西田宗千佳のイマトミライ

第160回

家庭用ゲーム機にSteam、VR。2022年の「コアゲーム」ビジネス

コロナ禍で活況だったはずのゲーム市場の状況が変わりつつある。

結論から言うと、概ね需要の先食いと大型タイトルの発売タイミングの問題ではあり、各社の業績を大きく懸念するようなものではない。だが、状況に応じた変化はあり、それが色々なところに現れてきている。

今回は秋の東京ゲームショウも見据えて、現在の「コアゲームビジネス」について考えてみたい。

コロナ禍ひと段落で「軟調」なソニーのゲーム事業

今年春から夏にかけての、各家庭用ゲーム・プラットフォーマーの業績は「軟調」だったとまとめられる。

まずは、7月29日に発表された、ソニー・グループ2022年度 第1四半期の決算からみてみよう。

ゲーム&ネットワークサービス分野の売上高は、前年同期比で117億円減収の6,041億円。理由は、アドオンコンテンツを含むゲームソフトウェア販売減少だ。営業利益も528億円(前年同期比305億円マイナス)と、大幅な減少となった。売上については為替差益が579億円あってなお減収、というのは厳しい。

ソニーのゲーム部門の決算状況。絶対額としての売り上げは大きいが、前年同期比で減収となった

ソニーの直近の課題は、PlayStation 5(PS5)の品不足だ。同社は過去「ユーザーエンゲージメントは下がっていない」としてきたものの、PS5の普及が重要、という点は否定していない。今期については、「ハードウェアの普及がユーザーエンゲージメントを高めることは間違いない。PS5の普及が早く進めば、ポジティブな効果が期待できる」(ソニーグループ・十時裕樹CFO)とコメントしている。

では、いまだ続く品不足はどうなるのだろう?

「下期はPS5の販売台数が本格的に増加する」「PS5ハードウェアの製造において、部品供給の制約が相当なくなったことに加え、上海のロックダウンも解消した。一方で、物流のリードタイムはコロナ前ほどには戻っていない」と十時CFOは話す。

2023年にはPS5専用ソフトの増加も見込めるため、それに向けてどこまで生産量を増やしていけるかが重要になりそうだ。

PS5に関して言えば、近日発売が予定されている「PlayStation VR2」(PS VR2)も控えている。PS VR2とその専用ソフトの販売数も、PS5の普及数に依存する。既存のコンシューマゲーム・プラットフォームの場合、VRプラットフォームを手掛けているのはSIEだけであり、どこまで差別化要因になるか、注視したいところではある。先日も機能の一部が公開され、価格を含めた全容公開が近いことを感じさせる。

PlayStation VR2の「シースルービュー」ではヘッドセットを着けたまま、周囲の環境を確認できる

とはいうものの、全体の収益がいまだ6,000億円以上、というのは大きい。

事業的な課題はむしろ、有料サブスクリプション・サービス「PlayStation Plus」のユーザー数が伸びていないことだろうか。6月にサービス刷新をしたが、その成果はまだ出ていない。まだ成否を占うには時間が短いが、ロケットスタートといかなかったとは言えそうだ。ここから魅力を高め、ユーザーを集める努力が必要になってくる。

任天堂やマイクロソフトのゲーム事業は?

では任天堂はどうか?

こちらもコロナ禍での好調は落ち着き、販売数量はハードウェア・ソフトウェアともに鈍化している。

ハード・ソフトともに販売数鈍化。任天堂'23年3月期第1四半期決算

第1四半期の売上高は前年同期比4.7%減の3,074億円、営業利益は15.1%減の1,016億円にとどまっている。一方、経常利益は29.6%増の1,667億円と、円安のプラス影響が大きい。

Switchの販売台数も、前年同期に比べ22.9%減の343万台。任天堂は「半導体部品の不足による生産への影響もあった」としている。PS5ほど品不足であるわけではないがそれでも出荷には影響を与えており、出荷をさらに増やしたい任天堂にとってはリスクであっただろう。任天堂の自社ソフトウェアのセルスルーは増加しており、ビジネスとしてのモメンタムが低下しているわけではない。

