西田宗千佳のイマトミライ

第186回

キャリアがアプリストア? 政府サイドローディング議論のズレと本質

デジタル市場競争会議で、1月30日に行なわれた議論の非公開資料

スマートフォン・プラットフォーマーに対する法的な規制に関する議論が続いている。先日は日本でも、公正取引委員会が「モバイルOS等に関する実態調査報告書」を公開、アップルとGoogleに対し、「十分な競争が働いていない」と指摘した。

これと同時に、以前より内閣官房デジタル市場競争本部による「モバイル・エコシステムに関する競争評価」が進められている。

以前も本連載でまとめているが、この中で、アプリストアを介さない「サイドローディング」を各プラットフォーマーが開放することが必要、と政府側が認識しているのは間違いない。つまり、Google PlayやApp Store以外にもアプリインストールする方法を用意すべき、と考えているということだ。

現状において、アップルとGoogleがスマートフォン向けプラットフォームで寡占状態にあるのは確かだ。

問題は、そこでどのような施策を展開するのが公正競争上必要であり、さらには、消費者や各企業にとって重要なのか、という点だ。

筆者の手元には、内閣官房デジタル市場競争本部による「デジタル市場競争会議」で、1月30日に行なわれた議論の非公開資料がある。

それを見ると、議論自体に見るべきところはありつつも、若干危険な判断が内部で行なわれているのではないか、との懸念も持った。それが現状「非公開議論」であるのは気になる。

今回は改めて、「スマホプラットフォームについての公正競争」と「サイドローディング」の議論について考えてみたい。

スマホOS寡占は「消費者の支持」があったから

現在のスマホプラットフォームの状況は、公正取引委員会がまとめた資料の、以下の部分を見るのがわかりやすい。

公正取引委員会の「モバイルOS等に関する実態調査報告書」より抜粋。今のスマホ・プラットフォーム状況は、ほぼこの図の通りだ

要は政府の指摘として、「両社はOSプラットフォーマーでありつつ、アプリストアと競合する立場でもある」「アプリストア自体に競争がない」ということなのだろう。

こうした課題の捉え方自体について、筆者にも大きな異論はない。

例えば、同じようなアプリがOSプラットフォーマーと外部企業で提供されていた場合、どうしても機能やクラウド連携などについて、OSプラットフォーマーと外部企業の間で「完全な公平性を担保する」のは難しい。1990年代末から2000年代半ばにかけての、マイクロソフトに対する独占禁止法訴訟問題も、根幹にある課題は同じだった。

現在はデバイスからクラウドまでの連携が垂直統合になっており、それを「競争の阻害」と呼ぶことはできるだろう。

一方で、多くの部分で寡占が「競争の結果、2社を選ぶ人が増えた」からでもある、というのが悩ましい。

例えばOSの選択については、以下のようにまとめられている。

Google及びAppleが提供するモバイルOSに対し、十分な競争圧力が働いていない

公正取引委員会の資料より抜粋。消費者はOSの魅力で製品を選んでいる。寡占ではあるが、支持を得られるだけの開発を継続してこられたのが2社である、ということでもある

確かに2社がメインでスマホOSに関する競争は激しくないが、過去に「第3のスマホOS」議論がなかったわけではない。また、それこそフィーチャーフォンからスマートフォンへの移行期に、自社で独自にスマホ的な快適さを目指したメーカーは多数あった。

しかし、結果的に2社に集約されたのは、OSやプラットフォームの整備、プロモーションに至るまで、「消費者の支持が得られて品質が良いものを作り続けられた」のが、2社しかいなかったからでもある。国が助けてくれるとするなら時期が遅すぎるし、今から何かやっても有効とは考えづらい。

事実上、OSとしては世界的なプラットフォーマーのものを受け入れつつ、その上のビジネスをいかに健全化していくかに、論点を絞るべきかと考える。

「アプリの選択肢」は複雑である

そうなるとポイントは、アプリ市場の公正さをどう担保するか、という点だ。

他社とプラットフォーマーのアプリが競合する場合、OS側で「デフォルトを変更できる」よう周知する努力は必要だ。ただこれも、消費者側で「入れ替えるモチベーションを作る」努力の方が先に来る。

例えば、PCにしろスマホにしろ、ウェブブラウザーとして「OSにプリインストールされていないもの」を選ぶモチベーションは薄い。PCではChromeが選ばれる率も多く、OSにプリインストールされているものを押しのけて使われることも多い。ただそれは、PCにおけるChromeの使い勝手や認知度が向上し、「入れ替えるのが当たり前」という意識になったから……という部分は大きい。

一方、現在マイクロソフトは、「新しいBing」でのチャット検索を武器に、PCやスマホ上でEdgeを広くアピールしている。実際、今回の件でEdgeを使ってみた……という人だって多いはずだ。検索サービスのためにウェブブラウザーの入れ替えを求める、というやり方を好まない人はいるだろう。だが、「新しい技術が入れ替えを促す」のはまさに、競争原理そのものだ。

