西田宗千佳のイマトミライ

第195回

スマホの「フリック入力」から日本が見えてくる

ゴールデンウィークということもあるので、少し読み物的な話をお送りしたい。

日本では、スマートフォンの文字入力に「フリック入力」が広く使われている。だがこれ、世界的に見るとレアなものである、ということはあまり知られていない。

そうしたことはどのような流れで生まれ、我々の生活にどう影響してきたのだろうか?

歴史的な経緯から「小さいスマホが世界的にヒットしづらい理由」まで、少しちゃんと解説してみたい。

スマホでの文字入力、「フリック」か「QWERTY」か

冒頭で述べたように、日本ではほとんどの人がフリック入力を使っている。

だが世界的に見ると、ほとんどの国で使われているのは「QWERTY」入力とその派生型だ。QWERTY入力は、PCのキーボード配列を元にした入力方式。以下の写真で違いを確認していただきたい。

iPhone 14 Pro Maxでのフリック入力(上)とQWERTY入力(下)。どちらもできるが、日本ではフリック入力が主流

iPhone 14 Pro Maxでの操作を撮ったものだが、横幅が大きい(77.6mm)ので、片手でのフリック入力はしづらい。

そこで、自分が使っているデバイスで横幅が一番狭い「Galaxy Z Fold4」(折りたたんだ時の横幅が67.1mm)に変えてみると、かなり片手でもタイプはしやすくなってくる。

同じことを、もう少し幅の狭いスマホでやってみると、片手操作はしやすくなる

違いは明白。片手で持つことが多く、入力も親指1本で行なう場合には横幅が狭い(ボディが小さい)スマホの方が楽で、両手の親指を使うQWERTY入力の場合、横幅は少し広めの方が使いやすい、ということになるだろうか。

結果的にだが、日本は他国より小さめのスマホを求める声が大きくなる。体格が小さい=手が小さめ、というところもあるが、最も大きな影響があるのは、フリック入力かそうでないか、という部分にありそうだ。

「フリック入力」は日本で特異に進化した

実は、筆者はフリックではなくQWERTY入力派。そのため、本体サイズは少し大きめの方が好きなのだが、日本では多数派とは言えないかもしれない。

ご存知フリック入力。このような表示からの入力が基本

ただ、冒頭で述べたように、海外ではほぼQWERTYがメインだ。アルファベットをフリックで入力することもできるのだが、使っているのはほとんど見たことがない。むしろ、アメリカなどで日本のフリック入力を実演してみせると驚かされるくらいだ。

英語やローマ字入力で使われるQWERTY入力

アルファベット圏はもちろんだが、漢字を使う中国語圏でも、今はQWERTYでアルファベットを入力し、そこから変換する「ピンイン入力」が多くなっている。文字の形で入力する方法ではフリックに近い方法が使われているが、メインはQWERTYから、と考えていい。

同じように漢字を使う中国語圏でも、現在はQWERTYからの「ピンイン入力」の利用が多い

韓国のハングル入力も、QWERTY上にハングルを構成するパーツをレイアウトしてタイプする形が主流だ。

ハングルでは文字の形を組み合わせた入力になるが、配列の基本はQWERTYに近い

なぜ日本ではここまでフリックが定着したのか? フィーチャーフォン時代からテンキーでの文字入力があり、そこから広がった……という認識が一般的だろうが、それだけでは不十分ではある。

答えは「そもそも、日本語の構造がテンキーでの入力に向いていた」ということだ。

ご存知のように、テンキー/フリック入力は「かな」からの変換になる。かなは「50音」であり、「あかさたなはまやらわ」で列が10。この数がバッチリとテンキーのレイアウトに合っている。段の数が5で、フリック入力の「上下左右+移動せず」に適合する。だから、かなを入力するには覚えやすく、しかも効率も良い仕組みなのだ。

ただ、ここまで特性に合ったユーザーインターフェースがある言語はあまりない。偶然と技術者の発想が重なり、フリック入力が定着していったと考えるべきだろう。

PCが定着したQWERTY、ケータイで定着した「テンキーとフリック」

一方、なぜ海外、特にアルファベット圏ではQWERTYが一般的なのだろうか?

