西田宗千佳のイマトミライ

第194回

「モンハンNow」と「Peridot」 Niantic最新作からみる位置情報とARの未来

モンハンNowは今年9月スタート

位置情報ゲームと言えば、「ポケモンGO」を思い出す人も多いはず。その運営元であるNianticが、先週新しい位置情報ゲーム「Monster Hunter Now」(以下モンハンNow)を発表した。

モンハンの位置情報ゲーム「Monster Hunter Now」9月リリース決定

また同社は、5月9日にオリジナルの位置情報ゲームである「Peridot」もスタートする。

Nianticが5月9日からスタートする「Peridot」

ARとAIに全振りのNiantic謹製ペットゲーム「Peridot」先行体験

これだけなら、「ああ、またスマホゲームが増えるのか」くらいの感想しか持たないかもしれない。

だが、ここでNianticが2つのゲームを出すことは、「位置情報が我々に与える価値」「ARとAIが我々の生活にどう影響を与えるのか」を考える上では、非常に示唆に富んでいる。

ここではあえて、ゲームがどんな内容であるか以上に、そうしたゲームが存在する意味と将来の可能性について考えてみよう。

カプコンと共同開発、「モンハンらしさ」を再現

まずはモンハンNowの方から行こう。

モンハンNowは、カプコンとNianticが協力して開発したもの。開発と運営はNianticの東京スタジオが担当し、カプコンは監修に近い立場だ。

Nianticとカプコンが共同開発

「モンスターハンター(モンハン)」と言えば、多くの人が知るヒットゲーム。来年・2024年でシリーズ開始から20周年を迎える。実は筆者も初代からプレイしていて、好きな作品だ。

Nianticのジョン・ハンケCEOは、開発のきっかけの1つを、冗談めかしてこう話す。

「息子が3DSでモンハンをプレイしすぎて、壊しかけたから」

Nianticのジョン・ハンケCEO(4月21日の取材で撮影)

壊しかけたかどうかはともかく、ハンケCEOの息子さんがニンテンドー3DSで熱心にゲームを遊んでいたのは事実だ。実はNiantic自体が、「家でゲームばかりしている息子を、外で遊ばせるにはどうしたらいいか」という考えから生まれた会社でもあるからだ。

結果として、まずIngressが生まれ、次に作られたポケモンGOが大ブームを巻き起こした。

そうしたゲーム群で使っているインフラを活用し、新たに開発したのがモンハンNow、ということになる。

筆者とのインタビューの中で、ハンケCEOはこう語っている。

「現実の世界に出てプレイするゲームは、新しい体験です。だから、人々がそれを理解し、慣れるまでには時間がかかります。ですが、新しい体験を、すでに慣れ親しんでいるものと組み合わせるなら、新しい体験にも馴染みやすい。複数のゲームを作る理由は、位置情報ゲームが新しいジャンルであり、人によって好みも分かれるからです。かわいいものを好む人もいれば、(モンハンのように)アクションが多彩で戦術的なものを好む人もいる」

モンハンNowは、マップなどをみるとポケモンGOに似ている。しかし、実際のプレイはもう少し激しい。モンハン自体が激しいアクションを求めるゲームであり、それが醍醐味である。家庭用ゲーム機などと全く同じではないが、それでも、「移動しながら遊ぶ」ことに馴染むレベルの激しさがないと、ファンは満足しない。インフラの良さはゲームの成功とイコールではない。インフラの上に乗るゲームがどのようなものになるか、その点が重要だ。

モンハンNowのマップ画面。かなりポケモンGOに似ている(© 2023 Niantic. Characters / Artwork/ Music © CAPCOM CO., LTD.)

位置情報ゲームでありつつ、そうした「ファンが求めるフィーリング」を再現するのが重要なわけだ。開発を担当したNiantic・東京スタジオとカプコンは、この点でかなり苦慮したようだ。開発には4年かかり、何度か作り直しもあったようである。

NianticはポケモンGOでヒットさせたものの、全てのゲームで成功しているわけではない。2019年にスタートした「ハリー・ポッター:魔法同盟」は、2022年1月にサービスを停止しているし、いくつか開発を中止したものもある。

じっくりと時間をかけて作ったモンハンNowには、世界的なヒットを期待しているだろう。カプコン側も同様だ。

インフラを活かし、長期的に人気を維持できるゲームを作ることが、スマホゲームにとっては必須。特にインフラ負担が大きい位置情報ゲームでは、次なるヒットを出すことが必要な時期でもある。

ゲーム自体のスタートは9月なので、まだヒットを断言できる状況にはない。ただ、記者会見で短時間プレイした限りでは、確かに「かなりモンハン」な作りで、今までの位置情報ゲームとも違う感触。非常に面白かった。

プレイ感覚はかなり「モンハン」に近い(© 2023 Niantic. Characters / Artwork/ Music © CAPCOM CO., LTD.)