また「ウェブアプリ市場を活性化する」中で、ネイティブアプリ市場の存在が障害になってはならない。

ネイティブアプリは確かに操作性の面で有利ではある。例えば「通知」ひとつとっても、ネイティブアプリに比べウェブアプリは使いづらい環境にあった。課金システムの登録や、アプリアイコンの扱いにしても、操作がこなれておらず、利用は定着しているとは言い難い。

ただ、通知機能についてはようやく、「ウェブプッシュ通知」と呼ばれる機能が、AndroidだけでなくiOSでも、今後公開される「iOS 16.4」で利用可能になってくる。ネイティブアプリほどの自由度はないが、比較的シンプルな閲覧系アプリ・ショッピングアプリなどをウェブアプリ化していける環境は整ってきた。

アプリ審査について、特に内容などの規制に関しては、プラットフォーマー寡占により、「国ごとの事情に合わせた展開」がやりづらい部分はある。また、いわゆる「ストア手数料問題」についても、ウェブアプリの活用を拡大することで解決できる部分もある。だとすれば、「ウェブアプリをネイティブアプリ同様に使える」環境作りを求める、というのも1つの案ではあろう。

「アプリストアが暴利」かは立場で変わる

とはいうものの、繰り返しになるが、ウェブアプリはネイティブアプリに対し、快適さや機能の面で勝てないところはある。複雑なゲームや高度な演算を必要とするアプリの場合、やはりネイティブアプリの方が望ましい。データ規模が多いものをローカルで活用する場合も、ネイティブアプリが必要になる。

そうすると、アプリストアにおける「審査」と「手数料」の問題は出てくる。

先日アプリのデベロッパーにも、勉強会という形で話を聞いた。詳細はケータイWatchの記事で触れられている。

App Storeの存在は“悪”なのか? iPhoneアプリ開発者から見るアプリストアの存在

答えは筆者も予想していた通りのものだった。

小さな規模のデベロッパーとしては、顧客データを自分で管理せず、世界中でアプリを販売できるならApp Storeの30%という料率は法外なものではない

小さなデベロッパーだからといって搾取されているとは思わない

と彼らは語った。

その通りだと思う。30%という値は、顧客情報を自分で管理して決済できる大手にとっては「高い」が、中小にとっては、ある種のアウトソーシングになるので「納得できる価格」になる。

またそもそも「30%」という料率に注目が集まってしまうが、過去のゲームや電子書籍の配信コストを考えると、実はそこまで法外でもない。

安ければ安いに越したことはないし、そこで「安値」で戦うアプリストアがあってもいいとは思う。

だが、そのストアが使われるかどうかは、使い勝手やアプリの品揃え、プロモーションでの認知度に依るところが大きいのではないか、とも思うのだ。

以下のスライドは公正取引委員会の報告書からの抜粋である。

iPhoneではApp Store以外に選択肢はないが、Androidでは複数のストアが併存しうるし、Google Playを入れない、という選択肢もある。

しかし実際には以下の通り、ほぼGoogle Play一択。Google Playの入っていない機器にGoogle Playを組み込む……というハック記事に需要があるのもそのためだ。

公正取引委員会の資料より抜粋。日本では、AndroidでもほぼGoogle Playしか使われていない。これは「独占」だが、そうなったのには消費者の選択もある。Google Playを選ぶのが、現状はベストな選択なのは明白だからだ

Googleとの競合状況が不公正であるというより、「結局消費者はGoogle Playを選ぶので、アプリベンダーもGoogle Play以外を重視していない」という事実の表れだろう。

ここで競争を起こすには、相当な努力が必要になる。政府がゴリ押ししても、そんなに簡単に状況は変わらない。

「サイドローディングは必要か」ふたたび

アプリストア間で自由な競争が起きたとして、どこまで実効性の高い形で競争が起きるかは不透明な状況にある。

では、競争を促す上で必須のことはなにか? と問われると、結局は「透明性」と「セキュリティ」ということになる。現在のApp StoreやGoogle Playから著しくセキュリティが落ちるなら、消費者は使わないだろうし筆者も勧めることはできない。

「スマホOSにはサンドボックス構造があり、審査が薄くとも、この中で動くなら安全性は担保できる」という話もあるし、「審査をするにしても、事業者の信頼性を担保・登録する簡易な仕組みが使えるのでは」という議論もある。

それぞれ一理はあるが万全ではない。自由度が欲しい人にはそれでもいいと思うが、スマートフォンという個人情報や決済情報の塊を扱う場合、自由度より安全の方に舵を取るべきだろう。

そういう意味で、内閣官房デジタル市場競争本部の方針はちょっと心配だ。冒頭で述べた、1月30日に行なわれた会合での非公開資料を見ると、政府側がちょっと前のめり過ぎるのではないか、と思えたからだ。

