西田宗千佳のイマトミライ

第115回

「App Store課金体系変更」で何が変わるのか。自由度の向上と外部課金

8月27日、米アップルは、App Storeにおける支払い形態をより柔軟な形に変更する、と発表した。

アップル、iOSアプリ以外の支払いを容認へ。App Store価格も柔軟に

同社はかねてより、Epic Gamesとの間でアプリストアに関する訴訟関係にある。そして、アメリカ政府側も、巨大ITプラットフォーマーへの規制を検討し始めている。

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今回のアップルによる発表は、Epic Gamesとの訴訟には直接関係せず、別のアメリカ内のデベロッパーとの集団訴訟解決のためのものだ。だが、その影響は他の訴訟にも影響する可能性がある。

アップルの決断はどのようなものなのか、改めて解説してみよう。

アップルが発表した「7項目」とはなにか

前掲の記事にもあるが、今回は以下の7項目が発表されている、

  • 前年の収益が100万ドル以内のデベロッパを対象に、通常30%の手数料を15%にする「App Store Small Business Program」を3年間継続
  • App Storeの検索機能を、ダウンロード数、スター評価、テキストの関連性、ユーザー行動シグナルなどの客観的特性に基づいたものにする
  • Appleは、デベロッパがメールなどのコミュニケーションを使ってiOSアプリケーション以外の支払い方法の情報を共有できることを明確にする
  • デベロッパがサブスクリプション、アプリケーション内課金、有料アプリケーションで利用できる価格帯の種類を従来の100未満から500以上へと拡大
  • Appleは、不当だと思われる扱いに基づき、デベロッパがアプリケーションの却下に対して不服申し立てができる選択肢を維持する
  • App Storeについての透明性レポートを毎年作成。却下されたアプリ数、無効化されたユーザー、デベロッパアカウントの数、検索クエリと検索結果に関する客観的なデータなどの統計情報を共有する
  • 小規模な米国のデベロッパを支援するための基金を設立

筆者は、アップルはこうした合意について、昨年以降少しずつ準備を続けていた……という印象を持っている。最初の項目である「App Store Small Business Program」は昨年11月に発表されており、6つ目の透明性レポートについては、今年5月にニュースリリースの形で発表が行なわれていた。それらの措置をまとめた上で、新たに2つの大きな施策を提示している。

アップル、App Storeの手数料率を15%に引き下げ。小規模事業者向け

Apple、2020年に App Store で不正取引の疑いのある15億ドル以上阻止

5月に発表されたリリースでは、2020年に48,000本以上のアプリが「隠し機能がある」としてリジェクトされ、さらに15万本以上がスパム行為や内容の剽窃、フィッシング行為などでリジェクトされたとしている

今回の発表のもとになった訴訟は、小規模なデベロッパーが「アプリに課金する際の自由度が低い」ことなどを問題として提起していたものだ。

これは確かにそうで、App Storeにおいては、アプリの料金を完全に自由につけることはできない。App Storeには「Tier」という単位で料金が決まっており、Tier 1だと0.99ドル、2だと1.99ドル……という形の刻みで増えていく。日本だと今は120円・250円という感じなのだが、「その間に設定したい」と思ってもできなかったわけだ。

日本でのアプリストアの価格が半端な単位だな……と思ったことはないだろうか。その理由は、ドル起算で作られた料金体系を円に換算しているからでもある。なのでドル・円相場の変化に合わせ、課金額が変更になることもある。

この点はアプリ内課金も同様である。例えばアプリ内課金で販売される電子書籍と、外部サイトで販売される電子書籍で価格が違う理由の1つは、App Storeでの課金体型が自由なものではないからである。そしてもう1つは、課金額の3割をアップルに支払う、という事情だ。

これを嫌い、アプリ内課金で書籍を買う機能がある電子書籍ストアでも、出版社によってはアプリ内課金で購入できない書籍があったりもする。

要は今回の措置により、その自由度が一気に拡大するのだ。完全に自由化されるのではなく、区切りが100から500以上に増えるという形だが、今までよりは自由度が高まることに違いはない。

