いかに良いものを安価に仕入れるかは重要なことだ。だが、そのためには販売数量が重要であり、シェアの維持は重要だ。だが安売りすると利益率が下がり、商品性も落ちる。

どちらの製品も、利益率を維持するのは非常に難しいことだ。

過去には主軸であった製品だが、世界的に厳しくなり、ソニーもその例外ではなくなってきている。特にスマートフォンについては、ソニーとしても効率化と商品性強化は急務だろう。

ET&S事業を統括する、ソニー株式会社の槙公雄・代表取締役社長 兼 CEOは、「どちらもシェアは追わず、付加価値を重視したい。開発効率の向上を含めた利益率の向上を目指す」と説明する。

テレビやスマホ事業ではオペレーションの最適化などの合理化策が続く

イメージング+クリエイターフォーカスを狙うソニー

テレビやスマートフォンといった「エレクトロニクスらしい」領域とは違う部分として、ソニーが期待しているのがイメージングである。

前出のようにカメラはすでに重要なビジネスだ。

カメラを重視する中でキーワードとなるのが「リアルタイム性」だ。特別なシーンを確実に捉え、クリエイターの望む作品を作る助けとする……というのが現在の方針である。

ただ、カメラやリアルタイム・クリエーションの領域は「カメラを売る」ことだけに止まらない。

例えば球技でいわゆる「ビデオ判定」をするには、高速撮影が可能なカメラと画像認識技術が必須になる。アーティストの動きを3Dデータにして活用するにも、高精度な複数のカメラを組み合わせる。映画撮影の背景にLEDウォールを使い、リアルタイムCGを表示して撮影を効率化する「バーチャルプロダクション」も、カメラと連動するシステムが重要になる。

カメラやディスプレイなどの技術を軸に新しいソリューション領域の拡大を狙う

要は、カメラという製品だけでなくそこから派生するビジネスを拡大する中で、「クリエイターをサポートする」という軸を通して展開しようとしているわけだ。

シンプルに良い製品を作ること。それはなにより重要だ。

ただ、一般的な製品が世の中に広まった今、製品を単純に売るだけでは収益は上がらない。付加価値のある先端技術を「ソリューション」として展開するのは、多くの企業に共通している施策である。

そこでソニーは広義で「クリエイターのサポート」という軸を通し、それを勝ち筋にできないか、と考えているわけだ。

この辺の戦略については、今年1月のCESで、ソニーグループの吉田CEOにインタビューした際、詳細に聞いている。そちらも併読いただけるとよりわかりやすくなるだろう。

スマホのイメージセンサーは「動画重視」「サブセンサー強化」

ソニーグループの技術的な柱の1つが「イメージセンサー」だ。ハイエンドスマホの多くではソニーのイメージセンサーが使われており、大きなシェアを持っている。

それだけに、同社の半導体事業の行方はスマートフォン向けイメージセンサーに左右されている。

現状、スマートフォン市場は必ずしも好調ではない。その理由は、主に中国市場のスマホ市場が回復半ばであるからなのだが、ソニー側も「予想より遅れる」と考えているようだ。

イメージセンサー事業の見通し。昨年より数量拡大は遅れる見通し

他方で、イメージセンサー事業自体の成長は「まだ続く」(ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社・清水照士 代表取締役社長 兼 CEO)と見ている。

ポイントは「多眼化」だ。

現在もハイエンドスマートフォンには複数のカメラが搭載されている。中心は3つ。超広角・広角(メイン)・望遠の3つを使い分ける形が多い。

ハイエンドスマホでは3つのカメラが使われている

清水CEOは「これからは動画のニーズが市場を牽引する」と予想を語る。多くの人々の利用が静止画から動画に移り、その結果としてイメージセンサーのニーズにも変化が出てくると考えられているからだ。

ソニーは今後のスマホカメラが「動画重視」へ進むと予想

現在、スマホカメラの静止画画質が良いのは、複数のセンサーの画像をソフトウェア処理する形になっているからだ。だが、動画の場合にはより高いフレームレートで処理する必要があるので「センサーの性能が重要になる」(清水CEO)という。

動画の画質を上げるにはセンサーの性能がさらに重要に

また、現状ではメインのイメージセンサーとサブのセンサーの間でかなり画質に差がある。静止画だと目立たないが、動画となるとこの差が品質に効いてくる。

ソニーが示した、動画におけるメインとサブのセンサーでの画質の違い

そのためソニーとしては、「大判化・高画質化がサブのセンサーにも波及する」と見ている。

すでにスマホの多眼化は定着して数自体は増えづらくなっているものの、サブセンサーで大判化が進むことで、当面は収益性が高い状態で進む……としている。

ソニーはメインカメラの大判化は落ち着くものの、今後はサブセンサーも大型化して全体の成長を維持する、と予測

すなわち、ここから登場するスマホについては、「サブセンサー大型化による動画画質の向上」がウリなる、と予想できるわけだ。

自動車・ハードディスク・HMDに広がる新領域

またイメージセンサーという意味では、車載向けも重要だ。自動車に搭載されるセンサー数は今後も拡大していくので、その結果として販売数量が増える……という形だ。

自動車向けのイメージセンサーは搭載数が増加し、結果として販売数量を牽引すると予測されている

ソニーとしてはスマホのようにブランド化し、多くの企業に採用されることを目指しているわけだが、これだけ市場拡大の可能性があると、他社も黙ってはいない。大きな競争領域になるのは間違いないだろう。

半導体レーザーにソニーが注目しているのも面白い。特に彼らが狙うのは、ハードディスクのヘッドに使うものだ。

個人向けの機器だとハードディスクの出番はほとんどなくなってきているが、サーバー向けは別。クラウドインフラへの旺盛な需要は止まることを知らず、そこではより大容量なハードディスクが求められている。台数あたりの容量が増えることは、消費電力の削減にもつながるためだ。

熱によってハードディスクの磁気保持力を一時的に下げて記録を行う「熱アシスト磁気記録方式(HAMR)」の導入に伴い、そこで使うキーデバイスとしての半導体レーザーが重要になってくる。ソニーは長い時間をかけて開発を続け、他社に先駆けて量産を実現した。将来的にかなり大きな収益を見込んでいるようだ。

「熱アシスト磁気記録方式(HAMR)」でハードディスクの容量は拡大するが、その中では半導体レーザーが重要に
旺盛なクラウド需要を反映し、さらなる大容量ハードディスク=HAMR採用モデルの比率が高まると予測している

また、XRデバイスで使われるディスプレイである「マイクロOLED」も、成長が期待される領域だ。

半導体技術を使って製造するマイクロOLEDは、ビューファインダー向けからXRデバイス向けへとニーズが変化

清水CEOは「AR・VRはドラスティックに成長してはいかない」と見通しを語る。いろいろ製品は出るがどれも課題はあり、いきなり巨大市場になるわけではない。成長には時間がかかるだろう。

一方で「画質が大幅に上がっているので市場として期待している」とも言う。筆者も色々な製品を試しているが、確かに画質面での向上は明確で、商品価値は高くなってきている。

マイクロOLEDも中国・韓国のディスプレイメーカーが狙っている領域であり、今後の競争は激化しそうだ。

とはいえ、採用する企業では「ソニーのマイクロOLED」がブランド化しつつある。現在の好調を維持できるのか、それとも他社が追いついてくるのか、注目しておくべき領域だ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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