例えば以下の画像の部分。

内閣官房デジタル市場競争本部による「デジタル市場競争会議」で、1月30日に行なわれた議論の非公開資料より抜粋。Androidにおけるサイドローディングでの「警告」について、警告を緩められないか検討が行なわれている

Androidでのウェブからのサイドローディングについて、「警告があることが、競争の可能性を萎縮させるのではないか」という議論が行なわれている。昨年の中間報告に対するパブリックコメント募集では、この点についてかなりの批判が寄せられた。筆者も同意見だ。だがまだ、「警告の出し方を変えることで対処できないか」という議論が続いている。

アプリストアによる審査を経由しないサイドローディングを進めるのは、マルウェアに対する危険性を高める悪影響が大きく、競争促進にはマイナスだ。

沸いてでた「キャリアによるアプリストア・プリインストール」議論

また、次のような議論もある。

これは主にiOSを含めた議論だが、アプリストア+審査による保護が必要である場合、課題は「プラットフォーマー以外のアプリストアをどうインストールさせるか」にある。

そこで、ちょっと首をひねるような議論が出てきている。それが「他社アプリストアのスマホへのプリインストール」という議論だ。

以下の資料に、セキュリティ評価として「プリインストールによる他社アプリストア」と、「App Storeからインストールするアプリストア」が並んでいるのがわかる。

非公開資料より抜粋。アプリ配布方法によるリスクをまとめた表だが、政府側から「アプリストアをプリインストールさせる」という議論が浮上しているのがわかる

ここで、プリインストールするアプリストアを作る企業として「キャリア(携帯電話事業者)」が出てきている。

すなわち、選別された少数の企業に特権的にアプリストアを作る権利を与えることになるわけだが、これは「公正競争」なのだろうか?

これはかなり筋が悪い。

現実問題として、スマホを契約する携帯電話事業者ごとに「プリインストールされるアプリストアが変わる」ことになる。

しかも、MVNOは規模的に、1社では対応不可能だ。「プリインストールされる独自アプリストアのあるなし」という差が、携帯電話事業者同士の中で発生する。ポイントサービスなどと連動するだろうから、そこでMNOとMVNOの差が生まれるだろう。

もしくは、求める事業者同士が公平になるように、全社のストアを日本向けだけインストールする……という流れになる可能性もある。

そもそも、そんなことを消費者が求めているとも思えない。

「公正競争」の旗印の中でこのような話が出てくるのは、本末転倒であり、別の目的でのロビイングがあるのでは……と勘繰られても不思議はない。

本質は「決済の多様化と自由化」

アプリストアの競争として、審査した上で「アプリストア自体をOSプラットフォーマーが配布する」モデルは、あってもいいかもしれない。

アプリの品揃えで戦うのは難しいだろうが、ある種の専門性や価格の違いで競争することは不可能ではない。

こうした「アプリストアを拡大する」流れは、もはやサイドローディングと呼ぶべきではなく「アプリストア運営企業の多様化」とでもいうべきものだ。

筆者は、その可能性は検討されるべきという意見である。

その上でセキュリティ条件も考え、OSプラットフォーマーへの協力を求められるところがあれば、ともに取り組むべきかと考える。

同じく非公開資料より。アプリストアの類型別の脅威例。若干筆者には異論があるが、これらを減らすためにもプラットフォーマーの協力は必須だ

ただ、アプリに関する公平性の本質は、やはり「決済」だ。アプリストア運営企業の多様化も、本質は決済の多様化であり、そのためのビジネス流路の多様化でもある。

自社決済だけでなく他社決済も「完全に並列に」選べるよう求めることは行なわれるべき施策であり、その時にどのような表記や他課金への誘導が望ましいかは、まさに本質の議論と言える。プラットフォーマーには抵抗があるだろうが、進めていくべきだ。

ちょっと安心したのは、報告書の中で、会議に参加している識者からかなり冷静な意見が出ているのが見受けられた点だ。

「指摘はわかるが、そこに政府として介入するのは難しいのではないか」

「決済・課金手段の拘束を争点の中心とすべき」

「他プラットフォームを見れば、トランザクションと決済手数料を合わせて20%・30%とっており、他との比較も必要」

とした意見はもっともかと思う。

その上で、あまり「OSプラットフォーマーの支配脱却」を金科玉条に掲げるのではなく、国内事業者が公正にビジネスできる環境はなにか、をもっと考えるべきかと思う。

それこそ、海外に日本のアプリベンダーが出ていき、自社で現地代理店などを構えずにビジネスができるのは、アップルとGoogleなどの世界的プラットフォーマーを使う利点だ。逆に彼らを利用してビジネスを世界に拡大するくらいでもいい。

他国の動向を気にして敵に回すだけでは、良いバランスは生まれない。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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