スマホのカメラでAR、ペットと暮らす「Peridot」

ではもう1つのゲームである「Peridot」はどんなゲームになっているのだろうか?

実はこちら、ポケモンGOやモンハンNowとも大きく違う。位置情報ももちろん使っているが、もっと幅広く「自分が暮らす周囲でペットと暮らす」ゲームになっている。

ここで活用するのが、スマホのカメラとAIだ。

ポケモンGOなどは、地図の上(すなわち実際の世界)のどこにモンスターがいるのか、ということがポイントだった。Peridotでも、Peridotたちが集まりやすい場所はあって、そこに行くことはとても重要だ。

だが、楽しみ方はそれだけではない。Peridotのアプリを介して風景をみると、自分の近くに、今自分が飼っているPeridotの姿が見えるのだ。

以下の写真をご覧いただきたい。これは実際にテストアプリを使っている様子を撮影したものだ。

Peridotが実際の風景の中に自然に合成されている
スマホに写っている映像を、周囲の風景と共に。Peridotが椅子の上にちょんと座ったり、草の陰に隠れたりしている様子がわかる

スマホの画面の中にいるPeridotが、床や机、椅子などの上にいるのがわかるだろうか。しかもよくみると、葉っぱなどの陰に隠れたり、机に体の一部が隠れたりしている。

こうした処理を、CGの専門用語ではオクルージョン(隠面処理)と呼ぶ。物体と自分の間に何かがあれば、実際にその部分が見えないもの。CGでそれを再現するには、物体同士の前後関係や高さなどの位置情報を正しく把握している必要がある。

すなわちPeridotでは、

  • スマホカメラから映像を入力
  • 平面や床などの物体を認識
  • 奥行き情報を推定
  • そこにPeridotのCGを正しく重ねる

という、なかなかに高度な処理が行なわれているわけだ。

しかもPeridotは、そこにあるものが「なにか」も理解する。水たまりで遊んだり、木に登って食べ物を見つけてきたりするし、もちろん、飼い主であるこちらの位置も理解している。

実際のペットが周囲にあるものを理解しつつ、飼い主と暮らしているように、PeridotもAIで周囲にあるものを理解し、さらに、前述のようなAR処理を行なっているわけだ。

先進のPeridot、ゲームビジネスのためのモンハンNow

Nianticにとって、Peridotとはどんな存在なのだろうか?

ハンケCEOは、「AIとARを重視した、非常に大切なプロダクト」と話す。

NianticはARが普及する時代に向けて、多数の技術開発を行なっている。クアルコムとも共同でARグラスの開発も進めており、それらの領域では、AIとARについての先進的なプラットフォームが必須である。

Peridotも、2020年に発表した「AR開発者向けキット(ARDK)」を使って作られている。

Peridotのために特別なARDKを作ったわけではないそうで、他社に供給されているものと同じプラットフォームで開発されている。しかし、AIやARを存分に活用しており、同社にとって最先端の事例であることは間違いない。

この種のことにはそれなりに性能が高いGPUが必要になるので、Peridotが遊べるスマホは以下の条件が必要になる。しかし、「AR専用のデバイスを備えている」訳ではなく、普通のスマホであることがポイントだ。

推奨スマートフォンスペック

iOS:iPhone 8+ or above on iOS 14 or higher.
Android: 以下のGPUチップセットを搭載しているもの
Adreno 730、Adreno 660、Adreno 650、Adreno 640、Adreno 630、Mali G78、Mali G77、Mali G76、Mali G72、Xclipse 920、およびSamsung Note 9 以降のもの
Galaxy S9 or above、Pixel 6 or above

*iPadやタブレット、Wi-Fiのみの設定のものは利用できない

Peridotの開発を担当したUXデザイナーの篠原大河氏は、「ARというとまだ『特別なもの』『怖い』という認識があるように思います。Peridotは、そう感じてもらわないところからスタートしました」と話す。

ARは広告やマーケティングキャンペーンでは広く使われているし、意外と業務用でも広がっている。だが、コンシューマ向けとなると、デモアプリ的なものが中心だったのは否めない。

Peridotはその中で、本気でAIとARを使ったアプリを作ろうとしている。

そう考えると、ポケモンNowが「ビジネスとしてのチャレンジ」であり、Peridotが「テクノロジーとしてのチャレンジ」である、という位置付けのように思えてくる。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41