Nintendo Switchの販売台数も前年同期比で減少。
自社ソフトウェアのセルスルーは若干拡大。コロナ禍での「あつ森」特需を省くと過去最大に

特に興味深いのは、パッケージではなく「デジタル配信」の売上と比率が高まっていることだ。前年同期比16%増の880億円、デジタル売上高比率53%と向上している。

デジタル販売比率が、任天堂プラットフォームでも50%を超えた

ダウンロードがほぼ100%であるPCゲームはもちろん、PlayStationやXboxも、デジタル配信の比率はかなり高くなっている。PlayStationの場合、2022年第1四半期の段階でデジタル配信の売上が約86%(アドオンを除き、ソフトウェアの販売金額で計算)に達している。追加コンテンツ収益を含めるとさらに大きい。

任天堂の場合、低年齢層や家族などのニーズも大きく、他のプラットフォームに比べデジタル比率が高まりにくい。だが、ダウンロードコンテンツの販売やネットワークサービス利用料の増加、小規模なゲームの販売促進など、ここからのトレンドを拡大していくにも、デジタル比率の拡大は必須だ。そういう意味でも、この変化は任天堂にとっても好ましいことであろう。

もう一つのプラットフォーマーであるマイクロソフトのXboxについては、Windows・Surfaceなどの自社ハードウェア・検索とセットになった「More Personal Computing」という部門でまとめられている。

マイクロソフトの「More Personal Computing」部門は横ばい。ゲーム事業としては若干の減収となった

前四半期の売上は143億6,000万ドル(前年同期比2%増)。ゲーム事業自体の収益は7%減。会員制サービスである「Xbox Game Pass」利用者は増加したものの、エンゲージメントは減少傾向で、コンテンツとサービスの売上も6%減少。ハードウェアの販売数量も11%減少している。

他社同様減少傾向であり、季節要因に加え、コロナ禍から脱却した中でも需要減退が影響しているのは間違いなさそうだ。

PCゲームの隆盛と「Steam Deck」日本進出

もう一つ、大きなゲームプラットフォームに成長しているのが「PC」だ。特にValveの配信プラットフォームである「Steam」の影響は大きい。

Valveは非公開企業なので、利用者数などを正確に測るのは難しい。自らネットで直近の情報は公開しているのだが、四半期のような長さで業績を判断する情報は少ない。

非公式のデータベースサイトである「Steam DB」によれば、直近の同時接続利用者数は約2,338万人。ただし、ピークは3月28日に記録した約2,998万人であり、直近は減少傾向にある。この点は、他のゲームプラットフォームが減ったことと共通の部分がありそうだ。

「Steam DB」を元にしたSteamの同時接続者数の推移。非公式情報である点に留意。コロナ禍に入っても順調に伸びていたが、今年春から減少に転じた

とはいえ、伸びていることに違いはない。

カプコンが7月26日に発表した2023年度第1四半期決算説明の質疑応答によれば、PC版の販売本数比率は「50%」だったという。新作投入が想定される第4四半期(来年春)には比率が下がる予測、とのことだが、どちらにしても、同社にとってPC向け市場が大きなものになっているのは間違いない。以前、NECパーソナルコンピュータやソニーのゲーミングPC市場参入について説明したが、そこで現れていたことが証明されている。

そんなPC市場をリードするValveが販売しているのが「Steam Deck」。アメリカなどでは今年の2月から出荷されていたが、こちらも他のデジタル機器同様、部品不足と物流の停滞に悩まされ、出荷量がなかなか増えなかった。

Steam Deck

だが最近になってかなり改善が見られたようで、ようやく、日本・香港・台湾・韓国でも予約を開始された。日本を含むアジアへの出荷は年内を予定している。

Steam Deckはかなり特殊な製品だ。PC向けゲームが広がっているといっても、それは家庭用ゲーム機とはちょっと意味合いが違う。特にポータブル製品は、まだ相当にマニアックな製品で、日本で大ヒットするか、というとなかなか難しいとは思う。

家庭用ゲーム機とPCの大きな違いは、「スペックが固定されているか」という点にある。家庭用ゲーム機はスペックが固定されていて、買ってくれば誰でも同じようにゲームが楽しめる。それが最大の価値であり、多くの人に広がる理由でもある。

PCはスペックがバラバラで、ゲームを動かすには、一定量のPC知識が必要になる。一方で、かける費用によって画質や操作性をコントロールできるし、開発上の自由度も広い。そのため、デスクトップ型にしろノート型にしろ、ゲーム向けの製品はハイスペックで高価なものになりがちだ。最近はポータブルなものも出始めているが、Nintendo Switchに比べれば大きいし、10万円程度と安価でもない。ちょっとマニアックな製品ではある。