海外でも、スマホの前はフィーチャーフォンが主力。フィーチャーフォンの時代は、アルファベット圏でもテンキー入力だった。

それが急に、スマホからはQWERTYになった。

正確に言えば、iPhoneやAndroidスマホの前から、「BlackBerry」などが人気の時代があり、そこから携帯電話上でのQWERTY入力が広がった経緯もある。

初期のスマートフォンである「BlackBerry」はQWERTYキーボードがあることが人気の理由の1つだった。写真は2007年にNTTドコモが取り扱った「BlackBerry 8707h」

結局のところ、アルファベット圏においては、PCでの文字入力があり、それを受ける形で携帯電話向けの入力が定着していった、ということなのだろう。日常的にPCを使っていれば、QWERTYの配列は自然と身についている。だとすれば、テンキーにアルファベットを割り振るより、QWERTYで入力した方が自然だ。

前述のように、筆者はQWERTY入力派だ。それは、PCでの入力で慣れているので、そちらの方が効率的だと感じているから、という部分が多い。日本でのQWERTY派は、ほとんどが同じような理由ではないだろうか。

一方で、PCより先に携帯電話(スマホ)での文字入力を覚えるなら、QWERTYにこだわる必要はない。「かな」との親和性が高いだけでなく、日本語には「変換」という要素も関わってくる。

英語の入力に「変換」はないから、QWERTYで直接入力できるのが楽だ。だが日本語では変換が必須なので、その前段となる「かな」入力が楽であることが望ましい。PCでのQWERTY=ローマ字入力からの変換に慣れているならともかく、そうでないなら、「かな」からの変換の方が楽、ということになるので、フリック入力が有利になる。

これもまた、日本語の特性と言っていい。

結果として、2000年以降の「メッセージング」の進展は、海外と日本では様相が違っていた。

初期、英語圏では携帯電話での効率的な入力が難しかったため、モバイルでのメッセージングは「ごく短文」が多かった。

一方で日本では、テンキーで十分な入力が可能になり、変換との組み合わせで「絵文字」の利用も簡単に行えた。結果、ケータイメールが進化・定着し、海外以上に盛り上がる結果となった。

それがBlackBerryやスマートフォンの登場によって「QWERTY入力+推測入力」が出始めると、英語圏でもモバイル環境での入力文字数が増えていく。海外で絵文字が定着していくことになるが、これは、Unicodeでの規格化に加え、文字入力の形態が変わり、「キーから直接入力できない文字を単語から入力する」という形が、アルファベット圏でも定着してきたことによる現象でもある。

他の人のことは案外「わからない」。快適な環境と「声の大きさ」

文字入力は日常的な操作だ。だから、自分が行なっている操作と違う形があっても、なかなか意識しづらい。海外でどう文字が入力されているか、考えたことがある人の方が少ないように思う。

だからこそ、海外の人から見ればフリック入力は驚きだし、フリック入力が基本である日本から見ると、QWERTYでの入力が意外なものに見える。極論すると、「スマホでQWERTY入力をしている人がいる」ことを意識していない人も、意外と多いのだ。

逆にアルファベット圏では、QWERTY入力を効率化するため、いちいち文字をタップするのではなく、QWERTYの上で単語の文字を一筆書きのようになぞる「なぞり入力」(SwiftKey、Swypeなど)が広がり始めている。ただこれは、ローマ字入力では英単語ほど効率が良くない。そもそもフリックが基本である日本では認知度が低い。

お互いに便利なものは目に入っても、他国の例はあまり認知できない。

スマホではアルファベット圏でも「変換」が認知されてきたが、PC上の文字入力では直接入力。だから「変換作業」自体の認知度が低い。Webサービスの中には、文字入力中の確定操作などで誤動作するものもあるが、その理由は、「日本語圏などでの変換という操作が考慮されていないから」だ。

お互いのことをちゃんと認識しつつ、環境を改善していくのは難しいものだ。ちゃんと改善の声を挙げないと相手には伝わらない。一方で、日本市場の購買力が下がるということは、「日本の事情を知らない国に、独自の事情が伝わりにくくなる」ということでもある。

便利で快適な環境を得るには、結局、声の大きさも購買力も必要になるのだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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