外部サイトを介した課金で「アプリ内課金回避」可能を明文化

より大きな影響があるのは、「メールなどのコミュニケーションを使ってiOSアプリケーション以外の支払い方法の情報を共有できることを明確にする」という条項だ。

App Storeでは基本的に、アプリが使うデータやサービスへの課金は「アプリ内課金で行なう」ことが定められている。

だが、この例外はあった。

NetflixやSpotifyなどは、自社と顧客とのサブスクリプションをアプリ内課金では行なわず、自社サイトでの直接登録としている。その場合、当然だがApp Storeを経由しないのでアップルへの支払いは発生しない。

両社はアップルへの支払いが大きいことを理由にアプリ内課金をやめた上で自社サイトから登録するように促すメッセージを出すようになっていた。

Netflixの例。アプリの初回インストール時や未契約時には、アプリからでなくNetflixのサイトから登録を促される

だが、このやり方は明文化されていた訳ではない。交渉の末に実現されていた「グレーゾーン」のようなもので、小規模な事業者まで自由に使えるとはされて来なかった。

今回はこのやり方を全てのデベロッパーが使える、と明言した事になる。アプリ上からデベロッパーが顧客に登録を促し、App Storeを回避して利用者へ課金することができるわけだ。

ただしこれは「アプリ内から他社の決済手段を使って直接課金できる」という話ではない。

例えばAmazonのKindleの場合、App Store課金を一切利用していない関係から、AmazonアプリやKindleアプリからはKindle版の電子書籍を購入することができない。購入はウェブサイトから行なう必要がある。

iOSのKindleアプリからはコンテンツを購入できず、Webから購入しなければいけない

今回の合意とルール改定に伴いこうした制約がなくなるのでは……という解釈も広がっているが、現状の文面を見る限り、明確に「外部サイトを使っての課金を行なっていい」という話だけに限定されており、アプリ内からボタンなどを介して他社課金ができる、という話にはなっていない。

Epic Gamesとの訴訟では「アプリ内でEpic Gamesの課金システムを、App Store課金と併存して使えない」ことが問題視されているのだが、上記のような状況から、今回の合意だけでEpic Gamesとの訴訟が解決に向かう訳ではない。

昨年8月、訴訟が起きる直前のFortniteの画面。このように「外部課金も並ぶ」形は、今回も許諾されないとみられる

課金体系への自由度は、今回の合意によって大幅に拡大する。ただ、完全に自由になった訳ではない。アップルの譲歩がここで止まるのか、それともさらにじわじわ広がっていくのか。次の課題はそこになる。

アプリ内課金の強みは「わかりやすさ」。ユーザー離脱がどうなるか

では現実問題として、アプリ課金は今度どうなるのだろうか?

一定の規模があり、自社で決済システムを運用してもまったく問題ない企業であれば、アプリ内課金を回避して自社決済に移行する可能性は高い。特に、ユーザーの課金額の多いアプリや月額課金型のような継続型のものは、収益最大化のために自社課金移行が広がるだろう。

ただし、シンプルにその利用が進むかどうかは、なんとも難しい話だ。

アプリ内課金は圧倒的に簡単だ。ウェブサイトに移動して別途決済をして……という手順を踏むと、その間に顧客が逃げてしまうことが少なくない。アプリ内課金の方が少し高くなっても、ウェブでの価格と並べて比較できなければ差は見えづらいし、差が小さければ簡単な方を選ぶ可能性もある。

そもそも、合意のリリースだけでは条件がわからないところが多々ある。外部の決済に顧客誘導してもいい、といっても、課金額をApp Storeのものと並べて表記することが許されるのか、誘導方法としてボタンを配置していいのかどうかなど、わからないことだらけだ。簡単な比較や顧客誘導が許されないなら、結局消費者はApp Store課金に誘導される……という可能性もある。

App StoreやGoogle Playの課金については、「高い」と思いつつもユーザー離脱を防ぐために使い続けているデベロッパーが少なくない。外部誘導は、その形がどうなるかによって位置付けがいかようにも変化する。

消費者の意識も含め、結果的にどう使われるようになるかは、より詳細な条件が公開され、運用上の課題が見えてこないと結論が出そうにない。

だから、今回の発表だけでかねてからの懸念が全て解消される訳でもないのだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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