AYANEO、400gを切るゲーミングPC「AIR」発表

Steam Deckは、PCのアーキテクチャを利用しつつ、家庭用ゲーム機にすこし近いビジネスモデルでつくられている。

まず、価格が「ポータブルWindows PC」より安い。理由は2つある。どのモデルもAMDと共同開発した同じAPUを一括調達してコストを下げており、さらに、OSとしてLinuxベースの「Steam OS」を採用しているので、Windowsのライセンス料がかからない。UI的にもゲームにある程度特化している。

同スペックの大量調達+自社開発OSという形は、家庭用ゲーム機に近い発想だ。

Steam OS上でWindows用ゲームを動かすために独自の「Proton」というレイヤーを持ち、それが1つの特徴でもあるのだが、結果として、家庭用ゲーム機のように「対応ゲームならなんでも同じように動く」わけでもない。動作設定などは自分で行なう必要もある。

誰でも使えるゲーム機ではないが、PCゲーマーが「どこでもPCゲームをやるためのコンパニオン」としては最適。そんな存在と言っていいだろう。

8月6日・7日に京都で開催されたインディーゲームイベント「BitSummit X-Roads」でも、アジアでの販売を担当するKOMODO社が展示を行なった。

BitSummitでSteam Deckが触れる! KOMODOブースを紹介

9月15日から18日まで開催される東京ゲームショウにもブースを設けるという。動作状況や使い勝手が気になるなら、東京ゲームショウへ足を運ぶことを検討してほしい。

「VRゲーム機」Meta Quest2値上げの理由は?

もう一つ、主要なゲームプラットフォームに育ちつつあるのが「Meta Quest2」だ。VR向け機器だが、調査会社IDCによれば、2020年第4四半期に、累計販売台数が1,480万台になったという。今は1,500万台を超えているだろう。だとすれば、世界レベルでは十分「ビジネスになるゲームプラットフォームになった」と考えていい。

そんなMeta Quest2だが、8月1日から大幅に値上げが行われた。

Meta Quest 2

従来は128GBが37,180円、256GBが49,280円だったが、8月以降は128GBが59,400円、256GB版が74,400円となり、それぞれ2万円以上の値上げとなる。

Meta(Facebook)はQuestシリーズを、一貫して低価格で販売してきた。ハードウェアの製造コストや、システムソフトウェアの開発に注ぎ込んでいるコストを考えれば明確に「赤字販売」であり、同社のVR向けハードウェア事業もずっと赤字だった。

それが今回、アメリカでも100ドル、日本では2万円以上の大幅な値上げとなっている。利幅を薄くして同じハードを販売する「ゲームプラットフォーム」型のビジネスにおいては、「大幅値下げ」はままあることだったが、「大幅値上げ」はほとんど例がない。

Metaは直近の決算が上場以来初の減収に終わり、VR事業を担当するReality Labsの営業損失は28億600万ドル。前年同期の24億3,200万ドルから損失が拡大している。

そのため、「値上げはメタバース路線の見直しではないか」と見る向きもあるのだが、ちょっと違う、と筆者は見ている。

メタバースへの長期的な投資を、Metaはまだ変更するつもりがない。決算時のコメントでもそう明言されているし、先日は日本国内でもメタバース関連イベント「メタバースエキスポ」も開催された。

値上げは「メタバースへの長期的なコミットのため」とされている。それは事実だろう。日本では為替の問題があるし、アメリカでも、製造・物流コスト増加に伴う赤字幅の縮小は必須だった。家庭用ゲーム機なら、顧客の離脱を恐れて「ギリギリまで値上げは我慢する」ものだが、長期的なプラットフォームを目指すMetaとしては、多少の方向変化とはなるものの、「値上げをして持続性を高める」方が重要、という判断になるのだろう。

Metaは年末までに、新しいハードウェアである「Project Cambria」を発売する予定だ。こちらはビジネス向けの製品なので、価格はQuest2ほど安いものにはならない。Quest2と双方で「安定的に次の世界を模索する」プラットフォームとして使われることになるだろう。

Project Cambria
西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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